八話・誠意
「…実は昨晩の事だが、屋敷へ戻る途中に噂の「あざみの鬼」と思われる魔物に襲われた処を、こちらにいらっしゃる鏑木法師殿に助けられましてな。改めて礼を申し上げたく、参った次第で。」
徳祐はそう言うと、両手に抱えていた包みを置いた。
「何だい、そりゃ。」
鬼一が片眉を上げて見やったのを、徳祐は包みを解いて木箱を取り出すと、中にあった青瓷の皿を鬼一へと差し出した。
「猿投窯で作られた皿です。手土産にもなりませんが、まずは鬼一殿と御近付きになれた印に。どうぞ受け取ってくだされ。」
「俺にかい?俺と御近付きになったって、あんたに得があるとは思えねえけどな。寧ろ、俺はあんたの嫌いな部類の人間だろう?」
鬼一がくくっと喉を鳴らして、皿を取り上げて眺めるのを、徳祐は大仰に驚いて見せると、頭を振って否定した。
「何を仰る。この京で鬼一殿の名を知らぬ者はおらぬでしょうに。その様に高名な方と知り合うのに、得が無いとは思いませんよ。」
「そりゃ、悪名の間違いじゃねえのかい?」
「悪名は無名に勝るとも言いますので。」
「成程ねえ。…まあ、皆鶴が好みそうな皿だし、くれるって言うなら遠慮なく貰っとくよ。」
そう言って鬼一が受け取ったのを、徳祐は満足気に眺めた。
何だかんだと悪態を吐きつつ、徳祐からの贈り物を受け取る辺り、やはり彼も徳祐のよく知る人間らしい、人間なのだろう。
昨晩から続いた徳祐の理解の範疇を超えた出来事の数々に、どの様に対処すべきかと胸中で右往左往していた徳祐だったが、ここに来て漸く見慣れた光景にほっとする。
そうとなれば徳祐は己に優位になる様、事を運ぶ為に、交渉を始めるのに迷いは無かった。
「…それで、鏑木殿は、どちらに?」
「ああ、あの人なら出掛けてるよ。そろそろ戻って来るとは思うけど。」
ここで徳祐は「おや?」と内心で首を傾げた。
鏑木と鬼一は親子程に年が離れている様だが、鬼一の物言いが何処か目上に対するそれであったのだ。
だが、そんな思いをおくびにも出さず、徳祐は続けた。
「鬼一殿と鏑木殿は同門の間柄だとか。やはり優秀な師がおいでだと、特別な力が身に着くものなのだろうな。」
「どうだかな。同門ったって、あの人と俺は同じ師に学んだ訳でも無いし。まあ、でも、優秀な俺が教えてやれば、修行次第では利久も陰陽道を極める事が出来るかも知れないな。」
「鬼一殿、馬鹿な事を仰らないで下さいよ。私は剣の道を極めたいのであって、陰陽道等には一切興味はありません。」
利久が口をへの字に曲げて割って入ったのを、徳祐は軽く睨んで話を戻した。
「成程、鬼一殿はあの安倍泰長殿の門人であったな。さぞかし、厳しい修行をされていた事だろう。それ故の特別な力と言う訳だ。その上、剣の腕も都一と謳われている…例え「あざみの鬼」に襲われたとしても、鬼一殿なら一人で退治してしまわれるかも知れないな、私の様な無力な人間と違って。」
「…だから、鏑木さんを自分の元へ寄越せって言いたいのかい?俺は別にあの人の飼い主でも無いんだがな。」
頭を軽く掻いて鬼一が徳祐を見やった。
徳祐はにこやかに笑うと、そんな事は分かっていると言いながら「ただ、」と続けた。
「ただ、鏑木殿を我が屋敷に招くに当たって、鬼一殿には口添えを頼みたい。鏑木殿を見るに、俗世とは掛け離れた生き方をされている様に思われるのでな、私の誠意が上手く鏑木殿に伝わる様に口添えをして頂きたいのだ。」
「ふーん、誠意ねえ。」
鬼一が青瓷の皿を手で弄びながら呟いた時、部屋の中に先程の式童子の声が響いた。
『―主様、鏑木様が戻りました。』
「そうかい。じゃあ、こっちに来る様に伝えてくれ。」
『―御意。』
姿の見えない式童子との遣り取りに、徳祐は口を開けて部屋の中をキョロキョロと窺っている。
そんな徳祐の様子に興味は無い鬼一は、
「然程、待たずに済んで良かったな。」
と廊下を見やった。
程なくして、廊下に響いた杖の音と共に、裳付姿で琵琶を抱えた鏑木法師が徳祐達の前に姿を現したのだった。




