4.3秒間の殺人
是非感想下さい!
思わず目を背けた。前頭部を何かの角、おそらくすぐ隣にあるベッドの横の照明台の角に打ち付けられたように傷がつき、そこから出た血は顔中を這っている。小説やドラマで残酷な描写は見たことがあるし全く持って好きでは無いが、苦手でもない。それでもやはりキツいものがあった。当たり前だ人が亡くなっているんだ。時谷さんが橋本さんと隆一さんにエレベーター前にいるみんなに事態を伝えるように頼むと2人は何も言わずに指示に従って行った。時谷さんはまるで壊れた人形の様に一さんの遺体を観察している。彼は一さんの無気力にうなだれている腕を手に取って、一点を見つめた。腕時計だった。
「12時46分23秒で止まっている。腕時計の近くに角が食い込んだ傷があるところからして、角に打ち付けられている時に腕で顔を庇おうとして時計が角にぶつかり停止。」
その言葉は死亡推定時刻と共に私にとってもっと残酷な情報を帯びていた。
「庇った跡があると言うことは、一さんは12時46分23秒に何者かによって殺害された、、、。」
その後私達は部屋を出て、他の人と合流した。一さんの遺体はクルーによって安置室に移動させられ、今回の死は他の客のパニックを呼ばないように16階の人々だけの秘密事項となった。警察を呼ぼうとしたが、本土は現在台風に見舞われており、ヘリを飛ばすこともできない状況であるため、現場を荒らさない様にと電話で指示を出された。私達は朝食を食べる気分にもなれずそれぞれの部屋に戻ることとなった。部屋に戻るが頭から先ほどのシーンが離れない。我慢できなくなった私は隣の時谷さんの部屋をノックした。少し待っていると中から顔色の悪い時谷さんが出てくる。
「すみません。1人だと少し怖くて。」
私が言うと彼は快く部屋に入れてくれる。私は椅子に座り彼はベッドに座る。海をぼんやりと眺めるが会話はない。沈黙に耐えかねて何か話題を提供しようとした時彼が口を動かした。
「奈落さんが言っていた事を覚えているか?」
私の返事を待たずに話し続ける。
「ミステリー好きなら誰でも謎を求めている。って奴。俺もたまに自分が探偵だったらって考えたりしてワクワクすることがある。でも、実際のところは何も考えられない。この部屋に戻ってきてから頭痛がひどい。吐き気もする。僕たちはよくあのトリックはありえないとか、現実的じゃないとか話しているが一番あり得ないのは探偵の存在なのかもしれないな。」
意外だった。というよりかは初めてだった。ここまで取り乱している時谷さんは。彼はまだ続けた。
「今は彼の死と、この15人、いや今は14人の中に殺人犯がいることがあまりに受け入れ難くて実感が掴めなくてただただぼんやりとした恐怖に襲われている。」
「私もです。この恐怖と一緒にこの船旅を過ごすと思うと。」
私達は黙り込んだ。その内、私は椅子の上で眠ってしまっていた。また夢を見た。今度は良い夢だ。自分の思った通りに物事が進む。欲しいと思った物が手に入り会いたい人がふと現れる。
目が覚めると時刻は13時だった。遺体を見つけてから色々処理があったため、この部屋に来たのが10時程だったので3時間も寝ていたことになる。時谷さんは寝る前と同じ様にベッドの上で俯いて固まっていた。
「ごめんなさい私寝ちゃってた、、、」
「なあ、七瀬君。僕たちが探偵にならないか?」
私の謝罪を遮り聞こえてきたのは彼のしっかりとした声だった。
「小説に出てくる探偵みたいに単純に謎を解き明かしたいからとか、犯人を見つけ出し償わせるためとかじゃない。ただただこの恐怖から抜け出すためだ。不安から抜けたいからだ。どんなにかっこ悪い理由でも僕らにその権利があることは否定できない。でも、僕1人じゃ多分無理だ。途中でまた怖くなってやめるだろう。今ここで信頼できるのは君しかいない。勿論自分勝手な提案だ断ってくれても構わない。」
早口で捲し立てる彼に圧倒されていた。私には彼は立派な小説の中にいる探偵の様に思えた。この3時間自分と向き合い、自ら恐怖を無くす道を選ぶ決断をした。私が小説を書くとしたら彼を主人公にするだろう。
「分かりました。私にできることは少ないと思いますが。」
私達はミステリー同好会だ。肩書きとしては十分すぎる。
「よしそれなら、今から極力平常運転を心がけよう。冷静に小さなことでもなんでも発見したことはちゃんと言う。頼んだぞ七瀬君。」
私達は視線を交わした後、廊下へ出た。
「でも、探偵になるって言っても何をするんですか?」
私の問いは前を歩く時谷さんではなく後ろから帰ってきた。
「防犯カメラだろ?」
奈落さんだった。
「ええ、そうです。防犯カメラを見せてもらいます。」
「残念だけどそれは無意味だよ。」
どうやら奈落さんはすでに映像を見せてもらっている様だった。
「どうして無意味なのですか?設置してあるカメラはしっかりと一さんの部屋の前も画角に入れてますよね?だったら、昨晩の映像を見れば出入りした人が分かるのでは?」
「それがさ、映ってないんだよ。停電って奴で。まあ、見た方が早いだろ。どうせ、君たち子供2人で行っても相手にされない。俺がもう一度見せてもらえる様頼んでやるからついてきな。」
私達は言われた通りに彼の後ろについていく。エレベーターで2階まで降り狭い廊下を歩いて行くとスタッフオンリーと書かれた紙の貼られた扉が出てきた。彼が扉をノックすると中から50代ほどの太り気味の男性が出てきた。
「また、お前かい。カメラの映像はさっき見せたじゃろうがい。」
どうやら相当癖の強い人らしい。確かに私たちだけで来ても見せてくれなかっただろう。
「いやいや、そんなこと言わずに後一回だけ見せて下さいよ。この子達はあの高山家のお客さんですよ。僕が怒っても何もできないですけど、あの高山家が自分のお客さんをいい加減に扱われたって怒ったらもうこの船終わっちゃいますよ?」
なる程、この男がいなければというよりも高山家の財力を盾にとっているのか。惜しみもなく大人の手を使う彼に少し感服してしまった。
「わかったからさっさと見てけ。さっき教えた方法で見れるから。」
「ありがとさん。貝原さん。」
あとで奈落さんに聞いた話だとこの貝原さんはこの船の客同士のトラブルなどを担当している部署の長らしくVIPフロアのセキュリティもこの部署が担当しているらしい。奈落さんは部屋に入って右側の壁にあるコンピューターの前に座り慣れた手つきでいじり出した。
「昨日の夜、隆一さん達が飲みに行って帰ってきた11時30分くらいから流そうか。」
ここからの映像の内容は私が説明しよう。と、その前にここからの話は16階の部屋割りを説明しなければ不都合だ。以前も話したようにこの階は、ロの字になっており全部で15部屋ある。エレベーターから見て左側から1号室が高山沙織さん、2号室が高山隆一さん、3号室が米原美紀さん、4号室が米原海人さん、5号室が橋本総司さん、6号室が被害者の高山一さん、角を曲がって7号室が高山冬也さん、8号室が高山雪さん、9号室が奈落聡さん、さらに角を曲がり10号室が高山正雄さん、11号室が高山美雨、12号室が私で、13号室が時谷さん、14号室が刈田拓さん、15号室が刈田里美さんとなっている。11時36分に一さんがエレベーターの方から帰ってきてそれに続けて橋本さん、海人さん、隆一さんが帰ってきた。しかしここで問題が起こる。カメラのつける位置が低すぎて一番カメラ寄りにある6号室の一さんが扉を開けるとその扉によって廊下一面が見えなくなるのだ。貝原さん曰く、あのカメラは業者に頼んだわけではなく彼が適当につけた物らしい。しかし、一さんが初めに帰ってきて他の3人よりドアを閉めたおかげでカメラの視界が晴れたあとに橋本さん、海人さん、隆一さんの部屋のドアが閉まるのが見えたのでその3人も各自の部屋に入っていったのことが証明された。その後は何も起こらず誰も部屋を出入りしなかった。映像右下の時間が12時46分12秒を示した時急に映像が途切れた。これは昨晩私達も経験した停電によるものでその後12時46分34秒には映像が復帰していた。その後は朝に皆が集合するまで誰も部屋から出入りはしていなかった。
「ほらな言ったろ、この防犯カメラからは何も分からない。」
奈落さんはそういうと貝原さんに礼を言って部屋を出ようとした。私もそれについて部屋から出ようとしたが、時谷さんは出口には向かわず貝原さんの方へ歩いて行って言った。
「すみません。大変な迷惑なのは分かっているんですけど、この船の電気関連を司っている部屋に行って、昨日のあの時間に停電が起きる様に仕組みがあったりしないか探してきてもらえないですか?僕らだと流石に入れないと思うんで。」
「おいおい、勘弁してくれ。俺は刑事じゃなければ探偵の弟子でもねぇんだ。」
渋い顔をする貝原さんを他所に時谷さんはメモ帳の1ページを破り何かを書いて渡す。
「僕の携帯番号です。何かあったら連絡ください。」
貝原さんはただただ渡された紙を受け取りため息をついていた。部屋を出た私達3人は狭い廊下を時谷さんが真ん中になる様に横一列を少し崩した形で歩いた。
「あの停電は故意に起きたものだと思ってるみたいだね。」
面白そうに奈落が時谷さんに説明を促す。
「ええ、客室の窓ははめ殺し。勿論割られてもいなかった。そして、一さんが部屋に入った後に一緒に飲みに行っていた橋本さん、海人さん、隆一さんはそれぞれ自分の部屋に入っておりそこから映像に映っている限りでは誰も部屋から出入りをしていない。だとしたらあの停電の最中に誰かが部屋を出入りしたとしか考えられない。」
「あの、停電はたかが20秒程度だぞそんな短い間に人を殺せるのか?」
「正確には22秒間ですが、それを今から検証します。」
私達は1番可能性がありそうな犯人が隣の部屋の場合を検証することにした。13号室の時谷さんの部屋が被害者の6号室、12号室の私の部屋が犯人の部屋だと仮定して行う。被害者役は奈落さん、犯人役は時谷さん、タイムキーパーが私となった。
「取り敢えず、殺害自体に使えた時間を調べます。僕が自分の部屋のドアの近くでスタンバイ。七瀬君の合図が出たらダッシュで廊下に出て七瀬君の部屋に入り部屋の右奥にいる奈落さんのところまで行って燕返しで部屋まで戻りその時間を計りましょう。」
その後それぞれが配置につき、時谷さんが私に頷いてきた。
「じゃあ行きます。用意、どん。」
私の合図で、彼は予想以上のスピードで部屋を飛び出した。探しネコ、イヌの捕獲で培われた素早さだろうかと考えているうちに時谷さんは部屋に戻ってきた。
「タイムは?」
険しい顔で息を切らしている時谷さんの後ろから奈落さんが入ってきて尋ねる。
「19秒です。」
「停電の時間は22秒だったわけだから、殺害にかけられた時間は3秒。3秒で1人の男を照明台の角に何回か殴りつけのは現実的じゃないね。それにあの部屋は荒らされていた、それも含めて3秒だとすると、、、。」
「不可能犯罪。」
そう呟く時谷さんの顔はより険しくなっていた。