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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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四十四話・不浄の者達

「何故、鬼一殿がここへ…?」


利久が目を見開き立ち尽くしたのを、鬼一は「ぼさっとしてんじゃねえ!」と声を荒げて足蹴にする。

勢い良く蹴られ、尻をついた利久が腰を擦りながら立ち上がって見れば、元いた場所を巨大な蔓が覆い、波打っているのが見えた。


「全く!これじゃあ、何の為に護符をやったか分からねえだろうが!」


鬼一は橋の欄干にひらりと上がると、悪態をついたまま宙を飛び、触手が一斉に襲って来るのを次々と斬り捨てた。

そうして口元に呪を乗せると、焔を纏った刀身が触手の塊を燃やし、後には消し炭すら残らず、ただ静寂のみが訪れる。


「…浜靫だけじゃなく、傀儡の種も埋め込まれていたか。」


鬼一は刀を鞘に収めると、橋の中央に置かれた典久の遺体を一瞥し、呟いた。


「鏑木さんは()()は女にしか殺意は無いとか言ってたが、そうでも無かったな…まさか、贄に使われるとは思わなかったが。」


「贄とは…まさか、兄上の事ですか!?鬼一殿は何か知っているのですか!?」


突然現れた鬼一が訳知り顔で言うのに、利久は顔色を変えて詰め寄った。


「俺だって何が起こってるのか、本当の処は分からねえよ。ただ、怨霊払いの最中に、おまえの兄は贄として使われ、儀式が正しく行われなかった。本来ならば、歴代の陰陽師達が都に張っていた結界をより強化し、不浄の気を纏う者達を祓う筈だったのが、逆の作用を呼び起こしちまった。」


「逆の作用とは…」


「このままだと都の結界は崩れ、不浄の者達を呼び寄せる事になるって事だ…こんな風にっ!」


鬼一は言い放つと、利久に向かって護符を投げた。

直ぐ後ろで耳障りな悲鳴が聴こえ、慌てて振り返れば、欄干に爪を立てた半透明の(あやかし)がいた。

護符に焼かれた妖は煙を上げながら蒸発し、やがて黒い水となって川へと戻って行く。


「今のはこの川で身を投げたヤツらの恨みで出来た水霊だな。ああ言う、関係の無いヤツらにも影響が出ちまってる。」


橋の下を覗き込めば、川の流れは穏やかで、今あった事が夢であったかの様な光景だ。

だが、夢では無い。

水霊が爪を立てた欄干は、その部分だけがどす黒く腐り、臭気を漂わせている。


鬼一は胸元から人形(ひとがた)を取り出すと、呪を唱えた。

利久の目の前でそれは形を変え、いつも鬼一の屋敷で目にしている式童子の姿へと変わる。


「こいつを付けてやる。おまえはこのまま兄を連れて、屋敷へと帰れ。」


「…分かりました。」


「いいか、また襲われる事があれば、今度こそ俺のやった護符を使え。じゃないと、死ぬ事になるぞ。」


弾き飛ばされた利久の刀を顎でしゃくり、鬼一が言うのに、流石の利久も反論する事なく神妙な顔で頷いた。


「はい。死んでしまったら、剣を極める事も、鬼一殿に剣を教わる事も出来ませんからね!」


「……」


表情の無い筈の式童子と鬼一が、嫌そうに顔を歪めた事を気にする事なく、利久は兄の遺体を背負い「ご武運を」と鬼一に頭を下げて駆け出した。

鬼一はその背中を暫く見ていたが、くるりと踵を返すと羅城門へ向かった。


角を曲がり朱雀大路に出ると、羅城門の前は逃げ惑う人々の阿鼻叫喚に包まれていた。

本来ならば神聖であった筈の護摩の炎が穢れを纏い、黒炎となって燃え上がっている。

剣を持った兵士達が立ち向かう先には、黒炎の茨を操る二人の陰陽所達。


「…見た事ある顔だな。安倍家と加茂家のヤツらか。ちっ、こいつらも浜靫と傀儡の種を埋め込まれてやがる。」


鬼一は顔を顰めると、鞘から刀を抜いて兵士達の頭を飛び越えた。

思ってもみない人物の登場に、兵士達は目を瞠る。


「あれは、鬼一法眼…」


「何故、鬼一法眼殿がここにっ!?」


兵士達が騒めくのを横目にし、鬼一は「諸事情により、加勢してやるよ」と剣を構えると黒炎を前に不敵に笑った。


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