#2 / さて、これからどうしようか?
貴族としての教育を受けたからと言って、普通の女の子であった自分の特性が消えるわけではなかった。
ある意味、妹よりも出来の悪い子というレッテルを貼られる可能性もない。
ベルエスカ家は古い歴史を持つ家系で、ゴートベルンほどではないが多くの財産を得られるほどの企業を持っている。
ただ、古い歴史を持っているからと言って特別扱いされるわけでもなかった。
貴族は戦争になれば国のために、自分が軍隊のリーダーとならなければならない。
貴族が兵を錬成し、自分たちが己の権力を誇示するために戦うという古い感覚は私は理解できていなかった。
要領が悪いというか、少し美意識に偏りすぎているところがあるような気がしていた。
国が直接軍隊を編成すればいいんじゃないかと私は思っていたけれど、アンナによるとそれは違うらしい。
国は国。貴族は貴族が。貴族は国よりも多少権力が強いのが今の常識らしい。
私の世界で言えば、ルイ14世のような王さまが権力を奮っていた時よりも前の時代。
その時代において、貴族は大きな力を持って国のために戦っていたような物だけど。
「・・・。」
問題は、フランス革命が起きる前の歴史なんて全然知らない私が一体どう生きたらいいのか分からないことだった。
ジャンヌ・ダルクよりも先の時代・・みたいな感じはあるけれど。しかし魔法が存在する以上は、私が生きていた世界と比べてもあまり意味はない気はする。
「分からない・・。」
どっちにしろ、今の世界の歴史とか覚えさせられるのだから記憶容量が圧迫される。
ベルエスカの娘として必要な知識を持たさるわけだが、そのせいで前世の記憶など忘れてしまいそうだった。
「お姉ちゃん、またぐったりしてる。」
妹のエミリー・ベルエスカがいつの間にか部屋の中にいた。
「出来の悪い姉で悪かったわね。」
「そんなこと言ってないけど。そろそろ夕食だからそこまで気張らなくてもいいんじゃない?」
「メイドの代わりに教えに来てくれたの?」
「というより、昔からお姉ちゃんの行動が人に理解されないっていうか。何処かよそよそしいっていうか。確かに貴方はベルエスカの長女で、確かに大人しい態度はあるんだけど。」
「えっと。そろそろ夕食の時間よね。今日は一体何かしら。」
「はぁ・・。まぁ、食事に気合を入れるのはいいんだけど。」
「エミリーは、何か疑問とかあるの?」
「別に。お姉ちゃんって、大人っぽいけど妙に遠回しだったり遠慮しがちだったりするから。」
「それって、もしかしてアンナが言ってたりする?」
「えぇ。昔からお姉ちゃんは、確かに落ち着いた貴族としての態度はできるはずなんだけど。何故かメイドに遠慮をすることがあるって聞いたわ。彼女たちは自分の生活のためにこの屋敷の中にいるんだから。彼女たちの仕事を邪魔しないように。」
「えっと。邪魔はしていないつもりなんだけど。」
「家の中を整理するどころか、自分でクッキー焼こうとしたじゃない。」
「お腹が空いてつい・・。洗濯物は逆に助かるんだけどね。」
服の構造がどうなっているのか全く分からない物まであるから、自分で洗濯しようがなかった。
「お姉ちゃんって、結構変なところあるよね。お婆さまが言っていた通り、確かに両親に似ていない何かを持ってる感じ。」
「ん?あぁ。きっとかなり昔の人に似てるんじゃない?」
「そうね。おばあちゃんも知らない遠い祖先の人に似ているのかも。と言いたいところだけど。でも、一時期急に遠慮しがちになったりしていたのはどうしてなの?」
「どうして、気になるのかしら。思春期特有のくせよ。」
「・・思春期ね。まぁいいけど、お姉ちゃんがしっかりしてもらわないと。今日会ったゴートベルンのご子息と結婚できたら、私としては嬉しいんだから。」
「なっ、結婚って。その年でよくそんな事を言えるわね。」
「うーん。」
「な、何?」
「そこ。どうして、彼のような素晴らしい男性を目の前にしてもすぐにOKを出さなかったのかしら。」
貴族としての、ある一種の普通の人間とは違う思考というか。そういう意味では元庶民である私の苦悩を妹は理解していなかった。
「彼なら経済的、肉体的な面でも女性として守ってくれるはずよ。」
エミリー・ベルエスカは私に比べれば、明らかに母親に近いタイプの少女だった。
利口で、なおかつ貴族として行動をする事を躊躇わない少女。
元々は普通の女の子だったロナ・ベルエスカとは違う、本物の貴族ということにもなる。
もし、ロナ・ベルエスカに前世の記憶が無かったらどうなっていたのだろうか。それは私も分からない。
そもそも前世の記憶自体、ある意味では不要の産物だったはずなのに。
「私は、能力的にはともかく。貴方に比べると臆病なだけだから。」
「・・・似てない。」
「え?」
「外見はそっくりだけど。中身が全然似ていないわ。」
そう、祖母と全く同じ事をエミリーは言った。
「え、貴方まで。何を言い出すの?」
「お父様やお母様は貴方を長女として見ているから、そんなことは絶対に思わないけれど。でも私の目は誤魔化されないわ。魔力もプラーナも、ベルエスカ家として異質なものを持ってる。」
「お、大袈裟すぎなんじゃない?貴方は、勉強で疲れているのよ。」
「日曜日にそこまで勉強なんてしていないわ。」
「エミリー。いくら妹だからって、その言動は失礼なんじゃないかしら。」
「・・・・それもそうね。」
そう言って、彼女はドアのところまで歩いていく。
「七時の夕食には、お姉ちゃんの好きな食べ物が出てくるから。その時は適度に笑い話を用意してあげるわ。」
そう言ったエミリーは部屋から出ていく。
まさか、妹にああいう事を言われるとは思っていなかったけれど。
「エミリー、わたしがそんなに違和感あるのかな。」
もし、前世の記憶の無いロナであればどんな性格をしていたんだろうか。
「でも、お母様はそんなことは言わないし。」
エミリーは魔力やプラーナに対する感受性が敏感だから、恐らくちょっとした私の行動から何らかの違和感を感じていたのだろう。
明日の月曜日、学園へ登校しなければならない。
魔法以外に難しい勉強をするその学園では、私はある程度頑張ることはできた。
といっても、他の生徒と比べて物分かりがいいというのが正直なところだろう。
プラーナによる肉体強化ができれば食っていけると信じ込んでいる人もかなりいるが、現実的には厳しいらしい。
プラーナは魔法と違い、人間に存在する魂から体へ送られる力のことらしい。
プラーナの発動によりその人間は飛躍的に力をつけたり、あるいは超能力的な力を発するらしい。
魔法は、この世界に存在する精霊と契約することで得られる力だ。五大元素の精霊からいずれか一つ選ばなければならないが、例外的に光や闇なども存在する。
しかし、それらは別の力であり精霊には存在しない。
「今日も疲れたわね。全く、なんで貴族の私がジョストの試合までしなくちゃいけないのよ。」
セシリア・トワイライトと一緒に私は昼食をとっていた。他にチェルシー・アゼル、レイア・ワトソンも同居している。
「仕方ありませんわね。貴族といして、ある程度小隊レベルの軍隊を指揮できるようにすることは必須科目ですから。」
そうチェルシーは言うが、彼女自身もまたあまりジョストには慣れていなかった。
馬上槍試合、騎士の格好をして大きなランスを持ち互いにぶつかり合う競技。
それを体育の授業として実行しているが、やっていることはどちらかというと軍隊教育とかそういうものだった。
「そういうの、入学する前から聞かされていなかったの?」
レイアは適当に自前のクッキーを食べている。
セシリアは何処か納得できていない様子だった。
「魔法加護やプラーナによる肉体強化もあるから、別にそう危険はなかったと思うけど。」
「はぁ・・。土属性の魔法しか取り得ないのに。騎士の真似事なんて、今時時代遅れよ。」
「そうなの?」
私にとっては、魔法があればなんとかなると思っていたが。
「大砲やドラゴンによる牽制もあるから、騎士が全てにおいて無敵じゃ無いの。セシリアのいう通り、ジョストによる突撃は余程実力がないと危険だもの。」
そうレイアは言っていたが、私からするとあまり現実感がなかった。
「この学園は騎士の養育も兼ねているから、卒業する頃には私たちは軍隊の一部を指揮できる権利を与えられるけれど。ロナはそういうのは興味ないのかしら。」
「え、えぇ。よく分からない、かな。」
レイアが言った、軍隊の指揮自体がそもそも自分にできるとは思えなかった。
その意味では、セシリアと同じ気分ではある。
「貴方もトワイライト家として、もう少し威厳を持ったら?」
「学校ではいいのよ。難しい話は嫌いだわ。」
「じゃぁ、これから先どういう方とお付き合いできるか。そういう話をしましょうか。」
「何言ってるの?」
レイアの言った話を、チェルシーは理解できていなかった。
「つまり、学園の中で彼氏を持つことができるかどうかです。校内恋愛ですね。」
「えぇと。それは流石に無理なんじゃない?」
チェルシーのいう通り、私たちは自分たちの立場がある以上恋愛も自由はない。
男女共学とはいえ、そこに自由がないことは彼女も承知のはずだが。