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魔法の扉  作者: 久里山不識
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魔法の扉 7

17

松尾優紀は満月を見ながら、ふと思った。

自分が今まで小さな自己に従って生きていたのだと思った。中学の時したいたずらや高校に入ってからやってきた色々のことがすべて愚かな間違った行為として頭の中に浮かびあがり何か恥ずかしい気がして血が頭にのぼるのを感じた。


特にハンカチを拾ってくれた子がいじめられ自殺した事件の事が頭に浮かんだ時は一種の自己嫌悪的な感情が全身に流れた。自分の力なら助けることが出来たのに、何で助けようとしなかったのだろう。それを思うと、悔恨による心の痛みがあふれるのだった。

しかし 小さな自己を捨てて大きな自己に生きると いっ ても、なんとなくわかったようなわからな いような釈然としない気分がのこっていた。

自分には野心がある。そういう野心をつぶすことが出来るだろうか。出来たとしても、咄嗟の場合に動けるだろうか。普段はどうすれば良いのだろうか。

今、工場に勤め、趣味としてビデ オ映像制作をおこなって いる。

しかし、自分の時間が少ないから、書く量も少なくなる。

といって、今すぐに生活を変えることは不可能に思えた。第一、どういう風に変えたら良いのかわからないから当然のことだった。人間が生きていくかぎりこれ以外の生き方があるように思えなかった。つまり大きな自己に生きるといっても、毎日のサラリーマン生活をやめることは色々な意味で優紀にはできないような気がするのだった。

今、特殊な才能があらわれれば自由業としてやっていく ことができるかもしれない。 しかし自由業になることが大きな自己に生きることを意味しているとはとうてい思えなかった。まして特殊な才能がまだ開花していない松尾優紀の現状のような段階では今の生活を続ける以外なかろうと思うのだった。 ジョンソン さんの言うのは精神的変革という意味での新生を言っているのだろう。でも、まだ小さな自己の殼をやぶれないと考えている優紀には人生の謎は深まる一 方だった。



ジョンソンさんの話のあとは、若い人達はお茶を飲みながら、自由に意見を交換しあった。優紀も短かい感想を述べた。自分の心の中にある野心がいつも自分を小さな自己に閉じ込めてしまうので困るというような事を言った。

そうである。優紀には野心というものがこの時、 はっきり自覚されたものとして 浮かんでいたのだ。

つまり出来れば、アリサと協力して映像のNPO法人をつくろう、そしてそこから世界を危うくしている様々なものを映像化しようという野心であった。

熊野敏夫を思い浮かべた。あの小柄ではあるが俊敏な熊野はいったい野心など持ちあわせずに大きな自己に生きている男なのであろうかと思った。

優紀は熊野のように大きな自己に生きられる人がうらやましいと思った。優紀は自分の心に野心や欲望から来る非道徳的感情がたえず往来するのをひどく恥じていた。自分こそジョ ンソンさんの言う一番小さな自己に生きている人間ではないかと思って自己嫌悪に落ち入ったりした。


座禅研究会のあと久しぶりに松尾優紀はアリサと話をした。

しばらくすると、他の人達は遠慮したのか、先に帰って行った。

二人は部屋に取り残されて、椅子に座り話した。

彼女は美しかった。このように美しい感じを人に与える彼女は自分のように卑小な感情とは無縁なのであろうと彼は考えた。

おそらくアリサは大きな自己に生きているのであろうと彼は勝手に決めてしまった。「ジョンソン氏の話は大変面白くためになったけど、僕には厳し過ぎたな」

優紀はアリサの目を見つめてそう言った。

「あら、どうして?」

「どうしてって僕はあまりに卑小な世界に生きているから、とても大きな自己なんかに縁がなさそうなんです よ。

アリサさんみたいに大きな自己に生きている方にはわからない悩みがあるんです。」

松尾優紀はいたずらつぽく笑った。

「あら、それ皮肉なの? あたしだって小さな 自己に生きているわよ。毎日、 つまらない感情にながさ れて いくこと が多いので、いやになることがあるわ。で もその時は座禅をするの。般若心経を読む時もあるわ。あたしは小学生の時、ミッション系の学校に通っていた習慣で新約聖書を読むこともあるわ。そのあと、静かに

祈るの。そうすると自然に、気持ちが静かになるのよ。あなたも座禅をして、祈ることね。 一人一人の人間は弱いものよ。」

「聖書ですか。と ころでキリストは本当に全能の神の使者なんですか?」

「そうよ。キリスト者は そう信じているわ」

「僕には理解できないな。キリストだけが全能の神の使者だなんてどうしても信じられないな。だから聖書を読む気になれないんですよ。」

「それでは、あなたは何でクリスマスを祝うのですか。その中身が何であるか、よく分からないでイベントだけで、ケーキを食べる。ケーキを食べるためのクリスマスなのですか。子供なら、それもいいでしょう。今、日本には、中身が何であるのか分からないで騒ぐ人が増えていると思います。」

「その忠告は分かりました。でも、今日来たのはあなたにお会いしたくて。久しぶりにあなたの美しい顔を見たくてしかたなかったのですよ」

優紀はちょっと頬をそめて笑った。

「まあ、そんな風なお世辞を言うようになったの」

アリサはちょっとまじめな顔つきになって何か考えごとでもして いるようだった。

「お世辞ですって?と んでもない。僕がまじめに真剣に言っていることくらいあなたにもおわかりいただけると思います。

僕はもう十九才なんです。一 人の男として僕はあなたに恋していることを誇りに思っています。あなたのことを思い浮かべると、僕は寂しい時にも力が涌いてくるのです。 ことに今度のような工場は学校とちが って相手がオートメ化された機械ですから孤独感におそわれることが多いんですよ。もちろん、楽しい仲間はいますけどあなたのような心の力になってくれる人はいませんね。 これは僕のやむにやまれぬ感情なのです。

確かに、普段の僕は小さな自己の世界の中で生きていることが多いかもしれません。色々な野心や愚かな感情に翻弄されて生きております。

でも僕 のあなたに対する 恋は小さいとか 大きい とかいう枠を離れたものです。 これだけは純粋です。

あなたのこと を思うのは純粋な愛情以外のなにものでもありません。他人がこのことを小さな自己にと どまって いると説教するならば僕はこの恋の世界こ そ、僕の神聖な青春なのだと言いたいです 。

そんな風に説教するやつ はこの神聖な美しさに嫉妬してそんな風にほざくの だろと言ってやりますよ。」


二人は再び、庭に出た。

松尾優紀はしゃべりながら感情の高ぶるのを感じ てい た。 彼は彼女を抱きしめたい衝動すら感じていた。寺院の中庭はす っかり新緑の季節になっていて

鳥がないており満月がかかっている。微風にゆれている中庭の花や草が月の明かりに照らされて見える。 最高にロマンティックな場面で恋にふさわしい雰囲気を持っていると優紀は思った。しかしアリサの言葉は冷静だった。

「あなたはさきほどジョンソンさんがおっしゃったことを覚えておりますね。キリストがおっしゃっていました。

地上に平和をもたらすためにわたしが来たと思うな。平和ではなくつるぎを投げ込むために来たのである。

私は真如の世界を信じる者です。恋などという甘い心の悦楽にふけるわけにはまいりません。

あなたが私に抱いている感情は単なる好意という風に解釈してありがたくうけたまわっておきます。 ですが、 あなたに忠告しておきたいのはジョンソンさんの言う大きな自己に生きてほしいのです。私は、小さな自己にばかり生きる人間はきらいです。人間は弱いものですから迷うこともありますし、小さな自己に翻弄されて無為に時を過ごしていることもありましよう。 しかしやがては目をさまし大きな自己に生きるべきです。 あなたはビデオ映像の制作に夢中だったですね。 もうやめたのですか。何のための映像ですか。何のためのシナリオですか よく考えてください 観客に何か美しいものを見せて感動させてあげるためでしよう。美しいもの、人を感動させるものは決して小さな自己の中からは生まれてはきませんわ。あたしだってこんな風にあなたにえらそうにお説教できる柄ではありませんのよ。

あたしはあなたに言うと同時にあたし自身にも言っているのです。 お願いです。

小さな自己を捨て大きな自己に生きて下さい。世の中には戦うべきたくさんのことがあるではありませんか。

平和もそうです。核戦争がおき人類が破滅ということもありうるのが現代です。軍縮をしなければ人類は生き残れないかもしれません。 今もなお

世界中のあちこちで戦争の火種はつきません。 このことだけでも私達が何をやらなくてはならないかはっきりわかるは ずです。

その他、人間をおびやか すものは山ほどあります。気象温暖化。絶滅危惧種の問題。 これらを取りのぞくために戦うのが 人間の使命でしよう。あなたは映像という文化の面から、その使命に挑戦する意欲を持っておられるのでしょう」

アリサは自分の言葉に酔っている かのようにいつになく激しい口調でそう言った。

「アリサさん、それは大変なことを僕に要求するこ とになりますよ。僕に現代の ドンキホーテになれとでも言うのですか。僕一人で何の力もない僕がこの世界で何をすることが できるというのですか。平和のために戦うといったって何をすれば良いのです。 せい ぜい核兵器反対のための署名が職場にまわってきた時、 それにサインする程度のこ と でしよう。僕は一日生きるだけでせいいつぱいなんですよ。」


松尾優紀は アリサがいつもとちがった調子なのでどんな風に対応すべきか戸惑っていた。 いつになく冷たいという風に彼は感じていた 。恋をあからさまに告白したからだろうかなどと彼は考えてみたりした。 しかしそれに近い感情や行為は以前にもあるのだから、 この日の恋の告白が原因とも思われなかった。

「あたしも応援しますわ。あたしはあなたはゆたかな才能が

開花される方だと思っております。あなたがビデオや詩をおつくりになるのもシナリオをお書きになるのもあるいは将来小説を書くとしてもそうしたことは必ずあなたの才能が熟するチャンスだと思っております。もちろん、あなたはまだ十九才。若すぎますわ。色々な経験をなさって自分をみがいてくださることが大切です。でもとにかく、あなたがいずれ小さな自己を捨て大きな自己に生き色々な芸術作品を通して人間の文化に貢献してくださると思っております。松尾さん。あなたにはすぐれた才能がありますわ 。ただ人間は才能だけではだめです。自分を厳しく研き社会に自分をぶつけてみることですわ。あなたは工場に勤めておられるのでしょう。ともかくも今はそこであなたの才能をどういかすべきか考えるべきだと思いますわ。頑張って下さいね」           

松尾優紀とアリサはこの会話のあと急に黙りがちになり、その沈黙に耐えかねたように意味のな い短かい話をするだけで、そのあと二人は満月に照らされて寺院の門の前で別れたのだ った。


優紀は泣きたいような衝動が全身を伝わっていた。アリサは自分に何をしろと要求したのだろうという思いとこの恋は壊れたのだろうかという思いで、彼の心は揺れた。彼は放心状態になり、まるで酔っぱらったように、土曜の夜の道を帰ったのだ。


その翌日の日曜日には二階の彼の部屋に閉じこもり、ステレオでモーツアルトやバッハ を聞きながら彼女の言葉やジョンソンさんの言ったこと を何度もくりかえし頭の中で考えた。そうして彼はいっしか重苦しい感情からのがれ、やがて自分を物語  の主人公のように考えて、空想の翼を自由にひろげていくのだった。

彼は妄想にふけった。

以前から、将来の物語の布石として、そうした妄想をノートに書き留める習慣があった。例えば、若い人が結婚した時に最初に考えるのは、新生活を始める住宅が欲しいということだろう。しかし、大都会では、借りるにしても、買うにしても高い。

この高い住居費のために、働いても家賃やローン代を払うのに、一生かかるような重荷がかかる。住居をもっと安く手に入れるようにするか、同じことだが、援助を与えることこそ、社会にゆったりした雰囲気を与える。これは政治の問題だが、彼の妄想的物語の中では、これを一挙に解決してしまう。

彼は常に陰うつな気分から脱する時はこうした助けを借り るのだった。


松尾優紀は、空想の中で核兵器の問題も、気象温暖化の問題も、絶滅危惧種の問題も自分の物語をつくり、解決していくのだった。

こんな風に夢想して、アリサから厳しく言われたことによる ストレスを回避しようと試みたのだ。ジョンソンさんの言うように小さな自己を捨て、大きな自己に生きることになるかもしれないと彼は思った。

アリサに対する恋心は、小さな自己 にとどまることになるのであろうか? どちらにしても彼の恋の告白は、相手のアリサに受け入れられず、もっと大きな自己に生きて欲しいと言われてしまったのだ。

松尾は、ジョンソンさんよりアリサにそう言われたことで大きな自己に生きることに興味を持つようになっていた。あれは恋の挫折だったのだろうか、そうではないのではないか。彼の将来への希望を応援すると言ってくれたではないか。これは素晴らしいことではないか。自分は高校を退学して、新しい人生の出発を始めたその映像の夢を応援するというのだ。これは恋の成就ではないか。

彼は、昨夜のアリサの言葉を思い出すと心がいたんだ。彼は、そのことを忘れるためにも大きな自己について考えてみるのだった。彼は、今まで考えてもみなかった大きな課題をあれこれと考えていたことによる疲労とモーツアルトの快い音楽の流れについ、うとうととした。


彼は夢を見た。大きな森の中の静かで美しい湖水に彼はたたずんでいた。彼はなんということもなしに足もとにある石ころを拾い青色の湖水にそれを投げた。

すると不思議なことがおきた。石ころが湖水に落ち、軽い水の音が聞こえ、波紋がひろがる、その中心点から人形のようなものが霧のように立ち昇ってきたのだ。よく見ると美しい女のようでもあった。しかし、それは数秒のうちに消えてしまった。彼は、自分の目の錯角なのかと思ったが、何かひどく美しいものが心の中に焼きついたような気がして、もう一度確かめようと思い再び石ころを拾い、湖水に投げた。

すると同じ現象が再び起きた。


彼は次々に石ころを投げることに興味をおぼえ腕が疲れるまでやるのだった。

水音と共に次々に現われる人形のような幻は、不思議に人をひきつける宝石のような目を持っていた。彼は、腕が疲れるとしばらく休み、 又始めるという風に、 はてしない遊びの中で疲労困憊していると、突然、湖の底から声が聞こえてきた。

「こら、松尾優紀、お前が腕をひどく疲らしてまで見たがっているその心が小さな自己なのだ。大きな自己と いうのは、お前が石ころを投げる前の湖水の静けさだ。わかるか。 この意味を考えてみなさい 」

彼は目をさました。彼は、夢の内容をはっきり覚えていた。彼は、不思議な気がした。夢が、象徴的に彼の直面している問題を解決してくれたのだと思った。

だが、具体的にその夢が何を語ろうとしているのか、 しばらくの間、思案しなければならなかった。人形のような幻は、人間の世界の象徴であり、湖は個人を離れた大きな世界を意味するのであろうと彼は、夢を解釈した。

欲望に翻弄されず、欲望を離れた所に大きな自己がひらけていくのであろうということは、彼にわかっていたが、 それを行動に移すのは、 ひどく難しいことに思われるのだった。映像も欲望でやるのではない、多くの人の生き方を励まして、人類の未来に希望を与えるために、やるのだ。


彼は、翌日出社したあと昼休み、 いつものコーヒー店で昼食をとった時、熊野敏夫にこの夢の話をしてみた。

「松尾君、 それは良い夢を見たよ。僕も君の解釈が正しいと思う。僕が思うには大きな自己に生きるためには、何か大切なことのために行動することだよ。いくらでもやることはあるぜ。職場の問題もそうだが、世界の平和についても我々は発言していか ねばならないのだ。核戦争が起きる可能性は 充分にある。核戦争がおきれば日本も廃墟とな る。 我々市民が立ちあがり核を廃止する市民運動を広範囲に広げ、世界にその影響力を行使しなければ、我々は結局 いずれ核兵器の犠牲者となるだろう。

確かに我々一人一人の力は無力だしガン細胞が増殖して、生命をおびやかすように核兵器は、軍縮への努力とは反対に軍拡をつづけ 、結局人類を破滅に導くことに なる可能性は充分あ る。それだけに、やはり市民運動は重要だと思う。 ガン細胞に有効な薬がないように市民運動も核兵器をなくす特効薬にはならな い かもしれない。

けれど、市民運動のやり方によっては、 かなり の効果を発揮することも充分あるだろうし、歴史を動かしてきたのは、民衆の力だと思うならば、その効果は一層期待されるわけさ。」

「核戦争は、本当におきると思いますか?」

「可能性は充分あるね。米国・ロシアとも大量の核兵器を持ち、さらに優秀な核兵器の 開発に血眼になっていることを思えば、我々市民の平 和への願望とは反対に、核戦争はおきる可能性があると考えた方が 自然だね」

「そうですか」

「ただ、希望もある。今、アメリカには若者の五十二パーセントが社会主義に共鳴しているという。中国では、数億のキリスト教徒がいるという。ロシアは核兵器は多いが、核よりは経済を向上させたいというのが本音だろう。将来、この三つの国が色々な面で接近したいという欲求を持つ奇跡が起きる可能性は十分あると思う。その時に、日本の役割は大きいと思う。ともかく、人類破滅につながる核戦争はどの国もやりたくないのだからね。」

「やりたくないのに、現状は核兵器の能力は向上し、軍拡はつづく。実に恐ろしい。」


二人は、しばらく忱黙した。松尾優紀は静かに目をつむり、頭上に原子爆弾が破壊する光景を思い浮かべた。恐ろしい熱と光と、大音響と共に火炎に包まれた地獄のような東京の町が目蓋に浮かび、そんな恐ろしい光景は実現してほしくないという無意識の力によって、しばらくの間、松尾の心を動揺させていた光景は、すぐに消え去っていったのだった。

「君の夢の話にもどるがね」

熊野は目を松尾の方に向けて言った。

「大きな自己に生きるというのは、こうした問題に深入りすることだと思うね。どうだい?

僕と組んで核兵器廃止運動を始めないか。君のビデオ映像制作も、そうしたことに活用すべきだと思うね。

詩や小説などの芸術もそうだ。花鳥風月や恋のテーマも芸術の重要なテーマかもしれないが、やはり

現代人にとって緊急を要する色々な問題に芸術が取り組むということも必要なのではあるまいかね。」

二人はだまりこんだ。

優紀は、熊野の話を聞くことにより、自分が何をなすべきか深い示唆を受けたような気がした。

これからつくるシナリオやビデオ映像制作に反戦のテーマを加えようと思ったのだ。

松尾優紀は広島 や長崎の原爆資料館を見たいと思うようになった。

「原爆資料館、見てみたいですね。」

熊野は急に目をキラキラ輝かせて言った。

「それは良い考えだ。すぐにでも行きたまえ。突然の休暇だから、僕が君の上司に説明して許可を得ておくよ」


松尾優紀はこの話をアリサにした。その時、アリサは初めて「永遠平和の猫の夢」のシナリオの話をしてくれた。猫が夢を見て、アンドロメダ銀河を旅する物語だ。

地球に似た惑星は沢山あり、その惑星には顔は色々の動物から進化したような新人類が地球とは違った環境の中で、生活している。その中には、ヒットラーに似たような独裁者が民衆を困らしている国もある。主人公の猫も猫族の人となって、ヴァイオリンの特異な吟遊詩人と魔法界から来た正義の剣士と一緒に、この国の独裁者をまともな人間に変えていく。そんな話をアリサから聞くと、優紀はアンネの日記を思い出し、夢の中にまでアンネが出てきて、その映像化を激励するのだった。

確かに、物語のように地球のドイツの歴史が進めば、アンネは助かったのだ。

彼はそう思うと勇気を得て、アリサと組んで、映画をつくることを決意した。アリサとの話がまとまると、その準備として、松尾優紀は広島に行くことにした。

広島に行く時に、見送りに来たのはアリサではなく、中島静子だった。

静子の話だと、アリサから連絡を受けたということだ。

アリサは優紀の心を見抜いていたのだ。神秘な魅力のある静子に揺れる所が優紀にあることを。彼女には詩を書く乙女に相応しい可憐で森から現われてきたような妖精の趣がある。

そのあと、山本杏衣が明るい笑顔でやって来た。

そして、ユーチューブの話をした。優紀は電車に乗る直前に、映像を発表できるユーチューブがアメリカから日本に上陸している話を初めて聞いたのだった。



            【完】



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