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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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三十六話・襲撃

孝子は眼の前で晶子を締め上げる母親の姿に、震えた。


呪詛の様な言葉を吐きながら指先に力を籠め、笑う姿はいっそ狂人のそれだ。

止めなければと、震えながらも必死に縋り付く孝子を一切構う事無く、その瞳は暗い炎を灯して晶子だけを映している。


「お母様、止めてっ!止めてくださいっ!!」


孝子が泣きながら細波君に訴えた、その時、


「孝子っ!そこを退けっ!」


聞き覚えのある声、けれど、彼とは違う言葉遣いに、孝子は振り向き目を瞠った。

裳付姿に白銀の二本の角は見慣れたものであるが、その瞳は見事な黄金色の星が煌めいている。

孝子が慌ててその場を退くと、三鬼は胸元から鍼を出して、晶子の首にある細波君の手に突き刺した。

細波君は悲鳴を上げて晶子の首から手を離すと、身を屈めて呻き声を上げている。


「お母様っ!?」


孝子は三鬼のあまりにも乱暴な所業に絶句した。


「三鬼っ!いくらなんでも、乱暴過ぎるわ!」


「…実の娘を殺そうとしてる方がよっぽど乱暴だと思うが?」


三鬼は半眼で細波君を見据えながら、晶子を腕の中に抱き込んだ。

三鬼が晶子の背をゆっくりと擦ると、咳き込みながらも意識はある様子で、その事に孝子は安堵の溜息を吐いたが、三鬼の言葉に喉を詰まらせた。


「…っ、そうかも知れないけど、でもっ!」


「…はあ、落ち着いて、よく見て見ろよ。」


三鬼は溜息を吐くと、孝子を促した。

三鬼の言葉に、細波君を改めて見返した孝子は、未だ呻き声を上げる母親の鍼の刺さった手に、一滴の血も流れていない事に気が付いた。


「え…?どうして?」


「その鍼は特別でね、()()()()()()()に効果があるのさ。」


三鬼はそう言うと、腰に下げていた竹筒を晶子の口元へと運び、中の水を飲ませてやった。

そうして、次第に落ち着いた晶子を離すと、細波君の元までやって来て、彼女の手から鍼を抜いた。

あれ程、苦しみ呻いていた細波君は意識を失った様子であったが、その顔は幾らか穏やかなものへと変わっている。


それよりも、三鬼が抜いた鍼の先端に刺さったソレに、孝子達は息を呑んだ。


細波君の手の中から出て来たのは、孝子は目にしていないが、先程、木通御前の口元から出て来た触手の塊と同じモノだったのだ。

そうして、よく見れば、ウネウネと蠢くその醜悪な触手の先に、小さな班目の黒い種が張り付いている。

その種を触手は必死で三鬼へと伸ばしていたが、三鬼は短く呪を唱えると指先に焔を纏わせて、触手を焼き尽くした。


「…成程、木通御前と女房の伊豆に寄生した浜靫が、こうやって細波君にも種を植え付けたか。」


「あざみの鬼」によって呪いの種とされた浜靫であるが、その性質は他の植物と変わらず(しゅ)の存続なのだろう。

その為に、木通御前からなのか、伊豆からなのかは不明だが、細波君にも触手を伸ばして種を植え付けた事が想像出来る。


「…では、お母様はあの触手に操られていたのね?」


孝子が三鬼に尋ねるのに、三鬼は晶子を見やって頷いた。


「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()。」


三鬼はそう言うと、再び晶子の元へ戻り、打たれて赤くなった頬と、首元に残る手の痕を痛まし気に見つめた。


「…晶子、助けるのが遅くなって悪かった。木通御前が怪しいのなんざ分かってた事なのに、俺は自分の張った結界を過信していた。結果、おまえをこんな目に合わせるなんて…っ、すまない。」


「…ふふ、三鬼様は、謝ってばかりですね…謝らないで、ください…三鬼様は、約束通り、私を、助けてくださいました、ありがとう、ございます…」


「晶子…」


三鬼は晶子の体に負担が掛からない様にしてそっと抱き締めると、唇を噛み締めながら、その黒髪に指を通した。

そんな暫しの沈黙を破ったのは、宇美の震える声だった。


「お、鬼っ!鏑木法師が鬼っ!?」


そうして、意を決した宇美は、晶子を襲う―…宇美にはそう見えた―…三鬼に向かって護符を投げつけたのである。


「この、鬼めっ!晶子姫様から離れなさいっ!」


この部屋に晶子を連れて来てからの全ての怪異を目撃していた宇美は、ここに来て現れた三鬼の姿に気を失いそうになりながらも、主人への忠誠の為に気力を振り絞って何とか意識を保っていた。

何が起こっているのか分からないが、孝子と、今度こそ晶子を守らねばと宇美は必死だったのだ。


「宇美、落ち着いて!違うの!彼は私達の味方なの!」


孝子が慌てて宇美を止めるのを、護符を投げつけられた三鬼は気にせずにそれを拾って、晶子に視線を向ける。


「…この護符、あの女房に渡したのか?」


「はい、おかげで、宇美を護る事が、出来ました。」


微笑んだ晶子に三鬼は何も言えなかった。

きっと、孝子の大切にしている女房だから、晶子は宇美を守ったのだろう。


…己の身を顧みる事もしないままに。


それを愚かな事だと言うのは簡単であるが、では何が正しかったのか、それを答える事の出来る者は誰もいない。

人によって正しい事、大切なものは違うのだから。


「…晶子の役に立ったのなら、良かった。」


「はい、三鬼様の、おかげです。」


本当は、晶子自身の為に使って欲しかったのだと、自分をもっと大切にして欲しいのだと、叫んでしまいたかった。

けれど、晶子の笑顔を見て三鬼は言葉を飲み込んだ。


そんな二人の遣り取りを少し離れた場所から眺めつつ、孝子は宇美の説得を試みていた。

酷く興奮している宇美を宥めて、さて、何から説明すべきかと頭を巡らせていた孝子の足元にソレは音も無く近づいて…



「いやああっ!!姫様っ!」


宇美の悲鳴に振り返った三鬼と晶子が目にしたのは、緑色の蔓に体を縛られた孝子の姿。


それは、嘗て、双子姫を襲った傀儡だった。


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