十六話・挑発
「初めまして、晶子姫。僕は三鬼の双子の弟で四鬼、よろしくね。」
にこりと人好きのする笑顔を浮かべて名乗った四鬼を扇超しに見つめ、晶子は三鬼とは似ていないなと思った。
無論、双子であるからして顔立ちは同じである。
けれど、四鬼の笑顔は作り物の様でいて、その瞳が黄金色で無い事を除いても、あの屈託無く笑う三鬼とは全くの別人の様に晶子には見えたのだ。
もしかしたら、案外、自分達双子もそう言う風に見えるのかも知れない。
晶子は同時にそんな事も思っていた。
「急に屋敷に呼び戻されて驚いただろう?それには理由があってね、」
「私達を囮にして「あざみの鬼」を捕まえたいんだって。」
四鬼が説明を始めたのを遮って、孝子が告げた。
それにぎょっとしたのは果たして晶子だったか、四鬼だったか、ともかく、先に反応したのは四鬼であり、彼は孝子を睨むと眉間に皺を寄せた。
「…あのね、君、物事には順序と言い方があるって知ってる?」
「それ位知ってるわよ!失礼な人ね!…でも、どう言い繕ったって、囮は囮でしょう?私、裏表のある言い方って嫌いなの。それに、事実を知ってる方がこの場合は良いと思うのよ。例え、世の中に知らなくても良い事があったとしてもね?」
いつかの四鬼の言葉を織り交ぜて、孝子は断言した。
四鬼は暫し孝子を睨んでいたが、溜息を吐いて晶子を見やった。
「まあ、そう言う事。…アレは何故か君達親子を狙っているみたいでね、別の屋敷で離れて暮らしているんじゃ、どっちの屋敷を襲って来るか分からない。なら、同じ屋敷で暮らして貰って狙いを絞るのが上策だろう?だから一芝居打ったんだ。」
「え!?じゃあ、お父様が襲われたと言うのも嘘なの!?」
四鬼の「一芝居打った」と言う言葉に孝子が直ぐに反応した。
けれど、四鬼は頭を振ってそれを否定する。
「芝居って言うのは、陰陽道がどうたらってヤツさ。それらしい事言ってるけど、全部鬼一の受け売りで、僕達は別に陰陽師でも何でも無いからね。君達の父親が襲われて、それを助けたのは本当だよ。ただ、アレが徳祐を襲うのは以前から分かっていたから、徳祐には鬼一の式神を使って常に見張らせていたんだ。だから、あの晩、式神がアレの気配に反応したから駆け付けた。…まあ、本体じゃなくて傀儡だったけど、間に合って良かったよ。君達の父親も運が良かったね。」
「悪運かも知れないけど」と呟いた四鬼の言葉は聞かなかった事にして、孝子は晶子に顔を向けて言った。
「そう言う訳だから、私達はこれから囮になるけど、晶子は私が護ってあげるから安心して頂戴。」
にこりと微笑み、力強く頷いた孝子だったが、それを聞いた晶子は顔色を変えて声を上げた。
「お姉様が私を護るのですか!?では、お姉様は誰に護って貰うのですか!?」
「私は晶子の姉なのだから、妹を護るのは当然でしょう?それに、私の事なら大丈夫よ、何とかなるわ!」
まるで根拠の無い孝子の自信に、横で聞いていた四鬼は呆れ、何故か怒りが込み上げた。
確かに、四鬼は孝子に「囮になれ」と言ったし、優先順位は「あざみの鬼」を始末する事で彼女達を護る事では無い。
けれど四鬼は、自分の言った言葉を棚に上げて、妹の身のみを案じる孝子に苛立ちを感じていた。
「お姉様、その様に自分を粗末に扱う様な事を仰るのは御辞め下さい。私はお姉様を犠牲にしてまで護られるべき人間ではありません!」
「そんな事無いわよ。私の妹ってだけで、充分に護られるべき人間なんだから。それに、別に粗末になんて扱って無いし、犠牲にだってなるつもりはないから。こう見えて、逃げ足は早いのよ?いざとなったら、晶子を連れて逃げてみせるわ!」
孝子は晶子の手を取って言い切ってみせた。
そうして、「それに、」と言葉を続ける。
「きっと、私達が襲われるより先に、四鬼が「あざみの鬼」をやっつけてくれるから大丈夫よ。何せ、わざわざ私達を囮にしてまで彼の鬼と対決するのだもの、勿論、勝算があるのでしょう?」
孝子が挑む様な瞳で真っ直ぐに四鬼を捉える。
それを見て、四鬼は熱くなっていた頭を急に冷やされた気持ちになった。
無鉄砲で浅慮な娘だとばかり思っていたが、思い返せば「あざみの鬼」の狙いを当てる様な娘である。
他人の思惑を読むのが上手く、それを使って乗せるのが上手いのだろう。
現に、不本意ながらも孝子の挑発に乗せられ様としている自分がいた。
「…いいよ、二人共、護ってあげる。但し、護る機会があればだけどね?」
言外に、二人の元には近付けないと言ってみせ、孝子を見返しながら口元を上げた。
「ふふっ、私達を囮にするのだもの、それ位の気概が無くてはね?……ありがとう、四鬼。」
孝子が微笑み、真摯に礼を言ったのを、四鬼も笑って受け入れた。
晶子はその笑顔を見て、少しだけ四鬼の人柄が分かった気がした。
先程見せた作り物の様な笑顔とは違う、これが本来の四鬼の笑顔なのだろう。
それは三鬼とはやはり違って見えたが、それでも彼らが兄弟である事がよく分かる笑顔だった。
「ああそうだ、護るで思い出したけど、これを君達に渡しておくよ。」
四鬼はそう言って懐から何やら文字の書かれた紙を取りだした。
「何これ?」
「鬼一の護符さ。僕達が護りを固めるとは言っても、念の為にね。…何かあった時に使えば良いよ。」
四鬼は孝子と晶子に護符を渡した。
その護符には十二天将の内、勾陳の力を借り受けたものが込められている。
孝子は物珍し気に目の上に翳して「へえ、これが鬼一法眼様の護符なのね」と何やら感心している様子だ。
晶子はそんな姉を眺めつつ、四鬼にそっと尋ねてみた。
「…あの、四鬼様、それで、三鬼様は今、どちらに?先日助けて頂いた事、改めて御礼を申し上げたいのですが…」
鏑木法師の姿でここにいるのが四鬼とするなら、三鬼は今何処にいるのだろう。
鬼一法眼の屋敷か、それとも「あざみの鬼」を一人で追っているのだろうか…
「…え―…っと、三鬼は元々、君達を囮にするのに反対でね、その上「俺の事も忘れちまえ」なんて決め台詞を吐いた手前、君に合わせる顔が無いって言ってたから、ここには来ないかも…あ、でも、勿論、君達を護る時にはあいつにも協力させるから、そこは安心して。」
「そんな…っ、三鬼様がその様な事を気にする必要は御座いません。ですが、三鬼様が私に会いたく無いと仰られるなら、それは仕方の無い事…では、四鬼様から、晶子が御礼を申していたと伝えて頂けますか?」
四鬼の言葉に、晶子はそっと扇で顔を隠して頭を下げた。
何故だか酷く、胸が痛い。
ああ、扇があって本当に良かった。
表情を表に浮かべる事は決して褒められる事では無い。
けれど、今の晶子はきっと、隠すべき表情がすっかり表に出てしまっているだろうから…
「うーん、別に会いたくない訳では無いと思うけど…分かった、伝えておくよ。」
四鬼が困った様にして頭を掻いたのを、当然、扇で顔を隠した晶子は見る事は無かった。