十七話・謝罪と御礼
孝子の部屋を退室し、自分に与えらえた部屋へと戻った晶子は、寝支度を整えると褥の上でそっと溜息を吐いた。
今日は朝から色々な事があり過ぎて、ただでさえ生家と言えど、見知らぬ屋敷の見知らぬ部屋の中、晶子は落ち着かない気持ちでいっぱいで、到底眠れる気がしなかった。
それでも何とか目を瞑り、晶子が体を休めようとした時、御簾の向こうで誰かの動く気配がした。
晶子は咄嗟に身を固くして、ふすまを被ると御簾の向こうを窺った。
そうして、そこにある黒い影に目を瞠る。その影の頭上に見えるのは二本の角で…
「…よお、起きてるか?」
躊躇い勝ちに尋ねる声に、晶子はふすまから顔を出して息を呑んだ。
「…三鬼様ですか?」
「ああ、…その、色々とすまなかったな。」
「…それは何に対する謝罪でしょうか?」
「そりゃあ、勿論、お前らを囮にしてあいつを誘き寄せる事だ。…四鬼は俺がお前らを囮に使うのに反対してるって言ってたみたいだけど、四鬼と鬼一を止めなかった時点で、結局、俺も同罪さ。…いや、これしか方法が無いって分かってて、口先だけで反対してた俺が一番狡いよな。だから、恨むんなら、四鬼じゃなくて俺の事を恨んで欲しい。」
三鬼がそれだけ言って立ち去ろうとするのを、晶子は「御待ち下さい」と声を上げて呼び止めた。
「四鬼様から御聞きになっていらっしゃらないのですか?」
「え、何を?」
「私が御礼を申していたと。」
「あ、いや、聞いてるよ。前に助けた礼だろ?」
「それだけでは御座いません。今回の事も御礼を申し上げたいと言っているのです!」
晶子はきっぱりと言い切ると、下唇をきつく噛んだ。
三鬼の勘違いに無性に腹が立ち、同時に悲しくなったのだ。
「四鬼様も仰っていましたが、「あざみの鬼」が私達を狙っているのならば、狙いを絞るのは上策。もし、この屋敷に呼び戻されず、あのまま祖母の屋敷で暮らしていたら、近い内に私は「あざみの鬼」に殺されていた事でしょう。本来、四鬼様や三鬼様が私達を護る義理等無いのですから。」
「いや、それは…」
三鬼が口籠るのに、頭を振って晶子は続ける。
「その上、三鬼様には一度、助けられた身の上。それを、今回は囮にさせられたからと言って三鬼様達を恨む様な事は致しません。寧ろ、四鬼様は自分も「あざみの鬼」と対峙し、危険な最中であろうにも関わらず、姉と私を護って下さると約束して下さいました。私達が足手纏いになるのを分かっていながら…それだけで、充分なのです。」
そう、本当に、それだけで晶子は充分、彼らに感謝しているのだ。
だから、三鬼には絶対に謝って欲しく無かった。
「…俺だって、護ってやるさ。」
「え…」
三鬼が零した言葉を晶子の耳が拾った。
三鬼はガシガシと頭を掻くと、今度ははっきりと言葉にする。
「お前ら姉妹を護ってやる!絶対に、あいつには指一本触れさせねえから安心しろ!」
先程、四鬼からは三鬼にも協力させるから安心しろと言われたが、直接本人から言われると、やはり晶子の心は違った心持ちになるもので…
「…お前ではありません。晶子です。」
「くくっ、そうだったな、晶子と孝子を護ってやるよ。」
「はい…ありがとうございます、三鬼様」
御簾の向こうの黄金色の瞳が見えない事を残念に思いながら、晶子はそう言って頭を下げた。




