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第三章   初めての教師、初めての艦長

「えー……意味が分かんないんですけども」

 学園長から一通り説明を聞いた私は、真顔でそう返していた。

 職員会議しょくいんかいぎ提案ていあんし、意見が通った。

 それは分かる。

 提案者には責任を持って監督かんとくして貰う。

 これもまぁ分かる。

 じゃあ対抗たいこうの艦には優秀な人材を集めて、競わせよう。

 これが分からない。

 どういう発想をすればそういう流れになるのか、至って普通の考えを持っているつもりの私には、全くもって分からない。

「提案したのは私なので、監督しろって言うのは分かります。教師として授業する前なのにそんな責任を背負わされるとは思いませんでしたが」

「すまぬシロ先生。ただ……儂も抵抗はしたんじゃよ?」

「こんな話を通してる時点で人格じんかくうたがいますけど」

わしだってこんなことになるとは思わんかったんじゃもん」

 可愛らしくあろうとする仕草が、非常にムカつく。

 親指をくわえるなジジイ、

「相談を受けた当日の職員会議は、それなりの反応じゃったのよ。なのに、翌日、翌々日と続けた会議を行ったら、何か変な対抗心燃やす先生方が増えてのぉ。新人がそう言うならやらせてやろう。その代わり、我々の教育が正しかったと示す為に、優秀な人材で競わせて貰う。……みたいな?」

「ふ~ん」

「ほんとーにすまんっ! 止められなんだっ!」

 私の半眼に耐えかねて、机に額を叩きつける学園長。

 問題しか無いクソみたいな状況だが、学園長がまともってだけでも幾らかマシだ。

 そう自分を納得させる為に大きく息を吐いて、私は口を開いた。

「それで、なんでそんな事になるんです?」

「それは……ここ数日、街を探索たんさくしたなら分かるじゃろ? 周囲の、お主に対する評価ひょうかは」

「……まぁ、ウザいぐらい好意的だったわね。誰かさんがあの試合を全体放送なんかにしてくれたおかげで」

「そう、わしのおかげでお主の評価はきわめて高い。学園で最も操縦技術があると言われているグレッグ先生を破った事もまえて、の」

「グレッグ、先生?」

 聞き覚えの無い名前に首を傾げると、「そうじゃったな」と学園長は頷いた。

「まぁ、授業をするようになってから追々(おいおい)関係のある教職員を覚えてゆけば良いよ。全員の名前を覚えるなど、儂にも不可能じゃからの」

「学園長でしょ?」

幼等部ようとうぶに始まり、小中高大。中等部ちゅうとうぶからは一般、軍付属、工業科と分かれるんじゃぞ? そこに事務方じむかたまで含めれば、総数は四桁に迫る。関係のある者だけを覚えておくのが無難ぶなんじゃよ」

 学園長は何故か自慢げにそう言い切って、言葉を続けた。

「それで、グレッグ先生じゃがの。同じパイロット科の教員じゃが、オラクルからの出向しゅっこうという形をとっておる」

「オラクルって言うと、あのオラクルグループ?」

「そう。オラクル重工業のテストパイロットでな。先方から、優秀なので教員にどうかと言われての」

 オラクルグループと言えば、この銀河系では第五位の大企業。その中でもオラクル重工業は有名で、潜合式せんごうしきの機体を多く製造、販売している。他企業よりもオラクルの潜合式せんごうしき感度かんどと安定感が高いと評判で、賞金稼ぎの間でも好んでオラクル製製品を使っている者がいた。

「実際、元軍人という事もあってその操縦技術は教員の中でも一つ頭を抜いている。そこにオラクル製の訓練機も加わって、スパイアいちのパイロットと言えばグレッグ先生じゃったわけじゃ。この前までは、の」

「そこまで性能差は感じませんでしたけど」

「訓練機としてのスペックは決めてあるからの。だが、それでもグレッグ先生が使っている訓練機だから、と言う事で購入を提案されていたわけじゃが……」

「なのに普通の訓練機に負けたから逆恨み、ですか。……そんなに人望があるんですか?」

 他の先生方も協力しての嫌がらせなら、人望なりカリスマ性があるってことなんだろう。

 そう判断しての確認に、だが学園長はわずかに目を見開くと、薄く笑った。

「政治みたいな話じゃからのぉ。……お主が一躍有名になり、ねたんだのは他の教員達。オラクルの訓練機が負けた事で、困ったのも他の教員達じゃよ」

「なんで?」

「グレッグ先生は給料を二ヶ所から貰っていおるし、オラクルからの指示でオラクル製訓練機に乗っておるだけ。売れれば幾らかの成功報酬が追加されるやもしれんが、当人としてはどうでも良いようでの。逆に、オラクルから声をかけられた教員の方が接待やらマージンやらで熱心なわけじゃ」

「……ありなの?」

「良くはないのぉ。だが、接待を受けるのは犯罪では無い。賞金稼ぎも、賞金首と繋がっていたら解雇、とはいかんじゃろ?」

「そもそも雇用されてるわけじゃないしね」

 まぁ、それでも言いたい事は何となく分かる。

 ようするに、暗黙あんもく了解りょうかいおおやけに認めているわけでは無いが、規約的きやくてきには問題ないと言う奴だ。

「そーいえば、ラプも企業と提携してるとか言ってたわよね?」

「うむ。工科学院は様々な企業と提携して、新しい技術の開発等を行っておる。ラプ先生も開発研究を行うが、主な仕事は振り分けと監督じゃの。企業が公開している技術ならば問題は無いが、新しい技術であったり、開発中の技術に協力を求めてくる企業も多い。その辺りの機密きみつを守れるよう上手く割り振り、先方せんぽうとの信頼関係がくずれぬよう何かと対応して貰っておる」

超多忙ちょうたぼうじゃん」

「うむ。それで毎朝あんなにしっかり化粧けしょうしてくるでの。大したもんじゃ」

 仕事は出来そうだと思ったけど、実際かなりの人材なのだろう。

 となれば、是非ぜひしい。整備関係は管轄外かんかつがいなので、優秀な人材が一人はいないとお話にならない。

「じゃあ、一隻いっせきの監督を受ける代わりに二つ要求があります:

「……聞くだけ聞こう」

「一つは、ラプを下さい。他の技術者はダメな奴でも良いので」

「いやいや聞いてた? 儂の話聞いてた?」

「聞いてたから言ってるんです。艦長やパイロットみたいな人材はどうとでもなりますけど、技術者は絶対的に優秀な人が一人は必要です。そもそも、パイロット科の教師に技術者の教育もしろと?」

「いやそういうわけでは無いが」

「ではよろしくお願いします」

「むぅ。……なら、直接頼んで貰えるかの。それで良いというのなら、儂としては問題ない」

「分かりました」

 言質げんちは取れた。

 ラプが無理なら、ごねるだけごねて何人か優秀な人材を引き抜こう。

「それでもう一つは?」

「その対抗馬たいこうばと一戦やらせて下さい。生徒達同士で、実力差を図る為に」

「それは問題ないが……良いのか?」

「やらないと何にも分かりませんからね。メンバーは決まってるんですか?」

「ん~……その、良く分からんのじゃ。すまん」

「は?」

 よく分からんはこっちの台詞だ。

 まじまじと学園長を見つめると、彼は居心地いごこち悪そうに視線を逸らし、髭をもてあそびながら口を開いた。

「先程言ったように、教員達が勝手に、の?」

「こう言ってはなんですが……それでいいのか学園長」

「良くは無いが、お主に対する嫉妬しっとでもぅ怖くて」

「……尚更、それでいいのか学園長」

「じゃから、良くないよ。でも、お主ならどうにかなるかなって」

 てへっ、っと舌を出した学園長を殴りかけ、立ち上がった所でどうにか動きを止める。

 心底ぶん殴りたいが、戸籍の為だ。我慢しなくては。

「それで、いつからですか?」

「明日」

 目眩を覚えて、片手をテーブルに着く。

 このジジイ、今なんて?

「……私は、明日から教鞭きょうべんる。そういう話でしたよね」

「うむ。じゃからそれに関しては賛成さんせいしたんじゃ。ねたひがみがはげしい教員に関わって仕事を行うぐらいなら、実力の証明も兼ねて二ヶ月の航行に出た方がましじゃろうと思っての」

「二ヶ月で成果を出せってのも無茶苦茶ですけどね」

「それでも一ヶ月よりはマシじゃろ? 倍に増やした努力を認めてくれい」

「そんな努力する以前に、教員の教育しなさいよ……」

「……すまん」

 まぁ、いい大人を教育しろってのも難しいだろうけど。

 学園長とそろってため息を吐き、背筋を伸ばす。

「まぁ兎に角、明日ってんなら早々にラプを勧誘しに行ってくる。そう言えば食料は?」

「十分な量の携帯食料を用意した。命に関わる部分じゃからな。その辺りはちゃんと儂が采配さいはいしておるで、問題ない」

「味は?」

「保証する。実際学食よりも高いし、美味いしの。人数分、一日四食でも余るように余裕を持って搬入してある。飲料も同様、水以外も多種揃えておいた」

「ん、ありがと、じゃあ明日の為に動く事にしますので」

「早々に苦労かけてすまんの」

「当日いきなり言われるよりマシだったと思う事にするわ」

 まだ整備の仕方すら良く分かっていないような整備士ばかりだったら、訓練以前の問題だ。

 初日にラプと面識が出来たのも良かった。新任しんにんにいきなりたのまれてもいい顔はしないだろうが、事情を話せば協力してくれるはずだ。彼が見せた、整備士としての誇りに頼るしか無い。

 学園長室を出て、ため息を一つ。

 一応明日から仕事始めになるはずだったのだが、今日から仕事がりだくさんだ。


     △▼△▼△▼


 翌日の模擬戦もぎせん

 一艦いっかん単位で長距離航行を行い集団行動を学ぶのが目的なのだが、模擬戦自体は訓練機同士十五機ずつでの交戦だ。

 全体ではなくパイロットの技量だけで二ヶ月の長距離航行の優劣を決めよう何て馬鹿らしい話だが、対抗艦の監督官もパイロット科の講師グレッグと言う事で、何かそうなったらしい。

 案外あんがいここの教師は頭悪いのが多いのかもしんない。

「見事に負けちゃったわねぇ」

「ほんと、同じ機体ってのが信じられないんだけど」

「……貴女がそれを言うの?」

「同じ学生で、ってつけとく」

「ふふっ。ま、学生でもシロちゃんより年上は沢山いるけどね」

 こんな風にのんびりとラプと話していられるのは、彼が私の希望に頷いてくれたからだ。

 勿論もちろんと言うべきか、彼の善意では無く打算ありき。

 整備、開発以外の仕事が多すぎていい加減キレそうだった所に丁度声をかけて貰えた、との事ですぐに頷いてくれたのだ。

 企業側の担当には話を通しておいたから、後は知らんっ! との事。

 おかげさまで、これから教え子になる生徒達がボロッボロに負けても笑顔になれるという者だ。

 けの倍率が1.5倍でボロ儲け出来たというのも笑顔の理由だったりする。

 前回私が勝ったおかげで、ダメな生徒達に賭けた人がかなりいたらしい。ありがたい事である。

「あの、シロガネ先生」

「何? えっと……ランニング君、だっけ?」

「ラングです。ラング・モルド・レンニング。工科学園の四年です」

「そうそうラング。ラング第一整備班長」

 模擬戦開始前に決めたばかりだが、格納庫かくのうこ整備士せいびしは七十五名。十五名で一班とし、五班まで。それぞれの班で三交代制にし、常に二十五人は格納庫で作業して貰う事になる。

 ちなみに、それ以外の機関きかん整備士せいびしは百七十五名。こちらも班を作り、常に三分の一は作業に従事するよう指示してある。 

「それで、何?」

「こんな結果の見えた模擬戦をわざわざ行う必要があったのですか?」

 そう言って責めるように見上げてくるラングの瞳は、かなり大きい。

 ヘンロンン人と呼ばれる人種であり、身長が低めで耳が無い。そして、目元から頬に賭けて独特なずみが彫ってある。

 彼らは、音を目でる事が出来る人種だ。だからといって意思疎通いしそつうに困る事は無いので、今回こんかい選抜せんばつされたメンバーの中では優秀ゆうしゅうに分類される生徒である。

「んー、無駄だと思う?」

「はい」

「言い切るわね。……あーっと、目的は二つ。一つは彼らの実力を見る事」

「あんなにあっさり負けてて、何が分かるんですか?」

「分かるわよ? まず機体の動かし方、反応速度はんのうそくど、考え方、それ以前に頭を使えているかどうか、辺りがね」

「……全員、何にも出来ずに戦闘不能になったようにしか見えませんでしたけど」

「その寸前に機体を動かそうとした奴はいたし、何機かはちゃんと動けてた。その上であっさり直撃食らってたけど、完全にダメ、そこそこダメ、マシ、ぐらいの判断は出来たしね」

 納得いかないような表情で見上げてくるが、事実だから仕方ない。

「で、もう一つは貴方達の確認ね。ちゃんと仕事が出来るかどうか、見させて貰うから」

「……個々の整備技術を把握したいわけですか」

「性格や指導力もね。でもって、機体受け入れから貴方達の仕事だからね?」

「へっ!?」

「俺たちは整備士だぞっ!?」

「そんな事やった事無いわよっ!」

 ラングの驚きの声に続いて不満の声が上がり出す。

 その様子を半眼で見つめて、私はこれ見よがしに溜め息を吐いて見せた。

「だからあんた達は卒業しても即戦力になれないって言われるのよ」

 別段べつだん声を張ったつもりは無かったが、騒がしかった声がピタリとやんだ。

「……誰が、そんな事を?」

「誰が? 誰もが、よ」

 こういうとき、ヘンロンン人がいると便利だ。

 声を視覚で認識できる特性は、その声に宿る嘘と真実を見分ける事も出来る。

 私の言葉は、間違いなく真実と映る事だろう。

 たった一人だけではあるが、個々の生徒を表した言葉はそれだけ。そして、彼らを表して『卒業後は即戦力』なんて言った奴もいないのだから。

「授業で整備して、好きな事を適当にやって。それでどこの戦力になれると思ってるの? 整備士だろうと、整備以外の仕事が出来なくちゃあ良くて半人前でしょうね」

 目を伏せたり困ったような顔をしているのが大多数。睨んでくる者もいるが、それでも反論は出てこない。

「じゃ、ラプ先生よろしく」

「はいはい。じゃあ皆、まず受け入れの準備から説明するわよー」

 その場はラプに任せて、格納庫を出る。

 それなりに広い艦内だが、通路自体は単調たんちょうだ。訓練機をそのまま大きくしたような長方形の艦体内部は、真っ直ぐの通路と上り下りの階段だけで出来ている。

 大体の宇宙艦もそうで、基本的に配線、配管などを極力複雑にしないですむよう、内部は比較的単調な構造になっている。各ブロックを分かりやすくすると同時に、建造費を抑える為の手法だ。

 まだ使用感の少ない艦内を歩き、階段を登る。

 現在は重力システムによって1Gに設定してある為、宇宙空間であっても普通に歩く必要がある。移動用の手すりは重力システムと同期している為、現状はただの手すり。宇宙空間になれていると、艦内を歩くという行為が面倒くさくてしかたがない。

 そんな事を思いつつどうにかメインデッキに辿り着くと、中はそれなりに騒がしかった。

 メインモニターから模擬戦の様子を見る事が出来たのだ。学生の彼らがお喋りに花を咲かせるのも当然だろう。

 そんな様子に私は笑顔を浮かべ、パンッ! と一つ柏手を打った。

 全員の視線が集まったのを見計らって、口を開く。

「楽しくやれているようで何より。勿論仕事は終わらせてて、次にすべきことも理解しているんでしょうね?」

 私の投げかけに、反応する者はいない。ぽかんとこちらを見上げてくるばかりだ。

 デッキ出入り口に最も近い席は副艦長席。その隣に艦長席、更にその隣に副館長席となっている。そして、一段下がって左右に五人ずつオペレーターが並んでいる。内二人、副艦長席近くの二席は通信手。現在は交代要員こうたいよういんも全員いるので、オペレーター二十人に艦長副艦長三人の二十三人もいる。

 それでも余裕がある程度に広いメインデッキであり、床、機材、出入り口の扉がある一面の壁以外の全面がメインモニターとなり宇宙空間を映し出している。

 勿論、全て映像だ。艦体に取り付けられたカメラからの映像が出力しゅつりょくされ、まるでガラス越しに宇宙を眺めているように感じさせる。

「さて、返事が無いけど……ダフネ艦長」

「は、はい……」

 私の言葉に応えておずおずと歩み出てきたのは、見上げるほどに細長い女性だった。

 資料で見た限りではかなりの美人だったのだが、今は床に届きそうなほどに伸びた緑の髪に隠れ、更に言えば思いっきり猫背な為不気味さすらある。

 ニム人。緑色の髪により光合成を行う為、消化器官が小さく、人種として細い。美形なのは彼女だからこそではあるが、人種として小顔なので美人、美形に見えやすいという特徴が有ったりする。

 ただ、これもまた人種としての特徴とくちょうなのだが、温厚でのんびりした者が多い。食料に依存いぞんする傾向けいこうが低い為、争う必要が無かったのだろうと言うのがどっかの研究者の意見だ。

 おかげでと言うべきか、犯罪者にニム人がいたことは無いので、個人的には好感が持てる人種である。

 ではあるのだが……艦長に向いているかと言えば、ノーと言わざるを得ない人種でもある。

「これからすべきことは?」

「……その……機体の、収容しゅうよう、ですか?」

「分かってるじゃない。なら、さっさとやる」

「は、はい」

 うなずいたものの、ダフネは困ったように私を見て、周囲を見て、うつむきがちに艦長席へと戻った。

 両手を机において、顔を上げる。した事と言えばそれだけだ。

 たぶん、言われたとおり指示を出しているつもりなんだろう。私の位置ですら聞こえないが。

「ダフネッ!」

 強めに声を上げると、ダフネはびくりと身体を揺らしてこちらを見た。

 と言っても緑色の髪に覆われて、どっちが正面かも怪しいが。

「声を出せなくても、責めはしない。ただ、頭は使いなさい」

 言いつつ襟に付いた校章を指さすと、それでやっと理解したのかダフネの声が聞こえ始める。

『み、みなさん、機体を、収容してください』

「艦長。誰がどこを担当すれば良いですか?」

「そもそもやり方分かんないんですけどーっ!」

 お調子者っぽい男の声に、何人かが笑い声を上げる。

 それにダフネはビクビクしながらも、口を開いた。

『担当は、そちらで、決めてください。通信手は、先に、通達を』

「だーかーらー、やり方が分かんねぇってっ!」

 ダフネは落ちこぼれとしてここに配属されたわけだが、入学できている時点で馬鹿では無い。

 だが、オペレーターの仕事は管轄外だ。お調子者の言葉に、困った様子でこちらを見てくるのもやむなしだろう。

 今後が思いやられるなぁ。

 私は大きく溜め息を吐きつつ、階段の前まで移動してオペレーター一同を見下ろした。

「楽しくくっちゃべってたくせに、何が分からないわけ? 分からないのに、調べもしないで時間を潰してたってわけ?」

「それは……初めて乗った艦で、分かるはずねぇだろっ!」

「だから先に乗って、システムに触れる時間を作ってやったわけでしょ? そこそこ馬鹿でも最初の仕事が機体収容になる事ぐらい分かると思うんだけど」

 ゆっくりと降りてゆくが、その間反論はない。慌てて操作法を確認しているのは二人、加えてもう一人が後ろからマニュアルが表示されたモニターを覗いているが、まともなのはそれだけだ。

 他の者は、私を睨むように見ているか、逃げるように視線を逸らしているかの二択。

「だからあんた達は、学園のゴミとしてこの艦に集められた。そこんところは理解してるわよね?」

 それが初耳だったのは果たして何人か。あからさまに驚きを顔に出したのはマニュアルを確認していた三人ぐらいなもので、お調子者を含めた大半が苦い顔を見せる。

 私としては、ゴミだろうが能力が低かろうが、ちゃんと教えればどうにかなると思っている。だが、その前に重要になるのはその自覚があるかどうかだ。

 だから、昨日知った事をちゃんと伝える。無能という自覚が無い凡人ほど、厄介な存在はないのだから。

「知っての通り、私は初日でそこそこ名が知れた。おかげで、私の提案を聞いた一部の学生が立候補してくれたらしい。なのに貴方達はここにいる。それは何故なぜか。ほとんどの教師にとって、あんた達は無能の役立たず。だから足を引っ張らせてやろうとこうして選抜されたわけよ。……ほんと、見事ね? 早々に、この無能で足引っ張らせてやろうって言う教師の意図いとんで行動できるんだから」

 ゆっくりと見渡して見れば、お調子者でさえくやしそうな表情を見せていた。

 ダメな奴らではあるが、学園に入学できる程度にまともな環境で育った、世間一般で言う優秀な人材ではあるのだ。教師達に無能判定されたとしても、どうにかなりそうではある。

「なぁおい。そりゃあ俺も入ってんのか?」

 そう言って立ち上がったのは、副艦長席に突っ伏していた大男。

 褐色かっしょくに赤が混ざったような肌の色で、人種の特徴とくちょうとして骨格が厚く、大柄。彼の場合は地球人の血も混ざっているのか大柄ながらも比較的細めで、顔立ちも精悍せいかんなイケメンと言える範囲だ。ただ、特徴的な角はそのまま、額から二本立派な物ががっている。

 オウグ人。鬼、オーガなどと呼ばれていた人種であり、宇宙に進出しんしゅつ出来できたのも友好的な調査団体を皆殺みなごろしにした上で宇宙船をうばって、と言う経緯けいいがあったりする。

 ただ、時代の流れに従って賢い者が増えてきたというのも事実。彼がここにいるというのが、その証明だろう。

「と言うか、問題児もんだいじ筆頭ひっとうきみなんだけどね。オグル君」

「……なぁ、喧嘩売ってんのか?」

「ははっ。やる気満々で降りてきてそれは無いでしょ。そもそも、ここにいるのはダメと判断された奴らばかりだけど、あんたみたいな前科持ちはいないわよ?」

「シッ」

 パンッ! と音を立てて、私は放たれた右拳みぎこぶしつかんだ。

 腕が伸びきる前に踏み込んで掴んだ為、痛みはあるがそれなりだ。

 そして、お返しとばかりに腹に一発。止められた事に驚いていたオグルの腹部はゆるゆるで、胃までめり込むような感触が非常に気持ちよかったりする。

「ごへっ」

「あー、ダメダメ」

 仰向あおむきに倒れようとするオグルの右手から左手をはなし、すぐにその角を引っ掴む。

 と、白目をきかけていたオグルのあかひとみに怒りが宿やどった。

「触る、なっ!」

「何言ってんのよ。あんた達の流儀りゅうぎに従ってやってるんでしょ?」

 どうにか放ってきた右手をはたき落とし、角を持ち上げる。

 身長差がひどい為、左手を高くかかげてもオグルはひざ立ちだ。その腹へと、つま先をり込んだ。

「ぐはっ。おぶ……」

 左腕を動かし、オグルの顔を横へとらす。と、その口から大量の吐瀉物としゃぶつが吹き出した。

 生徒達から悲鳴が上がるが、しったこっちゃない。

 ゲロが一段落した所でこちらを向かせ、その目をのぞき込む。

「分かった? あんたが、弱者なの。私の下にいる限り、等しく弱者よ」

「く、そっ」

 しぶとく右手を振って殴ってくるオグル。

 今度は、その一撃いちげきを素直に受けた。どうにかこうにか放ってきた一撃だ。当たってもさほど痛くは無い。

 だが、だからこそ私はニッコリ笑って再びつま先を蹴り込んだ。

「私は優しいから、一発は一発の精神で許してあげてるの。けど、それでも理解できないなら仕方ないわよね」

 意識が朦朧もうろうとしているのか、角を持つ左手が非常に重い。

「じゃ、角、折っちゃおうか」

「やめてくれっ!」

 突然身体に力が戻り、悲鳴じみた声を上げるオグル。

 彼らにとって、角はどこよりも神聖しんせいな部位だ。今までの威勢いせいの良さはどこへやら、今にも泣きそうな目で見つめてくる。

「俺が、悪かった。許してくれ」

「言葉遣いから指導した方が良い?」

「ごめんなさい。自分が、悪かったです。許して、ください」

「うん。なら、何が悪かったの?」

「……先生に、喧嘩けんかを売りました」

「違うでしょ? あんた達風に言えば、勝てない事が悪いの。私にすら勝てないなら、あんたは他に何が出来るの」

 恐怖に顔をゆがふるえるオウグを見据みすえ、続ける。

「それがあんたの悪い点よ。学生なら、学べ。暴力だけじゃなく、他の面でも私に勝てるように、学べ。できうる限り、全てを」

「はい、はい」

「……はぁ。じゃ、ゲロ掃除しときなさい」

「はい」

 素直になったオグルから手を離し、周囲を見渡す。

「お前達もだ。役立たずで無能と判断された学園の落ちこぼれであっても、この艦のクルーである以上仕事はしてもらう。出来ないのならば覚えろ、分からないならば聞け。学園の最底辺さいていへんだと理解して、行動しろ。その意識さえあれば、聞く事を恥と思わず、学ぶ事を無駄と思う事もないだろう」

 生徒一人一人を見て、私は声を上げる。

「返事はっ!

『はいっ!』

「よし。作業にうつれ」

 詳しくは何も言わずに指示を出しただけだが、生徒達はちゃんと動き出す。

 これで何も出来ないほど頭が悪いなら学園には入れない。

 やる気に問題はあるが……まぁ、その辺りは追々(おいおい)だ。

「ダフネ艦長」

「は、はい」

「一時間後、副艦長二人を連れてサブデッキに」

「わ、分かりました」

 にわかに騒がしくなるデッキ内で、終始しゅうし泰然たいぜんとしていたのはもう一つの副艦長席にした毛むくじゃら。

 一言で言えば茶色いマリモだが、資料を見る限り、このデッキ内で一番まともな人材だったりする。

 まだ一言も話していないが、まともな性格である事を願うばかりだ。


「先生っ!」

 第二格納庫に入るなり、ヨーコが声を上げて駆け寄ってきた。

「先生、申し訳ありません。不甲斐ふがいない結果となってしまい……」

「むしろ感謝してる。ホント、来てくれただけで嬉しい」

 頭を下げるヨーコの肩に手を置き、彼女についてきた二人にも顔を向ける。

「貴方達もね。マーカス、ガレック」

 マーカスは初日にヨーコと共に組み手をした青年の一人、巨躯のガレックもそうだ。

 マーカスは地球人ちきゅうじん。この地球人には幅広い人種が含まれ、地球生まれでなくても人種としての特徴が少なければ地球人と呼ばれていたりする。、

 元は人間と呼ばれていたものの、他人種と交わるとそちらの特徴の方が出やすく、特徴が無い=人間と言う事で差別だと騒ぎ立てる者があり、地球人と名称が改められたという背景があったりする。

 私は地球すら知らないので、地球人と言われてその説明を聞いたとき、どこにでも声が大きいだけの馬鹿はいるんだなぁと思ったものだ。

 そしてガレックは、鉱人こうじんと幾つかの血が混じった混人こんじんだ。この混人も差別用語だのと騒ぐ者が多いらしいが、人種を示す単語に文句を言う奴の神経がよく分からん。

おれ無理矢理むりやり連れて来られただけで……」

「護衛、なので」

 れて明後日の方角へと顔を向けるマーカスに、寡黙かもくな感じでぽつりと呟いて頷くガレック。

 無理矢理だろうと何だろうと、直談判じかだんぱんして無理矢理参加してくれたヨーコ達に感謝だ。

 正直、パイロット候補生としてまだマシな彼女たちがいなければ、私の睡眠時間は絶望的な事になっていただろう。

「じゃあ早速で悪いけど、まずははんを組んで貰うわ。五人一組で三班ね」

「分かりましたわ。ではガレック、マーカス」

「うん、悪いんだけど三人は分かれてね? それぞれの班長を、貴方達にやって貰いたいから」

「分かりましたわっ!」

 即答するヨーコ。マーカスは仕方ねぇなあと言った様子で、ガレックはいささか不服げ。ただ、反論は無いようなので任せて良いだろう。

「それで、三班は八時間ずつローテーションして、基本一班はすぐに出撃できる体制でいて貰いたいんだけど」

「訓練はどうしますの?」

「その出撃できる状態の班が、訓練を行う班になる。訓練内容に関してはそれぞれの班に合わせるつもりだけど、まずは編隊飛行を五パターン覚えて」

「……そんなもの、何の意味があるんですの?」

 ムッとした表情で問いかけてくるヨーコに、内心でため息を漏らす。

 向上心こうじょうしんが高いのは良い事なのだが、現状はそれ以前の問題なのだ。

「まずヨーコが求める技術的な面に関して言うのなら、編隊飛行へんたいひこうが出来ると言う事は、たがいの距離、速度、位置を確実に把握はあくできていると言う事になる。それは、戦闘機乗りにとって最低限必要な技術。味方の位置すら把握できずに、相対速度そうたいそくどの把握なんてまず無理だしね」

「……他の理由はなんですの?」

「貴女達に関して言うなら、パイロットリーダーとしての指導、指揮力を高める為ね。で、パイロットとして言うなら戦略を広げる為。武術で言うならかたと同じね。パイロットとしての基礎を学ぶ為にも、まずはそこをしっかり抑えて欲しい」

「分かりましたわっ」

 目をかがやかせるヨーコに苦笑する。

 まぁ、嘘は言っていない。このままパイロットリーダーとしての責任感に芽生え、戦隊での戦闘を意識するようになってくれれば万々歳だ。

 勿論もちろん、それがヨーコの希望にわない事は理解している。だが、個の技術を上げるより、集団の連携を極める方が生存率に直結する。彼女の将来の為にも、連携の楽しさや強さといったモノに目覚めて欲しいもんである。

 ……うん。私はその辺り分かんないけどもね。

「ラプ先生に訓練用のプログラムを入れてくれるよう頼んでおいたから、後で確認しておいてね」

「分かりましたわっ! じゃあいきますわよ、ガレック、マーカスっ! そちらの二人もついてきなさいっ! 班決めを行いますわよっ!」

 生来せいらいのリーダーシップを発揮はっきして、四人を引き連れて第一格納庫へと向かってゆくヨーコ。

 その背を見送って、私は安堵あんどの息をらす。

 本当に、彼女が来てくれて良かった。今のところ、生徒でリーダーシップを発揮できそうなのがヨーコかオグルぐらいしかいないのだ。マーカス、ガレックもそれなりになってくれればパイロット側は安心。後はオグルとダフネをどうするかぐらいだ。

 整備士側は、ラプに丸投げだ、そこまで詳しくないので、口を出しにくい。

 早々に機体のチェックを始めている整備士達をながめつつ、広い格納庫のすみに置いてある黒い機体へと歩み寄る。

 愛機<クロガネ>。

 訓練機の倍以上のサイズがあり、一般的な戦闘機と比較しても一回りから二回りは大きい。両翼、尾翼が存在するのは、大気圏内での飛行が可能である戦闘機共通の特徴だ。

「当分出番が無いと良いんだけどね」

 <クロガネ>の出番があるとすれば、問題が起きたときだけだ。

 基本は、隣に置いてある訓練機を使う事になる。

「じゃ、ちょっと早いけどサブデッキにいきますかね」

 そう独り言ちて、私は第二格納庫を後にした。


 サブデッキは、その名の通り第二の艦橋だ。広さはメインデッキの半分ほどで、通信、操縦などの一通りの機能は備えているものの、あくまで非常用の一室。メインデッキが艦前方にあるのに対し、後方の端にぽつんと存在しているのも、そんな非常時でも無ければ使われないからだ。

 セキュリティも厳重で、今のところ扉を開けるのは艦長であるダフネか私、後はラプだけ。さらにサブデッキとしての機能を使うには、メインデッキからの承認も必要になる。

 勿論非常時用なので、メインデッキからの信号が途絶えれば自動的に起動するようになっているのだが。

 そんな部屋に早めについたつもりだったが、既に先客がいた。

「早いわね」

「は、はい」

 答えたのはダフネだけ。だが副艦長二人もちゃんと立って迎えてくれた所を見れば、最低限認められてはいるのだろう。

 先程の暴力にビビっているだけかも知れないが。

「座って。……で、三人が集められた意味は分かる?」

 中央のテーブルに、それぞれが向き合うように座る。

 当然だが、サブデッキなので艦長席などは無い。テーブルに四つの席と、部屋を覆うように存在するコンソールに向き合う形で六つの椅子があるだけだ。、

 なので、並びは適当。私が出口側に、右手がオグル、左手がミゼット、正面がダフネだ。

「その……今後に、関して?」

「その今後に関しては、何の話から始めるの?」

「……乗組員の、教育、ですか?」

「それ以前にすべきことは?」

 丁寧に訊いていくも、そこでダフネは黙り込む。

 オグルは考えているのかいないのか。顎に手を当てて考えている風ではあるが、ちらちら私の様子をうかがっている。

 そんな妙な空気の中、毛玉が声を出した。

「発進とスケジュール」

「正解。ミゼットは航行スケジュール考えてあるの?」

 唯一答えられたミゼットならと、続けて問いかける。

 が、返ってきたのは驚きの表情だった。

 茶色の体毛から除く黒い瞳が、子犬みたいで案外可愛らしい。

 彼女は冬人ふゆびと。ドワーフやサスカッチとも呼ばれていた人種で、寒い地域で生活していた為保温の為に体毛が増え、山などを掘ってそこに居住していた事から身長も低くなったと言われている。

 ちなみに彼女たち冬人は、生身で宇宙の放り出されても一日は生存できる数少ない人種である。

 何をどう進化したのかは知らないが、その体毛は保温だけで無く冷気を留める事も可能で、更には酸素さえ内包できるらしい。要するに、体毛によって生存圏を作り出す事が出来るのだ。

 ただ、そんなメリットとは裏腹に、その人種的特徴故に機体の操縦が出来ないという大きなデメリットが存在する。どんな人種であれ一長一短あるものだが、ここまでメリットとデメリットの差が大きい人種は少ない。

「……私の意見を?」

「他に誰がいるのよ」

「……コンパネに触ってもいいですか?」

「もちろん」

 快諾すると、彼女は手元のコンソールを身体に埋めた。

 実際は身体を寄せてコンソールに手を置いたんだろうが、傍から見れば毛玉がコンソールを覆ったようにしか見えなかったりする。

 ちなみにコンパネはコントロールパネル。コンソールと同じ意味だ。

 ピピピッとコンソールをタッチする音が連続で響き、四人の前にスクリーンが展開。同時にテーブルには立体的な宇宙地図が浮かび上がった。

「ふむ」

 この艦の副艦長に選ばれてからさほど時間も無かっただろうに、良く出来たスケジュールだ。

 目的地のサルビア宇宙ステーションまで、ちゃんと片道一ヶ月足らずで計算してある。地図に表示される航路も危険地帯を表示した上で、極力直線かつ危険地帯には近付かない航路になっている。

 うん、良く出来てる。優秀だ。

「じゃ、二人の意見を聞こうか」

 視線を向ければ、オグルはサッと目を逸らす、馬鹿では無い筈なんだけど、その反応は残念さんだ。

 なのでダフネをジッと見る。彼女の場合、視線が合っているのか逸らしているのかも分からないので、答えがあるまで待つ事にする。

「……うぅ。そ、その……いいと、思います」

「オグルは?」

「はい。同じっす」

「ふむ。じゃあダフネ艦長はこのスケジュールで進めるように通達を」

「は、はいっ。……あの、今すぐ?」

「そ。出発しないと何も始まらないでしょ? ただし、乗員が全員艦内にいる事を確認した上で出発を。現状このスケジュールだと二時間は遅れているけど、その辺りの調整は任せる」

「……はい」

 背筋を丸めて部屋を出て行くダフネ。

 艦長として、もう少しビシッとして欲しいものである。まぁ、その辺りの教育がこれからになるんだけども。

 扉が閉まったのを確認してから、副艦長二人へと口を開く。

「じゃ、ここからが本題ね。正直オグルが艦長の方が楽だったんだけど、副艦長として配属されている以上はしょうがないし」

「どういうこ、とっ……っすか」

 一瞬いっしゅん怒鳴どなりかけたものの、どうにかこうにかと言った様子で語尾を落ち着けるオグル。

 その様子に苦笑して、私は言葉を続ける。

「この艦の軸は貴方達二人よ。多分、一番面倒くて大変な立場になると思う。だから、無理だと思うなら学園との通信が繋がる今言って欲しい」

「どー言う事だよ」

「大変なのは、艦長では?」

 オグルは半眼で、ミゼットは毛玉をかたむけて問いかけてくる。

 確かに、慣れない奴らばかり集めた艦の一番上なんてのは大変に映るだろう。

 だが、私が見てきた中では、トップよりもその次にいる人こそが大変なのだ。上にいて、下にも沢山いるなんて言う、中間管理職的な立場の人の方が。

「どんな艦でも企業でも、艦長や社長に意見出来る立場の者は賢くなければいけない。それも、賢くある事は最低条件。下の状況を把握はあくして、艦の状況も把握して、その上で問題があった場合は折衷案せっちゅうあんらなければならない。軍では上に行く為に絶対に通過しなければならない立場、それが副艦長という役割。それほどの重要で、精神的な負担ふたんも大きくなる」

 私の言葉に、二人はゴクリと喉を鳴らす。

 小さめの艦とは言え、乗組員は三百人を超えるのだ。それら全てを纏めるのが副艦長の仕事。そして、起きた全ての責任を取るのが艦長の仕事だ。

「オペレーターの仕事も、整備士の仕事も、医療関係も分かんないでしょう。でも、それでも管理しなければいけない。問題が大きければ大きいほど、貴方達が対処たいしょしなければならなくなる。その為にも各部署の様子を把握し、一部の人とは交友を深めなければならなくなる。……だから、無理なら今言って欲しい。貴方達二人に関してだけは、やる気が無いなら変えて貰う必要があるから」

「……艦長が一番偉いんじゃないのかよ」

「そうね。だから全ての責任を艦長が取る。けど、本来なら艦長補佐、副艦長、副艦長補佐といるように、艦長に次ぐ地位の人間こそが重要なの。……極論を言えば、艦長は無能のお坊ちゃんでも問題はないの。副艦長が全体を監督してくれていれば、艦は問題なく動くんだから。ただ、その逆は無い」

 だから、無能な副官というのは存在しないのだ。

 艦長共に両方無能なら艦としての活動が不可能で、艦長だけがまともなら問題がある前にクビを切られてしまうから。

「私は、やります」

「ありがとうミゼット。負担は大きいと思うけど、相談には乗るから」

「ありがとうございます」

 毛むくじゃらで分からないが、何かほんわかした空気を感じて私は頬を緩める。

 と、オグルがテーブルを叩いて立ち上がった。

「俺もやるぜっ!」

「……後で『無理、やめさせてくれ』は通じないわよ?」

「俺だって士官候補生だっ!」

「そうね。なら、まずは暴力を振るうのを止めなさい。暴力を背景に脅すような真似も」

「……あんたは殴ってきたじゃねぇか」

「そりゃあね。あんたと私では、立場も強さも違うもの」

 オグルの半眼にそう返し、続ける。

「私は教師で、艦の運営に関してはオブザーバーみたいなもの。逆にあんたは生徒で、ここの生徒達の一部と同じように軍人を目指す立場。地位の差はあるとしても、ここの乗組員はあんたの同僚であり仲間なのよ」

「それに何の関係があんだ……あるんですか」

「今回暴力で従えたとして、軍人になったときに同僚でその相手がいたら? その相手と、何年もの長距離航行を行う事になったら? あんたの立場が悪くだけなら兎も角、徒党を組んで殺される可能性すらある。暴力に訴えるって事は、暴力で返ってきてもおかしくは無いって事なのよ」

「……ンなもん、先に潰せば良いじゃねぇかよ」

 ふて腐れるように視線を下げて呟くオグルに、私は首を振る。

「あんたねぇ。分かってるとは思うけど、そんな真似すれば処分対象。多数を味方に付けて、少数をいじめる事で多数をまとめるって言う手法もあるけど、それが可能なのは対象が生きている間だけ。一人死に、標的が次に変わってまた死にってやってれば、いずれは誰もが次は自分の番かと思うようになる。その結果狙われるようになるのは首謀者よ」

「……まるで見てきたように言うんだな」

「そういうつらつらみで賞金首になる奴もいるのよ。引けなくなって大量に殺した者、乗組員を何人も殺されたと、指名手配とは別に賞金を賭けて殺し方を指示してきたり。ま、それ以前に殺されてる事も多いけど、良い死に方は訊かないわね」

 まぁそもそも、『こういうクズがいてこういう死に方をした。サマァ』と言った話なので、普通の死に方やそんなクズが幸せになった何て話を聞かないのは当然だろうけども。

「たった二ヶ月だけど、そういう問題を起こされたら困る。暴力を振るうとしても、相手が絶対的に悪いときだけ。……約束出来る?」

「……相手が悪ければいいのか?」

「絶対的に悪ならね。逆に、あんたが正しいだけじゃ殴ってはダメ」

「めんどくせー……」

「それが責任有る立場ってもんよ。相手が悪だから殴ってもいいっていう道理すら通用しない地域すらあるからね。今の内に慣れるように」

「……うす」

 これで当面の不安は解消だ。

 やる事はまだまだ多いが、この二人さえちゃんと責任を持って行動してくれればどうにかなる。ミゼットがそれなり以上に使えそうってのもありがたい話だ。

「あぁ、後は給料ね。私のポケットマネーになるから多くは出せないけど、一人50000D。仕事ぶりに応じて上下するからその辺りは通達しておいて」

 ミゼットの表情は分かりにくいが、オグルはあからさまにほうけた顔で口が半開きだ。

 驚くのも無理は無いが、今回は事情が事情だ。

「授業料払ってるからって意識で真面目にやってくれるとありがたいけど、今回に限っては私のせいでこんなことになってるわけだしね。迷惑料として手当ぐらいは払うわよ。実戦っぽくやったつもりが何にも学べなかったってなったら、二ヶ月分授業料損するわけだし」

 手当を払う事で、仕事としての意識を持って貰いたいと言う面もある。

 ただ、それ以上の理由は出発前の賭けだ。十分お金を貯めていたので、余剰金をぶっ込むだけで良いがくもうけた。全員に倍額払ってもおつりが来るぐらいだ。

 それも、こんなことになったからこその儲け。還元ぐらいはすべきだろう。

「……頑張る」

「俺もやるぜっ! ミゼット、早く皆に教えてやろうっ!」

「うんっ」

 資料上同じクラスですら無く接点は無い筈なんだけど、二人は仲良く部屋から出て行った。

 若さ故、だろうか。

「若いって良いなぁ」

 そう呟くのと同時に、校章がピピッと音を鳴らした。

 通信の合図だ。校章に触れ、通信をオンにする。

『あぁ、繋がったか』

「その声……ダウン? 良く繋がるわね」

『ここの設備が良いのは当然として、<クロガネ〉の受信機能が特別なんだ。そっちからここに繋げようとしても、受信機能が<クロガネ>ほどじゃないからそこそこかかる筈だ』

「あー、なるほど。それで?」

『この前の件でいくつか情報が入ってな。<クロガネ>で話せるか?』

「分かった。じゃあ五分後に通信入れる」

『頼む』

 通信が切れ、私は首をかしげた。

 この前の件が何なのかは分からない。ただ、<クロガネ>で話したいと言う事は、盗聴などを警戒しているという事だ。

「あんまいい話じゃないっぽいなぁ」

 とはいえ、情報は宝だ。どんなに碌でもない話でも、聞かないよりは聞いた方が遙かにマシ。

 溜め息を吐きつつも、私は席を立って小走りで<クロガネ>へと向かったのだった。


「つまり、オラクルグループが関わってる?」

『確証は無いがな。ただ、お前がいるスパイア周辺だってキナ臭いんだからそれなりに可能性は高いと思う』

「なんでスパイアが出てくんのよ」

 <クロガネ>機内。

 前回の賞金首が自爆した件に関しての情報だ。私が関わった三件、それ以外にも賞金首が自爆じばくしたと言うのは四件ほどあったらしく、彼らの取引相手としてオラクルグループが浮かび上がってきたらしい。

 正確に言えば他にも三財閥との取引が見受けられはしたものの、共通して接触している可能性が最も高いのがオラクルグループのオラクル重工とのこと。

 それぞれの航行履歴を調べ上げた結果、七人中五人に関してはオラクル重工業の貨物船かもつせん停泊ていはくしている宇宙港に寄った形跡けいせきがあるとの事。

 正直こじつけ、偶然ぐうぜんの可能性が非常に高い気がするのだが。

『この数年、そこの学園を卒業した成績優良者が行方不明になってるじゃないか』

「……初耳なんだけど」

『まぁ卒業後だからなぁ。下手したら学園でも把握してないのかもしれんな』

「そんな事あり得るの?」

『就職した時点で学園とは無関係だろう? 軍からの失踪者しっそうしゃなら連絡も行くだろうが、他業種たぎょうしゅの失踪者が多いからな』

「で、全員成績優良者」

『あぁ。偶然という可能性もゼロではない。ゼロではないが……失踪者全員がこの銀河系には身内がいない。二つも共通点があって偶然と片付けるかどうか、だな』

「……ん~。それはそれで確かにどっかしらの組織が関わってるんだろうけど、オラクルグループと結びつけるのは無理がない?」

『まぁな。だが、失踪者の情報を知る事が出来るのは、そいつが就職で関わった企業か学園の関係者だけだ』

「……あんたは把握してんじゃない」

『そりゃあ俺は一流の情報屋だからな』

 自慢げな声にちょっとイラッとする。

『まぁ実際問題、失踪者リストに学園卒の奴を二人見つけたから、そこからコネやら何やら色々使ってどうにかそこまで調べたってとこだ。もしどこかしらの組織が関わってるとしたら、内部に協力者がいる事は間違いない。外部から成績優良者やら就職先やら見つけるのは無理がある』

「だからスパイアと交流がある企業が怪しい、か」

『っつーか、普通の犯罪組織なら手間暇かけて優秀で若い人材だけを狙うって事は無いだろ』

「あー、なるほどー。……身代金の要求とかは?」

『あれば失踪者じゃないだろ』

「だよねぇ」

 ダウンが企業を疑うのも当然だ。

 失踪者に関しては、手口が企業や政府のそれ。人身売買は珍しい事ではないが、今回のは間違いなく生体実験目的だ。

「……≪蠱毒の蛇≫みたいな大きな組織、他になかった?」

『それがなぁ。いるのは確かなんだが、尻尾が掴めねぇ』

「いるって根拠は?」

『≪蠱毒の蛇≫が潰れたおかげで、この星域は今や大宙賊時代だ。勢力広げようと色んなところでわちゃわちゃやってるんだが、どうも上手い事コントロールされてるみたいでな。惑星連盟の子飼いが頑張ってるのか……もしくは噂に聞く≪ケルベロス≫かもなぁ』

「けるべろす?」

『単なる噂だ。各星系かくせいけいの政府、企業と提携し、裏方を担っている巨大組織。大きな戦争の裏で糸を引いていたり、犯人が見つからない大物の殺害に関係していたりと、まあそんな感じの存在だ』

「あるあるね」

『そういう事だ』

 どこにでもある陰謀論いんぼうろん、その元凶げんきょうとされる組織というわけだ。

 未解決事件だったり突然の戦争や抗争に原因を求めてしまうのは、悲しい人の性と言う奴なのだろう、

『まぁ兎に角、賞金首共の自爆に関しては裏に組織がいる可能性が高い。送り出しておいて何だが、お前がいる辺りもキナ臭い感じだからな。問題が起ったらすぐ呼べ』

「……そう言えば、くっそ高い装置買わされたわよねぇ」

『覚えてるなら十分だ。ヤバくなったらすぐ使え』

 心配してくれるのはありがたいが、あれはくっそ高い上に使い捨てだ。

 それも、ダウンのような協力者がいてこそ使える切り札。切り札なのに、即効性がないというデメリット付き。

「今までどうにかなったんだから、今後も使う機会が無いと良いんだけど。……ま、情報ありがとね」

『こっちも仕事だ。気にするな。じゃあな』

 ブツッと音がして、音声通信が途絶えた。

 仕事というのは言葉通りで、勿論有料だ。

 無駄と思える情報に意味がある何てことは良くあるので、かなり高めの有料サイトに加入しているつもりで妥協している。

「あーもう、教師業だけでもやる事多くて面倒くさいってのに。……まぁ兎に角、何か起きない事を祈りつつ教師業に精を出しますか」

 下手に探って厄介ごとを招きたくは無い。

 そう判断して、私は≪クロガネ≫の機能を使ってパイロット候補生達幼のプログラムを組み始めた。


     【ヨーコ】


 最初の一週間は、まさに地獄だった。

 学園の生徒の中でも、問題があるような生徒ばかりが集められたのだ。給料が支払われるという嬉しいニュースこそあったものの、そんな喜びが速攻ではる彼方かなたの出来事へと変わるような問題が立て続けに起ったのだ。

 ヨーコが関わった出来事だけでも、パイロット同士の喧嘩、パイロットと整備士の喧嘩、整備不良による訓練機の動作不良に、その改修でも一悶着ひともんちゃく。それにともなって母艦ぼかんも動きを止めざるを得ず、航行スケジュールも遅れた。

 パイロットと、パイロット付き整備士の間だけでもそれだけの出来事があったのだ。更に人数の多い整備士、同じ室内で作業をするオペレーター面々で発生した問題は、それすらかすむほどに多岐にわたった事だろう。

 だが、二週間目になると発生する問題は急速に減り、三週間目には問題らしい問題も起らないようになっていた。

「私、初めて教師という存在が偉大だと思いましたわ」

「本当になぁ。……ただ、俺としては教師の仕事があそこまで大変だって事が驚きだったけど」

「シロ先生、死にかけ」

 ぽつりと漏らしたガレックの言葉に、ヨーコはマーカスと揃って頷いた。

 当初は『まともで面識のある生徒』と言う事で、愚痴ぐちを聞く機会が多かったのだ。

 だからこそ、その苦労を誰よりも知っている知っている。

 けど、シロ先生が必死に働いていたと言うのは、艦内にいる者なら誰もが知っている事だ。

 シロ先生は、大抵たいていの問題には顔を出した。喧嘩の仲裁を主として、生徒達の悩みを聞いたり、体調を崩した生徒の元を訪れたり。オペレーターやパイロットのみならず、整備士達の所にも顔を出していたのだ。

 最初の一週間は、誰もが自分の事だけで精一杯だった。

 二週間目になって問題の発生件数が急速に減って、仲間達の事も理解し始めて、ゆっくり会話をする余裕も出てきた。時間配分も把握出来るようになってきて、違う部署の人と話そうと思えるだけの精神的な余裕が出来てきたのだ。

 一週間目の段階で派手な喧嘩をしていた面々もこの頃には和解して、逆に何も無かった相手よりも仲良くなっていたりする。

 だからこそ、話題には喧嘩した事が出てくる。そこへ仲裁に来たシロ先生の事も。

 生徒達は当事者達の話を聞いて、笑って、別件の当事者達の話しを聞いて、笑う。

 そして三週間目になる頃には、誰もが気付いていた。

 シロ先生が寝ていないという事に。

「人体に影響はないとは言っていましたけど……不眠剤の継続使用はもう止めて欲しいですわね」

「まぁやっと寝れそうって言ってたし、大丈夫だろ」

「でも死にそう」

「言うなガレック。俺たちにだって責任はあんだろうが」

「その通りですわね……」

 他人事のように話してはいても、迷惑をかけていたのはヨーコ達三人も同じなのだ。

 班員が母艦に訓練機をぶつけたり、訓練中の喧嘩で撃ち合いになり、最終的には訓練機で体当たりしていたりと、色々やっている。最初一週間はシロ先生の愚痴を聞くよりも自分達が愚痴を言う事の方が多く、班員の無能さに怒り、責め、班員交代を陳情ちんじょうしていた。

 その結果が、今という時間だ。

 班員同士、班長同士で話し合う事で、互いの不満、班の状況を把握出来る時間を作ったのだ。

 三交代制の為一班は睡眠を削って出席する事になるが、一応欠席しても問題ないとはなっている。

 だが、第一回は誰もが参加した。班長であるヨーコ達三人は自分の部下の方が無能でダメだと言い合いになり、班員達の方も如何に自分の班が厳しくてキツくて、班長が無能かで言い合いになったらしい。

 そのおかげで、二週目になる頃には班長、班員共に自分の班のマシな面に目がいくようになり、訓練に慣れ始めたという事もあり喧嘩なども減っていった。

「編隊飛行もどうにか形になってきましたし、そろそろちゃんと休んでいただきませんと」

「けど、シロ先生の指導があるのと無いのじゃ、班員のやる気がなぁ」

「ん。技術が、凄い」

「だからといって、たよってばかりもいられませんわ。このままでは、本当に倒れてしまいます」

 恐らく、この艦の誰もが思っている事だ。

 シロ先生の事を毛嫌けぎらいしている人も、苦手な人もいる。だが、整備士に関してはやんちゃな力自慢五人を余裕で叩き伏せ、オペレーター達に関してはオグル副艦長を楽々従えた。それだけで認められてはいるが、その後教師として誠実に対応している事で、かなり好意的に受け入れられている。

 だから、二週目も終わりにさしかかってからは、毎日のように聞かれるようになったのだ。

 『シロ先生、大丈夫か?』と。

「正直言って、毎日シロ先生の体調を問われるのも飽き飽きですの。これで倒れられたら、私達わたくしたちが責められかねませんわよ?」

「まぁ、確かになぁ。あいつら、散々迷惑かけておいて、今更『僕たちは先生が心配』みたいな顔しやがってさぁ。……そりゃあ訓練もあるから、シロ先生の負担にはなってんだろうけど、何かむかつくよな」

「分かる」

 コクコクと頷くガレック。

 班長を任され、最初は殴り合う寸前までいったものの、今や同じ苦しみを分かち合う仲間だ。

 ガレックが護衛になった経緯を、ヨーコはよく知らない。知っている事と言えば、護衛をやる事で学園に通わせて貰っていると言う事だけだ。

 そういうものだと思っていたからこそ、気にした事は無かった。だが、怒鳴り合って、意見を交わし会える仲になって、今みたいな関係が好ましいものだと思えるようになっていた。

「だから。私達は班員の手本となる技術を身につける必要がある。幸い、シロ先生は先の訓練プログラムも既に入れてくれてありますわ」

「あー……あれ、シミュレーター的にも出来るからやってみたけど、超むずいぜ?」

「頭が、追いつかない」

「試したなら話は早いですわ。訓練時間外に、あれをマスターしますわよ」

 ヨーコの言葉に二人は顔を顰めたが、反論は無い。

 一週間前と比べただけでも、時間的な余裕はかなり出来ているのだ。出来ない、無理等という言葉は通用しない。

 渋々ながらも二人が頷いたのを確認してヨーコが微笑むと 、それを待っていたかのように扉が開いた。

「良い覚悟です。これなら私の提案を飲んでいただけそうですね」

 そう言いつつ現れたのは、同性のヨーコですら見惚れる程の美しい女性。

 すらりと高い身長に輝くような緑色の髪をポニーテールに纏め、美しい瞳をより良く見せるかのように細い眼鏡がかかっている。

 外見だけならばキツそうで、だがそこにはかなさも内包している美人。

 この三週間ほどで最も変わった人物の名を聞けば、大半の者が彼女の名前を挙げる事だろう。

「ダフネ艦長。私達わたくしたちは知っているので問題ありませんけども、全室盗聴出来るなんて事は知られない方にした方がよろしいですわよ?」

「分かっています。何を聞いたとしても基本話はしませんよ。……えぇ、何を聞いたとしても」

 そう言って微笑むダフネ艦長に、マーカスとガレックの顔が真っ赤に染まる。

 聞かれたら恥ずかしい事を話していた、と言うより単にその微笑みにやられただけだろう。

 それほどに今のダフネ艦長は美しい。同性からは嫌みすら出ず、逆にどうしたらそんな美しくなれるのかと師事しじする者が出ているほどだ。

「では、シロガネ先生には休んで貰う事にします。貴方達も先生の事を考えてくれていて、本当に良かった」

「……もしかして、今すぐ休ませるつもりですの?」

「えぇ。目的地であるサルビア宇宙ステーションに到着する前に、一度シロガネ先生無しでの運行も確認してみるべきだと判断しました」

「つまり、他の部署には確認済み?」

「はい」

 ヨーコは苦虫をかみつぶしたように顔を顰め、首を振る。

 つまり、もう拒否権は無いという事だ。

「わかりましたわ。……だた、こういう重要な事は事前に相談して欲しいものですわね」

 金色の瞳を細めてチクリと言ってやると、ダフネ艦長は困ったように眉をハの字に曲げた。

「ごめんなさい。今日は、そのつもりだったんです」

「……なら、何故?」

「どの部署も、『すぐに休ませた方が良い』、と。医療班には、『貴女が艦長なんだから、もっと早く気を使ってあげなさい』とまで言われてしまって」

 そう言われてしまっては、ヨーコとしては何も言えない。

 まだボーッとダフネ艦長を眺めている二人をにらんで、口を開く。

「ほら、二人ともさっさと動きますわよ。二人は班員達に通達後、睡眠と訓練へ。わたくしはシミュレーターに時間を使いますわ」

「あ、あぁ、分かった」

「ん。了解した」

 やっと起動した二人が席を立つも、そこにダフネ艦長が微笑んだ。

「三人とも、よろしくお願いします」

 再び動きを止めた二人のけつを蹴り上げて、ヨーコは訓練すべく部屋を後にした。


     【ダフネ】


 ダフネにとって学園とは、義務以上でも無ければ義務以下でも無かった。

 全ては、村の希望があってこそ。

 神童と呼ばれて、もっと良い学校へとすすめられた。村の小さな学校は村長が教師も務めており、村から学費を出すと言う事もあり、両親は大層喜んだ喜んだ。

 八歳にして全寮制の学校へと転校。

 元々友人が少なかったダフネは、その頃から完全に友人と呼べる存在がいないくなった。

 勉強をすれば、皆が喜ぶ。その義務感が、元々内向的なダフネに子供らしさを失わせた。

 勉強をしなければと言う意識が、他者と話す時間すらしませた。その結果は成績やテストの点となって現れ、すぐにより良い学校へと転校する事になる。

 飛び級という制度は無い。学ぶ時間は等しく平等であるべきとの考えの元、天才と呼ばれる生徒用の学校も用意されている。

 そんな限られた子供達用の学校は当然のように無料であり、衣食住に多少の生活費まで支給されるほど。

 たまに面会に来てくれる両親がいつも笑顔なのが嬉しかった。その頃には両親にしか笑顔を見せなくなっていたが、それでもダフネは幸せだった。

 たまにでも会いに来てくれるのなら。笑っていてくれるのなら。

 学費免除の学校を首席で卒業し、そのまま別の惑星のエリート校へ。そこからも転校は続き、別の惑星、別の銀河系へと政府の支援を受けて言われるがままに移動した。

 両親に会える事も一年に一度が二年に一度になり、ふと何の為に勉強をしているのか疑問を感じた頃、母から通信が入った。

 『あんたのせいよっ!』

 そんな叫びから始まる言葉を、ダフネは覚えていない。

 ただ、その時全てがこわれた事だけは確かだった。

 母親が父親を刺し殺し、指名手配された。安全の為にと、スパイアの学園へと転校になった。

 それが、ダフネの今へと続く道。

 勉強以外には何も無いダフネは、ただ流されて艦長という役目までわされた。

 生きる意味すら失ったダフネにとって、勉強以外の全てが苦痛でしかなくなっていた。

 ある種横暴とも言えるシロガネ先生に出会うまでは。

「貴女の境遇きょうぐうには同情するけど、まずは背筋を伸ばしなさい」

 生き地獄と呼べるような酷く忙しい一週間が終わって、シロガネ先生の自室に呼び出されての第一声がそれだった。

 背筋を伸ばせ、前を向け。辛いのは貴女だけじゃ無い。艦長として、率いようという意識が大事。

 そんな感じの指摘に、ダフネは生まれて初めてキレた。

 一週間、怒られ、責められ、なじられてきたのだ。それでもどうにかやり過ごした一週間を馬鹿にされたようで、積もりに積もったストレスが爆ぜた。

 貴女に何が分かると、泣きながら怒鳴った。大きな声を出せるという事に驚きながらも、怒鳴り、責め、語った。自分の身の上を、どれだけ苦しかったかを、どれほど頑張ってきたかを叫びながら。

 思いのたけを全て吐き出し、それでもまだ込み上げてくる感情に息を乱して泣いていると、シロガネ先生に頭を抱きしめられた。

 同情も、慰めの言葉も無い。ただ泣き止むまで抱きしめられ、ダフネが落ち着くと身の上話が始まった。

 『不幸自慢は好きじゃ無いけど』から始まったシロガネ先生の過去に、ダフネは泣いた。

 何故泣いたのかは、ダフネ自身分からない。ただ、その話を聞き終えた後、ダフネはこの先生の為に頑張ってみようと思えていた。

 だからこそ、ダフネとしては無理と思える指示にも従った。

 整備士に作らせたという背筋を伸ばす為の矯正きょうせいギブスを着けて、髪をいて貰って後ろでまとめて。そして艦内を一周。

 怖くて仕方なくて、会う人会う人顔をジッと見てくる事が恥ずかしくて。足早に一周した後、『艦長と教師の特権』と言って各部屋の音声を盗聴とうちょうすると、ほとんどがダフネの外見を褒めるものだった。

 それを聞いて、嬉しいやら恥ずかしいやら。

 呼び出されたラブ先生に化粧を教わり、すすめに従って眼鏡も着けて。そうして歩き出すと、世界が一変していた。

 今まで気にもにもしなかった世界は色で溢れていて、ほとんどの人が自分を見上げている。その瞳に敵意は無くて、恥ずかしいと感じる必要は無いと分かった。

 胸を張って、前を見て歩いていい。

 そんな簡単な事で、ダフネは自分が生きていても良いんだと実感出来た。

 部屋に戻って、ラプ先生が見ている前でシロガネ先生に抱きついて泣いたのは、三人だけの秘密だ。先生の教員服が化粧と涙でぐしゃぐしゃになって、何とも言えない声を出すシロガネ先生に、ダフネはどれくらいぶりかに声を出して笑った。

 だから、感謝している。誰よりも、何よりも。

「どーしたのよダフネ。私の部屋に呼び出すなんて」

「また<クロガネ>でプログラム組んでたんですか? 少しは休んで下さいって言ってますよね?」

「やー、そうしたいんだけどね。新任で、殆ど準備無しで今だから、やる事が多すぎて」

「……みんな心配してます」

「心配される程度に認められてたら嬉しいわね」

 そう言いつつシロガネ先生は椅子に座ると、テーブルのカップを一瞥いちべつした。

「で、貰って良いの?」

勿論もちろんです。先生の為にいだんですから」

「ありがと。ダフネが入れてくれた紅茶は美味しくて好きよ」

 そう言いつつも、シロガネ先生は味わうでも無く一気飲みする。

 不眠剤の副作用で、味覚までおかしくなっているのだ。もしくは睡眠をとっていないせいか。

 どちらにしろ、今は好都合だ。

「もう一杯飲みますか?」

「うん。あぁ、でもちょっと待って」

 無針注射器を取り出したシロガネ先生へと歩み寄り、その腕をそっと押さえる。

「ダフネ?」

「だから、休んで下さい」

「だから、私は忙しい……」

 そこまで言ったところでシロガネ先生は大きく揺れると、テーブルに手をついた。

「……ちっ。何、飲ませた……」

「中和剤ですよ。……お分かりだと思いますけど、医療班長の協力があってこそ、ですから」

「く、そ……」

 まるで死の間際まぎわのように吐き捨てて、シロガネ先生はテーブルにした。

 しばらく待ってみても。ピクリとすら動かない。ダフネはその白髪をくように頭を撫でて、小さな身体を抱え上げた。

 非力なダフネでは、かなり重い。それでもどうにかベットまで運んで、固定器具を装着する。

 重力発生装置に問題が起きた時用の固定器具こていきぐだ。右手首と左足首に着ける事で、無重力になってもベットから落ちないようにしておく。

「ゆっくり休んで下さい。私が、ちゃんとやりますから」

 ダフネ自身、一週間前には考えられなかった言葉を告げて、部屋を出る。

 艦長としての仕事。それがシロガネ先生の為になると思えば、頑張れる。

「よしっ」

 一人気合いを入れて、ダフネはメインデッキへと向かって歩き出した。


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