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狼の少年と猫の少女は恋をする  作者: 山豹
第一章──秘めたる想い
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一話『狼の少年と春の朝』

 四月七日、六時十六分。


 スマホで現在の時間を確認した俺、大上大雅おおがみたいがはゆっくりと布団から起き上がる。

 いつもより早起きの割には目覚めは悪くない。パッと目が覚めた感じだ。

 布団から起き上がり、とりあえず最初にカーテンを開けて天気を確認。朝焼けの空には雲一つない快晴。

 つまりは最高に良い天気だ。

 とりあえず顔を洗いに洗面所へと向かう。

 鏡と向かい合う。


「…………あ、ケモ耳出てる」


 ぴょこん、と普通の人間にはありえない毛だらけの耳が朝だからか垂れ下がっていた。

 これが俺の秘密。と言うよりは、我が家の秘密と言うべきだろう。

 父親は狼になれる人間で母親は普通の人間。その二人から産まれた俺には人間の血と狼の血の両方が流れている。気が緩みまくると俺は体の一部分だけ狼になってしまうのだ。ここしばらくは大丈夫だったのだが、久しぶりに気が緩んでしまっていた様だ。

 ケモ耳を引っ込めてちゃんと人間の耳に戻ったのを鏡と向き合いながら確認していると、後ろでひょっこりと覗いた顔と目が合う。


「あら? 大雅がこんな早い時間に起きてるなんて珍しいわね。今日から学校だから?」


「まあそんなとこだよ。そうだ母さん、学校って言ったら香月と美月はいつから?」


「二人は明日から。大雅とは一日違いよ。朝ご飯は用意できてるから食べれるなら食べちゃっても良いわよ」


 そう言ってまた顔を引っ込めて台所へと母さんは戻って行った。


「あ、そうそう」


 と思ったらもう一度ひょっこり顔を出して、


「おはよう大雅」


「おはよう」


 やり忘れた朝の挨拶を交わすと今度こそ母さんは台所へと戻って行った。

 俺も母さんの後を追いかける様にリビングへと向かう。

  てっきり父さんはもう起きてるかと思ったが、どうやらまだ眠っているらしくいつもの席には誰も座っていない。

  テレビをつけて朝のニュースを見ながらいただきますの掛け声で朝ご飯を食べ始める。俺の好きな焼き鮭をおかずにご飯を食べる。丁度いい塩しょっぱさがホカホカご飯に合う。

  朝から好物にありつけて満足していると、台所から母さんが言ってきた。


「そう言えば今日クラス替えだけど早く起きたのってやっぱりそれ?」


「まあ、うん。そんな感じ。何組になったのかなって気になってさ」


  実際には何組になったのかはどうでもいい。

  大事なのは『本命』の方なのだから。

  特に、母さんに知られたらめんどくさそうな話題なのでできれば隠しておきたい。

  俺の返答に母さんはふーんと頷いてからしばらく無言でこちらを見つめている。どうして見つめられているのか分からないまま放っておくと、やがて向こうからとんでもない事を言ってきた。


「それはそうとさっきから尻尾をフリフリしているのはクラス替えの事とは無関係なの?」


「なん……ッ‼︎⁉︎」


 いつの間に。俺とした事が、尻尾が出ているのに気づかないとは。

  そう思って空いてる手で尻尾を引っ込めようとしたその時だった。

  むぎゅう! と何者かに踏みつけられる。


「はうっっっ‼︎‼︎‼︎」


  情けない悲鳴を上げながら俺は両手で尻尾を掴んで悶絶。

  これ、すごい痛いから。

  多分想像しているよりもずっと痛いから。

 具体的に言うと股間を打った時のあの感覚にかなり近い。他に例えを挙げるなら、角に小指をぶつけた時みたいな痛み。

  そして、その痛みの元凶はというと。


「あ、悪いな息子よ。踏み心地良さそうだからつい踏んじゃったぜ☆」


「っ……猫踏んじゃったみたいに……行ってんじゃねえよ…父さん‼︎」


  てへぺろ、と言って謝るのは俺の父親。

  俺と違って朝から気が緩んでいるのに関わらず隠す気はゼロといった感じで体の所々が狼になっている。というか顔に至っては完全に狼。

  頭部が狼で体が人間とかもしそのまま外出て歩いたりしたら一種の都市伝説にでもなりそうな出で立ちだ。


「…………毎度毎度思うけど、朝から隠す気ゼロなのはちょっと問題じゃないか?」


「ここには事情を知ってる家族しかいないんだ。こんかもんノーカンだノーカン」


  そう言って父さんは自分の席に座ると新聞を掴んで見始める。新聞を読む狼の構図は何というか、我が父ながらとても奇妙だと未だに思ってしまうのは本人には秘密にしている。

  チラッとテレビを見ると右斜め上にある時間がもう少しで七時を指す事に気付き慌てて朝食を食べる。

  ごちそうさまをしてから自分の部屋へと戻り、制服へと着替える。

  リュックの中の持ち物を確認し、充電していた携帯をポケットに突っ込む。

  着替えも用意も完了して玄関へと向かう。


「あら、もう行くのね。行ってらっしゃい」


「行ってらー、気をつけて行けよ」


「行って来ます」


  両親の挨拶に返すと俺は一歩踏み込む。

  ドアを開けて外へ出る。

 ここから大上大雅の高校二年の生活が幕を開ける。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 心地いい春風に吹かれながらいつもの通学路を歩く。

 家を出てから十分ほど歩くと十字路に出る。いつもならここで親友と待ち合わせをして行くのだが、今日は俺の都合で先に行かせてもらう。

 そもそも、どうして俺がこんなに早く学校に行くのに拘るのはちゃんと理由がある。

 おそらく、人に話したら笑われるだろう子供っぽい理由が存在する。

 それは高校生活最後のクラス替え。

 どのクラスで、誰と同じクラスなのか気になって仕方ない。小学生じゃないんだからと思うかもしれないが、俺にとっては大事な事なのだ。問題は『どのクラス』かより『誰と同じクラス』かだ。

 もっと簡潔に言うならば、『自分の好きな人と同じクラスなのか気になって仕方ない』が正しい解答になる。

 約二年の片想い歴中の俺の恋が少しでも進展する為にはやはり同じクラスになるしかないと思っているからだ。

 やはりまだ少し早い時間帯だからか、通学路に同じ高校の制服を着た人は歩いていない。

 いつもなら少し騒がしい道も、今はまるで世界に自分だけの様な静寂があった。

 まるで別世界。

 いつもより数十分ほど早いだけで、ここまで普段の景色が違って見えるなど知らなかった。

 そんな新しい発見をしながらも歩いていくと、ようやく校門が見えてきた。

 校門を入るとすぐに左右にある桜の木が出迎える。決して満開とは言えない桜の木が校門から校舎までの道をトンネルの様に伸びている。

 この景色が結構お気に入りだったりする。

 特に教室から眺める景色は格別だ。


(それにしても、)


 桜の木から視線を逸らして、校舎の方を見ると五、六人がクラス替えの張り紙を眺めているのがここから見える。


(…………やっぱ早かったかな)


 やはりいつもの待ち合わせ場所で親友を待ってから来れば良かったかと考えていた。

 そんな時だった。


「こーら、ここは学校だから君は自分の家に帰りなさい」


 まるで母親が子供に言い聞かしている様な、そんな声が背後から聞こえた。

 それも、聞き覚えのある女の子の声で。

 振り返ると、そこには一人の女の子。

 風で揺れる肩まである黒髪。

  心地良い春風が吹く朝の校門で、俺の視線はその少女に釘付けとなった。

  そして、こちらの存在に気がついた彼女は微笑んで朝の挨拶を口にした。



「おはよう──大上君」



  ──この桜のトンネルの中で、彼女は見惚れてしたうほど美しく見えた。


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