魔法の扉 3
10
十一月の半ば。田蜜と約束をしてから、二週間たった日曜日の午後、ブルーのカーディガンとデニムパンツに身を包んだ松尾優紀はアリサと例の野美公園で会った。アリサはベージュ色の気品のあるトレンチコートを着ていた。
青空には白い雲が動いている。桜の木が紅葉している。白っぽくなった地面に落ちている赤い枯葉が美しい。心地よい陽射しの当たるベンチを選び、二人は座って話をした。
「田蜜君にこの間、ここであんみつおごったんですよ」
「彼、満足したの」
「満足というより、喜んでいましたよ。なにしろ、あんみつには彼の亡くなったおばあちゃんの思い出が埋まっているのですからね。」
「そう」
「僕だって、おばあちゃんの思い出は懐かしい」
「最近は夢を見ないの」
「アンネ・祖母の夢は見ますよ。アンネの日記は夜、風呂から出て、寝るまでの間に時々読みますからね。既に全文読んでいるわけですから、ぱらぱらめくって開いた所から、数ページ読んで寝るんです。そのせいか、アンネ・祖母の顔が出てくることがありますよ。
この間なんか、ニヒリスト克服同盟をあんみつ同盟と名前を変更しろなんて言って来ましたね」
「ニヒリスト克服同盟は克服がついているからいいけど、ニヒリストという言葉が嫌いね。
あんみつ同盟というのは面白いけど、大山さんは賛成しないでしょう」
「大山さんの話によると、ニヒリストという言葉に既に、ニーチェは克服の意味を込めているのだが、誤解されるので、克服という言葉をそえたのだそうですよ」
公園の緑の梢がさらさらと優しい音をたてた。しじゅうからが鳴いた。続けてカラスが勢いよく鳴いて飛び立った。
「堀川さんは忙しいの」と優紀は聞いた。彼には気になる相手で、聞きたいことは山ほどあるようであるが、出で来る言葉はそんな単純な言葉だった。
「今、仕事でアメリカに行ってるわ」
「寂しいでしょう」
「そうね」アリサは微笑した。堀川と高山の関係が微妙な関係にあることを、優紀は感じたが深読みという誤解もありうるという反省の心も働いた。アリサはただ寺の座禅道場に自分を誘いたいだけなのを自分が勘違いしているだけなのかもしれないと。
「ところでね。松山中のことだけど、あなたと田蜜君の間でどんな会話がかわされたのか知らないけど、あれ以来授業がとてもやりやすくなったわ。田蜜君も彼の友達もみんな急におとなしくなってね。前のように授業妨害をしなくなったわ。あまり急に変わったので教師もきつねにつままれたように驚いているわ。」
「そうですか。そんなに変わりましたか。それじゃ田蜜のやつ、約束を守ってくれたんですね」
高山は美しく大きく澄んだ瞳を松尾優紀にむけた。松尾はその瞳をまぶしいものを見るように見つめた。
「ええ、ただ田蜜が彼の仲間達に授業妨害や教師への反抗をさせないようにするという約束ですよ」
「まあ、すばらしい約束ね。でもよくそんなことを田蜜君が承知したわね。どんな風に話をしたのかしら?」
「それは僕の会話の腕ですよ」
それで、あんみつの話をした。
「え、それ、あなた作ったの。大変だったでしょう。あれって、スーパーで売っているのよ。」
「スーパーで売っているんですか。でも、作るの大変だったけれど、おばあちゃんが後ろにいて教えているような気がして、不思議に苦にならなかったですよ。残りは両親に食べてもらったし、僕は家に帰ると、数日おやつに困らなかった。」
松尾はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめながら軽く笑った。
「あら、そう、本当にすごい腕ね。感心しちゃったわ」
松尾は微笑していた。アンネ・祖母の笑顔が目の前に浮かんだ。ニヒリスト克服同盟をあんみつ同盟に名前変更できれば面白いなと優紀は思って、これをアリサに言おうと思って、しばらく沈黙していた。
「でもね、松尾さん。あたし」
アリサはそこまで言って沈黙した。
カラスが何かの吠えるような大きな声をたてて、飛び立った。猫が二人の前を悠然と歩いていた。
「 せつかく松山中も静かに授業かできるようになって、良かったですね」
「ええ、でも以前は、子供ってただ可愛いと思っていたわ。でも、実際にあつかってみると、子供が純なものを失なってしまっているのね。大人の責任でしようけど。」
そこで、アリサはまた沈黙した。何かを言おうとしているのだが、ためらっているようにも思えた
「それからね、私は父から託された使命があるのよ。これは秘密よ。核兵器のない軍縮を目指す世界をつくるというのね。誇大妄想と思われるかもしれないけど、偉い政治家にまかせておくと、戦争になるというのは過去に証明されたわ。今は2006年ね。若い人が世界の若者とインターネットで手を結び、世界に軍縮を働きかけ、偉い政治家を動かすのよ。それには、映像が一番いいわ。
堀川の話では、アメリカでユーチューブが盛んとか、もうすぐ日本にも入ってくると聞いているのよ。ユーチューブについては、まだ分からない所があるから、当分は自前の映画をつくる気持ちよ」
「それは凄い。でも、核兵器をつくるかつくらないかはトップの政治家が握っているのでしょ」
「でも、その政治家を選ぶのは市民よ。日本では選挙権は十八才までに、引き下げられたわ。あなたももうすぐですよね」
「ええ」と優紀は返事をしても、まだ遠い先のことのように思える。
「私、いずれ、お寺の仕事をしばらくお手伝いしながら、映像の下準備ということで、小説やシナリオを書くつもりよ。」
「へえ、小説ですか。 どんなものを書くんですか?」
「大学時代に書いた学園ものの小説があるのね。 それはまだ完成していないです。それでも、原稿用紙で三百枚くらい書いてあるの。いじめがテーマね。今の社会って、ひどい競争社会でしょう。子供の時から、大人になっても、競争ですからね。大人になると、たいていの人は自分がこの競争社会で勝ち抜いてきたのか、負けてきたのかというのを心の底に隠し持っている。それで、毎日の生活に追われている。その中での人間関係って、子供でも、大人でも、横の太い絆が断ち切られ、細く、ようやく繋がっている人もいる。子供は正直だから、露骨に言葉に出す。それが友情になることもあれば、いじめになることもある。禅でいう愛語がないのね。
一年間の教師生活で経験したことを参考にして、 この原稿を愛語という柱を入れて人間関係を復活させる試みをしたいのよ。 この小説を発表したら、その次は平和を題材にしたシナリオを書いてみようと思う。今は人類の危機という認識から、核兵器をなくすには人間の価値観をどう変えたらいいのかということをテーマにしたいわ」
高山アリサの目がキラキラ輝いた。
「そのシナリオを映像にするわけですか」
「そうね。映像は迫力があるから、多くの人を引き付けますからね。今はビデオカメラがあるから、手軽にできますから」
「ビデオカメラですか。僕もいずれはアリサさんの真似をしたい気持ちもあるけど、今は、読書と試作ですね」
しばらくの沈黙。そよ風と日射しは心地よかった。小春日和を思わせる。路面電車を通る音が消えると、あとは沢山の小鳥が静かに聞こえてくる。
優紀は思った。自分はアリサより六才も若い。彼女の言うことを真似しようとしたら、みなヒマラヤに登るような思いで、直ぐには無理だ。その山頂から見る風景は素晴らしいでしょうけど、今は自分を鍛える時だ思った。
「ところで、あなたは高校生になってからお寺の座禅会には出なくなってしまったけど。ああ、 一度だけ出たことがありましたつけ。どちらにしてもほとんど出ていないわね。あたしとしては出て勉強してほしいわ。また出てくださらない?」
「ええ、でも、座禅にはちょっと出られないんです」
松尾はもうしわけなさそうな口調でそう言った。
「どうして?」
「それは今の僕の生活があまりにも仏の教えと反することをやっていますし、それに座禅ってただ座っているだけでしょ。それよりも柔道で早く強くなりたい」
「そう、まだ高校生ですもの、何もそんなに急ぐことはないわ。でも、座禅って何もしないで、ただ座っているだけというのは少し違うと思うの。
確かに、私達の普通の生活はいつも何か目的を持っている。会社の仕事だって、競争があるから、早く利益を上げられるような方式を考え、その目的に一番良い会社のシステムを考え、全員が一丸となって、目的に向かって進む。
社会全体としても、経済が成長するように、ともかく目的を立てる。それはそれなりに、人間の生活にとって重要なこと。でもね、人間ってそれだけではない。霊性というのがあるの。
それは、こういう目的をたてて競争する生き方ばかり、やっていると、見失うのよ。これが人間の最も神秘なところよ。座禅のように、目的を持った生き方、そういう荷物を一度降ろして、無我になって、ただ座る。
悟りなんて大それたことでなくていい、ただ座る、人生に取ってそれが大事なことなんだという日がいつかきますよ」
いつの間にか、西の夕日に向かって座っている猫だ。ちょっと声をかけると、軽く首をこちらに向けるが、直ぐに西に向かって座って静かに座っている。
まるで猫の座禅みたいだ。そのことをアリサに言うと、「無仏性の姿のようにも思える。猫にも霊性があるということよ。人間はあれこれ考えるから仏性を見失う。思考を止めるのよ。その時、目に見えない形のないいのちが、座禅する姿に現れると言うわ」
その猫が何か神々しい神秘ないのちを表現しているように、優紀には思えた。
「思考を止める。やさしそうで、難しいのかもしれませんね。いつの日か、僕が
本気に座禅する時が来ますよ」
優紀にとって、座禅会に出れば、アリサにしょっちゅう会えるではないか。それなのに、行こうとしない自分が不可解だった。
11
猫を見ていると、猫の頭上の虚空で、アンネ・祖母が賛美歌を歌っているように思えた。それを察知したかのように、アリサは「あなたはクリスマスはやるの」と聞いた。
「ええ、やります。親父が内村鑑三を尊敬していますから」
「それでは、あなたのお家はクリスチャンということになるの」
「いいえ、親父は無教会主義で、母はどちらかというと、無宗教で、本当の母親は実家が浄土真宗です。誰も、自分の主義を注入しようという雰囲気はありませんから、今の日本みたいに、クリスマスがくるとお祭りの一種としてやるだけです」
「西欧では、クリスマスは、キリストの誕生した日ですから、大切な日なんです。キリストは私達の座禅の立場から見れば、聖霊が舞い降りた人物であると同時に、悟りをひらいた人と私は解釈しています。修業して、罪に汚れた人間が無我になることにより自己の中にある神性を見出す。つまり聖霊が舞い降りてくる。仏教ではこれを法身とかダルマとか言っても良いかと思います。禅では仏性とか無仏性というのが一番近い言葉でしょうね。
キリストはゴッドという神の信仰に生きるユダヤ教の中で育ち、自己の神性を自覚した人なんだと思います。
キリストも自己の神性を知った時、当時、苦しんでいる人達に対して救いたいという愛の気持がおきたのですね。仏教的な感覚で言うならばどんな人間でもキリストのようになれるわけですが、 実際、 キリストのようになった人は歴史上、 数は多くありません。法然は比叡山で修行し、地位の高いお坊さんになれたのに、京都の人生に絶望した貧しい人達を救うために、京都に出て、南無阿弥陀仏を言うだけで、極楽浄土に行けると革命的なこと言ったといわれています。そこで親鸞に出会ったわけですね。
その当時の民衆にしたって、修業して悟るというよりはキリストの手にふれることにより永遠のいのちに入れるという信仰の方が親しみやすかったのだと思います。 科学的合理主義を価値観とする現代に住む私達にとっては、法然の分かりやすさ、キリストに対する親しみやすさが逆に信仰へのトビラをとざしてしまっているのです。禅でも、同じことが言えます。現代人はニヒリズムをなんとなく受けいれながら、それでは生きていけないという状況にあるのですよ。 」
高山アリサがここまで言った時、松尾優紀の頭にニヒリスト克服同盟が頭に浮かんだ。
「ニヒリズムでは生きていけませんか ?」
「あたしにとってニヒリズムという言葉は何の意味もなく死のように空しく響きます。ましてあなたの入っているニヒリスト克服同盟だなんて言葉を聞くだけで戸惑うわ。あんなものは、はやくやめてしまいなさいよ」
「ええ、やめたいという気持もあるのですけど、どうもやめられない」
「あんな所にいるから、座禅会にこれなくなくなるのよ」
優紀はそうではないと思った。こうして長く話していることの中にも、喜びとともに、悲しみのような魂の苦がある。それを感じているからこそ、自分は故意にニヒリスト克服同盟なんて場所に行くのだ、と内心の声がささやくのだ。
野美公園は、まだ六時だというのに、すでに外は夜の闇に包まれていた。ひんやりとした空気がいつのまにか晩秋になっていたことを二人に感じさせるのだった。 近くの公園の樹木から落ちる木の葉がものがなしく、裸になりかけた銀杏の並木は冬の到来を暗示していた。
二人はしばらく公園を歩いた。公園のべンチに腰をかけて、そうした自然の気配に耳を傾けた。 しばらく沈黙しながら、都会の雑踏がしのびこんでくる不思議な静寂を味わった。夜空には、星がまたたいている。星に視線をむけていた二人は沈黙に耐えかねたかのように深い呼吸をして、会話を始めた。
「あたしね、時々思うことがあるの。 何か胸が熱くなって、この自然の中で座禅をしてみたいと思うことがあるの。自然が好きなのね。お釈迦様がお悟りになったのだって、森の中でしょう。お寺の座禅道場で座っていても、いつ悟れるのかしらと、思うの。ですから、こうやってあなたを誘っても、本当はたいした意味があるように思えないことがあるの。それより、読書や勉強や柔道などいくらでも、青春の盛りにはやることが、あるじゃないのって思うわ。
でも、そう思うことがあるっていうだけよ。やはり座禅は大切だわ。神秘な宇宙のいのちの世界を見つける稀有な機会ですもの。それが見つかれば、本物の大慈悲心と愛が生まれる。そうすれば、世界で苦しんでいる人達の声に耳をすまし、助けたいという気持ちが起こるのだと思うわ。」
「なんとなく、分かるような気がしますよ。核兵器をなくすというテーマの映像を作りたいと言われるのも、そういう愛から生まれるわけですね」
「そう。魔法の扉を開けるのよ。みんな、そんなことを考えるなんて誇大妄想だなんて、諦めてしまっている。あなたの詩に魔法の扉を開けると、宇宙は一変するというのがありましたね。若いんだから、挑戦してみるのよ」とアリサは言った。優紀は以前、書いた自分の詩を思いだした。彼女がおぼえていてくれたことが嬉しかった。
川のせせらぎの音がきこえた。木の梢の音が聞こえた。鳥の鳴き声が聞こえた。空には白い月が地上を照らし、猫のように、悠然と座禅しているように思える。。
松尾にはいまだに神仏を肯定できない自分を感じていた。そのためか、神がいなければすべてが許されると大小説の中で言った登場人物の考えには何か得体のしれない不安を感じるのだった。それに内的には性の衝動が激しい年頃に入っている。
しかし大山さんの言うことにも矛盾がある。社会の悪を追放し、平和になったら、いずれユーラシア大陸を遍歴の旅に出たいと言っているが、そんな時は近い内に訪れる気配はないでは、ないか。
この場合の悪というのは何だろう。それにしても全てが許されるという言葉は恐ろしい。悪は許されないと人が思うのは、神仏がいるという証拠なのではないか。
既に大きな悪はなされている。戦争がそうだった。原爆は巨大な悪だった。東京を襲った爆撃も凄かった。住宅地を取り囲むようにして、逃げられないように爆撃したあと、焼い弾の残酷な嵐が来る。あれは戦争の悪そのものではなかったか。戦争そのものが悪い。
ナチスの悪もすさまじい。
そう言えば、アンネ・祖母の夢をつい数日前に見たことがある。アンネ・祖母が郊外であんみつを食べている至福の時に、青空にピカッと光るものがあり、原爆が落ちたのだ。幽霊になったアンネ・祖母は核兵器をなくせと叫んで消えた。
倫理の土台は何なのだろうかなどと松尾は考え出した。やり、神仏がいなければならないと思う。
松尾はしばらくの間、田蜜との約束をほおっておいた。
その内に師走になり、アリサからは、クリスマスプレゼントとして、英文の「アンネの日記」が送られてきた。簡単なメールがついていた。「これからは、英語は世界の若者のコミュニケーションに重要になるわよ」
優紀は辞書を片手に夢中になって読んだ。それまでは、日本語のアンネを夜、寝る前に習慣にしていたけれど、それからは、英語版になったのだ。
それは、喜びだった、
十二月も押し詰まった頃、田蜜の方から松尾に電話が入った。
会う催促の電話である。その時はうまくお茶をにごした。
新年になっても何回か電話がかかってきた。ことに私立の試験が終わった二月の下旬頃かかってきた電話は少々脅迫的だった。
松尾は結局、三月の上旬のある日、彼に会った。
「高校の方は、決まったかい?」
松尾優紀は田蜜のきびしい表情を見ながらそう言った。
「決まったよ」そっけない返事だった。
「どこだい?」
「どこだっていいだろ。ある私立高よ」
田蜜は松尾をにらむようにして見た。 「ふーん。やに機嫌が悪いんだね」
松尾は努めて冷静に言った。
「おまえは、おれをだましたんだろ。え、どうしたんだ?」
「何をだい ?」
「とぼけるなよ。あんみつを最近食わせないじゃないか。この間の一回だけじゃないか」
「まあ、落ち着けよ。あんみつって、スーパーでも売っているんだぜ。電話でも言ったように、入試で忙しい君にあんみつどころじゃないと思っただけよ。かえって迷惑だと判断したからだよ」
「スーパーで売っているのか。で、この間のはスーパーのか」
「あれは、おばあちゃんの秘伝で、俺が半日かけてつくったのよ」
「そうか。分かった」と田蜜は言った。田蜜は一人でゲラゲラ笑って「あばよ」と言った。それで二人は別れた。
ニヒリズムム克服同盟は、三月に発足していた、ボスの大山氏が会長になり、会員は既に十人近くいる。
そこへ松尾が田蜜を連れてきて、十人になった。応接室にはすでに山本杏衣も井上茂も集まっている。窓の外は、 桜の花につぼみがつき始めていた。 田蜜は、応接室にいる女達を見て満足したようだった。なぜなら彼女達はみな素敵な純粋さを持っている感じがしたからである。みんなは田蜜を見て、城井高生とは雰囲気のちがう、 かなり不良高校生のいることで有名な高田高校に入る松山中の元番長ということでちよっと緊張して迎えた。大山氏が出てきて、田蜜に握手をして言った。
「何?君が今度入会する田蜜君か。 なかなかいい面魂をしているな。 わがニヒリストは、今後、 発展する所だ。しつかりかんばりたまえ。 しかしニヒリストには秘密が多い。 その秘密を守れないようなら、これを使う」
大山会長は短剣を出して田蜜に厳しい口調で言った。短剣を見た田蜜はちよっとびつくりした表情をした。 「すげえ、 これ本物ですか」
「あたり前だ。警察にも届けてある先祖からの名剣だ、 この短剣にかけて誓うか。 ニヒリストの秘密を守ると」
大山はさやから、中身を抜いた。銀色に輝く短剣の刃は部屋の中に不思議な光を放った。
田蜜は誓った。
大山は発明家で奇人だ。そういう迫力がまた、田蜜を引き付けた。
これで、田蜜もニヒリスト克服同盟に加入したのだった。
「うん、 これでニヒリスト克服同盟にも十人になったわけだ。 大きくなったね。君達はおおいに加入者をふやしていくことだな」
このあと大山氏はニヒリスト克服同盟の意義について講義をし始めた。
「倫理の崩壊が一部に見られ、インフルエンザの流行のように、広がりを見せているのはゆゆしきこと。我らが頑張らなければ。
ニヒリスト克服同盟とはボランティア活動につながる。ひきこもり、高齢者の見守り、など、いじめをなくす。この尾野絵にミニユウートピアをつくるクラブだ。そう言う大山氏の考えには優紀も心を惹かれていた。
それでも、松尾優紀は心の底で、ニヒリスト克服同盟にしばらく参加した後、早い時期に去る決意をしていた。あんみつ同盟と名前を変えることを提言したのだが、それが大山にけられたというのが、表向きの理由だった。本当の理由は自分でも説明できない、あるもやもやした衝動だった。やはり高山アリサがこのニヒリストという言葉を嫌っていることが一番大きいのかもしれない。
【つづく】




