十五話・孝子と晶子
宇美に案内されて入った部屋では、孝子が脇息に肘を掛けただらしない姿で寛いでいた。
それを見て晶子が呆気に取られて目を丸くしていたのを、宇美の怒声で我に返った。
「姫様!晶子姫様を迎えるのに、何て恰好ですか!いつもあれほどに口を酸っぱくして注意しているのに、情けない!…それとも、宇美の教育が悪かったのでしょうか?妹姫様の前でこの様な醜態を晒すとは…宇美は、宇美は…、本当に情けのう御座います。」
一転、嘆き始めた宇美に対して、孝子は軽く手を振りながら
「良いじゃないの、身内の前で位、寛いだって。」
と、姫君とは思えない、にんまりとした笑顔を作ってそう言った。
「姫様っ!」
「はいはい、分かったわよ。…ごめんなさいね、晶子。宇美が煩くって。まあ、こっちに来て座りなさい。」
「…はい。」
未だに憤怒の表情を浮かべる宇美を横目に、晶子はそれ以上の言葉を述べる事は出来ず、孝子の言うのに従った。
孝子はそんな晶子をまじまじと見やり、己の細顎に指を掛けて首を傾げた。
「うーん、そんなに似てるかしら?自分では、あまり似てるとは思えないんだけど。」
「…そうですね、晶子姫様の方が姫様よりずっと賢そうな御顔立ちをなさっておいでですね。」
孝子が言うのに、宇美が側で肯定する。但し、それは完全な嫌味であるが。
晶子は宇美と孝子の遣り取りに目を白黒させながら、そっと扇で己の顔を隠した。
表情を表に浮かべる事は褒められる行為では決して無い為、くるくると変化する自分と同じ顔の姉のそれに、晶子はどうすれば良いのか分からなくなったのだ。
「馬鹿ねえ、賢そうじゃなくて、晶子は賢いのよ。だって、都で一番の才女なのよ?私より賢い顔立ちをしてるのは当然じゃない。」
宇美の嫌味を孝子は物ともせず、笑ってそう言うと「だけど!」と人差し指を一つ立てて続けた。
「私だって都で一番の箏の名手と呼ばれてるんだから、それなりの顔立ちをしていると思うのよ!そう思うでしょ?晶子」
孝子が自信満々に胸を張って言うのに、名指しされた晶子は「そうですね」と答えるのに精一杯。
宇美は呆れた様に孝子を見ていたが、孝子は晶子の返事に満足そうにしている。
と、その時、晶子の耳に琵琶の音色が届いた。
孝子も直ぐに気が付いた様で、宇美に「少し、晶子と二人だけで話をしたいの」と言って彼女を下がらせた。
宇美が下がり、二人だけになった部屋には先程までの賑やかさが嘘の様に、暫しの沈黙が落ちていた。
互いに話したい事はあれども、琵琶の音色が次第に近付いて来る中では話をする処では無かった。
それでも、晶子は御簾の向こうを見つめる姉の様子を扇超しにそっと窺った。
―…彼はお姉様を助けたのは、自分の弟だと言っていたけれど。では、先程の鏑木法師は彼の弟だったのかしら?
晶子が忘れられなかった黄金色の瞳は閉じられて見えなかったけれど、二本の角が無いだけで、鏑木法師の顔は三鬼とそっくり同じであった。
それに、この屋敷の庭にも彼が残した鍼と同じ物がある。
信じていなかった訳では無いが、三鬼が言った事は全て本当の事だったのか。
今更ながらに、自分達の身に一体何が起きているのかと思い、晶子は身を震わせた。
そうして、部屋の前で止まった琵琶の音色と共に、御簾を潜って入って来たのは、やはり鬼の姿をした鏑木法師で…
但し、その瞳は晶子の知らない銀の光を宿らせていた。