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花鬼~あざみの記憶~  作者: 光沢武
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九話・鏑木法師

鏑木法師は手にした杖と琵琶を置くと、静かにその場に座り徳祐を見やった。

いや、「見る」と言うのは正しくは無い。

彼の両目はやはりしっかりと閉じられていて、徳祐の姿を映す事は無いのだから。

だが、こちらに顔を向けた鏑木に、徳祐は「見られている」と感じていた。

昨晩も思ったが、この男を前にすると妙な緊張を強いられる心持ちにさせられるのだ。

それ故に、彼の同門と言われる鬼一の口添えを期待し、わざわざ値の張る青瓷の皿を手土産にしてまで押しかけて来たのだが。


「鏑木殿、昨晩は危うい処を助けて頂き、誠にかたじけない。改めて礼を言おう。」


徳祐はそう言って、見えない鏑木に頭を下げて見せた。


「…いえ、あそこに私がいたのも天の采配なのでしょう。感謝は私をあの場所に導いた御仏になさって下さい。」


「ああ、いや、それは確かに…。」


鏑木法師の素気無(すげな)いとも取れる言い様に、言葉を無くした徳祐は鬼一に目配せを送り「口添え」を要求した。

鬼一はやれやれと言った風にして、鏑木に言った。


「橘殿はな、あんたを屋敷に招きたいそうだ。そんで、あんたに化け物から身を護って貰いたいんだと。」


「な…っ!」


鬼一のあからさま過ぎる言い様に、徳祐は目を剝いて言葉を無くした。

この男、兵法家を気取る癖に物事の駆け引きも知らぬのか!

徳祐は鬼一を睨み付けると、しどろもどろに弁解を始めたが、反応の薄い鏑木法師を前に、遂には勢いのままに声を上げた。


「鏑木殿が我が屋敷に来て下さると言うのなら、誠心誠意の持て成しをさせて頂くつもりだ。無論、それなりの金も御渡ししよう!昨晩見せて頂いた鏑木殿の力があれば、この先、またあの化け物に襲われたとしても虎に翼、私も安心する事が出来る。鏑木殿、どうか!」


「持て成しも、金も、私には必要の無いものです。」


「では、何が望みだ?私に出来る事なら何でも叶えてみせるぞ!」


やはり素気無い鏑木に、徳祐は身を乗り出して食い下がった。

鏑木は暫く思案す様に首を傾げたが、やがて彼が口にしたのは徳祐の思ってもみなかった人物の名だった。


「…橘様には天上の箏の音を奏でると噂の姫がいらっしゃると御聞きしました。」


「天上の箏の音?孝子の事か?」


「はい。私も天上とは申しませんが、琵琶を奏でる事に於いては多少の自信を持っております。楽器は(たが)えど同じ奏者として、それ程に世に知られる姫の箏の音を聴かせて頂けるのならば、喜んで橘様の御招きを御受けしたいと思います。」


徳祐の娘の孝子には、より良い婿を迎える為に、幼い頃より教養の一つとして箏を習わせていた。

厳しく躾けたのが功を奏したのか、それとも元々天賦の才があったのか、今では都でも箏に於いては才媛として孝子の名は知られる様になっていた。

阿弥姫を摂政である基通の妻、登美君の女房へ送った後は、然るべき頃合いを見計らって、次は孝子を朝廷の女官へと目論んでいたが、ここに来て別の形で徳祐の役に立つとは。


無論、鏑木が()()()()()()で孝子に会いたいと言っているのでは無いと分かっているからこそ、徳祐は安心して鏑木を屋敷に招く事が出来る。

幾ら保身の為とは言え、手塩に掛けた娘の身を、政略にも使えない一介の琵琶法師にくれてやるのは流石の徳祐も惜しかった。


徳祐はにこやかに笑って頷くと、鏑木の申し出を快く了承した。


「では、善は急げと申す。直ぐに遣いの者を屋敷に走らせ準備させる故、今晩にでも我が屋敷に参られよ。」


徳祐は上機嫌で暫く鏑木と鬼一に世間話を始めたが、「そろそろお暇しよう」と言って、来た時同様、式童子に案内されるまま屋敷を後にした。





「父上が色々と御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」


残った利久が頭を下げたのを噴き出しながら、鬼一は面白そうに利久を見て言った。


「迷惑って言うんなら、おまえも大概、迷惑な存在なんだがなあ。」


「やはり酷い言われ様だ。私ほど真剣に、鬼一殿の教えを請うている者はいないと言うのに。」


「…そう言う処が面倒臭くて迷惑なんだがな。」


鬼一が肩を竦め、呆れて利久を見やっていると、庭先から真っ白な猫がやって来て、にゃあと鳴きながら鏑木の膝の上で丸まった。


「おいおい、皆鶴、飼い主は俺だぞ。こっちへおいで。新しいおまえの()()もあるぞ。」


そう言って、徳祐の持って来た青瓷の皿を掲げると、目を丸くする皆鶴に鬼一は手招きをして笑って見せたのだった。


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