四十九話・異形
三鬼の目の前に立つソレはまさしく異形と呼ぶに相応しい姿をしていた。
左半分は、黒曜石の瞳に憎しみの炎を滾らせ、赤く紅を引いた唇に弧を描く女…はつの顔。
右半分は、黄金色の瞳を細め、柔和であるが右頬に醜い火傷の痕を浮かばせる男…法月の顔。
半身が別々の個であるが、その頭上には鬼の象徴である白銀の角が二本生えていた。
三鬼は震える足を叱咤して立ち上がると、ソレに向かって声を上げた。
「法月、なのか…?」
「ああ、そうだよ。三鬼、久し振りだね。」
右側にある法月の黄金色の目が細められ、懐かし気に三鬼を見やった。
しかし、三鬼には昔を懐かし気に振り返る余裕等は無かった。
「おまえ、その姿はどうしたんだよ!?」
「ああ、左側の事かい?…ふふっ、私の妻は可愛い人だろう?」
法月はそう言うと、愛おし気に左の頬を撫でて微笑んだ。
そのあまりにも異常な言動に三鬼の背中に、雨では無い冷たい汗が流れる。
「それが、おまえの妻だと!?」
「そうだよ、はつは私の妻だ。ちゃんと彼女が自己紹介したじゃないか。」
『そうですよ、三鬼様。だから、言ったじゃないですか。私は法月様の妻だって。』
法月に続いて、左側にあるはつの顔がくすくすと笑った。
妻の笑う声を聞く法月の黄金色の瞳が、甘く、細められた。
「…お前達は、何処に潜んでいたんだ?」
ソレが纏うのは圧倒的な妖力であった。
こんなものが都の中に紛れ込んでいたのなら、三鬼の「目」が見逃す筈は無い。
なのに、実際には登美君への襲来以降、その存在を掴めずにいたのだ。
「お前達が傀儡を相手にしている間、私達は都を離れていたんだ。…当初は、はつの心のままに直ぐにでも復讐を遂げてやろうと思っていたが、お前達はわざわざ武蔵国から私を追って来た。都の結界の事もあったし、少々、厄介だったからね、私達が居なくても復讐が遂げられるならばと、そこかしこに傀儡と種を仕込んでいたのさ。思っていた通り、お前達は傀儡の気配に振り回され、おかげで、私達は都の外で、この形を保てる様になるまでの時間の余裕が出来た。」
「この形?」
「ああ、おまえも武蔵国で見ただろう?化け物に成り果てた私の姿を。」
法月の言葉に、三鬼は門を潜った先で見た真っ赤に染まったあざみの花を思い出し、胃の腑からせり上がって来たものを必死で堪えた。
「正直、あの時の記憶は私の中にも、ほとんど残っていない。ただ、ただ、深い悲しみと怒りが身を貫いただけだ。」
「一体何があった!?おまえをそこまで絶望させるものとは、何だったんだ!?」
三鬼が叫んだ。
三鬼の幼馴染である法月は、自分が傷付いたからと言って、他人を傷付けるのを良しとする男では無かった。
その男が、化け物に身を変え、あれ程までに凄惨な殺戮を繰り返すのは只事では無い。
いや、実際にこの目で見ていなければ、到底、信じられない話であった。
三鬼の顔をじっと見やり、法月は感情を削ぎ落とした顔で告げる。
「はつが凌辱された挙句、殺された…ただ、それだけさ。」
法月の言葉に三鬼は息を呑んだ。
左側にあったはつの瞳から、一筋の涙が頬を伝って零れて行った。




