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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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二十七話・大切な物

木通御前の文が届けられた翌日、橘の屋敷には、果たして女房の伊豆を連れた木通御前が牛車に揺られてやって来た。


無論、徳祐は鏑木法師に相談して義母を招く事に決めたのだが、妻の細波君はあまり鏑木法師に好意的では無かった。

夫を「あざみの鬼」から救ってくれた事は感謝しているが、それと忌み子である晶子をこの屋敷に戻す事は別の話だ。


現実主義者の徳祐と信心深い細波君の考えは、実に両極端であったが、夫に対する情も深い細波君は、内心はどうであれ彼に逆らう事は一切無かった。

徳祐も細波君がそう言う女であるからして、義父の持っていた政治力と財力を合わせて、彼女を正室に置いている。


それが「あざみの鬼」に襲われた事によって、徳祐はある意味、細波君よりも信心深い者へと変わっていた。

いや、信心では無い、鏑木法師に依存気味なのだ。

勿論、生来の欲深さは変わる事は無かったが、細波君から見ても、徳祐は鏑木法師に頼り過ぎに見える。

それ故、彼の進言に従って忌み子を屋敷に入れた事に、細波君は密かに怒りを抱いていた。


更に腹立たしいのは、自慢の娘である孝子姫が忌み子にべったりで、部屋に招いては二人で貝覆いや香合わせ等に興じている事だ。


―…絶対に忌み子に等、会ってやるものか


母である木通御前を迎えながら、細波君は今日も褥で臥せっていた。





木通御前が橘の屋敷に到着し、挨拶に呼ばれたのは孝子一人だった。


母の部屋で祖母と三人での会話であったが、久し振りに会った祖母は相変わらずであった。

昨日に続き褥に座る細波君の横で、祖母は久し振りに会う孝子の成長を喜び、才媛と謳われる箏の腕前を多いに褒めた。

これまでも、文での遣り取りはあったが、直接会って会話するのとでは、やはり受ける心情が違って来るもので。

母と祖母は相変わらず、孝子を唯一の姫であり、晶子は居ない者として扱った。孝子がその事に反発すると、孝子を(たぶら)かす晶子を更に悪く言う。

それが、孝子が五歳の頃に祖母の家を訪れた時と何一つ変わっていない、祖母と母の思考なのだろう。


そう考えると、四鬼に言われて祖母を警戒していた孝子であったが、何一つ変わらない祖母にほっとする。

晶子を悪し様に言うのは腹立たしいが、かと言って、祖母が不幸になる事を孝子は望んでいない。


母と祖母との会話に疲労しながらも、最後まで祖母を観察した孝子は、その晩、部屋の前に姿を見せた四鬼に祖母の様子を告げた。


「昼間、お祖母様に御会いしたけど、変わった処は無かったわ。」


「僕も屋敷に戻って少しだけ挨拶をさせて貰ったけど、不審な点は無かった様に思えた。…それでも、用心に越した事は無いから気を付けて。」


「ええ、分かってるわ…」


そう言うと孝子はそっと溜息を吐いた。


「…随分、疲れてるみたいだね。」


「そうね、やっぱり、お母様とお祖母様と御話しするのは楽しいばかりじゃ無いから。」


「…君は昔、晶子姫の事を「頑張り屋さん」と呼んでたそうだけど、君だって「頑張り屋さん」だと僕は思うな。」


「え?」


「家族との関わりを断つ事は案外簡単な事なんだよ。そりゃ、生きて行く為には家にしがみつく事になるかも知れないけど、心の関係は簡単に断つ事が出来るんだ。それは誰であっても変わらない。寧ろ、家族であればこそ、縁を切り、憎しみを抱く事だってある。だけど、君は複雑な家族関係の中、家族の形を崩さない様に皆に手を差し伸べてるだろ?君が「頑張り屋さん」でなければ、なかなか出来ない事だと、僕は思う。」


「…家族とはほとんど呼べないような形だとしても?」


「それでも君にとっては大切な物なんだろう?それが、他人から見てどんな物かは関係無いさ。君が大切だと思っているなら、それは大切な物なんだよ。」


四鬼はそう言って、孝子の今までの頑張りを労った。


孝子は四鬼の言葉に何と言って良いのか分からなかった。

けれど、孝子の胸にじんわりと温かいものが広がって行き、四鬼が立ち去った後も、その温かいものは孝子の中に残ったままだった。


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