表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勧酒

作者: あさなぎ

「──今宵の月は綺麗だなあ......」



「ああ......こいつぁ中々見られねえ。酒を飲むにはもってこいだ」



 とある湖の畔で、二人の男が座って月を眺めていた。


 男達は杯を片手に、己の心を縷々語っていた。



「......そういや、あのときの夜も、こんな綺麗な月夜だったっけか」



「ああ、おめえが宴会で酔っ払っちまったときだな。......あんときのおめえときたら、千鳥足でまともに歩けやしなかったんだ」



「......あのときは、お前さんに迷惑かけちまったなあ......」



「いいんだよ。礼に酒でもくれりゃあ済む話だ」



 二人は、呟くように語っていた。


 左の男は、湖の徒波を眺めては杯を傾けている。



「......湖と言えば、二人で小舟を漕いだこともあったな」



「はっは、あれは傑作だった! 二人して酔ってたせいで、なんだか水月が掴めるような気がしてなあ」



「湖の真ん中にある水月を取ろうとして、近くにあった小舟で水月の際まで行ったんだ」



「そうだ。したら舟の波で水月が揺れて、水月が消えちまうと焦って二人で湖に飛び込んだ」



「......だが当然水月なんて手に取れなくて、残ったのはびしょ濡れの服だけときた」



「ああ。まさに落ちた瞬間は災難だったが、水から上がった頃には二人でけらけら笑ってたなあ」



「......今となっては良い思い出だ」



「ちげえねえ」



 二人は、同時に酒を煽った。


 そしてその味を噛み締めるように、二人は静かに黙り込んだ。



 まるで、その沈黙が心地良いとでも言うように。



 右の男は杯に次の酒を注ぎ、左の男は杯に映る水月を見ていた。



「......こうしてると、昔のことを思い出すよ」



 物憂げに呟く左の男は、先ほどから酒を注ぐ手を止めていた。


 その顔を見た右の男は、自分が注いでいた酒瓶を地面に置いて、左の男に言った。



「ったく、なんて顔してんだおめえは」



「......たまには、こういうこともいいだろう」



「......まあ、するなとは言わねえよ」



 二人は、しみじみと酒に口を付けている。


 男に当たる夜風は、湖畔の花を揺らしていた。



「......あれから、もう一年も経つんだな」



「......ああ」



「......随分と、寂しくなっちまったよ」



「......そうかい」



「......なんで、急にいなくなっちまったんだ。お前さんは」



 男は、ぽつりと零すように呟いた。


 その右の傍らには、あの男へ捧げる為の杯が置かれていた。



 ──その杯には、まだ一滴の酒も注がれていなかった。



「なあ、お前さんや」



 男は独り、語りかけた。



「......この杯を受けてくれ」



 誰もいない隣の席へ、語りかけた。



「......どうか、なみなみ注がせてくれ」



 本当ならそこに居たはずの、もう一人の男へ向かって。



「花に嵐のたとえもある」



 最後にもう一度だけ、二人で酒を交わす為に。



「......さよならだけが人生だ」



 ──男は独り、死んだ友への手向けを注いだ。



「......悪いな。なんだかこうすりゃ、またお前さんに会える気がするんだ」



『──そうかい』



 そして男は酒瓶を置き、己の杯を手に取った。



『......仕方ねえ。どこまでも付き合ってやるよ』



 そして、それに映り込む水月を胸に刻み──



「──お前さんに──」



『──おめえさんに──』



 ──その杯を、月へ掲げた。



『「──乾杯」』








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ