#6 / 不安は継続中
外を見ると、まだ先ほどの幽霊が増え続けている。これでは中に居る妹や両親も危ないかと思われていた。
「ちょっと、これどうにかならないの?」
「大丈夫ですよ。現在、屋敷の中で起きている人間は私たちだけのはずですから。」
「寝ていたら大丈夫なの?」
「この時間帯に起こる強制的な眠りについていればですが。今更寝ても、貴方は襲撃される恐れはありますね。」
どうやら今部屋に戻ったとしても意味はないようだ。
「とりあえず、ここから脱出して安全な場所へ向かいます。よろしいですか?」
「よろしいですかって。い、いきなり何をする気?」
「貴方を抱きかかえて外に出ます。ここにいては危険なので。」
「お、お姫様抱っこするつもり?」
「はい。」
それはそれでどうかと思っていた。そのままアランは私を抱きかかえ、窓から一気に飛び上がった。
プラーナによる身体強化によるものだけれど、私と比べると明らかにその出力は大きかった。
その月光の下でアランが私を抱きかけて飛び上がり、他の建物の屋根に着地するところはいい風景かと思われていたが。
残念ながら月の方は皆既月食のような状態になっていた。
「あれ?月・・?」
「月が変色しているところを見ると、闇の獣の活動も活発なようですね。」
「その闇がなんだか知らないけど。このままどうするつもり?」
「闇の獣を倒せばこの現象は治ります。元の風景に戻り、先ほどのような幽霊も出てこなくなる。ただ問題は、これから先闇の獣をどう駆除すればいいのかが悩みでして。」
「悩みって・・。」
「貴方のお父様からフアナの事情を聞いたのですが、彼は何も知らない様子でしたし。」
「えぇと。貴方、私との婚約の話は・・。」
「え?あぁ。忘れていました。」
「忘れてたの!?婚約の話なのに!?」
「闇の獣を駆除するのに忙しい日が続きましたから。突然自分の結婚の話が盛り上がっても、こちらとしてはどうしようもありませんね。」
「それは私が魅力なかったって言いたいわけ?」
いつの間にか私は普通の女子高生みたいな喋り方になっていた。
正直、これは失態だったとは思っていたが。アランは別になんとも思っていなさそうだ。
「いいえ。ロナさんはとても魅力的な方だと思っていますが。しかし、女性が魅力的だからということで、すぐに我を無くすわけにもいかないんですよ。」
「そう。それで、貴方としては婚約はどうするつもりなの?」
「分かりませんね。成人を過ぎた後でも、こうして奇妙な現象を引き起こす魔物の駆除をするのが私の役目ですから。」
「貴方、貴族なんでしょう?」
「えぇ。ゴートベルク家では、公で活躍する男性と、魔術の世界の中で活躍する男性を選定しますから。能力の都合上、僕は魔術に長けていたので、ゴートベルクの当主は妹に譲ることになっていますね。」
「妹さんがいるんだ。って、妹って今いくつなの?」
「13です。両親が存命していれば、彼女は成人になった後に当主として実家を引き継ぐ予定ですが。心配があるとすれば、彼女が少々他人に冷たいところでしょうね。能力至上主義で選ばれたから、ある程度のことはできますが。人格面はまだまだといたところというか。」
「・・・それは分かったけれど。確かアランは21歳でしたっけ・・?」
「えぇ。」
「・・・それでその貫禄ならいいけれど。アランとしては、他の女性に興味があったことはあるはず。」
「無い、ということもないけれど。そういうことを許されない家系ですから。貴方ほど自由な恋愛はできないんですよ。」
「私よりも、不自由だって・・。」
ロナも恋愛をある程度制限されている身分のはずだけれど、アランがそれを上回るのだとしたら。かなり苦痛な生活を送っているんじゃないだろうか。
「私だって色々頑張ってんだけれど・・。」
「そんな話は後にしましょう。他に人がいますし。」
「え・・?」
アランが見た方向、そこには別の人影が居た。
その人間はいつから私たちを見ていたのだろうか、私たちと同じ高さの屋根の上からその人は居る。
ペストマスクのようなものを被った人間は、私たちを見たままずっと動かない。
「あの人は、アランの友達なの?」
「いいえ。彼女はフアナ、貴方の祖母です。」
「え?お、お婆様・・!?」
「冗談ではないですよ。彼女がそう名乗りましたし、確かに彼女らしい実力がありましたから。ただ、現在では少々コミュニケーションが厄介なので。今話しかけても応答はないでしょうね。」
「それは分かったけど。なんであんな格好してるの?」
「趣味でしょうか。」
「ああいう格好が流行りなの?」
「いいえ。流石に変人ですねあれは。」
流石にアランも変人と断定するほどの格好らしいが。その変な人はまず動かない。
「えぇと。挨拶してみる?」
アランに隠れて様子を見ているが、これから先襲いかかってくる可能性もある。
ただ本当に祖母なのだとしたら、どうやって会話したらいいのだろうか。
色々アランに聞かなければならないことも増えたが、その思考もまた別の騒音によって中断される。
暗い闇の中で、突然その奇妙な高い唸り声が聞こえたのだ。その唸り声はとても大きく、その声とともに地上から一体の大きな獣が屋根の上に飛び上がってきた。
「え・・?」
屋根の上に着地したその獣は、大きな唸り声を上げて威嚇している。
あれが一体どういうものなのか、それはアランにも分からないものなのだとしたら。私はどうしたらいいのか。
「闇の獣が自分から来るのは珍しい。」
「あれ、何・・?」
「別に、前からよく出てくる生き物ですよ。」
そのあまりにも適当すぎる説明を、その闇の獣は無視して私たちの方向へ突撃した。
突然の行動に私は死を覚悟するほどの恐怖を感じたが、その獣の正面をフアナが防いだ。
そのフアナに対し獣が大きな爪で攻撃しようとする。その攻撃の途中、フアナは腰から取り出した一丁の銃器を向けて発射した。
轟音が発生し、銃器から発射された弾に命中した闇の獣は大きくバランスを崩して転倒した。
大口径の銃弾で負傷した傷口から大量の血飛沫が発生している。フアナは一瞬にして詰め寄り、その傷口に対し持っていたダガーを突き入れた。
大きな唸り声が聞こえる。悲鳴とも言えるその声の後、フアナは回し蹴りをしてその闇の獣を遠くまではじき飛ばした。
しかし、その程度ではその闇の獣は死なかったようだが。
「硬いねぇ・・。」
そう、フアナは言ったように聞こえた。
闇の獣はそのフアナに怖気ついたのか、そのまま逃避して行ってしまった。
そのフアナは、闇の獣を追う前にこちらをみる。
「・・・えぇと。その、お、お婆様、ですか?」
「・・・・・。」
「えぇと。」
「ロナ。お前は別に戦わなくてもいいんだよ。」
「え?」
「好きに生きてくれればいいが、こっちは駄目だ。」
そう言ったフアナは、先ほどの闇の獣を追うべく走り去った。
その速度は速く、一瞬にして見失ってしまったが。アランは追うことはなかった。
「かっこいい人ですね。今でも十分活躍できそうですよ。」
「何で貴方は呑気なの・・?」
「少し時間が経てば、フアナが闇の獣を倒してくれますから。ここで一応待っていましょう。」
「私が戦わなくていいって、どういうこと?」
「孫が心配なだけだと思いますよ。」
「今、お婆様が生きていたとしたら年齢は80行っているはずじゃない?」
「えぇ。そうですね。プラーナと魔力、その他の呪詛的な効果による連動があれば、不死ではなくともその年齢を保って戦うことはできますよ。」
「なんだか、意味不明なんだけど。その人、見た目はどうなの?あのマスク被ってる理由は?」
「顔に火傷を負っているからだと思いますが。あれも獣対策の一種ですから、どうとも言えませんね。気が向いたら、直接会ってまた話してみるといいでしょう。」
「またっていつ?」
「さぁ。」
「なんでそんな投げっぱなしになるの!?わざとやってるんじゃないでしょうね!?」
「無計画に過ごしてしまうのは私の癖ですから。闇の獣も情報が集まったら、ある程度対策は立てられるでしょうし。今のところはゆっくり、フアナの健闘を祈るばかりですね。」
「お婆さんだよ!?私たちみたいに若くないんだよ!?」
「心配なんでしょうが。彼女は私たちより遥に強いですから。ちょっとやそっとで死にませんよ。」
「どんな世界の住人なのよ・・。パワーバランス明らかにおかしいじゃない。」
「あれもまだ序の口みたいなものですが・・。そろそろ、決着がついたようですね。」
「え?」
アランが月を見上げる。月食が変質を起こして、徐々に普通の月へ戻っていくのが見えていた。
「これは・・闇の獣を倒したの?」
「また、いつかは似たようなものが出てくる可能性はありますから。油断は禁物ですね。」
「そう。それで、一応聞いておくけど。」
「はい?」
「屋敷で一体何を調べていたの?」
「彼女がどうして、今も生きていて戦っているかですよ。深い意味はないのですが、あの場所に興味本心で立ち入ったら。どういうわけか、心霊学や霊魂の哲学書ばかりありましたので。つい読み耽っていました。」
「霊魂?」
「そこに生まれ変わりとか、異世界への通信とか変な魔術書もありましたが。あのような真偽もよくわからないものを所持していたのはどう言った理由か、わかりますか?」
「・・それは・・・。」
生まれ変わり、心霊学などの精神に関する書物を所持していたのは。昔彼女が私を本当のロナだと信じていなかったから。
私が転生して、ロナとして前世の記憶を持ったまま生きてしまったから。フアナはその私の存在を疑問視していたのだろう。
両親は過去も苦労もあるのか、その祖母のことを隔離するという厳しい処置を施した。
彼女にとって私はロナではなく、もっと別の人間に見えていたのだとしたら。本来あるべきロナは一体なんだったのか。それがどうしようもなく不安になった。