四十一話・壺装束の女
午二刻の九つ目の太鼓が鳴り終わるのを聞いて、利久は羅城門に目をやった。
祈祷が始まる前に、何やら門の向こうで揉め事があったと聞くが、それも解決したのか今は儀式も滞りなく進んでいる様だ。
利久は胸元に仕舞った鬼一法眼から貰った護符を確かめ、そっと笑った。
口も態度も悪いが、鬼一はああ見えて面倒見も良く、優しい人だ。
彼の心遣いに感謝しつつ、このまま、この札を使う面倒事が起こらなければ良いがと利久は思った。
…無論、何かあれば、まずは己の剣で解決してみせるつもりではあるけれど。
「おい、利久!ぼけっとしてないで、こっちを手伝え!」
同僚が声を上げたのに、利久は「すまない」と慌てて謝ってから、怨霊払いが終わるまで待たされている者達の列へと足を向けた。
事前に知らされていた為に、それ程の混乱は無かったが、それでも多少の揉め事はあるもので、その時の為に利久達はこの場に配備されている。
待たされている者達の列を整理する中、利久は視線を感じて振り向いた。
見れば、壺装束姿の女が利久をじっと見つめている。
無論、その顔は虫垂れ衣によって窺う事は出来なかったが、確かに女の視線は利久を捉えていた。
「私に何か用だろうか?」
利久は女に近寄ると、小首を傾げて問い掛けた。
男がやっても全くもって可愛くも無い仕草であり、ここに鬼一がいれば、即、足蹴にされただろうが、生憎とここに鬼一はいない。
女は目の前に立った利久を見上げると、己の不躾な態度を謝った。
「申し訳ありません。あなた様が私の知っている方に似ていたもので。」
「私があなたの知り合いに似ている?」
「はい、とてもよく似ておられます。」
利久は顎に手をやると「成程」と頷いた。
「この世には自分と同じ顔の人間が三人はいるらしい。私と似ていると言う事は、さぞかし、その者は男振りの良い男なのだろうな。うむ。」
「まあ!」
女は利久の言葉に口元に手をやると、くすくすと笑い声を上げた。
女の笑い声に、利久も頭に手をやると「ははは」と笑った。
その声に、周囲の者が何事かと振り向いて利久達を見やったが、利久は気にした風も無く、女をもう一度見直した。
「…ところで、見た処、一人の様だが連れはいないのか?このご時世だ、女人の一人歩きは何かと物騒であろう。」
「いえ、夫が共に御座います。…今は、所用で離れておりますが、一人では御座いませんので、御安心下さいませ。」
「そうか、御夫君が一緒か。では、安心だな。…ちなみに、私と似ていると言うのは、その御夫君かな?」
「ふふっ、残念ながら違います。」
「何だ、違ったか!それは残念だな!はははははっ!まあ、とにかく、今日の儀式が終われば、都も落ち着く事だろう。未一刻まで、もう暫くだ。安心して待っているが良い。」
「…はい、ありがとうございます、利久様。」
女の返事に利久は片眉を上げて、首を捻った。
「何故、私の名を知っているのだ?」
「ふふっ、それはあそこにいらっしゃる方が、あなた様をそう呼んでいたのを聞いていたからですよ。」
女が促す方向を見れば、先程の同僚がこめかみに青筋を立てて、こちらを睨んでいた。
「ああ、これはいけない!それでは、気を付けてな。」
利久は女にそう言うと、慌てて駆けて行った。
女は、そんな利久の背中をいつまでも眺めていた。




