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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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三十七話・知る権利

ぎちぎちと体が締め付けられる音がする。

孝子は己の全身に巻き付いた緑色の蔓に爪を立てて抗った。


「く…っ」


首元を締め上げるソレに、既視感を覚え、こんな時だと言うのに孝子は少しだけ笑ってしまう。

あの時、助けてくれた銀色の煌めきが何故だかとても懐かしかった。


目の前にいるのは、悲鳴を上げながらも何とか孝子に巻き付いた蔓を取り除こうとする宇美の姿。

そうして、傷ついた体でこちらに駆け寄ろうとする晶子と、晶子を護る黄金色の瞳を持った三鬼の姿で、それは孝子の胸に宿った銀色のそれとは違っていて…


「え…?」


掠れた孝子の瞳に、一瞬、銀色の煌めきが映った。

晶子の隣で立ち上がった三鬼が、一度だけ、瞬きをする。

そうして、閉じた瞳が開いた時…


「まったく!兄弟揃って僕達は何て間抜けなんだ!傀儡の気配すら気付けないなんてっ!」


そう叫びながら、杖に仕込んだ白刃を振るう姿は夜空を掛ける銀色の流星の如く。

三鬼だった者は、今は四鬼の姿に変わると、孝子を縛り付ける傀儡を次々と斬り捨てて行った。


瞬く間に、孝子の体に巻き付いた全ての蔓を斬り捨てた四鬼だったが、庭先に(ひし)めく傀儡に眉を顰めると、孝子に背を向け庭先に降り立った。

同時に、緑色の蔓達から棘が生え、鞭の様に四鬼へと狙いを定める。


「四鬼っ!」


四方から四鬼へと襲って来る傀儡に孝子は悲鳴を上げたが、四鬼は軽やかに空へ跳ぶと、傀儡の集中する地面へ向けて白刃を突き刺した。

一纏めに地面に突き刺された傀儡が暴れるのをそのままに、四鬼は懐から鬼一の護符を取り出すと騰蛇の名を唱えて傀儡へと放つ。


護符から炎を纏った蛇が現れ、庭に炎の海が作られた。


業火は、けれど傀儡のみを燃やし尽くすのか、その中の四鬼や庭先の植物に燃え移る事は無かったが、異常なこの光景に孝子達が唖然とした時、一体いつからそこに潜んでいたのか、几帳の影から伊豆が鍼を右手に宇美へと襲い掛かったのである。


「宇美っ!」


孝子が咄嗟に宇美を庇い、その腕に鍼を受けた。

孝子の腕から真っ赤な血が流れたのを、晶子と宇美は悲鳴を上げて孝子の元へと駆け寄ろうとして、伊豆の胸元から飛び出した傀儡に阻まれる。


「止めろっ!!法月(ほうげつ)っ!」


炎の中から四鬼の叫び声が聞こえる。

と、同時に、何故か傀儡の動きがぴたりと止まった。


その隙に、孝子は懐に仕舞っていた護符を取り出し呪を唱えると、伊豆の懐へと押し付けた。

呻き声を上げる伊豆の口元からは、先程見た醜悪な触手の塊が零れ落ち、孝子に向かって種を植え付けようと触手を伸ばしている。

それを見た孝子の頬は引き攣ったが、直ぐに背後に温かな体温が感じられ、触手を突き刺す音が耳に響いた。

畳の上で光る白刃は触手を真っ二つにすると、直ぐに伊豆の胸元に根付いた傀儡を切り刻んで行く。

刻まれた傀儡は、やがて灰となり塵となって消え失せると、まるで何も無かったかの様に、そこにいたのはただ残された者達だけ。


傀儡と浜靫の消えた部屋の中、とりあえず目の前にあった脅威が退いた事に孝子は安堵したが、倒れた伊豆が息をしていない事に顔色を変えた。


「わ、私が、殺めてしまったの…?」


「違う。彼女は()()に傀儡の種を埋め込まれて殺されたんだ。君が殺した訳じゃない。」


断言する四鬼の顔を見やり、孝子はへたりと畳に尻を着いた。

その腕からは先程、宇美を庇って流した血がぽたりと落ちる。


「お姉様っ!」


「姫様っ!」


晶子と宇美が泣きながら駆け寄って、孝子を囲んだ。


「…二人共、そこを退いて。」


四鬼は孝子に縋る晶子と宇美に声を掛けると、先程、晶子に与えた竹筒の水を孝子の血に濡れた腕に注いだ。

そうして、己の袖を破くと孝子の傷口に巻いて行く。


「…君達姉妹は本当にそっくりだね。大切な人を守るのは良い、けれど、君達だって誰かの大切な人だって事、覚えておくと良いよ。」


四鬼は、先程、三鬼の言えなかった言葉を敢て、口にした。

孝子が宇美を庇わなければ、恐らく、宇美の命は無かっただろうが、それでも言わずにはいられなかったのだ。

宇美も四鬼の言葉に涙を流しながら同意する。


「そうです…そうですよ、姫様っ、どうして、私なんかを庇って…、」


「あら?さっき四鬼が言ったのを聞いて無かったの?宇美は私の大切な人よ。だから、体が勝手に動いたの。…ただ、それだけよ。」


孝子が「ふふふ」と笑ってみせたのを、宇美は喉を詰まらせ、しゃくりあげた。

そんな二人の様子を見ていた四鬼は、顔を顰めたが、やがて溜息を吐くと、孝子の傷ついた腕をそっと持ち上げて頭を下げた。


「…ごめん。偉そうな事言ったけど、結局、僕も三鬼と同じで、君に怪我を負わせてしまった。護る機会があればだなんて偉そうな事言っておいて、この(てい)たらくだ。…本当に、ごめんっ。」


孝子の腕を取る四鬼の手が震えている。

孝子はそれを見なかった事にして、やはり「ふふふ」と笑ってみせた。


「さっき、私達の事をそっくりだと言ったけど、あなたと三鬼もそっくりじゃない。どうして、謝るの?四鬼はちゃんと、私を助けてくれたわ。謝られたりしたら、御礼を言い難いでしょ?」


「…孝子」


「それより、四鬼、今度こそ説明してくれるわよね?ここまで来たら、私達だって知る権利はある筈よ。さっきまで確かにあなたは三鬼だった。だけど、今は四鬼よね?あなた達は本当に双子なの?…それに、さっき口にした「法月」とは誰の事?」


孝子は四鬼を真っ直ぐに見つめ、問い質す。

四鬼は孝子の腕をそっと離すと、その目を逸らさずに、孝子の問に答えるべく口を開いた。



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