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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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十二話・囮

燭台の火がゆらりと揺れて、孝子の前に立つ男の影も揺れた。

孝子は目を見開き、暫し彼を凝視していたが、直ぐに我に返ると声を上げた。


「あなた、鏑鬼の四鬼ね!?それに、その恰好!やっぱり鏑木法師はあなただったのね?何が鏑()よ!わざわざ人間に化けて屋敷に乗り込んで来るなんて、一体どういうつもり!?」


「まあ、落ち着いてよ。別に取って食おうとか思ってないから。」


「なら、宇美は!?あなたの琵琶で突然倒れたのよ!」


「君と話がしたくてね、少し眠って貰っただけさ。この屋敷には以前、鍼を置いて行ったからね、あれを媒介にして妖術が効きやすくなってるんだ。だからって、害意は無いから安心してよ。」


四鬼がにこりと笑って畳の上に座った。

孝子はやはり宇美を抱いたまま四鬼を睨み据えたが、一つ呼吸を整えると静かに問い掛けた。


「話って、妹の晶子の事?お父様が「あざみの鬼」に襲われたと言う事は、晶子も襲われる可能性があるって事?」


「…どうしてそう思ったの?」


四鬼は意外そうに孝子を見やり、片眉を上げた。

孝子はそんな四鬼に躊躇いつつ、己の考えを述べた。


「あれから色々と考えたの。「あざみの鬼」が都で噂される様になったのは登美君のお屋敷が襲われたからだけど、その前に襲われたのは私だったでしょ?でも、あなたが助けてくれたおかげで噂にはならず、次に「あざみの鬼」が現れたのが登美君のお屋敷だった。登美君を初めとしたお屋敷で働く者達、登美君の女房として働いていた私の異母姉だった阿弥姫も惨たらしく殺されて一見無差別な犯行と思われるけど…」


「けど?」


「狙いは阿弥姫だったんじゃないかしら?」


言いながら孝子の喉はごくりと鳴った。

四鬼はそれを見ながら、続きを促した。


「そして、昨夜お父様が襲われたと言うのなら「あざみの鬼」の狙いは

お父様の血に連なる者達…だから晶子も襲われる可能性がある。そうじゃないの?」


「…残念ながら、ハズレ。既に晶子姫は襲われたよ。」


「なんですって!?」


四鬼が肩を竦めて言うのに、孝子は悲鳴を上げた。

まさか、そんなと顔を蒼白にした孝子に、四鬼は安心する様にと告げる。


「そっちは僕の双子の兄、三鬼が上手くやったから大丈夫。ただ、君が言う様に()()の標的は何故か君達親子みたいだからね、二人一緒にいてくれた方が護りやすいと思ったんだ。だから、何かあった時には君にも協力して貰いたい。」


四鬼は人好きのする笑顔を浮かべ、口元を上げた。

孝子はそんな四鬼の銀色の目を真っ直ぐに捉え、彼の真意を見逃さない様にその瞳を逸らさずにいる。

暫しの沈黙、そうして先に、黒くて丸い孝子の瞳を逸らしたのは四鬼だった。


「―…と言うのは嘘で、まあ、囮として役に立って貰おうかなって思ってね。いい加減、鬼ごっこも文字通り厭きたしね。」


「そう、囮…分かったわ。でも、護ってくれるのでしょう?」


「僕達の優先順位はあくまでアレを始末する事だから、約束は出来ないかな。…それに、こう言っては何だけど、君達親子はこの先もずっと狙われる。だったら、君だって早くこの状況から抜け出したいだろ?例え、危険な囮役になったとしても。」


四鬼の言い分は随分と辛辣な物であったが、孝子は静かにそれを聞いていた。


四鬼達にどんな理由があって「あざみの鬼」を追い掛けているのかは分からないけれど、それと孝子達を護る事は別の話だ。寧ろ、彼らには孝子達を護る理由等無いのだから。

今後も「あざみの鬼」に狙われるのならば、確かに囮役と言えども、鏑木法師が滞在するこの屋敷に晶子を呼び戻した方が良いだろう。

勿論、孝子とて命は惜しいので、四鬼に言われるがまま素直に囮役を買って出るつもりは無いけれど…


「まあ、これで君の父親が晶子姫を屋敷に呼ばなければ意味は無いんだけどね。」


「それなら問題無いわ。お父様の事だから、明日にでも晶子を屋敷に呼び戻すわよ。」


己に利となる事であれば、徳祐は何でも受け入れる男である。

現実主義で合理主義者であった徳祐が、鬼に襲われ、それを助けた琵琶法師を屋敷に招いたのだ。彼が助言した事には素直に従うだろう。


「…それで、さっきから気になっていたんだけど、あなたのその恰好は何?琵琶法師だなんて嘘までついて。人間の姿にもなれたのね。鬼一法眼様とは同門だと言う話だけど、鬼一法眼様はあなたが鬼だって事を知ってるの?」


おおよその話が済んだ処で、孝子は四鬼の姿を上から下まで眺めて尋ねた。

今は鬼の姿をしているが、先程の宴席では、銀の瞳は見えないまでも鬼の象徴である二本の角は綺麗に隠されていた。


「今はちょっと都の結界の中に三鬼の『目』を預けててね、丁度良いから琵琶法師の恰好をしてるんだ。鬼一と僕が同門ってのは…合ってる様な、合って無い様な?…まあ、とにかく鬼一には鬼一の事情があって、あいつも「あざみの鬼」を追い掛けてるのさ。僕が鬼だって事も知ってるよ。」


「『目』を預けるって何?それに、鬼一法眼様が「あざみの鬼」を追い掛けてるって…」


「まあ、色々と複雑な事情があるんだよ。」


四鬼はそれ以上は答えず「そろそろ部屋に戻るよ」と言って琵琶を抱えて立ち上がった。


「とにかく、晶子姫が来たら改めてまた話をするから。よろしくね。」


四鬼の指が琵琶を奏で、孝子の部屋を後にする。

その音色は先程の様に心を落ち着かなくさせる妖し気なものでは無かった。

孝子はその事に安堵しながら、明日にでも屋敷へ戻るだろう、晶子の事を考えていた。



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