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マーズレコードの店主は謎解きが得意  作者: 木原式部
1.涙の乗車券(Ticket To Ride / The Beatles)
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(5)

「――えっ?」

 かれんは自分の耳を疑った。「昴、今、何て言った?」

「えっ? だから、その勝君の奥さんがひどいって。離婚されても仕方ないって言ったんだけど」

「えっ?!」

 かれんはもう一度、訊き返した。「奥さんがひどいって、どういうこと? 奥さん、どう考えても被害者じゃない! 勝君に新幹線の中に赤ちゃんを置き去りにされるし、勝君の実家には干渉されるし……」

「ああ、それね。あれはね、勝君、赤ちゃんを新幹線の中に置き去りにしてないよ」

 昴がアッサリ答えると、かれんは思わずイスから立ち上がった。


「それ、どういうこと? 現に私の知り合いが勝君が新幹線の中に赤ちゃんを置き去りにしたのが離婚のきっかけだって言ってるんだけど。それとも、私の知り合いか勝君の奥さんがウソでも言ってるっていうの?」

「赤ちゃんを置き去りにしたことだけど、別にかれんちゃんの知り合いや勝君の奥さんがウソを言ってるわけじゃないよ。ただ、ニュアンスが違うんだ。勝君は新幹線の中に赤ちゃんを置き去りにはしてないけど、置いて来てはいるよ」


 置き去りにはしてないけど、置いて来てはいる……。

 一体、「置き去り」と「置いて来た」とでは、どう違うと言うのだろうか。


「それって、どういう意味?」

 かれんがイスに座り直しながら昴に鋭い視線を投げかけると、昴はニコニコしながら話し始めた。

「つまり、こういうことだよ……」



 -----------


 その日、勝君と奥さんと赤ちゃんは、連休を利用して奥さんの実家に出かけた。

 奥さんの実家へは新幹線で帰った。


 新幹線が長岡駅に着くと、奥さんが赤ちゃんを抱っこしようとしたが、勝君が慌てて赤ちゃんを抱っこした。

「私が抱っこする」

 と奥さんは言ったが、勝君は首を横に振った。

 奥さんは網棚の荷物を降ろし、勝君は赤ちゃんを抱っこしながら荷物を少し持った。

 あらかたの荷物は前日に宅配便で実家へ送っていたので、荷物自体はそんなになかった。


 奥さんは勝君よりも先にホームに降りた。

 勝君は赤ちゃんを抱っこしたままその場を動かず、ホームに降りようとしなかった。

 勝君は赤ちゃんを抱っこしたまま、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡していた。

 

 少しすると、新幹線の車両連結部のドアが開いて、女性が一人入ってきた。

 勝君は入ってきた女性に、抱っこしていた赤ちゃんを渡す。


 新幹線の発車時刻が近付いてきた。

 勝君は赤ちゃんと女性をそのままにして、一人でホームに降りた。


 ホームでは奥さんが苛々とした表情で待っている。

 ホームに降りて来た勝君に奥さんは「何してるの? 遅い!」と声を掛けたが、次の瞬間、驚いたような声を上げた。

「ちょっと、赤ちゃん、どうしたの?!」

 奥さんが声を上げた瞬間に、発車のベルが鳴り、新幹線の扉が閉まった……。


 -----------



「――えーっ?! 何それ? その赤ちゃんを受け取った『女性』って誰なの?」

 昴の話を聞いて、かれんは思わず大きな声を上げた。

 昴はニコニコしながら、手元の紅茶を一口飲んだ。


「まあ、順番に話して行くよ。まず、かれんちゃんは勝君のことを『そんな忘れっぽい子じゃなかったと思ったんだけど』って言っていたけど、僕もそう思うよ。勝君、野球部のキャプテンで結構しっかりしていたし、いくら何でも自分の子どもを新幹線の中に置き去りにするようなうっかりした感じじゃないよね。

 だから、僕は最初に『勝君は新幹線の中に子どもを置き去りにしたわけではないんじゃないか』って思ったんだ」

「それは私だって思ったけど。勝君、結構しっかりしている子だったし。でも、私の知り合いが『勝君が新幹線の中に子どもを置き去りにしたのが離婚のきっかけだ』って言っていたから……」


「奥さん側から言わせれば、『勝君が子どもを置き去りにした』ってことになるけど、勝君側から見ればどうかな? もし、勝君が置き去りにしたのでなければ……。

 僕は勝君が子どもを『誰か』に渡して、新幹線を降りたんじゃないかと思ったよ。子どもを預けても大丈夫な人に、ね」

「その『誰か』が、さっきの『女性』ってこと?」

「そう。で、その『誰か』が誰なのか? ってことになる。赤ちゃんくらいの子どもを預けられる人なんて、そうそういないよね? 例えば、いくら知り合いとは言え、勝君が僕に子どもを預けることはしないだろうし」

「確かに」

 自分も誰かの親だったら、滅多な人には子どもは預けられないな、とかれんは思った。

 まあ、知り合いの中でも特に昴には子どもを預けないだろうな、ともかれんは思った。


「じゃあ、勝君は誰に子どもを預けたのか? 勝君が子どもを預けたのは、きっと勝君のお母さんだよ」

「お母さんって、勝君の実家の、奥さんと絶縁状態の? じゃあ、『女性』は勝君のお母さんってこと?」

「そう」

 昴はニコニコとしながら、さっきかれんに「白魚のような手」と思われた両手をまた組んだ。


「じゃあ、勝君の実家のお母さんは子どもを奥さんから奪ったということなの? 絶縁状態で会えないから? 勝君もそれを承知でお母さんに赤ちゃんを渡したってこと?」

「それは違うね、かれんちゃん」

 昴は表情はニコニコとしたまま、ハッキリとした口調で言った。「かれんちゃん、さっき、『奥さんと勝君の実家ってほぼ絶縁状態らしいんだって』って言ってたけど、その後に言った言葉の続き、覚えてる?」

「ええと、確か……」

 かれんは自分がさっき言った言葉を思い出そうとした。

 確か、自分はこう言ったはずだ。



『赤ちゃんが生まれた頃は仲良かったらしいんだけど、何でも旦那さんの実家の干渉がものすごくなったらしくて。余りにも干渉がひどいから、東京のマンションも出入り禁止にして、電話もメールもラインも着信拒否にして、勝君からの伝言も受け取らないようにして、年賀状とかの手紙も全部受取拒否にしてるけど、それでも干渉がひどいらしい』



 かれんは自分がさっき言った言葉を復唱しながら、昴はどうしてこんなことを訊くのだろうか、と首を傾げた。


「それ! その話だよ。その話、ヘンだよね?」

「えっ? ヘンって、どこが?」

「うん。ヘンだよ。マンションも出入り禁止にして、電話もメールもラインも拒否して、勝君からの伝言も聞かずに、手紙とかも全部拒否している人に、お母さんはどうやって干渉するの?」


「あっ……」

 確かにそうだ、とかれんはやっと気付いた。

 良く考えてみると、奥さんは勝君の実家とのありとあらゆる接点を拒否している。

 なのに、「それでも干渉がひどい」とはどういうことなのだろうか。


「もしかすると、勝君の奥さんは確かに干渉されていたのかもしれない。でも、干渉できない状態で『干渉がひどい』というのはヘンだよね? 干渉されてないのに『干渉されてる』って思ってしまうなんて、きっと、奥さんは勝君のお母さんのことがキライなんだよ。

 ほら、キラいな人のことって、気にしなければいいのにって思っても、ついつい気になってしまうじゃない?

 つまり、奥さんは一切接点がなくなっても、勝君のお母さんのことが気になってしまって、それが『干渉されてる』って思ってしまうほど、勝君のお母さんのことがキライなんだよ。

 まあ、僕ならそこまでキライな人がいたら、全然気にしないようにする方だけどね」


 昴の言う通りだな、とかれんは思った。

 さっき、「全部受取拒否にしてるけど、それでも干渉がひどいらしい」と言っている時は気付かなかったが、確かに全てを拒否しているのに「干渉がひどい」というのはヘンだ。


 それに、干渉されていないのに、「干渉がひどい」と思ってしまうなんて……。

 確かにキライな人のことって、「気にしないようにしよう」と思っても、ついつい頭に浮かんで来てしまうものだ。

 その「ついつい頭に浮かんで来てしまう」キライな人のことを「干渉されてる」と思い込んでしまうなんて、かれんは奥さんは勝君のお母さんのことが、それこそ憎悪と言ってしまってもよい程キライなのだろうか、と思った。

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