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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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四十七話・問い掛け

「法月の妻だと!?」「お父様の娘!?」


三鬼と孝子の声が重なった。

それを面白そうに眺め、はつは徳祐の胸元に甘える様に身を寄せる。


「お父様がお若い頃、自ら商船に乗って東の海へ赴いた事は御存知でしょう?お父様は、その船に乗って武蔵国にも来られました。母とはその時に出会い、私が産まれたのです…」




それは、今から二十五年程前の話だ。


はつの母「せい」は、この地方を治める大井氏の末姫である数子(かずこ)(ひめ)の女房の一人だった。

大井氏は遠方からの客人である徳祐を屋敷に招き、そこで二人は出会ったのである。


そうして、情を交わし、けれど、徳祐には都に戻ってやらなければならない仕事があった。

せいに別れを告げて徳祐が船上の人になった頃、せいは自分が身籠っている事に気が付いた。

里帰りし、はつを産んだせいは、その後も大井氏の元で女房を続けたが、五年が過ぎた頃、再び、徳祐が商船に乗って武蔵国を訪れたのである。


徳祐はせいとの間に子供が出来た事を驚き、喜んだ。

そうして、はつも初めて目にした実の父親に良く懐いた。

だが、やはり徳祐はこの地に留まる事無く、都に戻らなければならないと言う。

別れ際、必ず迎えに来ると言う言葉を残し、徳祐は武蔵国を去って行った。





「…私とお母様はずっと待ちました。何年も、何年も。けれど、お母様は、お父様が戻って来られない事に心と体を壊し、身を儚くされてしまった。残された私は、毎日の様に海岸に向かい、お父様の船が来るのを待っていました。来る日も、来る日も。それなのに、お父様は帰って来なかった。…だから、私から会いに来たのです。」


そう言って、はつは徳祐の胸に擦り寄り、胸元にギリッと爪を立てた。

徳祐の顔に更なる苦痛の色が浮かぶ。そんな父親の姿に、孝子は顔を蒼くしながら声を上げた。


「あなたが本当に私達の異母姉と言うのなら、どうして阿弥姫様を殺めたの!?」


「どうして?それは、あなた達が邪魔だからよ。」


「邪魔…?」


「だって、そうでしょう?お父様が武蔵国に戻って来られないのは、こちらに私とお母様以外の家族がいるから。…そう、私以外の娘なんていらないの。お父様の(ただ)一人(ひとり)の娘は私だけで良い。私以外にはいらない。…阿弥姫だけじゃない、あなた達にも当然、死んで貰おうと思ってたわ。だけど、こうして念願叶ってお父様と御会いして、今、とても気分が良いわ。あなた達の事がどうでも良くなる位。」


はつはにこりと笑うと目を細めて続けた。


「だから、今直ぐこの屋敷を出て私の目の前からいなくなってくれたら、あなた達の事、特別に見逃してあげる。良かったわね?」


「そんな事出来る訳無いじゃない!」


「あら?だったら死ぬしか無いわね。残念だわ。」


はつはそう言うと、右手を上げた。

刹那、庭園の黒松の針葉が文字通り「針」となって飛んで来た。

三鬼は四鬼に変ると仕込み杖から刀を抜いて、全てを打ち落とし叫んだ。


「皆、直ぐに部屋へと戻るんだ!その中なら、ある程度の攻撃も防いでくれる!」


「ふふっ、都の結界が崩れ、不浄の気が満ちて行く中で、いつまで三鬼様の結界が保つか…一刻も保てば良いですわね?」


「…その前に、()()を始末すれば良い話さ。」


孝子達が部屋に戻ったのを横目にして、四鬼が刀を握り直して言うのに、はつは眉を顰めて溜息を吐いた。


「四鬼様まで、そんな呼び方をするなんて…きっと旦那様は悲しみますよ?」


「黙れ!あんなのが法月である筈が無い!アレと法月を一緒にするな!」


四鬼はそう言うと、一気にはつの懐へと飛び込んだ。

だが、四鬼の刃が胸元を斬りつける直前、はつは市女笠を四鬼へ向かって投げつけ、雨の降る庭園へと舞い降りた。

市女笠を両断した四鬼は舌打ちすると、追い掛ける様にして庭に降り、直ぐに、はつへと刃を向ける。

しかし、先程と同じ様に針となった針葉が次々と四鬼に向かって飛んで来た。

四鬼がそれを刀で打ち落とすのを眺めながら、はつは呆れた様にして首を振って言った。


「四鬼様の悪いクセですね。剣を使う時は相手の動きを読み、より冷静に構えるべきだとお姉様に言われたのではありませんか?」


「…っ!何故、それを…」


四鬼が動揺し動きを止めたのを、はつは笑って再び右手を上げた。

直ぐに、今までの倍以上の針葉が四鬼を襲う。

しかし…


「まったく同感だな!」


黄金色の瞳を煌めかせ、三鬼が鍼を握り空中に円を描いた。

三鬼を狙った針葉が、次々とその円の中へと吸い込まれ消えて行く。


「直ぐに頭に血が上るのは、四鬼の悪いクセだと俺も前から思ってたんだよな…まあ、俺もさっきはつい、カッとなってあんたに鍼を投げちまったから、強くは言えねえけどさ。」


「…ふふっ、今度は三鬼様がお相手して下さるのかしら?」


三鬼が肩を竦めるのを、はつは面白そうに笑って言った。


「御望みなら相手をしてやっても良いけど、その前に聞きたい事がある。」


「まあ、何でしょうか?」


「おまえは本当は何者だ?」


「あら、先程、自己紹介致しましたのに、もう御忘れですか?」


「覚えてるさ。だが、どうにも法月の妻ってヤツが納得出来なくてね。」


三鬼は目を細めて、はつを見やった。


「本当におまえが法月の妻って言うのなら、あいつの真名を言ってみろよ。」


「……」


三鬼の言葉に、今まで感情豊かであったはつの顔は、能面の様に無表情の形に変った。


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