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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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五十四話・蓮華

先程までの厚く重い黒雲が、少しずつ薄れて来た。

雷の轟きも、何処か遠くで聞こえる様だ。


「ふっ、腐っても陰陽頭なだけあるな。ここにいる親玉が干渉して来ないのもあるが、泰親の祈祷が効いてきたか。」


鬼一が空を見上げ言うのに、法月はその黄金の瞳を見開き、彼にしては珍しく、何処か呆然とした様子で、鬼一を見ていた。


「…二鬼の息子?」


「ん?ああ、そうだ。お袋とは、あんまり似てないけどな。」


「…いや、そうでも無いさ。そうか、あのじゃじゃ馬の息子か。」


法月の口元がふわりと上がる。


「あの子は元気かい?」


「もう随分と前に、親父と一緒に流行り病で死んじまったよ。まあ、二人一緒だったから、寂しくは無かったんじゃないかな。」


「そうか、あの子は逝ったか…だけど、羨ましいな。あの子は愛した人と一緒に逝けたのだから。」


法月は残された左手で、そっとはつの顔を撫ぜた。


「それに、良い真名を貰えたんだね。蓮華か…ふふっ、あのじゃじゃ馬が、どんな顔でその名を貰ったのか、想像すると笑ってしまうね。」


『蓮華…本当に、良い名ですね。ああ、でも、私だって…私だって、法月様に名を与えたかったのに…っ!!ああ、恨めしい!この世の全てが恨めしいっ!!』


穏やかに笑った法月の顔は、けれど、左側のはつの恨みで歪み始める。

鬼一は今更ながらに法月の異形の姿に息を呑んだ。


「…お袋から聞いてた顔と随分違うな。誰だ?あの女は。」


「あれは、法月の愛した女よ。だけど、本人では無いわ。彼女を失って、彼女の死に際の憎しみに触れ、絶望した法月が作り出した、彼女の幻影。」


鬼一の言葉を受けて、孝子が答えた。


護符は既にその効力を失い、消失している。

孝子と晶子は胸元から三鬼の鍼を取り出し、両手で握り締めた。

それは、細波君の部屋に刺していた三鬼の鍼だった。


鍼を抜いた事により、部屋の結界は解けてしまうが、ここまで来てしまったら、最早、結界が壊れるのが遅いか、早いかの話だろう。


代わりに、双子から貰った晶子の護符を宇美に持たせている。

宇美を含め、母と祖母を護って貰う為だ。

宇美は当然、猛反対であったが、それを振り切って孝子と晶子は庭園へと飛び出したのである。


「自分の身は自分で護るし、四鬼と三鬼の事も護ってみせるわ。それに、いざとなったら、この鍼で刺し違えてみせるから、あなたは、あなたの好きな様に闘って!」


孝子が鬼一に言ったのを、鬼一は呆れた様にして頭を掻いて溜息を吐いた。


「こりゃ、随分と威勢の良い姫君だな。けど、刺し違えるのは止めておけ。そんな事しても、鏑鬼さんは喜ばないだろうから。まあ、でも、それじゃあ遠慮無くやらせて貰うよ!」


そう言うと鬼一は土を蹴って、ブツブツと呪詛を吐く法月へと刀を振るった。

だが、その白刃が法月へ届く前に、地面を突き破り、傀儡が壁となって法月の身を護る。

幾重にも重なった傀儡の壁は、けれど鬼一の斬撃によって斬り刻まれ、その役目を果たせず消えて行く。


「…ああ、その太刀筋は、鏑鬼家のものだね。蓮華は鏑鬼の道場に通っていたから、あの子に鍛えて貰ったのかな?」


『ああ、蓮華…真名を貰い、子を授かり、愛した人と共に逝けたなんて、なんて、羨ましい…っ!私だって、私だって、そうありたかった!!』


傀儡の壁を壊した鬼一を見据える法月とはつの目は、酷く歪で不安定な光りを灯していた。

何処か危げではあるが、理性のある黄金色と、嫉妬と憎しみの炎に揺れる黒曜石の瞳。

鬼一はより冷静になる為に一つ息を吐くと、斜めにした刃を流れる様に振り抜いた。


「なかなか良い腕をしているけど、それじゃあ、四鬼には及ばないね。さっきのも、不意打ちで無ければ当たらなかったんじゃないかな?」


紙一重の距離でそれを交わした法月は、己の無くなった右腕を見て笑った。

法月は切断された右腕を鬼一に見せる様に振ると、血に濡れた断面から骨が飛び出した。

そうして、その骨を這う様に血管が走り、肉が盛られて行く。

ぐちゃぐちゃと不快な音を鳴らしながら、見る間に法月の右腕が生え変わった。


「…っ、化け物が!」


「これはまた、酷い言われ様だね。」


『旦那様を悪く言う者は許せない…、許せないっ!許せないっ!!!』


新しい右腕が動くのを確かめる様に掌を閉じては開く法月は、やがて、その動きに満足し、一つ頷くと「さあ、続きを始めようか」と黄金色の瞳を細めて言った。


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