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第六章   時潜る天魔のクロガネ

「なるほどねぇ」

 死者の(うめ)きと言えるものを耳に、私は他人事ひとごとのようにそう呟いていた。

 まぁ、実際他人事だ。ニュースとかで見れば同情もしただろうが、生憎あいにくと今は敵。

 慈悲じひ容赦ようしゃも無く殺すだけだ。

「しっかし……この動きはプログラムの補正だけじゃ説明がつかないわね。脳も弄られてるか」

 平然と呟いてはいるが、高速機動中。

 百機ほどは落としたはずだが、機影が減ったように見えないのが案外キツい。

 敵母艦から出てくる機影が無くなった点だけは救いだが、全面赤い機影でくされているのは見ていて嫌になる。

「<クロガネ>、遮断しゃだんを再起動。……ありがとね」

 音声認識で一時的に止めていた<クロガネ>の機能が再起動し、機内を埋め尽くしていた呻きが消えた。

 最初この呻きが聞こえなかったのは、<クロガネ>の機能故にだ。ダウンですら認めるこの機能は、指定した波長以外は完全にカットする優れものなのだ。

「っちぃ! 熟練じゅくれんのパイロットだってンな動きしないわよつ!?」

 突撃してきたのは、正四面体が重なり合って作られた巨大な正四面体。

 そして、目の前には正四面体達が横方向に重なり合って作られた巨大な壁。

 高速で飛びつつ機体を触れ合わせる何て真似、一流のパイロット同士だから可能なのだ。だと言うのにこいつらは、何十機と集まりながら一分の隙も無く固まり、形作る。

「こんのぉつ!」

 機首を強引に上へと向け、<クロガネ>下部のスラスターを全力で噴かす。

 機首が僅かにかすめたものの、かろうじて壁に併走へいそうする形に。

 追走ついそうしていた巨大正四面体は壁にぶつかり爆発、しなかった。

「……は?」

 後部カメラが映す映像では、確かに壁と接触してはいる。

 だが何一つ音は無く、巨大正四面体は壁にまれただけだった。

 そして、進路上の壁から数機が固まって形作られた正四面体が迫り上がってくる。

 このまま進めば全てが機体下部に直撃するタイミングだ。

 咄嗟とっさ逆噴射ぎゃくふんしゃし、急停止。

 だが、それもまた悪手だった。

「くっそぉっ!」

 機体下部の映像がきらめき、毛ほどのズレも無い動きで、壁を形作る正四面体が面から角へと角度を変えた。

 要するに、一面の壁が砲門へと変わったのだ。

「シールド全開っ!」

 機体全面をシールドで覆いつつ、機体下部のスラスターを全開に。九十度角度を変えて並ぶ砲門へと機首を向けると同時にブースターを始動。角度を変えたことで僅かに出来た隙間すきまへと、<クロガネ>を突っ込ませるっ!

 無数のレーザーがシールドに突き刺さり、アラートが鳴り響く。

 三列の敵機を抜け、そのまま加速。追随ついずいする敵機もいるが、群れで無いならエッジワイヤーの餌食えじきだ。

『シールド出力、六十%』

「やっぱ、全方位は消耗が激しいわね」

 賞金稼ぎならここで一度引く所だが、生憎と今は教師だ。

 生徒達を逃がす為に、ここで足止めする必要がある。無論、倒せるのが一番ではあるのだが。

 機体を反転させ、前進。速度が乗った所でエンジンを切り、プラズマカノンの充填を始める。

 正四面体の数が多すぎてグレッグには近づけない。だから落とすとすればプラズマカノンに頼るしか無い。

 だと言うのに、充填を始めた瞬間に正四面体が殺到さっとうし、更にはグレッグ艦との射線を切るように正四面体による壁が形成される。

厄介やっかいすぎる」

 充填をキャンセルし、撃つだけ撃って再び機動戦を再開する。

 と、通信が開いた。

『楽しんでくれてるかな?』

反吐へどが出るくらいにね」

『それは良かった。いい汗をけているようだね』

「<クロガネ>、こっちの映像は出さなくてもいい」

『そんな冷たいことを言わずに。……あの≪天魔≫が苦しむ顔なんて、そう見られるもんじゃないからねぇ』

「クズね。……そう言えば、一つ聞きたいんだけど」

『ん?』

「脳を使う必要があったの?」

 脳をつぶし回っておいてこう聞くのはあれかも知れないが、単純に疑問だったのだ。

 交戦初期とは違う、完全にプログラムされた動き。凄いとは思うが、あえて人の脳を使うリスクを冒すほどでも無い気がする。

『ふ、ふははははっ! 素人が思いつきそうな疑問ですね。人工知能でも十分、と』

「ぶっちゃけね」

 ハッキリ言って、生体FAをこれだけ用意出来る資金力でちゃんとした戦艦でも製造されていれば、暢気のんきそよおって会話する事すら不可能だっただろう。

『ふむ、ですが説明するとなると……そうですね。分かりやすく言うのなら、反射はんしゃです』

「ん?」

『人工知能では、対応行動こそ可能でも、反射行動は不可能なのです。それはクローンの脳でも同様。人の脳で無ければ出来ない。他にも容量の問題などもありますが、最大の理由はそれですね』

「その割にはいまいちっぽいけど」

『人の脳がプログラムと同様の動きを出来ている。それだけで今回の実験は十分成功ですよ。若干被害は大きいですが、≪天魔≫相手に実戦プログラムを試せたのです。上も納得してくれることでしょう』

「……もう勝ったつもり?」

『はははははっ! えぇ、勿論。もしかして、時間がそちらの味方とでも思っているのですか?』

「まさか……」

 愕然がくぜんとする私に、グレッグの楽しげな声が続く。

『既に救援要請を出してありますよ。当然でしょう? この研究結果を他の組織に知られるわけにはいかないのですから』

 何故その可能性に気付けなかったのか。

 自分の迂闊うかつさが嫌になる。生徒達の安全を考えて保険をかけておいたが、それも間に合うかどうか。

 どうにしても、私に関しては殆ど詰みだ。

 それでも抗う。

 死が確定するまでは、あがらい続けてみせる。

『おや、まだ諦めないので?』

「……お前だけは、絶対に殺す」

『それは怖いですねぇ』

 通信を切り、宇宙をかける。

 煌めく二本のエッジワイヤーが、数多の正四面体を切り裂き、爆散させる。

 だが、こちらも無傷では無い。

 シールドでCLV自体は防げるものの、ミサイルなどの物理的な物に関しては防げない。今回で言うのなら爆散した際の破片であり、軌道上に浮かぶそれらのデブリ。

 高速で動き回っていれば、破片であろうとも機体に傷を付ける。その傷が増え、不覚なり、今や幾つかのアラートが表示されっぱなしだ。

「かなり数は減ってきたけど……とっておきを使えるかどうか」

 全力でかけ甲斐かいあって、正四面体の数は大幅に減っている。

 だが、それでもまだ百はある。常に一機は自爆覚悟の特攻を見せ、数機に狙いを定められている為気を抜く余裕が無い。

 それはつまり、とっておきを使う準備も出来ないと言うこと。

 そもそも、使えたとしてもこの状態で機体がもつかどうか。

 私は苦々しく顔をしかめ、流れる汗を肩で拭う。

 と、突然回線が開いた。

『先生っ!』

「……ダフネ?」

『救援に来ましたっ!』

「逃げろって言ったでしょうがっ!」

 思わず怒鳴るも、スクリーンに映ったダフネは微笑んでいた。

『私達は、先生の、生徒ですから』

『それなりな数を撃破しましたのよつ!? ですから、少しは頼って欲しいものですわねっ!』

 更にスクリーンが開き、ヨーコの顔が。

 彼女は私の表情を見たのか顔を顰めると、言葉を続けた。

『下がってください。休息と言えるほどでは無いかも知れませんが、それなりに時間は稼いで見せますわ』

「ヨーコ……」

 艦に乗る全数である十五機の訓練機がこちらに向かってくる。

 これは……ダメだ。

 嬉しいと思ってしまった。思ってしまったからこそ、覚悟が決まった。

「ヨーコ。一時的にこの機体は動かなくなる。だから、守って」

『あたりきしゃりきのこんこんちきですわっ! マーカス、ガレックっ! 全機全速っ!』

『おうよっ!』

『当然』

「……ありがとう。その後は、私がグレッグと敵母艦を片付ける。だから、すぐに撤退を」

 私の言葉に、沈黙が落ちる。

 信じられなかったんだろうか。まぁ、押し問答するよりははるかにマシだ。

「ダフネも。私の事は気にしないで良いから、全機回収して即時撤退。敵の増援が来る」

『先生。何を、するつもりですか?』

「とっておきよ」

 どうにか笑って見せて、ダフネを真っ直ぐ見つめた。

「お願いね」

 きっと、それが最後の言葉。

 私は回線を遮断すると、球体式操縦桿から手を離して椅子に寄りかかった。

「<クロガネ>、ダイブシステム起動」

 私の声に従って、メインモニターの表示が消える。

 機体の機能が停止したかのような暗闇の中、私が腰掛ける椅子だけが下へと下がってゆく。

 そこは球体の空間。

 椅子から飛び出たコードが後頭部に刺さり、私は激痛にまぶたをキツく閉ざした。

 指先から感覚が消えてゆく。あまりの激痛に震える瞼が僅かに開き、透明な液体がこの空間を満たしてゆくのを視認させた。

 その液体が足を覆い、腹部にまで上ってきても感覚は無い。その頃には痛みも消え、液体が顔を覆っても苦しさすら無く、私の意識だけが薄れてゆく。

 そして、私の意識は<クロガネ>と重なった。


 科学が発展した現在、次元空間じげんくうかん干渉かんしょうするすべは二つ存在する。

 一つはワームゲート。ワームホールを利用し、出入り口をゲートで固定することで双方向への移動を可能とした、三次元に二・五次元を挟むことで点と点の移動を可能とした技術。

 そしてもう一つは位相いそうゲート。前述のワームゲートが世界が作り出した既存きそんの揺らぎを利用しているのに対し、こちらは人工的に、膨大ぼうだいな負のエネルギーを発生させることで空間干渉して強制的にワームホールを生成、ゲート間を繋げるという力業ちからわざである。

 前者も誘発作業を行ったりした上でワームホールに干渉はしているが、銀河系規模の大事業であり、安定化されて政府、もしくは軍が正しく管理している。

 逆に後者は一時的な通行手段に過ぎず、正規のワームゲートに干渉してしまう可能性がある為基本的には違法。加えてそれなりの国で豪邸が数軒買えるほどの値段がする上使い捨てだったりする。

 それだけが次元に干渉しうる手段なのだが、ここに例外が一つ存在する。

 <クロガネ>

 独自の永久機関を有するこの機体は、単独での次元潜行じげんせんこうを可能とするオーバーテクノロジーの塊である。

 そのシステムの発動は、酷く静かに行われる。

 トプンと、身体の力を抜いて水中へと沈んでゆくときのように、一枚下の次元へと潜る。

 そして訪れるのは、全身に太い釘を打ち付けられるかのような痛み。

 機体が悲鳴を上げ、肉体までその負荷に潰れてゆく。

 活動限界は体感で五分ほど。溶液で保護されていても尚、肉体がそれ以上はもたないのだ。文字通り限界であり、それを超えたら死ぬ。

 だからこそ、時間は無い。

 <クロガネ>を通してみる世界は、全てが止まっていた。

 厳密に言うのならば、時間は極めてゆっくりと流れている。<クロガネ>により、時の干渉が酷く遅い次元へと潜行したのだ。

 それにより、<クロガネ>の機能が幾つか解放される。

 その内の一つが赤熱し赤黒く変質した機体。

 作られた経路を使用するわけでも無く、異なる次元に潜りながらも三次元として存在する為には、常にエネルギーを放出して三次元領域を維持しなければ存在が崩壊ほうかいする。

 それ故の制限時間であり、それ故に存在する数多の機能。

 だが、シロガネはそれらの多くを理解していない。

 理解する必要も無い。

 この領域に潜ったシロガネの目的は常に一つ。

 敵を殺すことだけなのだから。


     【ダフネ】


「先生……?」

 <クロガネ>が消えた。

 その事実にダフネ以外の者が声を上げるよりも早く、変化は訪れた。

 漂う正四面体が連続して爆発。そしてグレッグが乗っていると思しき艦もまた、輝く赤い線がその艦体に刻まれたかと思った瞬間、左右へと分かれて爆散した。

 同時に、世界を引き裂かんばかりの悲鳴が何百と響き渡る。

「くっ……」

 その悲鳴は一分足らずの内に消えたが、眼下にはその爪痕が広がっていた。

 半数近くのオペレーターが気絶し、椅子から落ちている者もいる。意識を保っている者も、数名は嘔吐おうとを始め、その中にはラプ先生も混じっていたりする。

 それでも、数名は無事だ。幸いなことに、ミゼット、オグル両副艦長も顔を顰めて頭を振ってはいるが無事。

 ダフネはすぐさま席を立ち、声を上げる。

「全速前進っ! パイロットの安否確認を急いでっ! すぐに収容しますっ!」

「りょ、了解しましたっ!」

「ミゼットは艦内の被害状況を確認っ! オグルは直接出向いて対応をっ!」

「「了解っ!」」

『何なんですの今のっ!? そうだ、先生っ!』

「ヨーコさんっ! そちらでも即時パイロットの状況確認をっ! 気絶している者がいたら牽引けんいんしてすぐにこちらに戻って下さいっ!」

『先生っ! 先生はどこですのっ!?』

「私の指示に従えぇっ!」

 ダフネの怒声に、メインデッキの視線が集まる。ラプ先生に至っては、嘔吐まで止めて顔を上げたぐらいだ。

 だが、ダフネに視線を気にしている余裕など無かった。

「急ぎなさいっ! 当艦もそちらに向かっていますっ!」

『わ、分かりましたわ』

 ダフネが見つめているのはただ一点。メインモニターに映し出される幾つかのワイプ、その一つ。

 コンソールを叩き、ダフネは回線を艦内全てに繋ぐ。

「緊急連絡っ! 総員、気絶者を即時固定っ! 固定が済み次第、自身も即時耐衝撃準備っ! 格納庫は緊急収容の準備っ! 早くっ、急いでっ!」

『何なんですのっ!? パイロットは全機問題なしですわっ!』

「ならすぐに帰投きとうっ! 敵艦が爆発しますっ!」

 その言葉でようやく理解したのか、オペレーターの一人がコンソールを操作しそのワイプを拡大する。

 五角形の面で構成された敵艦。その中心に穴が開いていた。

 溶解し、赤熱した金属が垂れてその穴を覆う。それ以外の場所からも炎が吹き出したり爆発が起ったりと、一目で危ない状態だというのが見て取れる。

『急げ急げ急げっ!』

『五番機から先に入りなさいっ! マーカス、ガレックっ! 二番機まで入ったら、そちらの機体を二番格納庫へっ!』

『助かるっ! 聞いてたなっ!? こちらも五番機から入れっ!』

『マーカスの五番機が入ったら、ガレック班の五番機、入れ』

『ダフネ艦長っ! 爆発したらすぐに報告をお願いいたしますわっ! 間に合いそうに無いなら、艦体に取り付きますっ』

『間に合いそうなら、先にヨーコから入れ。俺は、最後で良い』

『ガレックぅっ! お前がそんな格好いい事言うと、俺の立場が無いだろぉ!?』

 楽しそうなパイロット達に、ダフネは頬をゆるめる。

 こんな状況でも平常心でいてくれると、艦長として心強い。

「艦長っ! 敵艦、膨張ぼうちょうを開始っ!」

「爆発予定時刻はっ!?」

「さすがに分かりませんっ! ただ、エネルギー反応は増大中っ!」

「艦長、訓練機に追いつきます」

「……エンジン停止。全機収容するまで待機」

 慌てても仕方が無いと判断して、ダフネは息を吐きつつ椅子に座り込んだ。

「手が空いた者は気絶者を起こして。管制、<クロガネ>の位置は分かりますか?」

「……でました。敵艦後方、対角上です。丁度当艦と敵艦程の距離で停止中」

「通信は?」

「繋がりません」

「そう、ですか」

 溜め息を吐き、ダフネは瞼を閉じた。

 数十秒か、数分か。

『全機収容しましたわっ!』

「全速後退」

「艦長っ! 爆発しますっ!」

「前部シールド全開っ! 総員衝撃にそなえてっ!」

 メインモニターで目映い赤い花が咲く。

 数秒後、衝撃が艦体を襲った。

 衝撃は一瞬。だが艦体は大きく揺れた。

「報告っ!」

「全機関オールグリーンっ!」

「艦体に異常ありませんっ!」

「よし、全速前進っ! 先生と合流しますっ!」

『了解っ!』

 未だ無数に浮いている正四面体は動きを止めている

 あれが断末魔の叫びだったのだろう。そう判断したダフネは、安堵と共にそう指示を出した。

 だが、オペレーターの一人がすぐに嫌な報告を上げた。

「艦長。六時の方向に機影多数」

「……識別信号は?」

「ありません。……いえ、信号確認。オラクルグループの物です」

 その言葉に、メインデッキには微妙な空気が流れる。

 皆、聞いていたのだ。敵が増援を呼んだ、と。

「まだ距離はありますが、先にウィンス艦と接触します」

「なんで先に逃げてないんですかっ!? 合流を急がせてっ!」

「了解っ!」

 予想外の事態に戸惑とまどいつつも、ダフネは艦の速度をゆるめない。

 優先すべきは先生なのだ。何もしていない同期に割く時間など無い。

 だが、案の定と言うべきか、オペレーターから「ウィンス艦長より通信です」という言葉が響いた。

『こちらウィンス艦長。……まずは、見事だったと褒めておこう』

「そんなのは良いから、すぐにこちらと合流して下さい」

何故なぜだ? 運良くオラクルグループの船団が通りかかってくれたんだ。事情を話し、救援を求めるだけだろう』

「……通信、したんですか?」

『どうも先程の爆発で磁場が乱れているらしくてな。信号の確認こそ出来たが、通信はまだだ。もう少し近付いてくれれば可能だろうが』

「良かった。……グレッグが私達を売ろうとした。それは理解していますね?」

『無論だ』

「その裏切り者がどこの所属だったか、分かりますね?」

『……オラクル重工』

「そういう事です。訓練艦で対応出来るとは思えませんが、兎に角合流を」

『分かった、すぐに向かう』

 ダフネが丁寧に教えた甲斐あって、ウィンスは素直に頷くと通信を切った。

「管制、機影の速度は?」

依然いぜん変わらず。ウィンス艦が通常航行を行ってくれれば、先に合流出来ます」

 その返答に鷹揚おうように頷いて見せるダフネ。

 だが内心は、すでに絶望一色だ。

 オラクルグループの社員旅行ならば何十と言う機影も理解は出来るが、たまたま、偶然にと言うのはそれこそ万が一の可能性だろう。

 敵である公算こうさんが高く、今度こそ勝ち目は無い。

「ミゼット、一時的に艦長代理を。私は、先生の元に行ってきます」

「ん」

「では、お願いします」

 ダフネは意識して、堂々と歩く。走りたい気持ちはあるが、艦長としての責務がそういう立ち振る舞いを強要させた。

 慌てれば、急げば、乗組員達に動揺をうみかねない。それで無くても状況は絶望的なのだ。それを悟らせない為に、ゆったりとした足取りで、胸を張って歩く。

 救いは無い。

 だが、それでも。シロガネ先生ならと言う思いがあったことも事実だ。

「あら、丁度良い所に来ましたわね」

「ヨーコさん、それに皆さんも。……先生は?」

「それが出てきませんのよ」

 外部タラップが取り付けられ、パイロットや整備士達が上ってペタペタと機体を触っている。

「普通、外からも開けるようになっていますよね?」

「それが全く見当たらないらしいですわ」

「そうですか。……私が確認してみても?」

「ん。皆さんっ! 艦長が確認したいそうですわっ!」

 ヨーコの指示に従って、ぞろぞろと降りてくる面々。

 彼らに会釈を返して、ダフネはタラップへと上り機体に触れた。

 傷一つ無い機体。あれほどの戦闘を行ったにも関わらず、表面は輝き、磨きたてのような光沢がある。

「……先生。開けて下さい」

 傷一つ無い機体。だからこそ、皆が気楽に先生の登場を待っているのは分かる。

 だがダフネには、嫌な予感があった。

 最後の言葉。あれはまるで、死を覚悟したかのような。

「先生。先生っ! 開けて下さいっ!」

「ちょ、ちょっと艦長。そんなあわてなくても」

「先生っ!」

 ヨーコに止められるが、ダフネは構わずに機体を叩く。

 と、声に応えてくれたかのように扉がスライドした。

 逸る心のままに機内へと入り、コックピットがあるだろう前方へと駆けてゆく。

辿り着いた場所は、ありがちなコックピット。前面がモニターになり、両脇には非常用のコンソールが並ぶ、狭い空間。

 その操縦席に、先生が座っているのを目にして、ダフネは安堵の息を吐きつつ歩み寄った。

 ビチャリと、踏み出した足が音を立てる。

 床一面に広がるのは、赤い液体。

 恐る恐る操縦席をのぞき込んだダフネは、血塗れの先生を目に、生まれて初めて心から悲鳴を上げた。


     【シロガネ】


 五月蠅い。

 まず最初に感じたのはそれだった。

 そして、激痛。

 顔を顰めただけのつもりが、全身の至る所がとんでもなく痛い。

 うっすらと瞼を開いてみれば、その痛みの原因が私にしがみついていた。

「先生、先生っ!」

「……離れろ。超、痛い」

「先生っ!?」

 身体を話したダフネは泣きはらした顔で私を見つめると、再び抱きついてきた。

「先生っ!」

「ああああああぁぁぁぁっ!」

「あ、すいません」

 痛みに思わず悲鳴を上げると、ダフネはやっと身体を離してくれた。

「って、何やってますのよっ! 医療班、医療班を呼んでっ!」

「おい、医療班だっ! 医療班を呼べっ!」

 そんな感じの伝言ゲームに何事かとどうにか首を動かせば、狭いコックピットはみっちりだった。

 左手にダフネ、右手にヨーコ、その後ろにマーカスがいて、声の感じからは通路にガレックや整備士達がひしめき合ってるんだろう。

「……ってーか、なんでいるの」

「私達が先生を見殺しにすると思いまして?」

「それもありますが、オラクルグループの船団がスパイア方面よりこちらに。どちらにしても、逃げ切れなかったかと」

「あー、そう。……<クロガネ>、艦の映像をこちらに」

 私の命令に応じ、メインデッキに映されているだろう映像がメインモニターに表示された。

 拡大されている映像は、敵船団か。オラクルグループと誤魔化す気も無いほどに多種多様の戦艦が映し出されている。

 そして、その端に表示されたワイプには、ウィンスの顔。何か言っているようだが、音声は繋いでいないので怒った顔でパクパク口を動かしているようにしか見えない。

『艦長、ウィンス艦長より緊急です』

「えぇ。えっと……先生。音声もこちらに出せますか?」

「まぁいいけど。<クロガネ>、メインデッキの音声をこちらに」

「では、この音声をウィンス艦長に繋いで下さい」

『分かりました。音声、繋ぎます』

『ダフネ艦長っ! あいつらは敵だっ』

 ウィンスの第一声は、そんな見れば分かることだった。

『何か手はあるかっ!?』

「ありません。ですから、射程に入るまではこのまま前進し時間を稼ぐしか無いかと」

『……そうか』

「えぇ。兎に角時間を稼ぐ。それしか無いと思います」

 明らかな戦艦が十隻以上だ。妥当な判断だろう。

 先程のように一隻だけならばまだ打つ手もあっただろうが、十隻越えでは抗うだけ無駄という奴である。

 と、一度視線を落としたウィンスは、一つ頷いて顔を上げた。

『ならば、君たちは逃げろ。俺たちで時間を稼ぐ』

「……何を言っているんですか?」

『先程の戦闘は皆見ていた。……そう、見ているしか出来なかった。それが、悔しいんだ。このまま逃げて、捕まって終わるなんて、それじゃあ俺たちの存在する理由が無い』

「先程とは状況が違います」

『それでもっ! 俺たちだって、学園の生徒なんだっ!』

 涙目でえるウィンス。

 最後に一花咲かせたいと言う事なんだろう。馬鹿だとは思うが、そういう心意気は嫌いじゃ無い。

「ま、その必要は無いだろうけどね」

「先生?」

「かなり遅い、保険のご到着ってね」

 どうにか身体を背もたれから離し、腕を伸ばして球体式操縦桿に乗せる。

 そして操作すると、浮かび上がったスクリーンにオッサンの顔が表示された。

『待たせ……って、ボロボロじゃねぇかお前。久しぶりだなぁそんなの』

「おっそいわよダウン。……で、どうにかなりそう?」

『あぁ、余裕だ。何せジジイが着いてきたからな』

「げ」

『げ、って酷くなぁーい? ねー、ねーっ! って、ぶはははははははっ!』

 もう一つ立ち上がったスクリーンに映ったのは、金髪の美少年。

 だがそいつは、端正な顔立ちを豪快に歪めて、腹を抱えて笑い出した。

『何それ、何それーっ! 血塗れなのに幸せそうとか、だから嬢ちゃんは見てて飽きないんだよねーっ』

「誰が幸せそうだ。……まぁ、あんたがいるなら問題無いか」

『まっかせてよっ! 嬢ちゃんの師父しふとして、もう全力で楽しんじゃうからっ』

「あー、はいはい。じゃあ、お願いします」

『かしこまりー!』

「ダウンも……うん、ホントよろしく」

『あぁ、任せとけ』

 最後までニコニコ笑顔で通信を終えた少年に続き、ダウンも若干疲れた様子で通信を切る。

 あの二人、と言うか少年の姿をした化け物が一匹いれば、どんな敵であろうと問題なしだ。

『お、おい、今の声って……』

「少し待って下さい。先生、今のってどういうことですか?」

「そのままの意味よ。ウィンスも、ダフネも、乗組員全員にこれから起ることを見させるように」

「分かりました。ウィンス艦長も、すぐ全乗組員に通達を」

『いや、意味が分からないし、俺たちの覚悟は……』

「そんなものどうでもいいです。シロガネ先生がそうしろと言ったなら、そうしてください」

『……おう』

 ふて腐れたようなウィンスには悪いが、フォローはしない。

 兎に角眠いのだ。ダウン達が来て安全が確定した以上、瞼を開いている事すらキツい。

「それで先生。そんなに凄い方なんですの? しぶいおじ様は兎も角、凄く可愛い少年でしたけども」

「見れば分かる。ダフネもヨーコも、良く見ておきなさい。あれは、本当の高みに在る人達。私ですら手の届かない、本物の化け物だから」

 そう、だから安心して眠れる。

 再び操縦席に寄りかかった私は、瞼を閉ざした感覚すら無いままに意識を手放していた。


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