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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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二十五話・木通御前からの文

今朝も早くから徳祐は、鏑木法師を伴って朝廷へと出仕していた。


怨霊払いの日取りが一週間後に決まり、屋敷に篭っていた摂政の近衛基通も朝議に参加する様になっていた。

これまでの徳祐の苦労を知らず、まるで自分の指示の元で全てが整ったのだと言う顔の基通に、徳祐は(はらわた)が煮えくり返る思いであったが、そんな事はおくびにも出さず、彼の指示に従っている。

基通は後白河院の信任も厚く、やはり、彼の側に居る事が徳祐に取っては出世への近道であったからだ。


当日は、巳三刻を告げる四つの太鼓が鳴るのと同時に祈祷が始まり、午三刻の九つ目の太鼓を終了の合図とする事で話が纏まった。

儀式が終わるまでは羅城門の門を閉め、都の中に何人(なんびと)も入る事を禁じられた。

無論、羅城門のみが都の中に入れる手段では無いのだが、安徳帝の勅令により、この日に限りは羅城門からの通行を義務付けられ、これを破った者には厳しい罰則が設けられている。

なので、行商人や旅人は都の外で暫く待機させられる事となり、都で商いを行っている者の中には、怨霊払いに合わせて買い付けの予定を早める者も多くいたし、旅人達も怨霊祓いの前日に都入りを果たす様に日程を早める者もいた。


紫宸殿では陰陽頭である安倍泰親を中心に、都の正門である羅城門、朱雀門から羅城門繋ぐ朱雀大路の中央で陰陽師による祈祷が行われる。

利久が言っていた様に、紫宸殿以外の他二箇所は小規模な物となっていたが、それでも都を挙げての怨霊払いと言う事で、多くの人員を宛がい、これによる規制も厳しい物となっていた。



その日、孝子と晶子は宇美を交えて(へん)()ぎに興じていた。

偏継ぎとは、詩文の漢字の偏を隠し、旁だけを見せてその偏を当てさせる遊びである。

誰かと競い合う遊びをした事の無い晶子は、やり方を教えて貰いながら、初めは戸惑い、けれど、手習いで鍛えた為もあり、後半になるとすっかり孝子に圧勝していた。

…単純に、孝子が偏継ぎに弱いだけかも知れないが。


「ふふっ、晶子は物覚えが早くて凄いわねえ。次は何をしましょうか?貝覆いと香合わせはどう?それとも囲碁が良いかしら?」


「姫様、そんなに一度には出来ませんよ。ほら、晶子姫様も困っておいでです。」


宇美の言葉に孝子が晶子を見やれば、確かに困った様に微笑んでいる。

孝子は反省しつつも、妹を遊びに誘う事は止めない。


「そうね、一度にたくさん遊ばなくても、明日も明後日もあるものね。晶子には、これからも色々な遊びを教えてあげるから、ゆっくり楽しみましょう。」


孝子が片目を瞑り一つ指を立てて声を上げれば、晶子は今度こそ柔らかい笑みを見せた。

こうして、穏やかな時間を孝子達は過ごしていたのだが、母親である細波君から報せを受けて、孝子一人が母の部屋へと赴く事となった。


細波君は鏑木法師を招いた宴席で倒れて以来、体調を崩したまま部屋に閉じ籠っていて、晶子とはまだ顔を合わせた事は無かったが、例え、元気であったとしても恐らく会う事は無かっただろう。

今回、孝子が一人で呼ばれた事が、それを物語っていた。


「お母様、御加減は如何ですか?」


ふすまを膝に掛けて褥に座る母の顔は、思ったよりも悪く無かった。

元々繊細であり、躁鬱を繰り返す人なので寝込み勝ちではあったが、夫が決めた事とは言え、晶子が屋敷に居る事が気に入らないのだろう。


「今日は悪くありませんね。それより、先程、お母様から文が届きました。」


「お祖母様からですか?」


「ええ。怨霊払いが終わる日まで、こちらに御泊りになりたいそうです。鬼の噂が流れた時から心細い思いであったそうですが、やはり祈祷が無事に終わるまでは不安だと仰られて。勿論、殿には御窺いせねばなりませんが、あなたもそのつもりでいる様に。」


細波君はそれだけ言うと褥に横たわった。

孝子は退室の礼を述べると、宇美に先導されて自室へと戻った。

晶子は既に居らず、一人になると昨夜の四鬼の言葉を思い出していた。


―…お祖母様がこの屋敷にやって来る


それが何を意味しているのか、四鬼達が孝子と晶子を「囮」にしてから膠着していた事態が、いよいよ動き始めたのかも知れない…


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