終章
それはまぁ一方的な蹂躙だったらしい。
私からしてみれば当然の話なのだが、ヨーコの熱弁は辟易するほどに長く、克明なものだった。
正直、寝起きでンな話しを聞くのはキツかった。
しがみついて離れないダフネの存在が重いわ痛いわでキツかったと言うのもあるが。
そう言えば、また一週間ほど寝ていたらしい。
単純に遠征の四分の一は寝て過ごしていたわけだ。我ながらよく寝たもんである。
ダイブシステムを使用した反動は、予想より遙かに軽傷。臓器が僅かに傷付いていて、肋骨が二本と右の鎖骨が折れていた程度。他は複数の内出血と罅で済んだ。
松葉杖付きとは言え、すぐに歩けたのは幸いだった。
なにせ、既に惑星連盟軍の救援艦隊と合流していたのだ。さすがに監督者が寝たきりで惑星連盟軍の人がお見舞い、なんてなってたらどんな顔をして話せば良かったか。
メインデッキで通信を開いて貰い、惑星連盟軍救援艦隊の司令官に挨拶をしておく。
生徒達がかなり褒めてくれたらしく、お爺ちゃん司令官は孫の褒め言葉を伝えるように終始ニコニコ笑顔。
好意的なのはありがたいんだけども、格の問題がある。逆に困るというものだ。
救援艦隊は戦艦級一隻ならがも、巡洋級五、駆逐級十とちゃんとした編成。そして率いるのは、学園長の友人という大佐。
教師風情に敬語で話されても困る。助けられたのもこっちだってのに。
その後、スパイアに辿り着くまでも何かと助けて貰った。
パイロットの訓練に軍人パイロットが軍の機体で参加してくれたり、お爺ちゃん司令が乗り込んできて直々(じきじき)に艦長の心構えを説いてくれたり。
ありがたすぎて、スパイアが見える頃には私の仕事が殆ど無くなっていたぐらいだ。
そんな私に気を使ってくれたのか、ヨーコを筆頭としたパイロット達やダフネが何かと先生先生と訊きに来てくれたが、行きに比べれば遙かに楽な帰途だった。
まぁ、一度死にかけたけども。実質地獄は一日だけで済んだので、教師としては楽だったと言える。
ちなみにオラクルグループやグレッグ云々(うんぬん)に関しては、ダウンから生徒達に箝口令が敷かれたらしい。
『あんな技術を軍に知られれば、犠牲は加速度的に増える。加えて言うなら、下手に今回のことを話せば、狙われるのはお前達の命であり、記憶が詰まった脳だ。軽口だろうと喋らないように徹底させるんだな』
そう脅されたらしく、ウィンスとダフネで協議した結果、グレッグが宙賊と結託して襲ってきた、と言う話にしたらしい。私は奴らを追い払う為に負傷した、と。
ウィンス艦の乗組員は事情を理解していない者も多い為、そのストーリーで納得させると同時に『そんな人の生徒だったと知られたら就職に響くぞ』とウィンスが告げたことでその辺りの話は終わったらしい。
対するダフネ艦は、当事者だったこともあり単に事実を話し、ダウンの忠告を教えただけ。あんな叫びを間近で聞いたのだ。下手に話せば自分がそうなると考えるのは当然で、クルーへの対応が別れたのも当然だ。
更にダウンの、『ここは俺たちに任せてさっさと行け』なんて言葉に感謝して帰途を急いだとのこと。おかげであの二人の総取りだ。
まだ百程度はあっただろう正四面体に、救援にきた敵艦の残骸。ダウンなら私の貯金すら上回る利益を叩き出すことだろう。
助けて貰った上に痕跡すら消して貰うわけだから、文句を言えないってのが腹立たしい。
「って事なんだけど、シロ先生」
「ん?」
「……またイライラしてたの? 話はついたって言ってたじゃない」
「うん、話はついたんだけど……それでもムカつくもんはムカつくのよね」
あの妖怪少年ジジイが上機嫌なのはもう慣れたことなので何とも思わないが、ダウンが上機嫌でお裾分け的に利益の話をしたのがやっぱり腹立たしい。
当事者は私でしょうがっ! と、声を大にして言いたい。
メインデッキだし今更だから言わないけども。
「兎に角、スパイアに帰ってからよ。どう指示出すの?」
「あぁ、模擬戦ね。出さないわよ?」
「……軍の人が相手なのよ?」
帰還後生徒達の成長を確かめるとの名目で行われる予定の模擬戦。それの相手が軍のパイロットに変わった。
これは嫌がらせでも何でも無く、単なる成り行きだ。
ウィンス達と合同で訓練を行うようになり、スパイアまであと数日と言う所で、ウィンスがこちらの艦に向かって放送を流したのだ。
端的に言えば賞賛、詳しく言えば敗北宣言なそれを分かりやすく言えば、『宙賊と戦えた君たちは凄い。一緒に訓練してその凄さが良く分かった。だから帰還後の模擬戦は勘弁して』という内容。
わざわざ放送で流したものだから、軍人さん達大喜び。
情けないという人もいたらしいが、堂々(どうどう)とした敗北宣言は概ね好評で、その中でもお爺ちゃん司令と軍パイロットの人達には大層受けたらしい。
その結果が、両艦合わせた三十機対軍パイロットの三十機。勿論互いに訓練機だ。
許可は勝手に取り付けたらしく、気がついたらそうなっていた。
まぁ生徒達も乗り気だし、選ばれなかった軍人パイロットさん達が熱心に教えてくれ始めたしで、個人的には良い判断をしてくれたと思っている。
「あくまで成長の確認なんだから、私が口を出す必要はないでしょ」
「いやでも……軍の人が相手なのよ。いいのぉ?」
「いいの。って言うか、軍の人達が訓練に参加してくれるようになってから明らかに集団としての動きが上手くなってるしね。正直、私の成果じゃなさ過ぎて気まずい」
「先生っ!」
いきなりの横やりに驚いて顔を向けると、艦長席からダフネが半眼を向けてきていた。
「先生は、自分を過小評価しすぎです。良いですか? この艦のクルーは先生があってこそ自分達があるのだと理解していますし、パイロットも同様です。先生の薫陶あってこそなのに、その先生がそのように気弱では困ります」
「いや、でも……」
「いやもでももありませんっ!」
「はい」
「もう、そんなんだから軍の人に可愛いだの健気だの言われるんです。生徒は皆、先生の事を尊敬してるんですから、もっとしっかりして下さい」
「はぁ……はい」
男所帯の軍だと、小さくて女性ってだけで可愛いって評価になるんだけど……そんな事で怒られてもちょっと納得いかない。
まぁ素直に頷きますけども。
「えーっとね、えっと……そう、模擬戦の話よぉ。本当に指揮しないのぉ?」
「模擬戦なんだから、自己の判断でやった方がいいでしょ。仮に指揮するとしても、それはダフネ艦長の仕事よ」
ハッキリと言い切ると、ダフネは一つ咳払いをしてコンソールを叩いた。
「今回はパイロット主導の模擬戦ですから、勿論私も参加しません。その模擬戦ですが、現時刻より四時間後、スパイア時間の十五時開始になります」
「もう着くかぁ。……何だかんだで、終わってみれば早かったわね」
メインモニターに輝き始めたスパイアの光を目に、自然とそう漏らしていた。
最初二週間は毎日が地獄のようだったけど、過ぎてみれば良い思い出だ。
「さすがのあたしも、そんな感想抱けないけど」
「そぉ?」
「さすがに、それはラプ先生に同意します。……正直、今まで生きてきた中で一番長い二ヶ月だったと思いますし」
「そーかなぁ?」
酷く真剣な表情でそう言われるが、あまりピンとこない。
やっぱり二週間も寝ていたのが効いてるんだろうか? その分を補えるように色んな生徒と接してきたつもりだったけど、やっぱり足りなかったのかもしんない。
「まぁ、やっとの帰還よ。喜びましょお?」
「そうですね。やっと、肩の荷が下ります」
「ふふっ。……今思い返しても、あの頃のダフネちゃんが、今みたいなダフネ艦長になるなんて信じられないわぁ」
「必要に駆られてやむなく、ですよ。……それもこれも、シロガネ先生がいればこそ、ですけど」
ダフネに笑顔を向けられて、私もどうにか笑顔を返した。
高評価はありがたいが、私がやった事と言えば外見を変えてあげたぐらいだ。
なのでそう持ち上げられると、頬が引きつりそうになる。
「では先生。模擬戦が終わりましたら、パイロット達を労う為に格納庫集合で」
「それは良いけど、一緒に観戦しないの?」
「そうしたいのはやまやまなのですが……そう、先生は学園長とお話ししながら、と言う形になるのでは?」
「あー、うん、確かに」
寝て過ぎ去った二週間は程は兎も角、毎日ちゃんと報告書は上げている。
だがこうして問題もあったわけで、まず間違いなく学園長とそこそこ長く話すことにはなるだろう。
「でも、そうなると格納庫いけないかも」
「大丈夫です。二ヶ月もの航行を終えて、なんですから。最後の集まりに間に合うように気を使ってくれるはずです」
「……そっか。そう言えば、この面子で授業を受けれるわけじゃないのか」
実験的にこの艦を受け持つことになっただけ。スパイアに戻れば、多分普通の教師生活だ。
そうなれば、こうやっていつも見る乗組員ともたまにしか会えなくなる。
「うん、分かった。格納庫には間に合うように行く。でもって、今から艦を回ってくるね」
「はい」
頷いてくれたダフネに手を振って、私はメインデッキを後にする。
航行授業の終わり。
これからたまにしか会えなくなるだろう面々に、最後の挨拶を。
「のぅ、シロガネ先生。パイロット候補生達の技術が、上がりすぎているように思うのじゃが」
ちゃんとシロガネと呼んでくれた学園長は、心持ちキリッとした表情でそう投げかけて来た。
宇宙港に幾つかある応接室、その一室。
そんな場所で立派なソファに腰を下ろして向かい合い、展開した巨大なスクリーンで模擬戦を見ているのには理由がある。
如何にもな大きなカメラを持った男性と、マイクを持った女性。
要するに撮影中なわけだ。
模擬戦の開始に間に合うようにここへと来た為、彼ら二人とは殆ど話していないが……まぁ、航行中に襲撃を受けた件に関してだろう。
「ここまで巧みに動けるとは……何をしたのじゃ?」
「五人一組として、編隊を組んで行動出来るように指導を。ただ、それ以外に関しては生徒達の努力故かと」
「それで、あれほどまでに?」
「不幸にも実戦を経験する事になりましたので、それもあってかと」
「その件でお聞きしたいのですが」
そう割って入ってきたのは、アナウンサーの女性。
学園長に視線を向けるも、顔を顰めながらも一つ頷かれる。
「貴女の発案で行われた授業で事件に巻き込まれたようですが、何があったんですか?」
「宙賊の襲撃ですね」
「安全を確認されていない進路を取ったのですか?」
「まさか。目的地はサルビア宇宙ステーションで、ここからですとどんな宙路を選んだとしても安全な筈です」
「ですが襲撃された」
問い詰めるような言葉に、私はなるほどと頷いて見せる。
「つまり貴女は、この辺りの宙域を安全たらしめている多くの企業と惑星連盟軍に不満があるんですね?」
「違いますよっ!?」
「そうですか? 彼らのおかげで安全が確保されているというのに、でも襲撃されたと言うから……」
「違いますっ! そんな事は思ってもいませんっ!」
「はぁ、そうですか」
顔を真っ赤にして否定する彼女に、曖昧な相槌を打つ。
学園長はこちらのフォローもせずに、口元を抑えて肩を震わせていたりする。
笑ってる場合か。
「えっと……では、その……どのような宙賊、だったんですか?」
変に言葉を選んだのは、責任を追及する気まんまんだったからだろう。
だがああ返した結果、『襲撃された責任は誰がどうとればいいと思いますか?』なんて感じで聞いてくれば、友好的な企業や惑星連盟軍を敵に回しかねない。
我ながら、良い返しだった。
「宙賊は宙賊。どうと聞かれても困ります」
「生徒達が実戦を経験したとのことですが、シロガネ先生の指示で?」
「そうなりますね。宙賊の艦を落とす為には私が出ざるを得ず、自衛の為に出て貰う必要がありましたので」
「学生をそのような自体に巻き込んだことに責任を感じませんか?」
「難しい質問ですね。……貴女的には、戦わせるべきではなかったと?」
「えぇ。彼らは生徒。戦場に出すなど、人道に反するかと」
「人道、ですか。……つまり貴女は、生徒達を見捨てるべきだったと言いたいわけですね?」
私の投げかけに絶句する女性。
彼女へと、私は言葉を続ける。
「例えばですが、今このスパイアが大軍に襲われたら貴女はどうしますか?」
「な、何を言って……」
「逃げるでしょう? 多くの人が、自分の安全だけを考えて動くはずです。ですが、ここの生徒は違う。候補生である以上、率先して戦いに赴き、工科学院の生徒もスパイアの機能を維持する為に地下へと潜るでしょう。……何も出来ない者とは違い、彼らはその為の技術を学んでいるんですから」
そう言っている内に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
彼女の言動が、生徒達まで侮辱しているように思えてきたから。
「だと言うのに、生徒だから戦わせるなと? 戦わなければ死んでいた。だから彼らは戦った。逃げろという言葉すら無視して、私がいる最前線まで来た。それは、責任があればこそだ。それを、貴様は、人道だと?」
「いえ、私はそんな……」
「貴様そこそんな立場にあって責任を感じないのか? 真実を確かめるのならば良い。客の為に都合が良い言葉を引き出そうとして、自分の観点で物を言う。……責任感という者は無いのか貴様は」
「シロ先生、その辺で」
今更口を挟んできた学園長を手で制し、涙を流し始めた女性を睨み上げる。
「あの状況で、何もしないで泣いていた生徒がいると思うか。生きる為に、誰もが為すべき事を為した。それを貴様は……仕事に対する責任感すらないのか?」
泣き声を漏らさないだけはマシかも知れないが、何もしないなら案山子よりも価値がない。
「おいカメラマン。介入しないあんたは局の者としてはどうかと思うが、カメラマンとしては立派だと思う。だからあんたが判断しろ。その生徒以下をどうするか」
私がそう投げかけると、カメラマンの男性しゃがみ込み顔を覆った女性の尻をつま先でつつき、顎で退室を促した。
冷酷すぎる判断だが、この男、プロだ。
わっと泣き声を上げて外へと走って行った女性を見送って、学園長へと口を開く。
「なんでこんな局の取材を受けたんですか? どうせ偏向報道系の企業でしょうに」
その言葉に、カメラに映らない位置で指で輪っかを作ってみせる学園長。
なるほど、金か。
この学園長、案外クズなのかもしんない。
「それでシロガネ先生。こう言ってなんじゃが……軍に勝たれると、学園としては少しあれなんじゃが」
「それはまずありませんよ」
高速飛行かつ広域な為、スクリーンは九分割され右下には全域を映すレーダー。
と言ってもレーダーは性質上撃墜判定を受けても機関が動いている以上反応してしまうので、動いているかいないかで判断するしか無い。訓練機に積まれていたレーダーとは違い、一般的な性能のレーダーなのだ。でもって、他の八画面を見ていても状況の把握が難しい。
何せちょいちょい学生の訓練機が軍人の訓練機に撃墜判定を出しているのだ。必然的に学生の訓練機が注目されやすく、軍人パイロットが乗る灰色の訓練機はあまり映らない。
だから映像だけを見ていると、学生が優勢のようにさえ見える。
「だが、あの軍のパイロットが既に七機もやられておるのじゃぞ?」
「そしてこちらは十五機、ですね」
「……ん?」
気付いていなかったのか、まじまじとスクリーンを見る学園長。
「学生にしては良くやっていると思いますが、機動戦が得意なヨーコの班でも一機、マーカスとガレックの班では二機ずつ落とされてますからね。どう転んでも勝てはしませんよ」
「いや、しかし見た限りでは良い勝負じゃが」
「軍はスリーマンセルが基本ですからね。こちらは状況的に五人一組にせざるを得ず……そのおかげで七機落とせましたが、まぁ出来過ぎですよ。たった二ヶ月で何年、何十年と正規のパイロットをやってる人を落とせたんですから」
「むぅ……」
「生徒達が驚くほど成長したことは事実です。ここを出る前の模擬戦では一方的にやられていたヨーコ達の方が生存数、撃墜数共に多いわけですから」
「そう言えば、中央にずっと映っておるのはヨーコ君の班か」
生徒達の中でも一段上手く動けているのがヨーコの班だ。
ヨーコの操縦技術はマーカスより僅かに劣るものの、班としての完成度がズバ抜けている。ヨーコの性格が班員達と上手く合った結果だろう。
「ただまぁ、もう撃墜は無理ですね」
「何故そう思う?」
「先程も言いましたが、キャリアが違いすぎるんです。なのに七機も落とせたのは生徒達の努力があってこそではありますけど、それ以上に軍の人が訓練機に乗ってくれたと言うのが大きいんです」
「んむ?」
「学園の既製品に、僅かな調整だけで乗ってくれているわけですからね。個人用に完全にセッティングした学生の訓練機相手に、そんな不利を背負った上でたった七機の撃墜で済ませているんです。……そして、彼らはもう慣れた」
そう言った瞬間、スクリーン中央の映像で一機落とした。
「撃墜判定、出たけども」
学園長は困惑気味にそう言うが、私は思わず笑みを浮かべてしまっていた。
味方を犠牲に敵を落とした。それはお世辞にも綺麗とは言えない手段だが、そんな事まで出来ると言うことが妙に誇らしかった。
「子供の成長は早いと言いますけど、本当ですね」
「いや、お主も似たような年齢じゃからな?」
「……そうなると、やっぱり経験なんですかね。まぁ、どうにしてももうひっくり返せませんよ」
「分からんじゃろうが」
何故かムッとする学園長。
勝たれたら困ると言ったり負けると言ったらムッとしたり。
気持ちは分かるので、つい苦笑する。
「相手は真摯な軍人さんらしく、常に同数になるよう動いていますからね。一機落とされても、次が補充されるだけですよ」
「……おぉ。そうか、撃墜判定を受けていないのに止まっている機体がおるわけじゃな? 年を取ると物事が見えにくくなっていかんのぉ」
「はいはい。では、私は格納庫に向かいますね。そろそろ終わると思いますので」
「む、そうか?」
そう言って学園長が目を細めてスクリーンを見ると同時に、ポコポコと学生の訓練機に撃墜判定が出始めた。
「よー分かるのぉ」
「多くを教えたつもりですが、それでも二ヶ月では行動のパターンが限定されてしまって。相手はプロですから、これぐらい時間がかかればどう動くか分かってしまうんですよ」
「むぅ。……それでも、二ヶ月と考えれば驚くべき成長ではあるの」
「えぇ。本当に」
ソファから立ち上がり、「それでは」と告げて部屋を後にする。
何故かカメラマンも着いてくるが、追い払う理由も無いので放っておく。
模擬戦は私が初めて行ったときのような注目度らしく、廊下には人っ子一人いない。なのでカメラマンが着いてきても関係無しだ。
ちなみにカメラマンのカメラ。現代ではあり得ないほど大きいが、放送業界の暗黙の了解という奴である。
知り合いにそれ関係の者がいて興味本位で聞いた話しだが、中はちゃんと現代に見合うだけの軽量化が施されており、大きいのはハリボテ。放送される、放送すると言う意識を持って貰う為に、あえてそんなサイズのカメラを使っているとのこと。
まぁ私なんかはそんなの意識しないから、目立たないカメラを使ってほしい所ではあるんだけど。
そんな事を思いつつ格納庫へと向かって歩く。
その間、出会った人はゼロ。スパイアの住民全員が見ているんじゃ無いだろうか。
と、角を曲がり格納庫前の通路にさしかかった所で、初めて一人目に入った。
「ミゼット」
人がいない廊下は声が良く響く。
私を見たミゼットは何故か一度格納庫に入ると、すぐに出てきて近付いてきた。
「どうしたの?」
「手」
「ん?」
もじゃもじゃの毛を伸ばされたので、それを掴んで歩き出す。
ミゼットの身体が歩く度に左右に揺れる。それは機嫌がよろしい証拠だ。
二ヶ月も一緒だったから、色んな人の色んな癖が分かるようになった。教師として同行したけど、色々学ぶことが多かったのは私の方かもしんない。
格納庫の前で一度止まり、扉を開いて中へと入る。
と、予想外に人が多かった。
ってーか、ダフネ艦の乗組員全員いるんじゃないだろうか。
「総員、整列っ!」
オグルの咆吼染みた声に従って、全員が綺麗に整列する。
サルビア宇宙ステーションでもあったが、あの時よりも更に動きに無駄が無く、並び方が綺麗だ。
「ダフネ艦長、お願いしますっ!」
「ありがとう、オグル」
一歩前に出たダフネはオグルに微笑んでそう告げ、私の前まで歩いてくる。
さて、なんだろう。パイロットを労うはずなのに、当のパイロット達も綺麗に整列している。
「先生。今日、今この時をもって、私達の宙海航行授業は終わりになります」
「……うん」
「わたし、わたしたちは……」
つっと、ダフネの頬に涙が伝う・
「私達は、先生の生徒になれて、先生と共に艦に乗れて、幸せでしたっ! 今まで知ることの出来なかった多くを先生のおかげで知ることが出来、今の私達がありますっ! 本当に、本当にありがとうございましたっ!」
『ありがとうございましたっ!』
振り絞るようにそう叫ぶダフネの声は、どうしようもないほどに震えていた。
涙を流しているのは彼女だけで無く、整列している中にちらほらと泣いている者が見える。
アカン。これは、アカン奴だ。
初めて感じる感覚。悲しい訳でもないのに目の奥が熱くなって、視界が滲む。
これがもらい泣きって奴なんだろうか。
「総員、敬礼っ!」
オグルの声に従って、全員が綺麗な敬礼を見せる。
だが、その中に下唇を噛み締めて無理に背筋を伸ばしたりしている生徒が目に入ったりして、どうしようもなく涙が溢れる。
人前で泣くのは非常に恥ずかしいが、悪い気分じゃ無い。
服の袖で顔を拭い、私は一回両手で頬を叩いて笑顔を見せた。
「ん、みんなお疲れっ! 私は、あなた達の教師であったことを誇りに思うっ! 今までありがとうっ!」
「先生っ!」
言い終わるやいなや、駆け寄ってきたのダフネに頭を抱きしめられる。
それに続いてわっと声が上がり、生徒達が駆け寄ってくる。ただ私の顔はダフネに抱きつかれ、腕やら肩やら引っ張られるものの誰が誰だが分からないままもみくちゃに。
幸せではあるが面倒な一時。
騒ぎが収まったのは十数分後。誰かがカメラに気付き、ダフネがリテイクを希望。
『先生の生徒らしく最後までちゃんとやる』との希望に生徒達が乗っかりもう一回。
さすがに二回目まで涙を流した者はほんの数名で、サルビア宇宙ステーションの時のように綺麗に終わる。
だが、カメラマンが最後に放った言葉。
生放送、の単語一つに、全員が赤面してその場に蹲ったのだった。
終わりです。
全て纏めると文字制限に引っかかるので、章ごとの分割です。
ルビも振りましたが、どの範囲でふればいいのか分からないので大体です。
感想を貰えると嬉しいです。