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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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三十八話・法月

「僕達の母親はね、元は君達と同じ、人間だったんだ。」





鬼が自分の住む鬼界から門を潜り、人間の世界へ渡って来るのは妻問(つまど)いの為であり、その生涯で門を往来する事が出来るのは一回限りの事。

門を渡った先で伴侶と決めた者から名を与えられると、それが真名(まな)となり婚姻が結ばれる。


その後、再び伴侶を連れて門を渡り二人で鬼界で暮らすか、残って人間界で暮らすのか選択する事が出来るのだが、その場合、鬼界に人間が渡れば鬼へ、人間界に鬼が残れば人間へと体が造り変わり、寿命もそれに応じたものになる。


鬼の婚姻とは、やはり人間のそれとは遠く離れたものであるのだが、そうやって鬼界へ迎えたのが三鬼と四鬼の母親であり、門を潜った時には彼女の体は完全に人から鬼へと変わっていた。


母親が長男の(ひとつ)()、長女の()()を産んで暫く後、三鬼と四鬼を身籠って()()()に最初に気付いたのは、祖母だった。

母親の胎の中に二つの魂が宿っていると告げ、周囲の者達は、次に産まれるのが双子である事を知る。

けれど産み月を過ぎても、母親の胎内から赤子が出て来る様子は一切無く、かと言って、胎の中の命が失われている事も無かった。

そうやって皆がやきもきしつつも月日は流れ、通常ではあり得ない年月を重ねた後に、やっと産まれて来たのは何故だか一人の赤子。

しかし、その赤子の中には確かに二つの魂が存在していたのだ。


不思議に思った母親に、祖母が言ったのは、元が人間の産む赤子には極稀にある話だと言う事。

本当に稀な話であった為、永く生きる祖父母ですら、御目にかかるのは初めてだったらしいが、とにかく多重人格とは違う、一つの体に三鬼と四鬼と言う双子の魂が宿っている事は確かなのだと。




幼い頃の双子は、一つの体の中で互いに主導権を巡り、直ぐに体調を崩したり癇癪を起したりと、面倒事の多い子供だった。

更に、双子を悩ませたのは、本来、鬼に備わっている筈の妖力が四鬼には備わっていない事だった。

いや、正確に言えば、備わっていない訳では無かった。

四鬼の妖力は、何故だか()()()()()宿っていたのである。

ただ、だからと言って、三鬼が二人分の妖力が使えるかと言えば『否』で、元々が別の者の妖力だからして、三鬼には三鬼自身の妖力しか使えない。

言わば、宝の持ち腐れ状態だったのである。

こんな処でも中途半端な状態に、双子の…四鬼の心は酷く傷ついていた。


けれど、両親はきちんと二人分の愛情を持って、三鬼の事も、四鬼の事も、一個人として尊重してくれた。

三鬼が晶子に言った通り、双子が生まれたのなら、それは二人分の幸せを貰ったのだと笑いながら、二人を見守り、育ててくれたのだ。

それ故に、双子は自分達の中で色々な事に折り合いをつけ、すくすくと成長して行った。


そうやって、成長した双子には幼馴染と呼べる親友が出来た。

双子の家からそう遠くない場所にある花屋の息子、法月の一鬼である。


ちなみに双子の兄と同じ名前であるが、これには理由があった。

鬼の婚姻の際、伴侶から真名を与えられるまで親から与えられる名は、仮の名であり、何処の家でも産まれた順に名が決められる。

最初に産まれた者を一鬼、次の者を二鬼…そうやって名付けられるのが仮の名であり、未婚の者達は大体が同じ名で呼ばれるので、それを区別する為に姓と同時に呼ばれる事が多いのだが、要するに、法月の一鬼とは、法月家に産まれた最初の子供と言う意味である。



法月の一鬼と双子は同い年であったが、腕白な双子に比べて、法月はどちらかと言えば大人しい子供であった。

物腰も柔和で、一見すれば少女の様な顔立ちをしている彼は、双子達が苦手にしている鏑鬼家の長兄を尊敬している様で、たまに長兄の元で熱心に本を読んでいたりするが、それでも、法月と双子は馬の合う親友だった。





「法月、見てて。今度こそ、妖力を手繰り寄せてみせるから!」


四鬼は木の根に腰かけた法月にそう告げると、目を閉じて呼吸を整えた。

四鬼は三鬼の魂に宿る自分の妖力を何としてでも取り戻したいと思っていて、大人達には内緒で三鬼や法月と相談しながら、祖父の蔵書を手掛かりに試行錯誤していた。



「四鬼の妖力を四鬼の魂に戻す方法だけど、考えられる方法は三つかな?」


「三つ?」


「そう、一つ目は三鬼が死ぬ事、二つ目は三鬼の魂がその存在が認識出来ない程に瀕死の状態になる事、」


『おいおいおいっ!!』


法月の言葉に、四鬼の中で三鬼が激しく抵抗する。


「三つ目は、四鬼の魂を深層の世に送って、三鬼の魂に宿る四鬼の妖力に、四鬼自身が触れる事かな。」


「僕自身が触れる?」


「ああ、僕と三鬼が四鬼を深層の世に送ってあげるから、四鬼はそこで自分の妖力を探すんだ。深層の世では僕達は、君を助けてあげられない。…それでも、やってみるかい?」


「うん!お願い、法月!」


『…俺にも、お願いしろよな。』




そうして、今日も、人気の無い原っぱで、妖力を取り戻す為の術式を展開している。

とは言え、四鬼自身には妖力が無いので、彼を取り巻く範囲に法月が地面に術式を描き、それを補う為に、三鬼が己の妖力を込めた鍼を術式の拠点に刺している。


『…っ、もう少し、もう少しで、手が届きそう!』


四鬼が深層の中、三鬼の魂に手を伸ばした時、四鬼の妖力が四鬼を拒む様に波打った。

指先に痺れを感じるも、けれど、四鬼は初めて触れる己の妖力に我を忘れる。


『僕の妖力だ!』


「四鬼っ!それ以上は駄目だ!手を伸ばすなっ!!」


頭の中で三鬼の声が響いたが、四鬼の心には届かない。

四鬼は尚も、三鬼の魂深くに潜り込み、その指先を伸ばして…


『あと少し、あと少しなんだっ!』


「四鬼、止めろ!」


「三鬼、四鬼を止めろっ!」


三鬼と法月の声が重なり、刹那、四鬼を囲む様に焔が走った。

妖力の暴走である。


扱い切れぬ()()に触れた四鬼は気を失い、四鬼の痕跡の残る三鬼の魂が肉体に戻るのに時間を要した。


轟音と共に炎の柱が上がる中、倒れた双子を助けたのは法月だった。

法月は双子を助ける為に炎の中に飛び込むと、その体を背負って脱出した。

しかし、そこで力尽きて倒れた処を、火柱に気付いた大人達が駆け付けて、双子と法月を診療所へと運んだのである。





「…ここは?」


四鬼の意識が戻ったのは、陽も随分と暮れてからだった。

病室の布団で目を覚ました四鬼は、目の前にいた両親の顔に驚いた。

双子は父親にこれ以上は無い程叱られ、また母親には泣かれてしまった。

流石に反省した双子であったが、それよりも法月の事が気になった。


「それで法月は?!法月は無事なの?」


父親の袖を引き四鬼が尋ねるのを、父親は眉間に皺を寄せて言った。


「あいつは隣の病室にいる。自分の目で見て来い。」


四鬼は父親の言葉に弾かれる様にして駆け出すと、直ぐに隣の病室に飛び込んだ。

そうして、布団に横たわる親友の姿に言葉を無くした。

戸口で足を止めた四鬼に気付いた法月が、そっと笑って声を掛けた。


「ああ、四鬼か、大丈夫、だったかい?」


「ほ、ほうげつ…っ」


法月には意識があった、けれど、彼の全身、そうして顔には真っ白い包帯が巻かれ、彼の喉から出た声は、炎の中で煙を吸い込んだ為だろうか、酷く掠れたしゃがれた声だった。


立ち尽くしたまま震える四鬼を見やり、傍らにいた法月の両親達はその場を離れた。

去り際に「四鬼ちゃんが無事で良かったわ。」と赤い目で笑って告げた法月の母親の言葉に、四鬼は涙が止まらなくなった。


四鬼は法月の元へ駆け寄ると、彼に縋って謝った。


「ごめんっ!ごめんよ!法月、僕のせいで…っ!!」


「…別に四鬼のせいだなんて、思っていないよ。四鬼が、自分の妖力を取り戻したいって、ずっと願ってた事、僕も、三鬼も、知ってたからね。…寧ろ、もっと、本を読んで、完璧な術式を書いてたら、四鬼の妖力の暴走を、止められたかも知れない。…僕の力が足りなくて、ごめんね。」


「…っ!!」


法月の言葉に四鬼は泣き崩れた。

そうして、何故、法月が四鬼達の長兄の元に通い、本を読んでいたのかを知った。

きっとそれも全て、四鬼の為だったのだろう。

喉を詰まらせ、いつまでも顔の上げられない四鬼の姿に、法月は少しだけ困って、その時に思いついた事を口にした。


「そうだな、だったら、今回の事、一つ「貸し」と言う事で、手を打とうか?」


「…貸し?」


涙と鼻水で汚れた面をのろのろと上げた四鬼に、法月は笑って頷いた。


「そう、「貸し」だよ。…この先、僕が何か失敗をする様な事があったら、その時は四鬼が僕を止めてくれ。出来るかい?」


「…そんなこと、」


「出来るよね?」


「…分かった、もし、法月が何か失敗する様な事があった時は、僕が法月を止める。約束するよ。」


四鬼は涙を袖で拭いながら、約束をした。

そうして、二人、指切りの為に小指を出した処で、四鬼の意識は闇に沈んだ。

炎の中、法月に庇われたおかげで見た目には軽傷であった四鬼であったが、使う事の出来ぬ妖力に無理矢理触れた為か、心身共に限界だったのだろう。

代わりに、開いた目は黄金色のそれで。

その目にも、やはり涙が零れていた。


「ふふっ、三鬼まで、何て顔だい。」


「すまない…っ、法月」


「聞いてただろ?これは「貸し」だよ。それで、手を打ったんだから、この話は、これで終わりだ。」


「…分かった。ありがとう、法月」



その後、懸命な介護を受けた法月であったが、その傷は完全には消えず、彼の右頬には火傷の痕が残ってしまった。



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