五十五話・役不足
雨脚が弱まったのを感じ、法月は天を仰いだ。
先程、鬼一が言った様に都の陰陽師達が祈祷を続けているのだろう。
「…やはり、あの男では贄として役不足だったかな。」
「そりゃ、利久の兄の事か?あんたは、徳祐殿と姫にだけ固執してるもんだとばかり思ってたが、そうでも無かったんだな。」
「そうだね、はつが恨んでいたのは父親とその娘達だったから、そちらを優先したけど、だからと言って、私は見逃すつもりは無かったよ。…特に、典久と言う男は、そこの塵と同じ性質を持っていた男の様だったしね。」
法月はチラリと徳祐を見て告げた。
そんな法月の左側で、はつが小首を傾げて反論する。
『だけど、利久様は、優しそうな方でしたよ?昔のお父様にそっくりだし、あの方の、腕と足の腱を切ってしまって、何処にも行けない様にしてから、私のお父様になって貰いましょう?そうだわ!舌も切ってしまえば、余計な事も喋らなくて、より理想のお父様になるんじゃないかしら?』
まるで良い事を思いついたとばかりにはしゃぐ様子のはつに、鬼一は苦虫を噛み潰した顔で呟いた。
「…あいつは舌を切った位で黙る様な男じゃねえよ。」
にこにこと笑いながら「剣を教えて下さい」と強請ってくる利久の顔を思い出し、鬼一はげんなりするのと同時に、自然と肩の力が抜けるのを感じた。
雷鳴は既に聞こえない。
鬼一は、左手で懐から護符を取り出すと、息を吹きかけ式童子達を呼び出した。
「確かに、俺の腕は鏑鬼さんには及ばないかも知れねえが、陰陽道の方にも多少は自信があってね。二つ同時ならどうだい!?」
鬼一が叫ぶのと同時に、式童子達が一斉に法月へと向かった。
普段は水干姿の式童子達だったが、今はその身に鎧を纏い、ある者は剣を、そしてある者は弓を手に走り出す。
「…成程、これが人間の使う術式か。私達のものとは随分と違うね。」
法月は興味深く式童子達を見やり、傀儡を使いつつ、その攻撃を防いで行った。
鬼一はその中で、法月の隙が僅かでも出来るのを待っている。
そうして出来た好機を逃さずに、確実に法月を仕留めるのだ。
「ふむ、確かに、こう数が多いと鬱陶しいものだね。」
『旦那様の邪魔をするなんて、なんて身の程知らずなのでしょう!己が無力である事をきちんと教えてあげなくては!ねえ、旦那様!』
はつが声を上げるのを聞きながら、法月は掌に椿の花を咲かせた。
花は法月の手の中で種に変り、閉じて開いて見せた時には、炎の塊になっていた。
その炎を瞳に宿し、法月が黄金色を細めた瞬間、童子達の足元を地面から這い出た蔓が纏い動きを封じる。
同時に、地を蹴ると童子達の懐に潜り、その身に次々と炎を纏わせた。
「やはり元は紙屑だね、よく燃える。」
『ふふふふふっ。本当に、よく燃えてますね。…だけど、つまらないわ。人形が燃えたからと言って、悲鳴を上げる訳でも無い。どうせなら、苦しみ、藻掻き、恨みながら死んで行って欲しいもの。…そう、私の様にっ!』
式童子の形のまま、火柱を上げたそれを見つめるはつの瞳には狂気の色があった。
僅かの隙も見出せず、式童子を燃やされた鬼一はギリっと奥歯を噛み締め、刀を握り直して頭を巡らせる。何か他に手立ては無いものかと。
「さて、次はどんな手で楽しませてくれるのかな?」
にこりと笑った法月に、鬼一は引き攣った笑みを返すのに精一杯だった。




