蛇行する恋
液晶画面に写る女性への眼差しを、あなたは隠そうともしなかった。
「色んな報道がありましたが、私は一度もファンを裏切るようなことをしたことありません。これからはより一層気を引き締めて頑張ります!」
若々しい肌、溌剌とした笑顔、甘茶色のボブヘアー、甘ったるい声。
「次にくるアイドルトップ10」にも選ばれた、西川優沙……忘れもしないその名前が、テロップに表されている。
あなたはテレビから目をそらさずに、蛇のような目で彼女を見ていた。奥二重の小さな瞳いっぱいに、彼女の姿を焼き付けて。私が作った料理を、そんな表情で食べないで欲しい。そう思いながらも、私は文句が言えなかった。
彼はそこそこ有名なギタリストで、私とは中学からの腐れ縁の仲だ。長年近くにいた私は、もちろんあの忌まわしい報道の時のことも忘れていない。
あの時の彼はぐちゃぐちゃだった。どうしたって詩的に表せないほど荒れていた。報道の支障は本業にも影響して、仕事は減るわ嫌がらせはくるわでひどい有様だった。彼が一番大変な時に西川は何をしていたのか、と言うと、報道を完全否定して彼との縁を一方的に切ったのだ。そんな彼の面倒をつきっきりでみていたのは他ならぬ私だ。
その甲斐あって、長年の悲恋を遂げた私だったけれど。西川がこうやってテレビに出る度に、彼の憂いを帯びた表情を見なければならないのは辛かった。かといって、「番組を変えようか」と問いかけても「このままでいいよ」と言われてしまう。私の気も知らないで。
その胸の内が知りたかった。悲しいなら共有して欲しい。恨めしいなら共に怒りたい。でも、愛しいなら、私にはなすすべがない。そしてそれを確かめる勇気は、持ち合わせていなかった。
バラエティー番組が終わるとようやく、あなたは新聞に目を移した。次の番組内容には一瞥もくれず、夕飯時をやり過ごそうとしている。
「あ、そういえば、これ」
ふと、おもむろに彼は机の上に置いていたCDを滑らせるように渡してきた。
「次のCD出来たから、まずは君に聞いて欲しくて」
そのうちの6曲、僕が弾いてるんだよ、と得意げに話しかけてくるあなた。やっと私を見て言ってくれた言葉なのに、私はひどく泣きそうになっていた。
「ありがとう、後で聞くね」
そう言って自分の部屋にかけこむ私を、彼は不自然に思ってくれただろうか。
あなたが「長い髪が好き」と言った日から、私はこのロングヘアーを変えたことがなかった。コンプレックスの低い声も、あなたが「素敵だよ」と言ってくれたから受け入れられたんだよ。
けれど、あなたが書いた曲のどこにも私はいなくて、どの「愛している」も西川に宛てているのではないかと思わずに居られなかった。
私は呪われている。彼女に呪われている。彼よりもずっとずっと。彼の心に染みのようになって居座る過去。その苦しみを、一番理解しているのは私なのに、一番交わらない想いが内在していた。