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第二章   天魔に至る道

「だから、合同授業とかじゃなくて、クラス単位で一隻にした方が先々を考えればマシって話なんですけど」

「むぅぅ。言わんとする事は分かるが、専門的な知識に関してはどうする? 工科学院の協力を仰がねばならんし、オペレート科に関してもシステム面での教育が追いつかぬ可能性が高い」

 試合の翌日。

 試合当日は契約を交わし、食堂やランドリーなど生活に必要な施設を紹介して貰った後、部屋に案内して貰って終了。

 広いとは言えないながらも個室で、久方ぶりのベットは熟睡できた。今までは宿代ケチって<クロガネ>のコックピットで寝る事が多かったので、右に左に寝返りを打てると言うだけでちょっと感動したというのは秘密だ。

 今週いっぱいは休みと言われていたものの、ゆっくり休む前に相談したい事があり、学長室へ。

 相談とは、ダウンに言ったあの提案だ。

 仕事に対して意欲的ですよ、と言うポーズもあっての提案だったが、結果は見ての通り否定的。

 まぁ、今までやってきた事を根本から変えた方が良いって言ってるわけだから、簡単には頷けないのも当然だ。

「即戦力が育たないのが問題になっている、とダウンから聞いたので提案しているだけです。ただ、即戦力を育てたいのでしたら体制を変える必要があるかと。少なくとも、今まで通りでは変わらないというのは確かです」

「シロ先生がパイロット科を育て上げるだけでは無理かの?」

「パイロット候補生の技術を一段上げるだけなら可能です。ただ、私が良い例ですが、個の技術だけを高めると逆に集団戦がままならなくなる、と言う可能性が出てきます」

「技術が高ければ、合わせる事は可能じゃろ?」

「それが、かなり難しいんです。集団としての練度が高い事と、個の練度が高い事は別の次元なので」

「むぅ。……そんなものか」

「学園長が艦隊の指揮を執った際、味方に合わせるのは難しかったのでは無いですか?」

 この好々爺、ジム・ハサヤ・ステイリーは学園長をやっているだけあり、惑星連盟軍の元大将。平和なこの銀河系での実戦経験は無いらしいが、隣接する銀河系へ惑星連盟軍を率いて参戦したキャリアの持ち主だ。

「いやあれは、他星系の軍に協力しただけじゃからな。連携がままならずとも仕方あるまい」

「それと同じですよ。軍として完成している所に新しい指揮系統が加わると、どうしたって問題が発生します。それはパイロットも同じで、指揮官の指示に従って行動しろ、といきなり言われても対応できません。どこに入っても指揮下で動ける下地を作らないと」

「……お主、ちゃんと考えてるんじゃの」

 心底意外そうな学園長に、私は半眼を向けてお茶を啜る。

「失礼ですよ」

「いや、すまぬ。もっと体育会系の人材と思っておったのでの」

「頭が弱いと、報酬ちょろまかされたりがあるので」

「本当にすまん」

「構いませんよ。学歴が無い奴にイカレてる奴が多いってのは事実ですし」

 学校に通えないほどに困窮してたりすれば、生きる為に悪事に手を染めざるを得ない。

 悪事に手を染めたから狂うのか、狂ったから悪事に手を染めるのか。どちらかは分からないが、その道で生きていれば染まるものだ。

 賞金稼ぎ業界も同じようなもので、実力さえあればどうでも良い為イカレている奴が多い。私がダウンの所を使っているのも、そう言ったイカレ野郎共と関わらずに済むと言うのが大きな理由だったりする。

 まぁ、高学歴の犯罪者や賞金稼ぎも普通にいる為、一概には言えないが。

「しかし……むぅ。編成するとしても、クラス分けや教育がのぉ」

「教育は最高学年の者と組ませれば問題ないと思いますが」

「うむ。……いや、難しいの。コマンダー科は知っておるかの」

「指揮官養成のクラスですよね。入学できれば幹部確定ってぐらい優秀な学科と聞いていますが」

 その辺りはちゃんと調べてきた。学歴は無くても、馬鹿では無いのだ。雇用先ぐらいはしっかり下調べしてある。

「うむ。連盟軍以外に就職する者も稀にいるが、基本、毎年全員が幹部候補として迎えられるよう、十五名のみを入学させておる」

「それが何の問題で?」

「四十五隻も大型艦を用意しろと? 監督する教員の数も足りぬよ」

「艦長一の副官二でやれば良いんじゃないですか? 幹部候補生と言っても、最初から艦長を任せられるわけではないでしょうし」

「ふむ、なるほど。だが十五隻か……」

「一隻軍から借りて、試してみれば良いんじゃないですか? 整備とオペレーターには数人熟練者が必要ですけど、それ以外はダメなので固めて一年後の成果で今後どうするか決める、で良いと思いますけど」

「ダメなので良いのか?」

「教育できるだけの知識のある人員が必要ですけど、艦長とパイロットは実地で覚えてくだけで十分じゃないですかね」

 こう言ったら努力してその地位に就いた人に失礼かも知れないが、艦長は全体を纏め、舐められない程度に指揮をして、スケジュールを決めるだけ。パイロットは個人の技術を磨きつつ、味方との連携を深めるだけだ。

 要するに、この二つに関しては別に熟練者なんて不要。

 習うより慣れろだ。整備、オペレーターの二つは、ちゃんと知識が無いとどーにもならないが。

「……うむ、やはり試すとしてもそこからかの」

「今までの方針とはズレるので、担当する教師、生徒共にまずは希望者を募ってやってみるのが良いと思いますけど」

「うむ、そうじゃな。まぁ、まずは今日の職員会議で提案してみる事としよう。シロ先生が出勤する頃には、話が纏まっているはずじゃ」

「無理にこうやれって訳でもないんで、こんな話もあるよぐらいでお願いします」

「任せておくがよい」

 話の最初と違ってご機嫌っぽいのが気になるけど……まぁいいか。

 どういう結果になろうと、責任者は学園長だ。

 私としては、それなりに仕事しまっせ感を出せたので、十分だろう。

「じゃあ失礼します」

「うむ。のんびりスパイアを楽しんでおくれ」

「はい、ありがとうございます」

 心底からお礼を述べ、退室する。

 賞金稼ぎから足を洗うとすれば、契約上の給料では年収十分の一以下。だが、それで平和が買えるとすれば安いものだ。

 常に情報を集め、信頼できる情報屋を掴むまでは幾度となく騙され、殺されかけ。名が売れたら売れたで復讐や功名心で襲ってくる雑魚が増え、下手な宿には泊まれず<クロガネ>船内で眠る日々。

 そんな日々が、やっと終わる。たった一年、それなりに仕事をして過ごすだけで、クビになってものんびりこの星で生きていける。

 何て幸せな事だろう。

 お金万歳、平和万歳。

 頑張ってお金を貯めてきた、私万歳。

 学園長室の扉を閉め、私はほくそ笑む。

「地上探索ついでに、よさげな物件探しちゃおっかな」

 別に豪邸は必要ない。

 のんびり生きられそうな、庭付きのこじんまりした一軒家を探すのだ。


 と言う事で地上。

 地下への出入り口は全部で六カ所有り、一つは学園内、二つは学園のグラウンド両端、二つは町の両断で、一つは学園とは逆側の森がある端っこだ。

 通りがかった整備士に聞いてみた所、三つは学園の生徒用、二つは人工惑星の維持に従事している職員用で、端にあるのは管理や地上の空気を吸いたい人用のエレベーターとのこと。

 ちなみに、学園のグラウンドになる出入り口は階段だ。勿論私はえっちらおっちら階段を昇る気など無かったので、学園を北とすれば東側になる街に出るエレベーターを利用した。

「いや~、やっぱちゃんとしてるわここ」

 地下のエレベーターもそうだが、エレベーターの前には広めの空間があり、受付と警備員がいる。

 一階に当たるここにはちゃんと上物があり、店屋が並んで自販機もある。

 治安が良い証拠だ。

 なんかチラチラ見られているのが気になるけど、なんか変だろうか?

 全面に鏡が張られている柱の前で服装チェック。

 肩口辺りでざっと切った白髪。自分で切ったので毛先がバラバラなのはご愛敬。美醜びしゅうに関しては自分の事なので判断に困るが、ダウンや同業者は可愛いと言ってくれた事があるので、それなりなんだろう。黒い瞳に淡泊な顔立ちで、あんま可愛いとは思えないけども。

 服装は、支給された学園の教員用制服を着ている。この制服が学生の者と違う点は、黒字に金の刺繍がされていると言う点だ。

 学生の制服は、常磐色だったり紺色だったりの濃いめの色を基調に、銀の刺繍がされている。デザインも異なるが、教員か生徒かはその刺繍で見分けが付くというわけだ。

 ちなみに、身分証となるのは襟に付いているこの校章。正確にはスパイア住民証であり、スパイアに住む者全員に配られており、携行するのは義務になっている。GPSに通信装置付きと後ろ暗い人ならプライバシーの侵害を叫ぶような代物だが、ここの人達には受け入れられている。

 このおかげで犯罪発生率は極端に低く、治安が良い。録音機能も付いているので、クズ相手に証拠も取れる。だからこそ人々は大体まともで、故に戸籍の取得ハードルがかなり高いのだ。

 その戸籍が、一年で取れる。

 頬が緩んだ自分を見て、もう一度確認。

 寝癖も無い。と言うか、黒髪が白髪になったクチなので、髪質はサラサラだ。手ぐしでスッと通る為、寝癖らしい寝癖が付いた事も無い。

「よし、大丈夫」

 となれば何故チラチラ見られているかだけど……身長が低いからだろうか。

 子供が教員服を着ているから、珍しいのかも知れない。それでも小人族の成人男性より身長は高い筈なんだけども。

「まあいっか」

 気にしても仕方ないので、東町モノレール・第三宇宙項出入り口と書かれたホールから出る。

 日の光が気持ちいい。

 太陽自体は映像らしいが、半円状のドームに輝く太陽の位置から光を放っているらしく、実際の日光と変わりない効果があるらしい。

 勿論雨もある。人工的に作り出すらしいが、ドームの高さが十五万メートル近い為、それなりに雲を発達させる事が出来るのだ。

 綺麗な街並みを眺めながら歩く。

 ゴミが落ちているという事も無く、歩道にひび割れすら無い。車は等間隔でキッチリ走り、人波も整然としていてプログラムされた街みたいだ。

 お喋りしてたり並んで歩いてたりと学生らしい光景も見受けられるが、スーツ姿の男性とかがちゃんと距離を置いて、一定以上近付かないように歩いてたりするのが何か不思議だ。

「……あぁ、急いでる人がいないのか」

 整然としていると感じたのは、それが理由だろう。

 たまたまかも知れないが、走ったり小走りの人がいない。どこの都市でも、人通りがそれなりにあれば走ってる人なんて普通に見かけたものだけど。

 それだけ急がないで済む社会なら、ありがたい事だ。のんびり生きたい。

 ……地下は遅刻だと言って駆け抜けてゆく学生、主任はどこだと叫んで駆け回る整備士達と、のんびりからはほど遠い雰囲気だったけど。

 適当に、ガラス越しの製品を眺めつつ歩く。

 当然と言うべきか、他の惑星に比べれば二割は高い。

 治安の良い人工惑星だからと言うのもあるが、首都のど真ん中というのもあるだろう。

 この大通りは、多分一番栄えている通りだ。東から西の宇宙港まで一直線で、その上その間に学園がある。見上げれば高いビルが並び、その間をモノレールが走っている。

 地価も相当高そうだ。土地を探すにしても、モノレールで街外れまで行ってからにすべきだろう。

 まぁ、今日の所は物価の調査と街の雰囲気を知る事を目的にしとこう。

 そう決めて適当な喫茶店に入る。

 分不相応な程オシャレで腰が引ける。けど、どこもかしこもそんな感じなので、テラス席の無いシンプルな感じのお店にしておく。

 カランコロンとベルが鳴り、「いらっしゃいませー」と声が響く。

「お待たせいたしました。一名様ですか?」

「うん」

「ではこちらにどうぞ」

 ちゃんと案内してくれる事に驚きつつ、女性の後に続く。

「こちらでよろしいですか? ご希望でしたら奥の席にご案内いたしますが」

「あ、はい。大丈夫です」

「では、ご注文はそちらのタッチスクリーンでどうぞ」

「はい」

「では失礼いたします」

 ぺこりと頭を下げ、去って行く女性。

 丁寧な対応だ。

 窓に面したカウンター席も、外の様子が窺えて都合が良い。

 けど、二度見する人がいたりするのは何だろうか。銀髪はちらほら見かけるものの、白髪はいない。その辺りが理由だろうか。

 そんな事を考えていると、テーブルからピピッと音が響き。ゆっくりとスライドした。

 そこから迫り上がってきたのはお冷やとお手拭き。久しぶりにちゃんとした文明に触れているようで、ほっこりする。

 そこそこ発展していないと、今も大声で注文、配膳して貰う、と言うのが普通だ。下手したらわざわざ取りに行かないといけない所もある。

 ちゃんとした設備のお店と言うだけで嬉しくなりつつ、スクリーンを起動してメニューを見る。

「……たっか」

 一番安い飲み物で1000D。ダウンの店なら三杯飲める。

 でもってセットはデザート付きで1500D。こう、何だろう。お得感が感じられないんですけども。

「隣よろしくて?」

「えぇどうぞ」

 席に座った以上、頼まないという選択肢は無い。

 どうせ頼むなら一番良い奴にしようかと思ったものの、驚きの一杯3000D。

 そりゃあお金はあるけども、私の心が先に尽きそうだ。

「何を悩んでいますの?」

「ん~? どうしようかなって……ん? えーっと……」

 ふわふわの金髪が愛らしい、獣人の少女。

 昨日見たばかりだから覚えているが、名前がパッと出てこない。

「ヨーコですわ。ヨーコ・ディル・ディシュタント。生徒の名前ぐらい覚えておいて欲しいものですわね? シロガネせんせ」

「あはは。まぁ、うん。人の名前を覚えるのは得意な方だから、授業をする頃にはちゃんと覚えとく」

「よろしくおねがいしますわ」

 昨日の感じだとキツいイメージだったが、今日は普通だ。

「それで、ヨーコはなんでここに?」

「昨日の件で、お父様に叱られてきましたの」

「昨日って……あの模擬戦?」

「えぇ。パイロットとしても一流に成ると言ってパイロット科に進んだのに、何たるザマだと叱られまして。その帰りに先生を見かけましたので、こうしてお声をかけさせていただきましたの」

「はぁ。それはその……ご愁傷様しゅうしょうさま?」

 かける言葉が見当たらずに首を傾げつつそう言うと、ヨーコはクスリと笑って金の髪を軽く払った。

「えぇ本当に。貴女からちゃんと技術を盗めと言われましたので、ご協力お願いいたしますわ」

「それはまぁ、教師として雇われたから教えられる事ならちゃんと教えるけど」

 そう告げつつ、一番安いコーヒーを選んでセンサーにカードを翳す。

 ピッと音を立てて支払いが行われ、オーダーが通る。

 何か損した気分だ。場所代諸々を含めれば適正なんだろうけど。

「なら早速教えていただけます? 何をどうしたら、あんな機体操作を出来るのか」

「その前に基礎体力ね。あんな動きしたら、身体持たないでしょ?」

「それはそうですけど……生身で耐えられるものですの?」

「えーっと、私は生身なんだけど」

「……改造手術とか受けてませんの?」

 いぶかしげに問いかけてくるヨーコに、私は苦笑いだ。

「病気とか四肢の欠損とかがあれば兎も角、健常者が受けるにはリスクが高すぎるのよ、あれ」

「そうですの? 一流のレーサーとかは、潜合率を上げる為に脳へのバイパス繋いだりしてるようですけど」

「直結型ね」

 潜合システムは、子供でも機体の操縦が出来るようになるメリットはあるが、人体と同じ感覚で機体を動かすと言うシステムの都合上、細かな機体制御が難しいというデメリットがある。

 それを補うのが、直結型の潜合システム。脳からの情報を直接機体に反映できる為ラグが更に無くなり、機体情報も直接脳へと届く為、脳の処理が追いつけば細かい制御も可能になる。

「あれ、脳への負担もそうだけど、人体への影響も大きいのよ」

「脳への負荷だけではありませんの?」

「脳が機体を身体と認識しきっちゃうと、四肢が腐ってくみたいなのよね。レーサーだった知り合いが言うところだと、一流どころは全員義肢義足。トップ数人に至っては、脳だけらしいわよ?」

 スライドして出てきたカップを取り、一口。

 至って普通のコーヒーだ。半額でも高い気はするが、こういう場所で飲める事にお金を払っていると思おう。

「脳だけって……。でも、表彰台には立ってますわよね?」

「完全に義体みたいよ? レース中は義体が椅子代わりって感じなんじゃ無いかな」

「……そもそも、可能ですの? 義体の話は聞いた事がありますけど、法的にもダメだったような」

「人道的にどうとかって話でね。ただ、実際はそんなモノ認めたら脳だけ入った兵器なんてのが大量に製造されかねないから禁止されてるの。で、脳だけの兵器なんてのは、色んな組織が研究してたりする」

 折角出てきたコーヒーとケーキに手を着けず、ヨーコはゴクリと喉を鳴らした。

 顔色も若干悪い。色々と想像してしまったんだろう。

 まぁその想像よりも幾らか悪いのが現実というものなのだが。

「ちょっと前だけど、≪蠱毒の蛇≫ってカルト教団をぶっ潰したんだけど、そこでもそんな事をやっててね。脳をある溶液に浸けておくと幸せな夢を見ていられるから、基本はその溶液に浸けて、使用時に出す。するとその脳はまた幸せな夢を見る為に言う通り動くから、非常に便利な兵器になる。って感じで色々やってたらしくて……色々並んでたし、押収した資料には女子供の方が適応率が高くて」

「もう良いですわ」

 顔を真っ青にしたヨーコは、俯いてそう言うとケーキの乗ったお皿をこっちに押し出してきた。

「どうぞ。あげますわ」

「そう? ありがと」

 その為にこんな話をしたんじゃないけど、くれるなら喜んで貰う。

 パクリと一口、うん普通。

「あの、シロガネ先生」

「シロで良いわよ。学園長もシロ呼びだったし、そもそもこの名前だって自分でつけたものだしね」

「……名前を、自分で?」

「ヨーコが言ったように、私には学がない。それは大抵の場合、学校に行ける環境になかったって事なのよ」

 ヨーコの口調やお父様発言からも、良いとこの子供だと言うことは分かる。

 だからだろう。その表情が曇ったのは。

 ただ、この銀河系だけで見ても学校に通える子供の方が少ない。教育機関の無い惑星すらあるのだ。哀れんだりマズいことを聞いた、みたいな反応をされても些か困る。

「教育を受けられないってのは、普通のこと。この惑星が異常なのよ」

「……少し、席を外しても?」

「いいわよ?」

 席を立つヨーコを見送って、コーヒーを飲む。

 それにしても、さっきからお客さんが多い。入店したときはガラガラだったのに、今やほぼ満席。

 まだ昼前なのにこんなにお客さんが来るなんて、有名店だったんだろうか。

 そう思ったものの、視線を移したことで納得する。

 数人の男女に話しかけられているヨーコ。絡まれている風でもなく、集まっているのはちゃんとした大人。ヨーコが有名人か何かなんだろう。

 私の視線に気付いたヨーコは、大人達に頭を下げるとこちらに向かってきた。

「お待たせしました」

「別に。それより、副業でアイドルでもやってるの?」

「え? いえ、あれは……少し、お話しを聞かせて欲しいと言われまして」

「ふ~ん。私は飲み終わったから、話してきてくれていいわよ?」

おごりますわっ!」

 勢いよくそう言ったヨーコは、自分の声の大きさに驚いたのか目を見開き、顔を真っ赤に染めると椅子に座った。

「そ、その……よろしければ、どうしてその名前になったのかとかを、教えて欲しいなぁ、と」

「ん~、でも生徒に奢って貰うってのもねぇ」

「その辺りはお気になさらず。むしろ、私の為を思って頷いて欲しいですわ」

「はぁ。よく分かんないけど、それなら適当にセット貰える?」

「えぇ、喜んで」

 何故か嬉しそうにそう言って、スクリーンを操作するヨーコ。

 何か3000Dのセットを頼んでるように見えたけど……うん、奢ってくれるんだから気にしないようにしておこう。タダ飯万歳。

「それで、その……先生の過去とかは、あまり知られたくないお話しだったりしますの?」

「別に?」

「じゃあ、誰に聞かれても大丈夫ですのね?」

 目を輝かせて聞いてくるような事でも無いと思うんだけども。

「問題は無いけど、不幸自慢としてはありきたりだしねぇ」

 賞金稼ぎや警察、軍人。それぞれが集まる場所でまれに起こる不幸自慢大会。

 恐ろしいことに、そこそこまともっぽい警察や軍人ですら、とんでもない境遇からい上がってきた者がいるのだ。それを知ったから、あえて過去を話そうとしたことは無い。

わたくしが、知りたいんです」

「まぁいいけど、どうにしても面白いもんじゃないわよ?」

 そう前置きして、何となく周囲を見回す。

 目が合ったのは数人。すぐに視線を逸らされたけど、誰もが身分証を耳に付けていた。

 イヤーカフスのように取り付けられるとは聞いていたけど、最初からみんな耳に付けていただろうか? 骨伝導だかなんだかで、音楽を聴きたいときとかはそうすることも出来る、とは説明を受けていたけど。

「さぁ、先生。話して下さいまし」

「あー、うん。えっと……そう。まず、私が私という意識を持ったのが、多分六歳ぐらいだと思う。その時から、ちゃんと記憶があるから」

 ヨーコから渡されたコーヒーを受け取って、昔に思いをせる。

 鮮烈な出会い。記憶が始まるのは、その少し前からだ。

「その頃の私は、広い倉庫に住んでいた。たまに来るオッサンがお金や食料を置いていってくれるから、それでどうにかえをしのいで生きていた」

 アレが父親だったのかどうかすら不明だ。

 何ヶ月か戻ってこず、その時は飢え死に寸前までいったのを覚えている。

 貧しい地域だった。だがそれでも、まともな人はいた。ちゃんとお金を払ってパンを買っていたと言うこともあり、お金が尽きた後もしばらくは残飯を貰えたのだ。

 だから、ギリギリで死なずに済んだ。

 何年か前に、恩返しにとそのパン屋を探したのだがもう無かった。仕方ないとは言え、残念だ。

「その日、オッサンは上機嫌だった。白と黒、二機の戦闘機が倉庫に運び込まれ、私は初めてちゃんと肉を食べた」

 初めて食べる厚い肉は、とても美味しかった。

「オッサンがどこかに行って、いつも通り残された私は、黒い機体によじ登った。その時は、これに乗れれば相手にして貰えるかも、何て思ってたんでしょうね」

 子供ってのは馬鹿だ。殴られたことも、怒られたことも忘れて、その時自分にとって正しいと思うことを、したいと思うことを実行してしまう。

 あの時の私にとって、オッサンだけが全てだった。相手にして欲しい、褒めて欲しいと言う一心で、主翼までよじ登った。

 今思っても、子供が道具もなしに登れる高さではないのだが、相当頑張ったんだろう。

「機体の側面に触れて、『あけて』と言うだけで、少し離れた位置の乗降扉が開いた。タラップも出てきて、下に降りてそこに行くまでが凄く大変だったのを覚えてる」

 降りる時に足首をくじいて、タラップを登るのすら大変だった。

 扉が開いたのは、幼子の音声波形を認識したら扉が開くよう設定されていただけ。勿論、該当の生体反応が機体に触れていなければ開くことなど無かった。

 つまり、単なる偶然。前の機体所有者が子供に優しかったからか、運良く開いただけだ。

「中は、広くて綺麗だった。コックピットは薄暗くて、ビクビクしながら操縦席に座った。すると、メインモニターに無数の文字列が浮かび上がり、音声が流れた。当時は文字を読めなかったし、音声も知らない言語だった。けど、怖くは無かった。怒られてはいないという事だけは、分かったから」

 どれぐらい、椅子に座ってボーッとしていたか。

 操作用球体が輝いているのに気付いて、私はそれに触れることにした。

「今で言う球体式操縦システム。座ったままじゃ届かなくて、立ち上がって、両手を一杯に広げて二つの球体に触れた。そして初めて、その黒い機体が起動した」

 光が溢れ、世界に色が満ちた。

 それは機内に限ったことでは無い。私の人生すら、その光によって色付いたのだ。

「何も知らない倉庫の犬でしか無い私にとって、その二機が保有しているデータは全てが新鮮で、私という認識を形作るには十分すぎるほど膨大だった」

 私の言語を解析し、現地のものへと置き換えてくれたからこそ、二機は私の言葉でシステムを実行してくれて、私は多くを学べた。

 最初の頃は、オッサンがいつ帰ってくるかとビクビクしながら搭乗したものだ。

 途中からは、半径十キロ以内にオッサンが近付いたら通知してくれると気付き、オッサンがいない間は常に機体に乗るようになった。

 勉強という感覚は無いままに、共通語を覚え、計算も覚えた。それぞれの惑星の物語なんてのは当時の私にとって御伽噺おとぎばなしも同然で、夢中で聞いたものだ。

「私は二機に、<シロガネ>、<クロガネ>と名付けた。その時どういうわけか<シロガネ>の搭乗者名がクロガネになり、<クロガネ>の搭乗者名がシロガネになった。まぁ名前が無かった私にとってはどうでも良いことで、二機のデータから私は多くを学び、シミュレーションで機体の操作を覚えた」

 シミュレーションは、もっぱら<クロガネ>で行っていた。

 <シロガネ>の方が一回り大きく、席を調整してくれても操縦する姿勢が大変だったのだ。なので、基本的には<クロガネ>を使って、シミュレーションをしない時は<シロガネ>に乗るといった感じで、一人の時間を過ごしていた。

「そんなある日、ご機嫌なオッサンが来た。何度か殴られたけどいつものことで、お肉を貰えただけ私にとっては幸せな部類だった。けど、その日オッサンはこう言った。『やっと粗大ゴミの売り先が決まった』と」

 当然だが、オッサンに<クロガネ><シロガネ>に乗れることは伝えていない。

 もし乗れた初日にオッサンが帰ってきていたら、褒めて欲しくて伝えていたことだろう。

 けど、そうはならなかった。幸運にも帰ってきたのは一週間以上先で、その頃にはそれなりの知識を仕入れることが出来ていた。

 オッサンが宙賊であり、悪い奴であると言うことを理解するには、十分な知識。

 だからこそ、伝えなかった。伝えたら殺されると言う事を、分かっていたから。

猶予ゆうよは一週間足らず。どっちかの機体に乗って逃げるという手もあったけど、相手はそれなりの勢力を誇る宙賊。奴らを壊滅に追い込まない限り、私はいつか追いつかれ、殺される。だから、賭けに出ることにした」

 勿論、子供の知恵なんかでどうにか出来る状況では無い。私に幾つかの選択肢があり、賭けとして選ぶことが出来たのは、二機に人工知能が搭載されていたからだ。

 知能があるタイプでは無く、質問に答えてくれるだけではあったが、それでも十分すぎるほどの救いだった。

 戦った場合、逃げた場合の生存確率、成功率を表示してくれ、幾つかのパターンを見せてくれた。

 オッサンに殺されかけたことは何度もある。けど、この時ほど死を身近に感じたことは無かった。

「泣きながら、それでも生きる為にそれを選んで、まずは食料を<クロガネ>に集めた。少ないお金でパンと水を出来るだけ買って、その一週間は、食べられる草とか、綺麗な水たまりを掬って飲んだりして、ギリギリの生活をした」

 何度か餓死寸前までいった事もあるため、そこまで苦しいとは思わなかった。

 ただ、その日が来る事を酷く恐れていた。

 殴られるのは痛い、怖い。その先で、死ぬかも知れない。

 けれど、どれほどに恐れ、不安に苛まれようと、その日は来る。

「当日。空に浮かぶ大きな船へと二機を搬入する際に、<クロガネ>だけが動かなかった。トラクタービームに対干渉していただけだけど、当時居合わせた者に理由が分かるはずも無い。機体を持ち上げるほどの強度有るワイヤーも無く、その怒りが私に向かうのは当然だった」

 大気圏内では、艦船を浮かせておくだけでも多くの燃料を使う。

 トラクタービームが人体に有害だと言われていなければ、オッサンに数発殴られるだけで済んだだろう。艦船を宇宙項に返して、オッサンがその場に残ったから地獄だった。

「どれくらい殴られたか分からない。目が覚めたときは、ただ寒くて、起き上がる事すら出来なかった。それでも這いずって外まで行けたのは、生きたいという意思からじゃなく、生きる為に<シロガネ>を犠牲にするから。<シロガネ>を犠牲にする選択を選んだ以上、こんなところで死を受け入れてはいけないんだと、ただそう思って足掻あがいた。……会話が出来るような相手じゃ無かった。けど、それでも、<シロガネ>は私の教師であり、恩人であり、友達だったから」

 友達を犠牲にして生きる道を選んだ。

 だから、足掻く事が義務だった。たとえ死ぬとしても、その寸前まで足掻く事が、<シロガネ>に対する自分の義務なのだと。そう思って死にあらがった。

「かなり長い距離を、這いずって進んだと思う。次に目が覚めたときは、病院だった」

 <クロガネ>と<シロガネ>のおかげでそういう場所があるとは知っていた。

 知っていたからこそ、私は大いに慌てた。

「すぐに逃げようとして、点滴を引っこ抜いた所で看護師に見つかった。怒られて、でも私も言わないといけなかったら口を開いて、歯が殆ど無くなっている事に驚いた。けど、それでもどうにか伝える事が出来た。お金を持ってないって」

 お金が無いから、治療されても払えない。その結果何をされるのかが分からなくて、とても怖かった。

「そしたら抱きしめられた。大丈夫と言って貰えた。そんな事で安心して、また眠った。間に何度か起きたみたいだけど、あんま覚えてない。ハッキリしてるのは、最後に逃げ出した時ね」

 歯も治療してくれてあった。下の前歯だけは永久歯だった為、新しい歯を入れてくれてあった。それ以外は入れ歯。今やちゃんと歯が生え揃っているので、入れ歯は記念にとってある。

 その当時は、感謝はしたけど元気になったら何をされるか分からなくて、逃げ出した。

「勿論、お金を稼げるようになってから病院に戻って、治療代は支払ったけどね。当時は何も分からなくて、兎に角怖かった。だから逃げて、倉庫に戻った」

 幸い、倉庫に変化は無かった。当時その倉庫周辺はオッサンの統治下にあったらしく、泥棒や浮浪者も近寄らなかった。だからこそ、荒らされる事も無く無事だった。

「当時の私に取っては、触れば怒られるだけのゴミの山だったけど、そこにあるのは宙賊が溜めた宝や資料だった。<クロガネ>に確認して、価値があるものを片っ端から機内に詰め込んだ。何回か寝て、起きて、全ての価値ある物を詰め込んで、<クロガネ>を起動した。倉庫の屋根をぶち抜いて、広がる空はどこまでも蒼く、綺麗だった。大気圏を抜け、煌めく宇宙まで駆け抜けて、その時初めて私は自由を手に入れた。私がシロガネになったのも、その時からね」

 ズズズッと鼻を啜る音に振り向けば、何故かウエイトレスが涙目だった。

 盗み聞きでもしていたんだろうか? パッと目を逸らし離れてゆくけど……ん~、盗み聞きしていたとしても、泣く要素は無いと思うんだけど。

「その……それで、宙賊はどうなったんですの?」

「<シロガネ>に、取引現場で自爆するよう頼んでおいたのよ。だから、取引相手ごと宇宙のゴミ。少なくとも宙賊側は、資産蓄えてあった倉庫に顔も出さなかったから、全滅でしょうね」

 実際、当時のニュースにもなっていた。

 銀河系間の虚空領域にて超新星に近い爆発が観測され、人工的な爆発である可能性が極めて高く、どこぞの新型兵器なのではないか、と言った具合に。

 まぁ、その辺りは知られたくないので秘密だ。<シロガネ><クロガネ>が現在からしてもオーバーテクノロジーと言える機関を内包しているとは知られたくない。

「それで先生は、賞金稼ぎになったのですね」

「子供だったからね。仕事なんて犯罪者になるか賞金稼ぎになるかの二択ぐらいなもんだし、何よりオッサンが残してくれた資料ってのが便利でね。コネを作って、賞金首を追うには十分すぎる程の人物がリストアップされてた。だから私は、賞金稼ぎの道を選んだってわけ」

「そして≪天魔≫に至る、ですか」

「その呼び名は好きじゃ無いんだけどね。<クロガネ>が無ければ、そもそも私なんて死んでるか、良くて娼婦だし」

「いえ、先生の実力は十分凄いですわ」

「そりゃあ十年も実戦やってればね。私と同じペースで賞金稼ぎとしての仕事をしてれば、才能が無い馬鹿だってこれくらいにはなる」

 まぁ、大半は技術を得る前に死ぬだろうけど。

 賞金稼ぎの平均寿命は三年と言われている。三十年、四十年とやっている熟練賞金稼ぎを含めてそれだ。

 早々に無理と判断して辞める者も多いが、死ぬ者も多い。そんな環境だからこそ、五年もまともに仕事が出来れば、熟練の技術が手に入る。

 ≪天魔≫なんて呼ばれていても、五年まともに仕事をすれば二つ名ぐらいは付くので、自慢にもならない。

「では、わたくしも先生の域までいけますの?」

「軍人として、警察として、ちゃんと前線に出ていればね。逆に、ここの訓練機みたいなのでダラダラやってても、一生無理だろうけど」

「……でしたら、どうしますの? 先生は、教育する為にいらしたのに」

「だから、学園長には提案してみたんだけどね。一艦単位で編成して、卒業後即戦力になるようにした方がマシじゃないかって」

「一艦単位というと、艦長からパイロットまで、一隻を動かす人員を揃える、と言う事ですわよね」

「そ。実際に遠距離航行でもしつつ訓練した方が、知識だけ詰め込むより遙かにマシでしょ?」

「立候補しますわっ」

 意気込むヨーコに、苦笑しつつ曖昧に頷く。

「うん、じゃあ頑張って」

「なんで他人事ですの?」

「提案しただけで、私がその担当になるわけでもないしね」

「……そうなんですの?」

「今日提案して、職員会議にかけてみるって言われただけだし。今後を考えるならそうした方が良いと思うんだけど、実際はどーなることやら」

「分かりましたわ。お任せ下さい」

 優雅にカーテシーを決めて、颯爽と去って行くヨーコ。

 私はその背を呆然と見送って、客の視線が集まっている事に気付いて席を立った。

 何をする気か知らないが、一年経つまでは大人しくしていて欲しいものである。

「あの、握手して下さいっ!」

「……は? 私?」

「はいっ!」

 意味も分からず握手を交わす。

 やんちゃそうな青年は、見かけとは裏腹に「ありがとうございますっ!」と深々と頭を下げて店から出て行く。

 そして、握手を求めてくるOL女性。その後ろにもずらっと行列が出来ていたりする。

 一体、何が起きているんだろう。

 疑問に思いつつも次々と出てくる人と握手を交わしていると、五人目の手汗でべちょべちょなおデブちゃんが握手と同時に口を開いた。

「昨日、みてましゅたっ! す、すびょかったでひゅっ!」

 興奮するのはいいけど、唾を飛ばすな唾を。

 そう思いつつも、愛想笑いで対応しておく。

 敵意があるなら兎も角、友好的な相手ならそれなりに我慢は必要だ。

 不定形種相手に、友好の証として全身ぐしゃぐしゃになるまでハグされたのに比べればまだマシ。

 そう思って我慢するものの、次の人に濡れた手を差し出すのも可哀想なので、左手で。

 そうやって握手していると、ウエイトレスがお手拭きを持ってきてくれる。お店の邪魔になっていると思ったが、見逃してくれるらしい。

 私的には、怒って解散が理想だったんだけども。

 たまにサインや写真を求められるが、そこは店内と言う事でNG。握手だけで我慢して貰って、手早く列を消化してゆく。

 しっかし、まさか昨日の試合が原因とは。

 握手しながら相手を確認してみれば、耳に証明書を付けている者は殆どいない。

 ヨーコの口ぶりも加味して思い出してみれば、ヨーコの校章を通じてみんなが私の昔話を聞いていた、と言う事なんだろう。

 別に良いけど。別に良いけど、何か納得いかないのは、私が狭量きょうりょうだからだろうか。

 そんな事を思いつつ列を消化しきると、一気に店内が閑散とする。

 と、白い髭がダンディーなおじさまが笑顔で近付いてきた。

「シロガネ様。本日はありがとうございました」

「はぁ。……えっと、店長さん?」

「はい。シロガネ様にご来店いただけた事で、本日の売り上げは昨日の三倍以上です。誠にありがとうございます」

「そうですか。まぁ、邪魔にならなかったなら、良かったです」

「邪魔なんてとんでもないっ! あ、こちら当店のクーポンになります。是非またお越し下さい」

「はぁ。……あーっと、ありがとうございます」

「いえいえ。今後とも是非ご利用下さい」

 深々と頭を下げる店長に苦笑いを浮かべ、「ではこれで」と告げて店を出る。

 学園長の奴、どんだけ大々的に放送したんだろうか。

 気にし始めると誰も彼もに見られている気分になってくる。

 まぁ、それでも治安の悪い地域で『カモが来た』とばかりにジロジロ見られるより遙かにマシだ。

 極力気にしないようにして通りを歩く。

 今日の目的は物価の調査。

 帰るとしても、ちゃんとスーパーを覗いてから帰るのだ。


     【ダウン・CD】


「なんで嬢ちゃんに教師の仕事なんて斡旋するかなー。なーっ!」

 カウンターにうつ伏せになり、ブーブー言う老人を前に、ダウンはグラスを拭きつつため息を漏らした。

 老人、と言っても外見は少年のそれだ。

 初めてその姿を見た者は、老若男女問わず見惚れる程に整った外見。透き通るような白い肌に、星をちりばめたかのように輝く金の髪。それらの輝きすら霞むほどに美しい深緑色の瞳は、多くの者の庇護欲を掻き立てる儚さと愛らしさを内包している。

 そんな彼の声もまた、外見通りに美しい。不平不満ばかりの戯言ですら、多くの者にとっては心地よい音色に感じる事だろう。

 だが、当然ダウンにとっては違う。

 付き合いが長い上に、自分より年上だと分かっている。それが子供その物の動きをしていると、苛立ちばかりが先に立つ。

「もーっ! それなら僕にも声をかけるべきだと思うんだけどなーっ! なーっ!」

「うっせぇぞジジイ」

「あーっ! なんでダウンは僕の事ちゃんと呼ばないかなぁっ!? 何度も何度も何度も行ってるでしょーっ! ちゃんとヒカル・天道さんって呼んでよねぇっ!」

「だからうっせぇぞジジイ」

「もーっ! もーっ!」

 バンバンっ! とカウンターを叩く様は、まさしくクソガキ。

 だが実年齢は八十を超え、賞金稼ぎとしてのキャリアは六十年以上。未だ現役であり、賞金首の検挙、殺害数共にレコード更新中。勿論獲得賞金額も歴代トップを更新中の、化け物オブ化け物だ。

 故に≪天道全下てんどうぜんか≫。悪党のみならず、多くの者が恐れる存在であり、見上げる事しか出来ないような孤高の存在だ。

 ダウンのように十年以上も付き合いがあれば、その実力を知っていても生意気なクソガキといった印象の方が強くなってしまうが。

「ってーかさー。折角の実力有る熟練手放すなんて、ダウンは何考えてんのさー」

「実力はあろうとまだガキだ。まともに生きられるならそっちの方が良いに決まってんだろうが」

「そりゃーそーかもだけどさー。あんなに面白い子、そーいないよ?」

「まともな奴自体が少ないからな」

「もー。勿体ないなぁもー」

「いい加減うっせぇぞジジイ」

 少しキツめに言うも、ジジイはもーもーとブー垂れている。

 孫のように思っていたのは知っている。機体の操縦に関しても、このジジイが関与したからこそ、シロガネは≪天魔≫と呼ばれるに至ったのだ。

 ……正確に言うのなら、≪天道全下≫の弟子で、ジジイに比べれば目つきが少し鋭くて化粧もしないから怖い印象を受ける。だから≪天道全下≫の悪魔側、と言う意味で≪天魔≫と呼ばれるようになったのだが。

「……そー言やぁ爺さん。≪蠱毒の蛇≫って知ってるか?」

「ん? そりゃあ知ってるよ」

「そうか。じゃあ≪レオロープ≫と≪4444(クアトラフォー)≫は?」

「最近潰れた組織じゃん。そりゃあ知ってるには知ってるよー」

「なら、そこら辺と関係してる組織知ってるか? シロが言うには、そいつら全員自爆したって話なんだよ」

 ダウンとしても調べはしたが、共通点が見つからなかった。

 ≪蠱毒の蛇≫との接点こそあったものの、≪レオロープ≫が自爆したのは≪蠱毒の蛇≫が潰れた後。自爆に関連性があるとするのなら、その裏に他の組織がいると見るべきだろう。

 だが、その痕跡こんせきが掴めない。

 ダウン的にはもう偶然で片付けてしまっているが、愚痴を聞いているよりは、と言う思いで投げかけた疑問。

 それにジジイはクスリと笑った。

「関連する組織? そんな物、存在するに決まっているじゃないか」

「……ンだと?」

「クズほど群れたがるからねー。規模が大きくなればなるほど、横や縦の繋がりは増える。≪蠱毒の蛇≫なんて手広くやってたから、そりゃあ色々繋がってるでしょー」

「残り二つの組織はどうなんだよ」

「青い、青いなぁダウンはー。何年ギルマスやってんのさぁー」

 イラッときて思わず口を開きかけたものの、グッと堪えて答えを待つ。

 偶然で片付けようとしていた話だ。それが違うという根拠があるのなら、聞く必要がある。

「そもそも自爆でしょ? ≪蠱毒の蛇≫みたいな狂信者の集まりならやりかねないけど、普通のクズにそんな真似は出来ない。普通のクズってのはね、まともな人間と同じように利益と将来を考えて行動するんだよ? ただ、倫理観がないってだけでねー」

「……それで?」

「もー、ダメだなぁダウンは。だから、≪レオロープ≫も≪4444(クアトラフォー)≫も、自爆するはずが無いって言ってるんだよー」

「けどしただろうが」

「……もしかして、嬢ちゃんより頭悪いの?」

 コテンと首を傾げてそう言われ、ダウンは思わず奥歯を噛み鳴らした。

 これが本当に少年ならまだしも、中身はジジイ。ぶん殴りたい衝動を抑えるだけでも一苦労だ。

「自爆装置じゃなくて、遠隔起爆が可能な爆弾が仕掛けられてたって事。可能性としては二つだよねー。≪蠱毒の蛇≫が取引の際に仕掛けて、他の組織に起爆装置を譲った。もう一つは、≪蠱毒の蛇≫よりも大きな組織が、取引の際に設置している。さて、どっちだろーねー?」

 試すような目つきで問われて、ダウンは顔を顰めた。

「分かったよ。……確かに、俺の調べ方が悪かった」

「聞かずに終わらせるよりはマシだったと思うよ?」

「……ちっ。うっせーよ」

 確かにその通りだが、マシと言うだけだ。

 自爆という共通点があるなら、他にも同じ末路を辿った賞金首を調べるべきだった。自爆自体に関しても、どこが爆破したのかすら調べていない。自爆なのか、遠隔起爆なのか、その辺りから洗うべきだったのだ。

 理屈で可能性を示されて初めて、調べるべき事がこんなに浮かび上がる。

 だから思い込みは怖い。

 ダウンは乱暴に頭を掻き毟り、渋々頭を下げた。

「すまない。助かった」

「いーよいーよ。僕と君の仲だしねぇー」

「シロに釣られてここに来ておいてよく言うぜ」

「釣られた先の生け簀が思いの外快適でねー。あ、カルーアミルクもう一杯」

「あいよ。つまみは?」

「ただ切っただけのチーズとかハムなら貰おうかな」

「奢りだ。新作料理も出してやる」

「止めて」

 真剣な眼差しでそう言われ、ダウンは動きを止めた。

 どいつもこいつも、簡単な料理ばかりを求めてくる。下手すれば開けて皿に盛っただけのスナック菓子をありがたがるぐらいだ。

「折角奢ってやるって言ってんのに、どいつもこいつも……」

「それは感謝するけど、兎に角切っただけのつまみでいいから。味付けは不要だから。ね? ね? それだけやって、カルーアミルク出して。お願い」

「……わーったよ」

 そんな真剣に頼まれたら、無理矢理料理を出すわけにもいかない。

 創作喫茶≪クラック≫は、今日も肝心の創作料理を出せそうに無い。


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