5.容疑者
「3秒間。」
私達は私の部屋で椅子に座って話し合っている。話し合っていると言っても、殺害にかかった時間が2秒間であることが分かってから会話は一向に進んでいない。
「停電の時間以外では誰も被害者の部屋に入ることは出来なかった。どんなに3秒間が現実的じゃないとしても部屋の外から一さんを殺したと聞くよりは現実味がある。」
「じゃあ時谷君はあくまでも3秒のうちに殺人が行われたと主張するんだね?」
「ええ。しかし、3秒というのは隣の部屋の場合です。もっと遠い部屋だったら部屋に入る時間自体ないのかもしれません。そうなると部屋の外から彼を殺害した方法を考えなければ。」
そうはいうものの彼にも奈落さんにも、その方法は思いついてない様だ。勿論私にも。
「何かまだ何か知らなければならないことがあるのかもしれない。」
時谷さんはそう呟くとメモを取り出し今までの情報を書き込んだ。
「取り敢えず何か知ってる人を探してみますか。」
私達は始めに被害者の隣の部屋すなわち3秒間で殺害できる能力さえあれば犯行が可能な橋本さんの部屋を訪れた。ノックしても返事がないので、奈落さんがドアノブを掴みドアを開けようとするが鍵がかかっていた。もう一回ノックしようとしたときドアが開いて中から橋本さんが出てきた。
「どうなされたんですか?3人で。」
「いえ、昨日の夜何か物音を聞かなかったか聞きたくて。」
時谷さんが適当な理由を立てる。
「いえ、昨日はお酒も入っていたせいかぐっすりと寝ていたので、私は何も。」
「なる程じゃあ、昨日は11時30分頃部屋に戻ってからは寝てしまった、ということですか。」
「ええ、しかしそれを証明することはできませんよ。他の皆さんも同じだとは思いますが。」
橋本さんは自分の眼鏡の位置を直しながら言う。
「いえ、あなた方が部屋から出ていないことは廊下の防犯カメラによってほとんど証明されています。」
「防犯カメラですか。盲点でしたな。しかしこれは嬉しいことですな。」
その後も時谷さんが質問して橋本さんが答えるのが続いたが新しい情報はなく3人で部屋を出た。ドアを閉めた奈落さんがドアノブから手を離して自分の指を見つめる。
「どうしたんですか?」
「いや、少しチクッとしてね。静電気かな。」
こんな夏場に静電気なんてないだろう。と思いながらも別に興味もないのでスルーする。橋本さん以外にも話を聞いて行ったが大した情報は得られなかった。
「後話を聞いていないのは刈田夫婦だけですね。彼女達は昨日停電の時廊下にいましたから何か知ってるかもしれません。」
私の言葉に時谷さんはしっかりと頷いた。刈田夫婦は里美さんの部屋で2人になっており、当時の話を拓さんが話してくれた。
「ああ、確かに音がしたよ。ドアが開く音が2回。でも停電の途中で暗くて怖かったからスカイデッキの階段に出ちゃったんでその後は何も聞いてないよ。」
私達はつい顔を見合わせた。刈田夫婦が廊下に出た直後に停電が始まりそして2回ドアが開く音。それはつまり停電の始まった直後に誰かが自分の部屋から他の人の部屋に移動し、おそらく刈田夫婦が階段に出た後に自分の部屋に戻ったんだろう。そしてその「自分の部屋」というのはすなわち「犯人の部屋」で、「他の人の部屋」というのはすなわち一さんの6号室なのだろう。時谷さんの言っている説は正しいのかもしれない。私達は刈田夫婦に感謝を述べ部屋を出てそのまま時谷さんの部屋に入った。
「今までの聞き込みで、刈田夫婦や時谷君、七瀬さん、美雨さん以外で部屋から外に出たと言った人はいなかった。そして刈田夫婦が廊下に出た時時谷君、七瀬さん、美雨さんはスカイデッキにいた。つまり、刈田夫婦が聴いた音は停電中に犯人が動いた証拠だな。」
「ええ、3秒間であれ、部屋の外からの殺害であれ犯人はあの停電の中で超人的な犯行を行った。」
有力な手掛かりを掴んだ気でいた私達だったが、結局当初から謎は何も変わっていなかった。しばらくすると時谷さんのポケットの携帯が鳴った。
「はいもしもし。あー、ありがとうございます。それで、、。そうでしたか。ありがとうございました。」
彼は表情を全く変えずに携帯を閉じ私達に電話の内容を説明する。
「この僕らがいる棟の全体の電気が設置から2時間ほどで切れる様に蝋燭で仕掛けが作られていたそうだ。」
貝原さんからの報告だった。しかしこの情報も、犯人が故意に停電を引き起こしたことを証明しただけで我々の推理を何ら進めるものでは無かった。また再び沈黙が訪れる。次に聞こえたのは私の携帯のメールだった。送り主は美雨ちゃんで、内容は夕飯をみんなで食べに行かないかというものだった。私達は今日一日中何も食べていないことに気づき、部屋を出てエレベーター前のベンチに座り他のみんなを待つことにした。エレベーター前では相変わらずモアイが首を振っている。今まではただ趣味の悪い置物だったが、今では不気味な置物になっている。
「そういえば、一君の死体を見つけて君たち2人が部屋に戻った後、もう一度僕は6号室を見に行ったんだけどバスルームの電気がつきっぱなしだったんだ。君たちが始めに部屋に入った時つけたのか?」
奈落さんからの質問へは私が返す。
「いえ、つけてないと思います。元からついていたっぽいですね。」
「まあ、事件に関係するかは分からないけど一つ情報として共有しとくよ。」
そう言って奈落さんは集合していた他の人達と話に行った。
「七瀬君、奈落さんについてどう思う?」
2人になると小声で時谷さんが聞いてきた。
「どうって。私達よりも先に防犯カメラを確認したりしてて、頭が切れるんだなって感じです。」
私が奈落さんへの感想を率直に述べると彼はさらに声を小さくして言う。
「あの停電の時、スカイデッキに居た僕と七瀬君、美雨さん以外は全員容疑者に入り得る。一応気を付けておいた方がいい。」
現状、隣の部屋の橋本さんでさえも殺害に使える時間は2秒間。それ以外の部屋の人だと部屋にすら入れない人もいる。つまり誰にも犯行が不可能な状況だ。しかしそれは裏返せば超人的な能力、方法を使えれば誰でも犯人になり得るということだろう。
夕飯に集まったのは高山雪さん、高山沙織さん、美雨ちゃん、以外の面々だった。食事中は何気もない会話を続け何事もなく食事を終えた。部屋に戻り携帯でSNSをぼんやりと眺めていると10時30分ごろになっていたので眠ることにしたがなかなか眠れないため昨晩同様スカイデッキに出た。星空は昨日と何も変わらず美しかったがスカイデッキには私以外誰もいなかった。ぼんやりとこれからのことを考えていると後ろから足音がしたので振り返る。
奈落さんだった。
私はふと、別れ際に時谷さんが言った言葉を思い出した。