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第7話 助けてあげたい!

「お母さんを助けてください!お願いします!」


 獣人の少女は涙を流してガクに縋り付いてきた。


「どうしたの?お母さん、何があったの?」

「あ!ご、ごめんなさい!私みたいな獣人が人族様に触ってしまって、お許しください!」

「ちょっと待った。別に獣人の君が僕に触れたって全然構わないよ。そんな決まり事があるの?」

「この辺りの獣人はみんなそういう扱いなんです。あなた様は何処か遠い所から来られたのですか?」


(スラムみたいなものなのだろうか。着ている服も麻の布を被っているだけだ)


「それよりもお母さんがどうしたのかな?何か困っているの?」

「ああ!そうでした!お母さんが病気なんです。でも、お薬を買うお金も無いですし、お医者様は獣人なんて触りたくも無いって断られるのです。でも、《キミア》の術師様なら獣人とも縁が深いから、もしかしたらって、思って、ごめんなさい!」

「なんで最後に謝るのさ。ええっと、僕はその《キミア》って言うのとはちょっと違うかな。似ているけど病気の薬は作れないよ」


 ポーションはレシピがあれば作れる筈だが、HPは回復しても病が治せるわけでは無い。

 ただ体力が戻るだけである。

 《魔導錬金術》には病気を根本的に治療する道具や薬を作る事は出来ないとされている。

 作れる薬は失った物を回復させる物ばかりであり、変異してしまった物や細菌やウイルスに対抗する物ではない。


「そ、そうですか。そうですよね。わかりました。これ以上、人族様にご迷惑をおかけする訳にはいかないです。ありがとうございました」

「うわ、待った!待った!」


 少女が踵を返して帰ろうとしたため慌てて腕を掴んでしまった。


「あ!ごめん」

「いえ。すみません、私の腕なんて」

「もう!さっきから獣人だからとか私なんてとか!いくら君が可愛くったって、そんなに卑屈になられるとちょっとイラッとするよ!」

「ふえっ、可愛い、ですか」

「そこじゃない!」


 とにかく母親の様子を見させてくれといって案内をしてもらう。

 歩きながら詳しい話を聞く。

 少女はアリス・ミルドという。

 この辺りは獣人達が路地裏で暮らしている場所で、普段は人族などは入ってこないそうだ。

 獣人は他の種族から迫害されており、住む場所もここに追いやられて仕方なく住み着いている。


「他では分かりませんが、この王都では獣人は人ではなくただの獣として扱われているのです。だから、仕事もろくなものに付けなくて」

「他の国に逃げる事はできないの?」

「獣人は入出国ができないのです。王都を出るだけでも大金が必要なのです」


 アリスの家に着いた。

 家といっても、木の板の壁で囲み、上に茅を並べただけの小屋だ。

 中に入ると、板敷の上に薄い布団で寝込んでいるアリスの母親がいた。


「お母さん!術師様が来てくださったの!もう大丈夫よ!」

「それはまあ、わざわざすみません。娘がご無理を言っていないでしょうか」

「ああ、そのまま寝ていてください。まだ、どこまで出来るか分かりませんので。少し見させてもらいますよ」


 明らかに死相が出ていると分かる程顔色が悪い。

 痩せこけて生命力が感じられない。


(とにかく何が原因か調べてみよう)


「アクティベート《鑑定》」


『アリシア・ミルド 26歳 女

 レベル:1

 HP:3

 MP:0

 状態:ミアズマ、衰弱』


(26歳!若っ!アリスちゃんっていったい何歳なの?!)


 アリスも《鑑定》で調べると11歳とでる。


(15の時の子供かぁ。はっ、いかんいかん、病気の方を見ないと。ミアズマってなんだ?病気の名前か何かかな)


「確かに何かの病気?かな。掛かっているみたいだね。今からちょっと色々やって見るけど、何が効くか分からないから、数打ちゃ当たる作戦で行くね」

「?は、はい、お願いします」


「アクティベート《ベレヌスの光》」


 ログを見ると『効果がありませんでした』と出ている。

 失敗である。


「ふわあ、術師様は魔道士様だったのですね!そんな高貴なお方がこんな場所に来てくださるなんて!」


(魔道士に様ね。魔法オタク少女ジゼルが高貴なお方に見えるか怪しいな)


「ダメだな。次!アクティベート《アスクレーピオスの杖》」

『治療可能な症状はありませんでした』


「くそっ、もしかして魔法じゃダメなのか。アクティベート《華佗青嚢書》」

『エレメントの互換性がありません』


「これならどうだ!アクティベート《おおなむちのかみ》」

『治療可能な医薬が見つかりました。

 調合を開始します。

 進行状況:1%』


「うおおっ!あった!治療可能な薬が作れるって!アリスちゃん、お母さん治るよ」

「本当ですか!ああ、神様!今日この日に魔道士様に引き合わせてくださいました事を感謝します」

「少し時間がかかるみたいだ。アリシアさんはこのまま安静にしていてくださいね」

「ありがとうございます。ありがとうございます。何てお礼を言ったらいいか」

「ああっだから動いちゃダメですって」


 魔法が完了するまで、アリスにここの事や獣人の扱いについて聞いていた。


「昔は獣人も普通に暮らしていたのだそうです。ある日この王都に住むある高貴な貴族様が獣人の女性を好きになり求婚をしました。その女性は求婚を受け入れたのですが、その途端に貴族様のお父様が領地の税計算で不正をしていた事が発覚して、爵位を剥奪されてしまいます」

「タイミングは丁度だったとしても、不正とは関係ないよね」

「はい、当時の皆様もそう思っていたのですが、その時に王宮付きの占い師様が『獣人が人の皮を被って災いを呼び寄せる』と占った事で、一気に獣人への風当たりが強くなったのです」

「なるほどね。王宮の中で獣人をよく思っていない派閥があるって事かな」

「ふわあ、さすが魔道士様です!当時は誰もその事に気付かなかったのですが、実はこの王都の教会が獣人そのものを嫌っていて、『神に嫌われた事で獣と混じった種族』という話を作って、王宮のある派閥の人達と一緒になって獣人の地位、えっと確か《神の五眷属》っていう立場を奪う足掛かりにしようとしていたのです」


 それからは、獣人は獣と同じ扱いにされ、各地でこの狭い路地裏のような場所に押し込められてしまった。

 人族よりも力が強く、その為反乱の可能性がある成人の男は謂れのない罪で投獄されたり、最悪処刑されてしまう時もあった。

 アリスの父親も最悪なケースの一人であった。

 そうして、力の弱くなった獣人族から《神の五眷属》の地位を人族が奪ってしまったのだ。



「それでも私達はここでひっそりと暮らせるだけ幸せなのです。王都以外の街では獣人が奴隷として売り買いされているのだとか」


(それでも、こんな酷い扱いはおかしい)


 ガクはこの人達をどうにか助けてあげたいと思っていた。

 人を信じず、人と関わりたがらなかったガクが積極的に助けようとしていた。


(問題はたくさんある。一番の問題は人族が持つ獣人への感情だ。一部の人が流した作り話にみんなが扇動されている。情報を多方面から得る方法が少ないから、上から流れてくる話を鵜呑みにしてしまうんだ)


 日本のようにインターネットで情報が飛び交う訳でも、スマートフォンで動画を撮られることもないこの世界では、上層部が意図的に流した偽情報を偽だと見破る事も疑う事さえ出来ない。


(なら、こっちも情報戦だ!)


 獣人がこれ以上迫害を受けない為にも、人族の意識改革が必要である。ガクはその方法を考える。


「あの、大丈夫ですか?」


 考え込んでしまった為にアリスに心配されてしまった。

 猫のような耳をパタパタと動かしながらガクを覗き込んでくる。


(くっ、可愛いな!あとはお金か。こんな場所じゃなくもっとちゃんとした生活が出来るようにするにはお金が必要だ)


 アリスの顔を眺めながら、再び考えに没頭する。


「あ、あの、そんなに見つめられると困りますぅ」


 猫耳がパタと倒れ困った顔をしているが、尻尾は物凄い勢いで振られている。


(ああ、この目で猫耳少女の実物を見る事ができるとは考えもしなかったな。それと、仕事だ。継続して生活するには獣人達が自ら働いてお金を稼ぐ環境を作らないと)


「ううっ、もう許してくださいぃっ。恥ずかしくて死にそう…」


 見つめ過ぎたらしい。

 両手で顔を隠してへたり込んでしまった。


「チンッ」


「うあえっ?今の音、何ですか?」


(音は聞こえるのか。何でそんな面倒な仕様なんだよ)


「薬が出来たみたいだね」


 ガクの手の上にキラキラと光が集まり出すと光の中に一粒の錠剤が現れる。アリシアの病気を治療する為だけにこの場で作られた薬だ。


「これを飲んでください。お薬です」


 アリシアは薬を受け取ると躊躇なくそれを飲み込んだ。


(いま会ったばかりの人が怪しい方法で出した薬なのに疑わないのだろうか)


 もう一度《鑑定》をアリシアに使ってみる。


『アリシア・ミルド 26歳 女

 レベル:1

 HP:3

 MP:0

 状態:衰弱』


「うん。アリシアさんの病気は治ったみたいだ。あとは体力が低下しているだけだね。それなら。アクティベート《ヒーリング》」


 HPが12まで回復する。

 これがアリシアの最大値なのだろう。

 状態にも何も表示されなくなった。


「体力も回復しました。顔色、良くなりましたね」

「本当だあ!お母さんどう?」

「はい。さっきまでの身体中の痛みが嘘のようです。なんだか身体も軽くて、ほらこんなに動かしても平気です!」


 アリシアは布団から飛び起き、腕と尻尾を振り回している。


「お母さん、恥ずかしいよう」

「だって、痛みもないし、力が溢れてくるようで嬉しいんですもん!」


(若いなー。アリスちゃんと姉妹みたいだよ)


「ああっ、ごめんなさい!私ったらはしゃいじゃって。魔道士様、私なんかの為に手を尽くして頂いて本当にありがとうございました!お礼も出来ず申し訳ないのですが」


「もう、親子で『なんか』って言うんだから。お礼も不要ですよ。アリスちゃんのお母さんを想う気持ちが僕をここに連れてきたんですから」

「私、決めました!お母さんを治してくれたお礼に魔道士様に仕えて一生お世話をします!」


(何を急に言い出すんだこの娘は。そんな事言ったらお医者さんは家中使用人だらけになっちゃうよ)


「それはいい考えね!あ、そうだ、私も一緒にお仕えします!ちょっと年上だけど、お世話は得意ですよ!」


(この世界の人は基本アホなのか?)


「二人とも落ち着いて、僕はまだ成人していないし、お金もあまり持っていない。二人を養うのは今は出来ないよ」

「今は?それならいつなら良いですか?私絶対お母さんより良いお世話します!」

「あら、お母さんはアリスより何年も色々なお世話をしているのよ!お父さんだってきっと許してくれるわ」

「だあっ、アホ親子は少し黙ってて!アリシアさんも小さな子供に変な事で張り合わないで!今はまだ、もう少しここで待っててくれないかな。約束とかは出来ないし、僕自身も何が出来るか分からないけど、やれる事をやってみたいんだ」


 ガクはこの二人だけでなく獣人全体のこの境遇を何とかしたいと思っていた。

 この二人でさえも救うのは大変だろう。

 会って間もない、言ってみれば何の関わりもなかった他人に何故ここまでしようと考えたのか、ガクは自身の変化に考えが追いつかず戸惑っていた。


(今はこの気持ちを大切にしよう。この親子を助けたい!そして、同じ境遇の獣人達も同時に助けられたら尚良い)


 もう夜になってしまった。

 家族も心配してくれているだろうか。

 今後の行動の為にも一度家に帰って下準備をしたい。


「僕は一度家に帰ります。明日また来ます。だから今はここで待っててください」

「それはあの勇者物語に出てくる獣神パーン様の別れ際のお言葉…。いけません、亡くなったとはいえ私には夫がいます。ああ、でも心の広い夫ならあっさり許してくれるはず。魔道士様、私を迎えに来るのをいつまでも待ってます!」

「お母さんみたいな年上は魔道士様は好みではないのです!私みたいな幼子がど真ん中なのです!」


(面倒な親子だな。さっきの決意が鈍るよ。もうこのままほって置いてもいいかな)


「ふふっごめんなさいね。ここ数年ずっとふさぎ込んでいたし、私が病に倒れてからも暗い出来事しか無かったものですから嬉しいんです。アリスもありがとう。あなたのお陰で生きる希望が持てたわ」

「お母さん…」


 ガクはようやく親子の元を離れ、路地裏の人のいない場所まで来た。

 《ビジターカード》を取り出して使用する。


「アクティベート《ビジターカード》」


 ランダム転移の下に『ムンドゥス』と書かれている。

 ガクは元いた世界とここの世界しか来ていないから、これがガクの世界、日本のあるセグメントであろう。


(こんな名前のセグメントだったんだ)


 自分の世界を選び、元いた場所へと帰る。

 軽い目眩と共に見える景色が一変する。

 見慣れたガクの自室が目に飛び込んで来るが、今朝ここに居たとは思えない程懐かしく感じる。

 あちらの世界が濃かったと言うのもあり、こちらの世界の生活が希薄で色の無かったものだったと言うのもある。


(ここは僕にとっての何なんだ。生まれ育った僕の世界だけど、それが何になるんだ?あっちの方がよっぽど僕に似合ってる)


 一人になると、急に気持ちが落ち込み、ネガティブな感情が溢れて来る。

 あちらの世界の人々といるのが楽しく、自分を否定しない、自分も否定しないで済む世界が眩しく感じる。

 だがその感情が、自分を生み出してくれたこの世界を裏切っているような気がして、自分が恥ずかしくなる。


(いかん、いかん!ネガティブ禁止!やる事はたくさんあるんだ!こんな事で落ち込んでいる暇はないんだ!)


 ガクはあちらの世界でやるべき事を見つけた。

 その為なら、自分は動けるはずだ、と、この世界でやれる事をしに動き出した。



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