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マーズレコードの店主は謎解きが得意  作者: 木原式部
1.涙の乗車券(Ticket To Ride / The Beatles)
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 新潟市中央区の古町。

 かつての賑わいを失いつつあるこの繁華街の片隅に、かれんが勤めている会社「株式会社スカイ」と、昴が店主を務めるレコード店「マーズレコード」がある。


 早めに仕事が終わったかれんは、自分の会社が入っている雑居ビルを後にした。

 そのまま古町のアーケードを歩いて真っすぐ家に帰ろうとも思ったが、ふと自分の会社が入って居る雑居ビルから30メートルほど離れた斜め向かいにある「マーズレコード」の看板が目に留まる。

 かれんは何となく、その「マーズレコード」の方へと吸い込まれるように歩いて行った。




 少し古びた木製のガラスの引き戸には、シンプルな書体でこう印字されている。


 Mars Records (マーズレコード)

 tel. & fax. 025-×××-×××

 Open 11:00 Close 20:00(日曜定休)


 かれんがガラスの引き戸を覗き込むと、店の中でレコードのジャケット写真を眺めていた昴が顔を上げた。

 昴はガラス越しにかれんと目が合うと、ニッコリと笑みを浮かべる。

 かれんは昴の笑顔を見ながら、

(まあ、カッコ良い方なんだけど……)

 と思っていた。


 そして、

(男の人にしては、やっぱり色白過ぎる……)

 とも思っていた。



 昴は決して「美男子」とか「美形」という程の容姿ではないが、それなりに「カッコ良い」という部類には入る見た目だった。

 大きいけれど、切れ長の黒い瞳。

 少し額が広いのと少し鼻が大きめなのが気になると言えば気になるが、気にならないと言えば気にならない。

 髪は黒くて長めで、男性にしては猫っ毛でサラサラしている。

 そして、今まで一度も陽に焼けたことがないかのように肌の色が白く、身体が細かった。


 背はそこまで高くないと言うのに、痩せているせいでヒョロっと高く見える。

 昴は今、Tシャツの上にカート・コバーンが着ていたようなザックリとしたカーディガンを着ているが、肩がずり落ちそうになっていた。

 色の白さと相まって、見た目は細っこくて、何とも弱々しそうな感じに見えてしまう。


 でも……、とかれんは思った。

 幼稚園の頃から、

「男の子なのに弱々しいんだから」

 とか、

「男の子だったら、もうちょっとシャンとしたらどうなの?」

 と繰り返し繰り返し言って来た昴なのに……。


 あれは中学校最後の水泳の授業の時のことだ。

 昴のクラスと合同で水泳の授業をすることになったかれんは、昴の水着姿を見てビックリした。

 普段あんなに「細っこい」と思っていた昴なのに、上半身裸の昴は意外にも筋肉が程よく付いていて、服を着ている時とは比べ物にならないほどたくましく見えたからだ。

 昴と最後に水着で遊んだのは、確か小学校低学年の時だ。

 その時から、昴はいつの間にこんなにも変化してしまったのだろうか……。


 あの中学校最後の水泳の授業のことを思い出すたびに、かれんは未だにガラにもなく胸をドキドキさせてしまうのだった。




 かれんは中学校最後の水泳の授業のことを思い出して胸をドキドキさせながら、「マーズレコード」のガラスの引き戸を「ガラッ」と開けた。


「――かれんちゃん、いらっしゃい。仕事、もう終わったの?」

 店に入って来たかれんに、昴は男性にしては少し高めの声で訊いてきた。

「うん、今日、早かったんだ」

「お仕事、お疲れ様。――そうそう、かれんちゃんの名刺、今日来た新しいお客さんにまた渡しておいたから。『何か求人で困ったことがあったら、ここに連絡すると良いですよ』って」

 昴は言いながら、手元にあったかれんの仕事用の名刺を軽く持ちあげて見せた。


 名刺には「株式会社スカイ 新潟事業部営業 加賀谷かがやかれん」という文字と一緒に、「求人広告を通して、『人財』という素晴らしい出会いのお手伝いをします」という言葉が書かれている。


「もしかして、昴って、この店に来る新しいお客さん全員に私の名刺渡してるの?」

 昴に渡した名刺の減りが意外と早いのが気になって、かれんが訊いた。

 この店、そんなに新しいお客さんが頻繁に来るような感じがしないのに、昴はいつ自分の名刺を客に渡しているのだろうか。

「まさか」

 昴はまた笑顔を見せると首を横に振った。「かれんちゃんの名刺だもん、渡す相手は厳選してるよ。ヘンな人には渡してないから、心配しないで」

 昴がニコニコしながら言うと、(まあ、そうだよね……)とかれんは思った。


 確かに昴は怪しそうな人には名刺を渡さないだろう。

 昴はそういう「人を見極める」ことに関しては、かなり長けているのだ。

 昴が渡したかれんの名刺を頼りに何人かのお客さんが求人広告の申し込みをしてきたが、どのお客さんも良い人だったし、金払いも良かった。

 オプションをたくさんつけたプランも、「良い人材が見つかるなら」とすんなり承諾してくれることが多い。


 元々、かれんは株式会社スカイの新潟事業部でもダントツで売り上げの良い営業だったから、「昴のおかげで売り上げが上がった」というほどのことはない。

 それでも昴がお客さんに渡してくれる名刺が、かれんの売り上げの貢献になっていることは確かだった。


 ただ、かれんは昴のおかげでお客さんから求人広告の申し込みの電話がきたり、売り上げが上がったりするたびに、嬉しいことは嬉しいが、何とも言えないモヤモヤとした気持ちになってしまうのだ。


 いや、かれんはどんなことに対しても、昴に「何とも言えないモヤモヤとした気持ち」を抱いてしまう。


 考えてみると、ずっと昔から、この「何とも言えないモヤモヤとした気持ち」はかれんの心に巣くっていたような気がする。


 なぜなら昴は、かれんと違って昔から努力せずに何でも「サクッ」と出来てしまう人間だったからだ。

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