#5 / 夜、再会
セシリアとミレイユの試合が終了した後、私とチェルシーはセシリアのところまで歩いていく。
レイアは家で家庭教師から音楽を教わるため、現在は一緒ではないのだが。彼女のような子が受ける家庭の授業はどんなものだろうか。
「あ、いた。セシリア、今日も強かったね。」
チェルシーは見つけたセシリアにそう言っていたが、セシリアは別に嬉しくもなさそうだった。
「連戦しすぎて、ミレイユのファンに睨まれることがあるの知っているでしょうに。」
「ミレイユのファンだからそこまで過激なことしないでしょうし?」
「チェルシー。もう少し私は休んでいたいから。」
「疲れてるの?」
「ミレイユだってそこまで馬鹿じゃないわ。彼女に勝つのだって、ある程度は神経はいるのよ。もし本気でやったら、相手に怪我を負わせるかもしれないし。」
それはつまり、手加減して相手が怪我しないようにしていたから。疲れてしまっていたのだろうか。
「何それ。強すぎじゃない?」
「家で騎士の教育を受けていたら、あの程度はできるわよ。」
「いや、無理だって。」
セシリアの実家、トワイライト家は濃い血統を持つ騎士の家系らしいが。彼女が先ほど着ていた鎧も、かなり派手ではあった。
私みたいな人間からしてみれば、彼女のような人は規格外と思ってもいい。
とりあえず、彼女が一体どのような教育を受けたのか知りたくなってきた。
「実家でどんな技術を学んだの?」
「どんなって。そうね、5歳の時から馬術を習っていたぐらいだから。私からしてみれば、ミレイユに足りないのは馬術辺りだし。」
「馬術?」
「ミレイユと私の攻撃が両方とも外れた時にね。ミレイユは本気になって攻撃しようとしていたみたいだけど、ミレイユが乗っていた馬が突然私から離れようとしたんだよね。」
「私たちの方からは見えませんでした。」
「あれ、ミレイユが回避したんじゃなかったの?」
「あれは本当に偶然なのだけれど。ミレイユは自分が乗っていた馬をコントロールしようとして、彼女はギリギリ私の攻撃を避けてしまった。彼女のランスが当たらなかったのも、どちらかと言うとミレイユがバランスを取って落馬しないようにしていたみたいだし。あの子、もう少し馬術はなんとかならないのかしらね。」
「馬の方が悪いんじゃないの?」
チェルシーからすると、明らかにミレイユが乗っていた馬が搭乗者に逆らった動きをしたのが悪いのだろう。
「馬をちゃんと教育して、コントロールできるようにするのも騎士としての重要な仕事なんだから。下手をすれば、あそこでミレイユは落馬していたぐらいだし。」
「セシリアは昔から馬のコントロールをちゃんとするようにしてきたから、ミレイユに勝てたってこと?」
「そんな感じかしらね。」
「ミレイユは知ってるの?」
「理解はできているはずだけれど。彼女の家系は私と似たり寄ったりだから。対抗意識はあったのでしょうね。」
「ん?じゃぁ、ミレイユもある程度馬術はできてもいい気はするけど。」
「あぁ・・・そうね。確かにそうなんだけど。」
チェルシーの指摘があると、セシリアは目を背けた。
「何があるの?ミレイユに。」
「いや。本人の恥になるようなことをここで言っても仕方がないわね。」
「何それ。」
「チェルシーだって人に言われたくないことぐらいあるでしょうに。」
「ミレイユがセシリアよりも馬術が上手くない理由を聞いてるだけなんだけど。」
「そんなのはもうどうでもいいわ。もう勝負は終わった後なんだから。無意味に詮索しても意味はないわ。」
そう言われ、私たちはそろそろ帰るしかなくなった。
家に帰り、私はそのまま自室で寝ていた。
「疲れた・・。さすがに普通の女の子としてはお嬢様の神経についていけない。」
チェルシーはともかく、セシリアとレイアとの会話でもついていけない時はある。
「私にお嬢様生活は無理だと思う。」
お嬢様というより貴族だが・・どっちにしろその言葉を聞く相手はいなかった。
「はぁ・・ちょっと、中庭まで行ってみよう。」
屋敷は広く、中庭もちゃんと整備されているので夜に出歩くとちょっとしたお化け屋敷になる。
実際のところ、過剰装飾な内装の屋敷を歩き回るのは精神的にきつい。
夜になると輝かしい場所は変わって、吸血鬼が住んでいそうな見た目になる。
「・・・」
こんな暗い屋敷の中にいること自体夢のようなものだけれど、今の私は昔のことを忘れておいた方がいいのだろうか。
過去の自分としてではなく、いっそロナ本人らしく生きていく方がいいだろうし。
「前世の記憶なんて、別に思い出しても意味なかったぐらいだし。」
むしろ邪魔だったのかもしれない。
その記憶がなければ、私は余計な疑問や心配事などなくても良かったのだ。
私にだって、別に前世に未練がないわけじゃないのに。
そう、過去への思いに浸っている途中だった。
ごとん、と。ドアの向こうから物音が聞こえてきた。
「え?」
そこは祖母、フアナの部屋だ。その部屋の中からどうして物音が聞こえるのだろうか。
「・・・。」
誰も居ないはずの部屋の中に、一体何があるのだろうか。私は勇気を出して、その部屋のドアノブに手を伸ばす。
このまま逃げたいという気持ちもあるが、ただ今は無視して置くわけにはいかない。
「だ、大丈夫。私にはセシリアから学んだ剣術があるから。」
今は剣を持っていないけれど。そもそもプラーナによる最大出力だけなら、彼女を上回ることもあるのだ。
いくら相手が強そうな敵だったとしても、先制攻撃できれば問題はない。
「ゴクリ。」
そのドアを開く。
そこに、明らかに不審な人間が居たのだった。
「だ、誰・・!?」
「寝静まっていると思っていましたが、どうやら起きていたようですね。ロナ。」
「え・・?」
その聞き覚えのある声は、アラン・ゴートベルクだった。
「アラン、どうして貴方が・・?」
「別に深い意味もないですよ。貴方が住む屋敷の中にある、フアナ嬢の部屋に任意で捜索させてもらっています。」
「ふ、不法侵入じゃない・・!」
「えぇ。」
私を無視して、アランはランプを使って書物を読み漁ろうとした。
「何を勝手に読んでるのよ。」
「現在、彼女を追っていて。ここに何か手がかりがないか調べていたんです。」
「え?」
少し、何を言っているのか分からなかった。
それではまるで、祖母がまだ生きていると言っているように聞こえるけれど。
「何を言っているの?」
「貴方が今日の満月に起きているところを見ると、相当霊感耐性の強いタイプのようですね。祖母とそっくり、なのかもしれませんが。」
「どうしてお婆様の話を今するのよ。もう亡くなったはずの人よ?私はこの目でちゃんと葬式を見届けていたのに。」
「彼女は土葬でしたね。」
「え・・?。」
確かに、お婆様はちゃんとお墓の中に居るはずなのだけれど。
「彼女は生きているんです。彼女は老衰して死ぬことも許されなかった、私はフアナさんとある事件の担当をしていたのですが。彼女は独自路線で行くと言い出して、今も会えていないんですよ。」
「言っている意味がよくわからないんだけど。」
「今日の夜、発生すると思われている闇の獣。その排除を私とフアナさんが担当しているんです。」
そのアランとの話の途中、突然部屋の中にぼう、と白い人影が現れる。
首のない人間が、人の頭を両手で持っているがこれは幽霊なのだろうか。
「え・・?」
その幽霊は、持っていた人の頭を高く上に上げる。その時にその頭部が甲高い唸り声をあげたのだった。
その声を聞くと同時に、その頭部が青白い光を生み出そうとする。
アランはその幽霊を後ろから剣で突き刺し、一撃でその幽霊を倒した。
「い、今のは・・。」
「闇の獣が生み出した眷属のようですね。今日の夜に起きていられる、霊感耐性の強い人間を狙って攻撃してくるようです。」
倒された幽霊は今は消え去ってしまったが、また出てくる可能性もあるのか。
「その闇の獣ってなんなの?」
「分かりません。」
ふざけて言っているようではないのだけれど。
「ただ、今はまだ油断できませんね。」
アランはそのまま窓の外を見る。
「亡者の方は、この夜に起きているロナを狙ってこちらにやってきているようです。」
「え・・?」
私もその窓の外を見ると、数十体の幽霊が一斉にこちらを見ていた。
「うっ・・・。」
「あの生首、前から気になっているのですが。何なんでしょうか。」
「私が知るかぁ!!」
ゲームの中しか会いたくないような魔物が屋敷を包囲しているのは確実だった。