第一章 安寧を求めて
「おう、お疲れ≪天魔≫」
カウンター越しに笑顔を向けてくるオッサンに、私は無言でナイフを放った。
ちゃんと頭蓋ぐらいなら貫ける速度の投擲だ。だがオッサンは容易く掴み取ると、弧を描くようにして軽く投げ返してきた。
「そう怒んなよ。何度も言ってるが、二つ名ってのは自慢するもんだぜ?」
「おかげで指名依頼が増えたのは確かだけど、もう必要ないの。そんな名前」
「ってー事は、溜まったのか?」
厳つい顔に驚きを見せるオッサンを正面に椅子へと座り、私は半眼を向けた。
「ナイフ初めて投げたときに、お金が貯まってる事は伝えたと思うけど?」
「ありゃ、そうだったか?」
「だからぶん投げたんでしょ? だってーのに毎度毎度……」
「がははははっ! わりぃわりぃ」
豪快に笑いながらカウンターにグラスが置かれ、私はそれを手に取る。
冷たくて落ち着く。このロックミルクを受け取るのも、もう十年になる。
店内を見れば分かるように、昼はカフェ、夜はバーになるありきたりな飲食店。ただこのオッサンの本業は情報屋。それも、惑星連盟に所属している情報屋だ。
つまりここは、一般的に知られている名で言うのなら、ハンターズギルド。建前上ハンターズギルドは政府などの干渉を受けない独立した組織とされているが、実際はどこのギルドもそんなもんである。
「それで、依頼は完遂か?」
「後始末は警察に任せたけどね」
「おう、じゃあ振り込んどくな。いつも通り、追加分があったら確定し次第追加すっから」
「ん、お願い」
長い付き合いなので、オッサンの対応も雑だ。
と言うより、オッサンが雑に対応できるほど信用できる賞金稼ぎしかここを利用できない。
見た目は厳つく、少し話せば豪快で大らかというのが分かる。が、その実情報屋らしく慎重。人格的に信用できなければ即座に出禁、このギルドの事を軽々しく他言するようなら再起不能にする、等々案外厳しくギルドマスターとしてのプライドも高かったりする。
暗黙の了解をちゃんと把握して行動できれば、交友関係も広く情報の確度も高い優秀な人なのだが。
「しっかし、金が貯まったのになんでまだ賞金稼ぎやってんだ?」
「……止めたいって言ったら大笑いして依頼してきたあんたが言うか」
「そうだったか? 覚えてねぇなあ」
「つい二ヶ月前の事だけど?」
「がっはっはっ! 悪い悪い、冗談だ。……で、依頼受ける気無いか?」
「ダウン、あんたねぇ」
向ける半眼に、ダウンは不器用なウインクを見せてきた。
「この前と違って、ちゃんとお前の事情を把握しての事だ。……戸籍が必要なんだろ?」
「分かってんじゃない」
お金は貯まった。大体の地域で、贅沢をしなければ一生暮らしてゆけるだけのお金が。
だからこんな仕事からは足を洗おうと思ったものの、のんびり暮らせそうな場所を探し始めたらまぁ大変。
金さえあればどうとでもなる地域こそ多いが、老後までのんびり、安全に暮らせる地域となると数が少なく、物価も高い。その物価でもどうにかなる程度のお金は稼いだが、そういう地域の戸籍が手に入らない。
それだけモラルが高い地域だからこそ、老後まで平穏に過ごせる。その為にお金を貯めたのに、そういう地域こそお金では通用しない。
中々のジレンマである。
だからこそ、今もまだ賞金稼ぎとして仕事をしているわけだけど。
「で? 誰か殺せば良いとこの戸籍貰えるの?」
「その言い方だと殺し屋じゃねぇかよ。……人工惑星スパイア。そこの戸籍が貰える仕事だ」
「スパイアってーと……惑星連盟が保有してる惑星だったわよね?」
候補の一つとして考えていた地域だ。
惑星連盟の所属国ではなく、惑星連盟として保有している人工惑星。人口は五千万人前後と中規模の人工惑星にしては少なめで、惑星連盟の軍学校を中心として栄えている為治安が良いと聞いている。
「ほら、これが資料だ」
「スパイアの観光パンフ?」
オッサンがカウンターを叩き、浮かび上がらせたスクリーンに映っていたのはそのスパイア中心部を上空から映した映像だった。
平面の大地、その端に巨大な学校が存在し、それに相応しい広大なグラウンド。そこを基点に放射状に町が広がり、その町の終わりには畑が広がり、森や草原なども見て取れる。
そこから映像が変わり、今度は平面大地の地下へ。宇宙港や超大型ジェネレーター、ラジエータ等々、機密っぽい映像まで混じっていたりする。
そして最後は、この惑星が存在する大きな理由である学生達の様子。幼児達が遊ぶ様子から、学生がシュミレーターを利用したり、実際に機体に乗ってたりする映像。最後には大量の名前が並び、~軍所属、~レーサー、~議員等と、現在の職業がその横に書かれていたりする。
ちなみに、当然だが人種は様々だ。特徴の無い人種が一番多いのは確かだが、獣の耳が生えていたり、単眼だったり、腕が六本だったり。珍しい所では、不定形の人種すらいる。
「……で、これを見てどーしろと?」
「期間は一年。それでここの戸籍が与えられる。勿論土地と家屋を買う権利もだ」
「よし、どこの組織に狙われてるのか詳しく聞こうか」
俄然乗り気で、カウンターに両肘を付いて口元で指を組む。
たった一年で戸籍が手に入る。入国にすら厳しい制限があるスパイアの戸籍がそんな簡単に手に入るなら、無給でも問題は無い。
だが、そのやる気を削ぐようにダウンは首を傾げた。
「誰が警備の仕事だって言った?」
「……一年間守るんじゃないの?」
「まぁ、うん、そうだな。一年間、守って欲しい。それ以上に、育てて欲しいわけだ」
「……ん?」
意味が分からず首を傾げるも、ダウンは言いにくそうに視線を逸らし、頬を搔くと、苦笑いと共に口を開いた。
「教師、やってくれ」
「えー……私の経歴は分かってるのよね?」
「あぁ」
「つまり、保母さん?」
「いや、教師だ」
いきなり難題になった。
それなりに学があるならまだ良かった。問題は、私が学校に通った事すらないという点だ。
「どー考えても無理でしょ」
「実戦に優れた奴がいないらしくてな。軍付属の学校である以上、軍としての戦闘を軸として、コマンダー、オペレーター、パイロットと基本クラスを分けて教育しているようなんだが……まぁ、上手くいっていないようでな」
「ふむ。……それ、私が教師になってどうにかなる問題じゃないでしょ」
「そうかも知れないし、違うかも知れない。兎に角今までとは違う視点を持つ教育者が欲しいと、相談を受けたわけだ。学校卒業時点で戦力となる人材を育成できないか、とな。お前が戸籍を欲しがっているのは知っていたからな。こちらの条件は呑んで貰ったから、後はお前次第だ」
「いや、だからそうじゃなくて」
その心遣いはありがたいが、私が言っているのはそれ以前の問題なのだ。
「それ、クラスを分けてるから問題なんじゃないの?」
「……は?」
このオッサン、指揮官としても優秀なんだけども、所有している艦体全てをAIに任せているのでその辺りが分からないんだろう。
けど、私が言っているのはごく普通の事だ。それこそ、実戦を行う軍人なら分かっていて当然の事。
「指揮官は、オペレーターがいるから敵機や艦体の情報を把握できる。パイロットは指揮官からの指示があるから行動出来る。そこら辺の連携が出来てないから、実線でダメなんじゃないの?」
「……いや、さすがにそこら辺は教育してるんじゃないのか?」
「私に聞かれても。専門的な知識を学んでて、連携も出来てて、実戦で使えないって……それこそあり得ないと思うんだけど」
「あぁ、うん、そうだな。……ただまぁ、先方が誘ってくれてるんだし、その辺りの確認も兼ねて行ってみればいいんじゃないか?」
「……うん、そうね。引き受けるだけ引き受けてみるのもいいか。私に学がないって分かれば、先方も考え直すだろうし」
「おう。じゃあ連絡しとくから、日時は後で通信入れるわ。早めで良いか?」
「ん、任せる」
別に用事は無いので、いつでも大丈夫。
共通硬貨である300Dをカウンターに置いて、席を立つ。
そこでふと思い出して、私はダウンへと口を開いた。
「そーいえば、最近は自爆装置付けるの流行ってんの?」
「いきなりどーした。ンなもん付けんのはイカレた奴だけに決まってんだろ」
「そりゃそうだけど、今回で三回目だったから」
賞金稼ぎの報酬は、基本生死問わず。
ただ、私は出来るだけ生かして捕らえ、引き渡す事で警察や軍にも益が出るようにしている。
その結果が現在だ。友好的な相手に限られるものの、確かな情報さえあれば警察か軍と共同で事に当たれる。軍はテロリストなどを、警察は犯罪者を捕らえて情報を引き出す事が出来、私は比較的安全に懸賞金を手にできる。まさにWin-Winの関係という奴だ。
だと言うのに、追い詰められた旗艦が爆発すると言うのが今回で三回目。
過去にも何度かあったし、拠点ごと爆散なんて事も数回経験しているが、数ヶ月で三回は異常だ。
「そう言えば、この前の組織もそうだったか」
「そ。拠点の制圧は出来たらしいんだけど、今回はそっちも空振りだったらしくて」
三下達の逮捕は出来ているが、かなりの人数を動かしてくれたのに成果がそれだけというのは、いささか申し訳ない。
まぁ、当人達は成果があっただけで十分と笑ってくれていたが。
「前回の奴と今回の奴に接点は無いはずだが……。一回目は?」
「≪蠱毒の蛇≫」
「あのイカレテロリストかよ」
ダウンが顔を顰めるのも当然な、イカレた宗教団体。自爆特攻に人体改造、洗脳教育等々、とんでもない組織だった。
警察と軍を巻き込んで、更に半年も入念に準備した上でどうにか片付けた。私的には賞金稼ぎとしての経歴上一番の大仕事だ。
「あそこ絡みなら繋がりもありそうだが、肝心の団体がぶっ潰れてんだよなあ。まぁいい、調べるだけ調べてみるわ。連絡はどうする?」
「いつも通りでいいわよ。雇って貰えるにしろ貰えないにしろ、情報はあって困らないし」
「じゃあいつも通りで」
「ん、お願い」
この『いつも通り』は、勝手に口座から情報料引き落とすってのも含まれている。
情報を集めるのにもお金はかかる。互いにボランティアではないので、当然の事だ。
それじゃあ、と手を振って店舗を後にする。
木造風味の店内から一転、一歩出ただけで無機質な廊下が広がる。
宇宙ステーションはどこもこんな感じだ。比較的辺境の宇宙ステーションと言う事もあり、人通りも少なく気味悪さすらある。
エレベーターを使い、機体格納庫へ。
宇宙ステーションの機体格納庫は、地上で言う駐車場と同じだ。大体が一日単位でお金を取られ、その額は下手すればちゃんと一泊するより高く付く。
なので私は、今まで通り愛機の中で一泊だ。
お金はあるが、将来の為。ケチ臭く生きるのだ。
△▼△▼△▼
「ふむ……」
あまりにもトントン拍子で進んだ教師役としての仕事に、私は理解が追いつかないままに何となく一つ頷いた。
スパイア地下の一室。教室と言うより講堂と言うべき広さの部屋には長机が五段並び、二本の階段がその間を通っている。要するに三×五の机、それぞれに五人ずつが座っている。
空席もちらほらと見受けられるが、五十人はいるだろう。全員が青を基調とした制服に身を包んでいるが、年齢は未成年のような若い子から老人に見える男性まで様々だ。
ちなみに、この人工惑星に着き、学園長を名乗る老人と出会ってからここまで三十分程度。
何故私は教壇脇に立っているんだろう。本当に不思議だ。
「さて、それでは本日より講師となってくれる女性を紹介しよう。シロガネ君じゃ」
こちらへ、と学園長に言われ、渋々教壇に立つ。
「彼女は≪天魔≫の異名を持つ熟練の賞金稼ぎであり、その技術は界隈でもよく知られたものじゃ。つい先日も誘拐組織の頭領であるグレゴリーの討伐を行っておる」
「はいっ!」
元気の良い声と共に、青年が手を上げた。
「ふむ。マーカス君、だったかの?」
「はい、ステイリー学園長。質問があるのですが」
「ふむ、何かね?」
「≪レオロープ≫の摘発は連盟警察によるものだと公表されていますが」
「うむ、その通り。だが、テロリストとしても認定されている武闘派組織≪レオロープ≫の摘発に、警官の犠牲者は発表されていない。つまり犠牲者はいなかったと言う事だが、連盟警察だけでそれが可能だと思うかね?」
「はい」
「……ふむ、若いのぉ」
とても優しい目で青年を見つつ、白い顎髭を撫でる学園長。
当のマーカスと呼ばれた青年は、険しい顔でその仕草を見つめている。彼に限らず敵意ある視線を向けてくる者がそこそこいるのは……教師という人物が嫌いと言う事なんだろうか。
「そもそも、そちらの方はどう見ても若すぎます。自分よりも若いように見受けられますが、彼女があの≪天魔≫であるという証拠はどこにあるのでしょうか」
「うむ、うむ。そこが一番気にしている点かの。シロ先生、失礼ですがお幾つですかの」
「多分二十歳ですけど、二歳ぐらい上下するかも」
「ふぉっほっほっ。まぁ年齢など実力に関係はありませんからの」
「学園長っ! 本気でそのような方を教師として迎えるつもりですのっ!?」
机を叩いて立ち上がり、大声で叫んだのは金髪の少女だった。
ピンと立った耳と尻尾が愛らしい。人種としては比較的メジャーで、どこの星系でも人種として認められている獣人種だ。
「年齢すら曖昧な方など、信じられませんわっ!」
「君は……ヨーコ君、だったかの。差別はいかんよ」
「差別ではなく道理の問題ですわっ!」
「ふむ。それを言うのなら、教師としての実力さえ伴えば問題は無いのではないかね?」
「えぇそうですわね。私達の教育者たる学歴でも証明していただければ問題ありませんわ」
「ふむ。シロ先生、どうかね?」
いや、学歴は無いんですけども。
喉元までそう出かかったものの、楽しげな学園長の眼差しを前にぐっとの見込む。
すごすご帰るのも何かムカつくので、少しぐらいは熟練の賞金稼ぎとして力を見せるべきだろう。
学生なんかに賞金稼ぎ全体を馬鹿にされるのは業腹だ。
生徒達を見渡し、大体を把握した後口を開く。
「この中で一番白兵戦が強い者は?」
私の投げかけに、生徒達の視線が一点に動く。
立っている青年、マーカスへと。
「あの、一応自分みたいですけど」
「ふ~ん。……じゃあその隣のでっかいのと、立ってる女の子も。三人前に出てきて」
私が見た限り、生徒で一番白兵戦に秀でているのは、一際巨躯な彼。もみあげ辺りから後頭部にかけて輝く鉱石の輝きが鉱人の特徴ではあるが、恐らく他人種の血もかなり混じっているんだろう。
立ち上がり、こちらに向かって降りてくる動作にぎこちなさはない。純粋な鉱人なら、立ち上がるという動作にすら歪さが生じるものだ。
でもって女生徒代表に選んだヨーコ。私と同じかそれより若い外見ながらも、階段を降りる足取りは軽く、体幹のブレも無い。身体の作りだけで見れば、生徒代表のマーカスより強いだろう。
「それで、何を?」
問いかけてくるマーカスに微笑み、教壇の前に出る。
教壇から机までにはそれなりに距離がある。戦う、と表現するとかなり狭いが、彼ら相手なら十分なスペースだ。
「じゃ、かかってきて。三人一緒でも、バラバラでも良いから」
「……馬鹿にしていますの?」
「ん~、それはこっちの台詞なのよね。現役の賞金稼ぎが、学生ごときに負けるとでも?」
ムッと顔を顰めピンと尻尾を立てるヨーコに、私は苦笑しつつ続ける。
「本来なら全員相手でもいいんだけど、場所が狭いからね。まぁ、貴方達三人を軽くあしらえるなら、この場で一番強いって証明にはなるでしょ?」
「ふっ」
素晴らしいっ!
迷わず横から殴りかかってくる巨躯の即断性に内心で拍手を送りつつ、半歩下がってその拳を躱す。
鼻先を掠める巨大な腕に左手を軽く添え、押す。それだけでバランスを崩し前のめりになった巨躯の顎へと右拳を打ち上げた。
ゴギッ! っと岩をぶん殴ったような音と衝撃。思わぬ痛みに私は顔を顰めたものの、それだけの衝撃を受けながらも巨躯の顔は一瞬天井を仰いだだけですぐにこちらを向き、ニッと笑顔を見せた。
そして、そのままうつ伏せにぶっ倒れる。
追撃しなくて良かった……。
股間を蹴り上げようと僅かに浮かせた右足の踵を元に戻し、残る二人へと向き直る。
「で、二人はどうする?」
「質問があるのですけど、よろしいかしら」
「うん、何?」
「私達はパイロット科なのですけれど、こんな暴力に意味がありまして?」
「ふむ。……白兵戦の意味は分かる?」
「馬鹿にしていますの?」
「分かっているならそんな質問は出ないと思うんだけど」
「おおおおおおぉぉぉっ!」
マーカスの大声にため息を吐きつつ、振り向きざまに顎を打ち抜く。その勢いを殺さずに腰を落とし、足払い。
それは踏み込んでいたヨーコの軸足を見事に刈り払い、思いっきり転倒させた。
「うっ。……そんな」
受け身を取り、呆然と見上げてくるヨーコを見下ろす。
学生の浅知恵にしても酷すぎる。呆然とされる事自体が、賞金稼ぎに対しての侮辱だ。
「あのね。この程度なら、駆け出しの賞金稼ぎでも対応できる」
「……っ。これは、武器が無かったからっ!」
「私が武器を持っていたなら兎も角、無手同士でそんな事言う?」
「私はパイロットですのよっ!」
「私もそうよ。ちなみに、私のバウンティハンター内での白兵戦能力は下の方。パイロットとしては上の方のつもりだけどね」
「なら、その技能を見せて下さいませっ!」
立ち上がり、顔を真っ赤にして睨み付けてくるヨーコ。
顔立ちが愛らしくて幼いままだから怖くはないが、返答に困る。
「そう言えばシロ先生。当学園では訓練用の戦闘機にも力を入れておりましてな。試してみては如何かな?」
「……まぁ、学園長がそうおっしゃるのでしたら」
やれと言うのなら、断る理由もない。
と、ヨーコは目を輝かせると生徒達の方へと身体を向けた。
「全員、集合っ! 対策練りますわよっ!」
おおっ! と声を上げたのは数人の男子だけだったものの、殆どの生徒が席を立って彼女の元へと集まってくる。
一クラス対私一人ですか、そうですか。
まぁ良いんだけども。
「それでは、一時間後に第一宙域で良いかね?」
「えぇ。よろしくお願い致しますわ、学園長先生」
「うむ。ではシロ先生、スパイア内も簡単ですが説明しつつご案内いたしましょう」
「あぁ、はい。よろしくお願いします」
学園長に促されて、素直にその後に続く。
クビならクビで素直に帰らせて欲しいんだけど……。さて、教師の話は一体どこにいったんだろうか。
「う~ん……」
格納庫にずらっと並んだ同型の訓練機を前に興奮はしたものの、いざ乗ってみた私の感想は『非常にイマイチ』の一言に尽きるものだった。
最も数が少ない手動操作式は問題外。コンソールでいちいち操作しないといけないってのは戦闘機として致命的で、操縦のメインが操縦桿と言うのも頂けない。訓練機自体は新しい型なのだろうが、こんなのは既に数世代も昔の技術だ。
でもって最も多い潜合式。最新鋭の技術であり、対応する脳波同期装置付きパイロットスーツを着用して搭乗する事で、意識を訓練機そのものと同一化させるという技術だ。
操作のラグが無いに等しく、慣れれば子供であっても自由自在に動かせるというメリットがあるものの、問題は訓練機その物。訓練機だけあって装甲は厚く、出力は抑えめ。何より消しゴムや豆腐の様に味気ないフォルムは、人としての感覚から潜合すると非常に窮屈で重々しい。最新鋭技術の無駄遣いと言っても良いだろう。
なので、私の愛機同様の操縦方式である球体式の操縦機を選ぶしかないのだが……これはこれで、重い。
肘掛けの先にある球体に手を置き、その上にジェルが展開して手からの情報を読み取り操縦する球体式。操縦に力は不要なので重いという感想はおかしいのだが、実際に旋回などの動作が非常に重く感じられてしまう。
出力や機体の重さもあるが、<クロガネ>よりも意識してから機体が反応するまでのラグがある。僅かとは言え、その差が重さを感じさせるのだ。
「兵装のラインは工夫してあるけど、それが一門だけってのも……」
ラインとは指向性エネルギー兵器の事であり、、要するにビームやレーザーと同じだ。
明確な線引きがあるわけでは無いのだが、最も普及しているエネルギー銃がラインガンと呼ばれている事から、火力の低いエネルギー兵器の事はラインと呼ばれている。
この訓練機のラインは特殊で、威力は無く着弾点に色を残す仕様。学園長の話では、プログラムに干渉して着弾点にちゃんとダメージが入ったかのように認識させる技術を使っているとの事。
無駄にハイテクである。
『シロ先生、如何ですかな?』
「訓練機としては及第点と言った所ですかね」
『及第点、ですかの』
『おい小娘どういう事だそりゃあっ!』
ダンッと机を叩くような音が響き、続いて起動したスクリーンにどアップで映っていたのはオッサンだった。
いや、オネッサンか。厚い唇にドピンクの口紅、額に刺さりそうな強烈マスカラ。どんな服を着ているのか分からないが、背景には襟だろうビラビラがゆらゆら揺れている。
『ウチの自信作だぞっ!? どこが及第点なんか言ってみろやゴラァッ!』
「えーっと、誰?」
『すまんの。同設している工科学院の上級講師、ラプッツェン・エム・ドリトール君。企業との共同開発にも尽力してくれている、非常に優秀な人材じゃ。ラプ君、初対面で失礼じゃぞ』
『うっせぇッ! ウチの子を侮辱されて黙ってられっかっ!』
う~ん、スクリーン越しでもケバい。
ただ、個人的には好みだ。勿論外見では無く、そう言う職人としての矜恃が。
「じゃあ言うけど、まずは唯一の主砲ね」
『ほう、一番の自信作から貶すってのか』
「凄い技術だとは思うけど、弾速がこれって普通に考えてダメでしょ」
一瞬スイッチを入れると、赤色の光が彼方へと飛んでゆく。
問題は、エネルギー兵器だというのにその軌跡が目で追える点。下手すれば対艦ミサイルよりも遅いだろう。
『そりゃあテメェ、訓練機だから……』
「訓練機だからこそ、弾速は標準じゃないとマズいでしょ。こんなのを標準だと思って戦場に出たら、恐怖を覚える前に死ぬわよ?」
『むっ』
「次に装甲。重すぎるせいで、発着、旋回、加速と全ての動きが鈍重すぎる。これじゃあ戦闘機サイズの輸送機なんだけど」
『むうぅぅっ! でもそれは、訓練機としての安全を考慮した上でっ!』
「生徒の安全を考慮するなら、ちゃんとした戦闘機にしなさいよ。こんなもんで訓練して、『実戦訓練してましたっ!』とか言われたら笑うわよ? 普通」
『……ならどーしろってのよ』
「技術があるのは分かるから、駆逐級でも作ったら? 戦闘機としては、訓練機だからギリギリ妥協出来る程度だし……こう言っちゃあなんだけど、中古の戦闘機に射速戻したライン積んだ方が遙かに訓練になる」
私が話している間親指を咥えて俯いていたラプは、大きく息を吐くと顔を上げ、微笑んだ。
『ごめんなさいね。確かに、貴女の言う通りね』
「って言うか、軍付属校なのにこんな基本的な事もアドバイスして貰えないの?」
『あり得ないわよねえ。ホント、馬鹿みたいな話なんだけど』
そう前置きして、ラプは苦笑すると続けた。
『この辺りは、もう百年近く戦争が起きていないの。おかげでお偉いさんには実戦経験が無いってのも増えて、そんなのの子供が入学してくる。どうなると思う?』
「どうって……威張り散らす?」
『ハ・ズ・レ』
私の言葉に、悪戯っぽく笑うラプ。
オネッサンぽさを前面に押し出したいのは分かるが、鳥肌が立つので止めていただきたい。
『ちゃんと教育されてるから、まともな子が多いのよ。ただ、肝心の親がねぇ。危険な真似はさせるな、安全の確保は出来てるのかってまぁ五月蠅くて』
「無視すればいいじゃない」
『どこからお給料出てると思ってるのよ』
「ん~、私にはその考えが分かんないんだけど、学校でしょ? 関係ない人間の意見なんて無視すれば良いと思うんだけど」
『だ~か~ら~、お給料は親御さんが出してくれてるの。だから親御さんの意見は無視できないの』
「そこが分かんないのよねぇ」
ラプと話しつつレーダーを確認すれば、幾つかの機影が上がってくる所。ようやく生徒達が発進し始めたのだろう。
「ちゃんと教育が出来て、数人でもその教育に応えて一流どころになれば、十分見返りがあると思うけど」
『……そんな甘くないのよ』
「私は専門外だから、ラプが言うならそうなんでしょうね。よく分かんないけど」
『シロ先生はソロで活動していた賞金稼ぎじゃからな。やむを得まい』
『そう言えば、その界隈じゃ有名みたいな話だったわねぇ。でも、先生をやるなら対人関係も勉強しなきゃダメよ?』
「ォェ」
『どうしたの?』
「何でも無い」
さすがにどアップでウインクはキツい。
狭いコックピットで距離を取るべく、操縦席に深々と寄りかかる。
ちなみにスクリーンは、基本的に位置固定だ、この訓練機も例外では無く、スクリーンを展開できる機器が左右に二ヶ所ずつ、モニターの手前に設置されている。
『では、観客も揃ったようじゃし、そろそろ始めるとしようかの』
「観客?」
『新しい先生の実力を知って貰うには良い機会じゃろ? 全校生徒、講師、ついでに住民にも見て貰えるよう、惑星内中継を行う事にしたんじゃ』
「……思いっきり見世物ね」
『すまんが協力してくれ。外部から講師を雇う事に否定的な者が多くての』
まぁ、そういう理由があるのなら吝かでない。
「あの、でもその、教師として採用なんですか?」
『うむ、勿論そのつもりじゃが。問題はあるかの?』
「いえ、えぇっと……一年働けば戸籍貰えるんですよね?」
失礼に当たるとしても、この点の確認だけは大事だ。
『うむ、勿論だとも。その辺りの条件を記載した契約書は既に用意してあるでの。この後サインを頼む』
「ありがとうございますっ」
俄然やる気になってきたっ。
『じゃ、頑張ってね。≪天魔≫の実力、楽しみにさせて貰うわ』
ウインクをして、消えるスクリーン。
賞金稼ぎ業界の事はあまり知らない口ぶりだったくせに、ちゃんと≪天魔≫の名を知ってる辺り、胡散臭いオネッサンである。
『生徒達は分かっておるが、その機体のラインはちゃんとシールドの出力も低下させる。航行不能判定が出た機は操縦不能になり、試合終了まではレーダーに映らぬよう細工されておるでな。機体色も黒くなるから、目視でもその辺りの判断は出来るはずじゃ』
これまた大した無駄な技術である。
『では、全員集まった様じゃし、始めるとしようかの』
「えー、もう囲まれてるようなんですけど」
レーダーで見る限り、私を包囲するように360度、大体等間隔に並んでいる。
ちゃんと作戦を練った結果なのだろう。正面に布陣している機体が無いのは、開幕早々の撃墜を警戒しての事か。
『厳しいかの?』
「いえ、それは良いんですけど……多くないです?」
『希望者も参加しておるからの。七十人じゃ』
「はぁ。まぁ、頑張ります」
『うむ、よろしく頼むぞ』
そんな満足げな声を残して学園長との通信が一度途絶え、再び繋がった。
個別チャンネルから全体チャンネルへと切り替わったのだ。
『儂の名は、ジム・ハサヤ・ステイリー。まずは、この声を聞き、この映像を観られている方々に感謝を。ただいまより、惑星連盟軍付属スパイア航宙学園及びスパイア工科学院の有志対、我らが学園に新たに加わる講師の試合を開始する』
こうやって聞いているとお爺ちゃんが演説しているだけだが、盛り上がっている場所はあるんだろうか?
まぁ、思った以上に人気が無くて賭けにならない、とかでも私にとっては関係ないのでどうでもいいんだけども。
『まずは紹介を。新たなる講師の名は、シロガネ。賞金稼ぎとして登録し、現在に至る十年の間に稼いだ額は十億をゆうに超え、≪天魔≫の二つ名を持つ凄腕のバウンティハンター。対するは、彼女が受け持つ予定であるパイロット科一年Aクラス五十二名。更に是非にと出場を望んだ生徒、講師含め十八名の、計七十名が相手となる』
う~ん、こうやって聞くとなかなかに無茶苦茶な話である。
ただ地上の競技で言えば、自動車免許を取ったばかりの者がレーサーに挑むようなものだ。白兵戦なら違ったが、宙海戦ならまず負ける要素がない。
講師もいるってのが気にはなるが、まぁ大丈夫だろう。
『では、試合を開始するっ! 始めぇぇ!』
学園長の合図と共に、無数の光が降り注ぐ。
実戦なら確実に穴だらけになっている所だが、双方共に訓練機。合図と共に急速前進していただけで、射速の遅いラインは機体に触れることすら無く過ぎ去ってゆく。
機首を僅かに下げて前進した事で、後方からの射撃も機体を掠める事すら無い。訓練機故のちゃんとした整備、照準の正確さが仇となった形だ。
加速は悪いが、エンジン自体はそれなり。第二射が放たれる前に包囲を抜け、大きく旋回して敵軍に向き合う。
遠隔操作カメラ、ウクルスを射出して目視でも敵の動きを把握する。ウクルス自体は二機と少ないが、ラプが自信を持っていただけあってこの訓練機の性能はなかなか高い。
「便利だわぁ、このレーダー」
同型艦だからか、相手の機首がどちらを向いているのか分かる。
唯一の砲が機首に固定されている為、向いている方向が分かるだけで被弾の確率がほぼゼロになる。超絶に便利だ。
メインモニターの正面だけをズームし、視界に入った訓練機から撃墜してゆく。
正面からは撃たない。それ以外の角度から撃てる場合のみ射撃し、出来るだけ直線で進んでゆく。
敵の群れから離れたら、再び大きく旋回。速度を維持したまままた的の群れに向かい、直進しつつ射撃。機首を僅かに動かして照準を合わせる為若干蛇行はするが、重要なのは速度の維持。無理には狙わず、ただ翔る。
そんな感じで三往復もすれば、同士討ちもあって敵機は当初の四分の一ほどに。
対するこちらは、掠りもしていない。
ラプに言ったが、射速が遅いというのがかなり大きい。最高速で翔ていれば照準が合った所でまず当たらず、偏差射撃も難しい。数打ちゃ当たるで撃った結果同士討ちが増え、このザマだ。
勿論それは相手にも言える事で、最高速で翔ている機体がいれば私でも狙って当てるのは至難の業だが、幸か不幸かまともに飛んでいる機体が少ない。
私を狙う為にスラスターで方向を変え、撃ち、またスラスターで向きを変えるだけ、なんて機体がそこそこいる。あれでは戦闘機では無く固定砲台だ。
「うん、これだけ減ればもういいかな」
メインエンジンを停止し、右舷スラスターを噴射。逆噴射は行っていないので、前進しつつ機種の向きが急速に反転した形だ。
その間に二射し、追ってきていた一機と向き合う。
チャンスとばかりにラインが放たれるも、シールドで防ぐ。
だが、機体を襲った衝撃は予想外だった。
まるで本物のラインレーザーの直撃を防いだかのように機体が大きく揺れ、シールド出色が70%まで削られる。
「……相手だけモノホンって事は無いでしょうね」
顔を顰めてそうぼやきつつ、私は上部全面のスラスターを噴射。迫る機体の下をすれ違えるように機体を下げ、機首下部ラスターを噴射。同時にメインエンジンの角度を出来るだけ上部へと向けて始動。
ぐるんと機体が縦回転する。私の感覚で言えば、一瞬で九十度上を向いた感じだ。
その直後、目の前を機体が通過した。
至近距離で放ったラインは、訓練機の腹部に直撃しその機体を真っ黒に変えた。
「一番厄介そうなのは終わったし、後は楽なもんね」
残りは既に十機を切っている。
彼らの腕が良いわけでは無い。たまたま射線に入らなかった、同士討ちにならなかったと言うだけの、偶然で存在しているだけの代物だ。
実際、そのどれもがこちらに機首を向ける事すら出来ていない。停止状態からスラスターだけで向きを変えようとしているから、鈍重な訓練機では向きを90度変えようとするだけで数秒は必要になってしまうのだ。
その間にラインを二発。レーダーから二機消えたのを確認しつつ前進。
残りは七。二機だけはちゃんと前進を始めたが、残り五機は私に機首を向けようとスラスターでのんびり旋回している。
当然だが、スラスターの旋回速度よりメインエンジンの方が出力は遙かに上だ。更に言えば、加速し続けられる。
機首がこちらに向く事は無く、五機撃破。そこで燃料がアラートを鳴らした。
メインエンジンを噴かしている時間が長かった為、もう燃料切れだ。それでも残りに機を落とすには十分すぎるが。
「う~ん、教師をやるならパフォーマンスも必要かな」
傍から見れば、逃げ回って数を削っただけに見えるだろう。
実際その通りで、『そんなんで教師やる気かっ!』と言われたら返す言葉も無い。
なので最後は真っ向勝負。こちらは慣性で進みつつ、迫る二機をウクルス経由の映像で目視する。
一機目の真後ろにもう一機。スラスターで位置を変えてみるが、二機目には射線が通らないよう、一機目が機体を動かす。
悪くない判断だ。
そんな相手に目を引くパフォーマンスとなると、やれる事は限られる。
そもそも機体性能的に驚かれるような動きは不可能だ。ダンスパートナーを上手く利用するしか無い。
迫りつつ、ラインを放ってくる先頭の一機。ウクルスで良く見て砲門に光が灯った段階で機体を僅かに動かすだけでまず当たらない。
そんな事をしつつ待つ事数秒。正面からぶつかるほどの距離に迫った所で、スラスターを噴かして機体を下げる。
相手も然る者、正面衝突上等の勢いで突っ込んで来る。
安全第一な機体設計上それでも大丈夫なのかも知れないが、私は勿論お断り。機体が掠めそうなほどギリギリの距離で相手機体の下部へと回避しつつ、機体後部を僅かに当てる。
僅かとは言え、中々の衝撃だ。スラスターを調整して反動を抑えたものの、それでもかなりの速度で縦回転が始まる。
その途中で一発、ピタリと制動し、離れ行く一機に一発。
これで終わりだ。
観客の反応が分かんないのでちょっと不安だが、ちゃんと見所も作ったので満足して欲しいものだ。
『しゅ、終了っ! シロ先生の勝利じゃッ!』
その声の感じから、学園長は驚いてくれたようだけど。
まぁ、終わりは終わり。
今更『採用はやっぱ無し』と言われないように願いつつ、私は格納庫へと戻っていった。
【ヨーコ】
あり得ない景色を見ていた。
七十対一。
ヨーコとしてはここまでやるつもりはなかった。お調子者のマーカスが他のクラスに新任講師の話をし、その結果がこれ。
何故か三年の講師であるグレッグ先生まで参加している。
こんなものに作戦も何も無い。
それでも包囲の形から始まったのは、最初の作戦に後から参加した人達が乗ってきたからに過ぎない。
クラスメイトだけならまだしも、三年に講師まで参加してくるなら、作戦を立てる必要すら無い。最初の一斉射を躱されても、すぐ終わるはず。
そう、思っていたというのに。
「ドリトール! ドリトールっ! あの機体は何ですのっ!?」
通信履歴から学園の整備長を喚び出し声を荒らげる。
彼は工科学院の講師であると同時に、学園で使用される機体全ての管理を行う、このスパイアの実質的なナンバーツーだ、
『あらぁん、これはこれはヨーコ様。試合中に通信とは、随分と余裕ねぇ』
「あなた、あの機体に何をしましたのっ!?」
『何もしていないわよぉ?』
「あれは学園の機体でしょうっ!」
『その通りねぇ』
世界の端に浮かび上がるスクリーン。その中で頬に指を当て、首を傾げるドリトールに、ヨーコは顔を顰める。
潜合式の操縦システムは、ヨーコが今体感しているように自身の身体が機体と同一化している。首を動かし、視線を移す事で全方位眺める事が出来、身体を傾ける事で機体も傾く、といった感じだ。歩く、走ると言った感覚に同調し、機体も動くようになっている。
ドリトールとの通信や、レーダーの認識は、意識する事で行う事が出来る。ドリトールのすっとぼけた厚化粧顔を映したスクリーンを、ぶん殴って少し遠くに移動する事ができたのも、認識上の存在故だ。
『ご機嫌斜めねぇ。けど、本当に私は何もしていないわよ?』
「あれはっ! 学園の機体でしょうがっ!」
『えぇそうね。予備の、球体式の訓練機よ』
「球体式っ!?」
ありえない。
球体式は、今や一世代前の操縦システムだ。現在最も普及しているシステムではあるが、潜合式を取り入れる事が出来ない貧乏人用の形式という認識が強い。
『急な話でスーツも無い、設定にも時間がかかる。手動式か球体式の二択なら、当然の判断よねぇ』
「それで、何故あんなに動けますのっ!?」
あんたが特別に組んだ機体じゃないのか。
そう意味を込めてヨーコがきつめに声を上げるも、スクリーンのドリトールは苦笑しただけだった。
「ドリトールっ!」
『ヨーコ様。貴女のお父上には多額の献金を頂いております。ですから、特例としてその機体の設定に、当学院が総力を持って当たらせていただきました。それにどれほどの時間がかかったか、ご存じですね?』
潜合の度合いを高める為に、スーツ、機体のシステム共に一ヶ月はかけて調整を行った。潜合式は最新鋭のシステムであるが故に、それを最大限に活かすには最低でもそれだけの時間がかかるのだ。
「でも、なら、あれは何だというのっ!」
『技術、ででしょうねぇ』
「技術っ!? グレッグ先生の機体もあなたが調整したのでしょうっ! それで、技術の一言で済ませますのっ!?」
『私としても不本意よぉ。グレッグちゃんに関しても、一技術者として依頼を引き受けて改造し、調整した。だと言うのにアレなんだもの』
アレ、と言うのは見たままの光景だ。
唯一追いかける機体。それが、追いつけない。
先を行く機体はただ飛んでいるだけだ。若干蛇行はするが、それは照準を合わせる時。機首が動けば一機落ち、再び機首が動けば一機落ちる。
だと言うのに機体の大半が動いていないのは、グレッグ先生の実力を知っているからだ。
元軍人であり、実戦で培われた技術はスパイアでも屈指。更に自身専用の訓練機はエンジンなどを換装してる為、性能が段違い。
そこまでしてある機体が、単なる訓練機に追いつけないのだ。呆然と眺めてしまうのも仕方ない。
『加速は間違いなくグレッグちゃんの方が上だものねえ。見ての通り、慣性やスラスターの使い方でグレッグちゃんを遙かに上回ってる、ってことね』
大きく旋回するときに、新任教師はスラスターを片側しか噴射していないのに対し、グレッグ先生は様々なヶ所からスラスターが噴射している。機体の制御上必須ではあるのだが、それが結果的に減速に繋がっているのだろう。
機体の向きに関しても同じで、回転したら回転したままで軌道のみを維持する新任に対し、グレッグ先生は機体を平行に保ちつつ飛行している。そう言った点の制御も、速度に差が出る理由だろう。
と、いきなり機体が反転した。
訓練機とは思えないほど機敏な動作で180度。向き合った瞬間にグレッグ先生の機体からラインが放たれるものの、その一撃はシールドに阻まれる。
だが、それは新任にとっても同じ事だ。真正面から打ち合えば、負けるのは新任の方。
誰もがそう思ったはずだ。
逃げ惑っていた新任が、一騎打ちに応えた。だから負けると。
だが、結果は違った。
グレッグ先生の機体下に潜り込むや否やあり得ない機動で機首を敵機腹部に向け、一撃。
ぶわりと、ヨーコの毛が逆立った。
簡単にやったように見えるが、機動戦の最中だ。相手も高速で飛行していると言うのに、腹下に潜り込んで機首を90度動かしてラインを直撃させる。
常識的に考えて、不可能な一撃だ。戦艦級が相手なら兎も角、同じ訓練機。更に言えば、肉体にかかる負荷も相当なものだった筈。
だと言うのに、即座に始まる射撃。
戦闘開始から今まで、一度として外していないのではないだろうか。
開始から今までを思い返しただけで、身体が震える。
全てがあの人の技術が成せる技だと理解した今、ヨーコの瞳にあるのは確かな羨望と、揺らめく怒りだった。
何も出来ない不甲斐なさ。分からせてやろうという驕り。
何よりも、今までの努力、その全てが馬鹿にされているような。
けれど認めてしまった。憧れてしまった。だから全てが馬鹿らしくなって、笑い声と共に笑みを漏らす。
「マーカスっ! 私に合わせなさいっ!」
『いやさすがに無理だってっ! 見てただろっ!?』
「見てたわよっ! 見てましたわよっ! だからやるのでしょうがっ!!」
身体が重い。
一歩が、初速が、これほどに鈍重だと感じたのは生まれて初めてだ。
「後ろに付きなさいっ! 私が盾になりますわっ!」
『……いいのかよ』
「このまま、何もせずに負けてなるものですかっ! ぶつけてでも、止めるっ!」
『いや、さすがにそれは』
「マァァァカァァスっ!」
『ひゃいっ! 頑張りますっ!』
せめて一太刀。
狙われる前に動き出したからか、偶然か。最後の二機になったヨーコとマーカスは、慣性で動いている訓練機へと正面から突っ込んでゆく。
ラインを撃つも、当たらない。だが、反撃も無い。
「舐めるなあああぁぁぁっ!」
潜合中のヨーコの認識では、放つ頭突きと敵機が接触する。
だが、想像していた衝撃は起きなかった。
ゴンッと、お腹を叩かれる感覚。
疑問と共に瞼を開けば、敵機がクルクルと縦に回転しつつ、マーカスの機体に一撃を見舞う所だった。
「そんな……」
常人なら意識を失って当然の重力に晒されている筈。
にもかかわらず、その機体は一撃でマーカスの機体を打ち抜き、あまつさえピタリと動きを止めてヨーコの機体に照準を定めた。
戸惑い、驚き、諦め、歓喜。
様々な感情が胸中に渦巻く中、ヨーコはただ視線だけを動かしてその姿を見つめる事しか出来ず。
赤色の光が、ヨーコの胸を貫いた。