四十二話・運命
細波君の部屋の四隅、全てに鍼を刺した三鬼は、細波君と木通御前、そうして伊豆の遺体を一塊に寝かせると一息ついた。
「この屋敷の他の連中が今、どうなってるか分からないが、一先ず、この部屋には近付けねえ様にしておいた。こっからアレがどう動くのか、俺達にも先は読めねえ。羅城門で行われてる祈祷場所から穢れを感じたが、ここを離れる訳にはいかねえし…とりあえず、何かをやるにしても怨霊払いが終わってからだな。」
三鬼はそう言うと、孝子が伊豆に向けて押し付けた護符を拾って、もう一度、孝子に渡した。
「晶子に渡したヤツもそうだが、一度力を解放した護符は効き目が落ちる。使えても効果も薄く、あと一度が限界だろうが、無いよりマシな筈だ。持っておけ。」
「…分かったわ。」
孝子は頷き、受け取ると懐にそっと仕舞った。
そうして、宇美が孝子の傷付いた腕を取って、少しでも休んでいる様にと促すのを一瞥し、三鬼はどかっと胡坐を組んで座ると、腕を組んで口を結んだ。
今日までアレが双子姫を襲う事が無かったのは何故なのか。
木通御前と伊豆を浜靫に寄生させ、手駒に仕立てながらも、今日と言う日まで、敢て、待っていた様に思える。
無論、三鬼と四鬼、そうして鬼一法眼が阻止し、都に張り巡らされた結界によって十分な力が発揮出来なかった為もあるだろうが、それにしても、機会は幾らでもあった筈だが…
そうやって思案に耽っていた三鬼だったが、その袖をおずおずと引かれ我に返った。
見れば、晶子が躊躇い勝ちに三鬼を見上げている。
「どうした?何か心配事か…って、まあ、この状況じゃ心配事しかねえかも知れないけど、今度こそ、ちゃんと護ってやるから、安心しろよ。」
そうやって三鬼が励ます様に言うのを、晶子は「そうでは無いのです」と首を振って続けた。
「三鬼様、申し訳御座いませんでした。」
「え?何が…」
「私は、三鬼様から護って下さると仰って頂き、嬉しかったのです。初めて会った時も私を「あざみの鬼」から護って下さった…三鬼様は強くて、優しくて…だから、きっと三鬼様なら「あざみの鬼」を退治して下さると、愚かな事を考えていたのです。」
晶子は目を伏せると、唇を一度きつく噛んだ。
晶子の胸に後悔ばかりが浮かんでいく。
「三鬼様がどんな思いで「あざみの鬼」を追っていたのか…そんな事も知らないで、私は…っ」
晶子の瞳からほろほろと涙が零れて行った。
涙を見せる等…こんな時こそ、扇が必要だと言うのに手元には無くて。
晶子は袖元で目元を必死に隠すと「申し訳御座いません」と繰り返した。
三鬼はそんな晶子の様子に、目を見開き口を開けたが、やがて、口元を上げると晶子の頭に手をやって一撫でした。
「おまえが謝る必要なんてねえよ。俺達が門を潜ったのは、きっと、この日の為なんだから。」
あの日、法月に言われた言葉。
傷付けるのが怖いのでは無く、傷付くのが怖いのだと。
確かに、これ以上、大切だと思える者を増やすのが怖かった。
それは、自分の恐れであり、弱みとなる。
けれど、きっと、それ以上に強みにもなるのだろう…その事を、三鬼は晶子を見やりながら思い出していた。
「ははは、しっかし、妻問いの予定が何とも色気の無い話になっちまったな。まあ、これも運命だ、仕方ねえか。」
おどけて言った三鬼に、晶子は伏せていた顔を思わず上げて目を瞠った。
「…三鬼様は、何れ、三鬼様では無くなるのですね。」
「ん?ああ、真名の事か?」
「はい。」
「…そうだな、三鬼ってのは仮の名だから、何れ俺に相応しい、恰好良い名前を嫁が付けてくれるんじゃないかな?ははっ、なんてな!」
三鬼はそう言って笑うと、晶子の顔を見ないまま「さて」と立ち上がった。
「ちょっくら屋敷の中を見て周ってくるわ。お前達は、この部屋から出るんじゃねえぞ?何かあったら大声で俺を呼べ。良いな?」
くるりと背中を見せた三鬼に、孝子と宇美が黙って頷き、晶子はただその背を見つめるだけ。
部屋を後にした三鬼に、晶子は自分が何を言おうとしたのか分からないまま、最後に零れた涙を袖で拭った。




