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第6話 帰れません

 いつでも出来る事と言うのは得てして中々実行に移せないものである。

 部屋の片付け然り、子供の夏休みの宿題然り。

 元の世界に帰る、然り。


「あ、あの、僕そろそろ帰ろうっかなぁって、思うんですけど」

「なんだー!君は私とはもう飲みたくないって言うのかー!」

「シ、シャルさん、酔ってるんですか?」

「姫はシラフじゃよ。雰囲気に酔ってるだけじゃ」


 王都に着いた一行は、シャル達が一度王室に報告に行った後、この食堂で打ち上げ兼反省会をしていた。

 報告に行っている間もジゼルとセドリックがガクを逃さなかった。


「ガクさんは他にも凄い魔法が使えるのですか!どうやったらあれ程の神の力を得ることが出来るようになったんですか?あの呪文は聞いたことが無いです!あれはどこの言葉なのですか!!」

「ジゼルさん、落ち着いて。ほら口元にごはんが付いてますよ」


 ジゼルを見ていると妹のウサギが小さかった頃を思い出し、世話を焼きたくなる。

 ジゼルの口を拭ってあげると「はい。綺麗なったね」と頭をポンポンとしてしまう。


(はっ!しまった!小さかったウサギに良くこうしていたからついうっかりしてしまった!よく考えたらウサギが話してくれなくなったのもこういうので気持ち悪がられたからかも…)


「うぐっ、シャル団長だけじゃなく私までっ!そうは行かないですよ!まだたらされる訳には行かないのです!魔法の秘密を教えてもらうまでは!」


(……アホの子なのか?たらされるのは確定なんだな)


「もうジゼルでいいや。敬語も無しな」

「うええっ?!唐突な私の扱い低下…。私あの時尽くしましたよね!ずっとお側に控えていたんですよ!」

「ちょっと待てい!貴様、俺のジゼルちゃんに尽くさせただとう?!」


 バルドーは酔っている。


「誰が俺のジゼルですか!私はまだ誰のものでもありません!」


(昭和のアイドルかよ)


「バルドーの坊主はずっとジゼル嬢ちゃんの事を好いているからのう。二人一組の時はジゼル嬢ちゃんに近づいて一緒に組もうとするし、この間はジゼル嬢ちゃんの残した干し肉をこっそり持ち帰っていたし。若いと言うのはいいもんじゃのう」

「うげっ!バルドーさんそんな人だったんですね…。私もっと真面目な人かと思ってました」

「違うんだジゼルちゃん!あれは勿体ないから家の犬にあげようとしただけなんだ!クソじじい!何俺のジゼルちゃんに変な事吹き込んでるんだ!」

「だから私はガク、じゃなくて誰のものでもないですって」


 そんな楽しい?ひと時を過ごしたガクは実は焦っていた。


(帰るタイミングが見つからない!みんな楽しんでいるみたいだし、ここで僕一人が帰ります!なんて言える雰囲気じゃ無い)


 外を見ると夕方になってきている。

 まだ大丈夫だとは思うが、このまま夜までここで騒ぐつもりなのではと思うと気が気でなら無い。


「食べるもの無くなったみたいだし、そろそろ出るとしようか」


 シャルの一声で店を出ることになる。


(良かったー。そうだよね。流石にぶっ続けとか無いよね。あまり予算ないみたいだし)


「それじゃあ、そろそろ僕は帰ります」

「何を言う!まだ夜にすらなっていないぞ!次の店に行くんだ!」

「明日!そう明日また会いましょう!明日の夕方になっちゃいますけど、シャルさんに会いに行きますよ。だから今日はこれで…」

「あ、会いに、来る、だと…」


(あれぇ?何か気に触る事言ったか?)


「そ、そうか!それなら仕方ないな!うむ、うむ、私に会いに来るのなら、今日はもう帰って明日の準備をしなくてはな!」


 何の準備なのかは怖くて聞けないガクはシャルの住む場所を教えてもらってから、ようやく一人になる事が出来た。

 別れ際にジゼルが小さい声で(私には会いに来てくれないんですね…)と言ったような気がしたが、ガクは聞かなかった事にした。


(面倒な人達だと思ったけど、一緒にいて安心するのはなんでだろうな。もう学校とか家とかいいから、騎士団に入っちゃうか?でもレンゲちゃんが心配するかなぁ)


 ここ最近はこんな考え方などしたことが無かった。

 いつも誰かが自分を騙して笑っている、誰かの言葉の裏にには罠がある、と勘ぐってばかりだった。

 一緒にいたいとか、誰かが自分の事を心配しているかも、と言う気持ちにガク自身が驚いている。


 この世界が特殊なのか、それともここが普通であの今までいた世界が異常なのか。


 それでも、今のこの気持ちは嫌ではないので、ガクはもう少しここで、この幸せな雰囲気を楽しみたかった。


 いつでも出来るからといって後回しにすると、次のチャンスは中々来なくなるものである。


 ◇


 せっかくだからと、ガクはまたこの世界に来られるように、《ビジターカード》の予備を作っておこうと思い立った。

 あちらに戻ると円のお金がかかる。

 だが円の持ち合わせはあいにくあまり無い。

 もちろんドルやポンドも無い。

 この世界ならどうだろう。

 なんと金貨8枚も持っているではないか。


(この金貨の価値が分からないとどうしようもないんだよなぁ)


 《ビジターカード》に必要な素材として金粉があるが、金貨を《錬金》して作れないだろうか、宝石は世界観が違っていても同じものがあるのだろうか、分からなければ調べればいい。


 元々、研究したり何かを作る事が好きだったガクは、この世界でもまた創作意欲が湧き出していた。


『アニエスの魔導具屋』


 ここなら何か揃うかもしれない。

 ガクは店の窓から中を伺い、店に入るかを悩んでいた。

 当たり前だが店には店員がいる。

 中に入れば挨拶をしなければならないし、欲しい物を聞かれるかも知れない。

 つまりガクは会話をしなければならない事に悩んでいた。


(だ、大丈夫だ。シャルさんとかジゼルとか案外平気だったじゃ無いか!いや、あの人達だけが特殊で他の人はあっちの世界と同じなんじゃ無いのか?)


 シャル達と別れて一人になった事で、ここに来る前のガクに戻り始めていた。

 不安と疑念に支配されて来ている。


「あのう。入らないんですかぁ?」


 ビクゥッ!

 いきなり話しかけられて驚くガク。

 店の中から一人の少女が出てきていた。

 先程窓から見えていた店員である。


(悩んでいるうちに強制エンカウントしてしまった…)


「中へどうぞ。うちは品揃えは自信があるんですよう」


 仕方無しにガクは店の中に入る。

 一度会話してしまったのなら、もう後はなんとでもなれと気持ちを切り替えられた。

 やはりここに来る前とは少しだけ変わってきていたガクだった。


 店の中は何に使うのか分からないが何故かワクワクする物で溢れていた。

 様々な色の粉、小瓶に入った液体、ただの木の枝にしか見えない物、子供の落書きの様な絵なのか文字なのかよく分からないもの、きっと必要な人には重要なアイテムなのだろうが今のガクには全く分からない。


「それでぇ、何がご入用ですかぁ?」


 店員はふわふわとした髪にふわふわとした表情でふわふわと話しかけてくる。

 ガクもそのお陰で落ち着きを取り戻した。


「あるものを作る素材が欲しいんです。一番必要なのは金粉と後は宝石のブラッドストーンというのなんですけどありますか?」

「金粉はありますよぅ。ブラッドストーンと言うのはないですねぇ。どんな宝石なんですかぁ?」

「濃い緑色に血の色の斑点があって止血とか腫れを退かせるって言われているものです」

「ヘリオトロープのことかしらねぇ。これであってる?」


 石がゴロゴロと入っている箱に無造作に手を突っ込み、手を抜くとそこにはブラッドストーンが数個握られていた。


「今のどうやったんですか?」

「うふふ。ひ・み・つ?」

「今の言い方で、なんで疑問形なんですか」


(良かった、この世界ならみんなこんな感じだ。ちょっと安心)


 シャル達といた時の調子が戻ってきた。

 ガクにとっては話が続けられるだけでも心が落ち着く相手になる。少しくらい不思議な人でも誤差範囲である。


「物はこれですね。いくらですか?」

「金粉はこの小瓶で大銀貨一枚。ヘリオトロープはこの一掴みで銀貨一枚よぅ」


 小瓶にはぎっしり金粉が入っていた。

 日本で買った0.05gの物と比べると、これなら1g以上入っている様に見える。

 ブラッドストーンは12個あった。


(大体、大銀貨で一万円位と見ていいのかな。宝石は価値観が違うと値段も大きく変わるから分からないな。銀貨で千円位だとすると、ええっ、金貨ってもしかして十万円?!)


 そうなると今手元には80万円相当の金貨がある事になる。

 シャルは更に100万円を渡そうとしていたのかと思うと、あの人は何を考えているのか、と今更ながらに複雑な気持ちになる。


 金貨を一枚革袋から取り出して渡す。


「あらぁ。お金持ちなのねぇ」


 お釣りに何枚もの大銀貨や銀貨が出てくるかと思いきや、小金貨一枚と大銀貨三枚、銀貨一枚が返ってきた。


(小が有るのか。小金貨が5万で銀貨は5千か!ブラッドストーン高っ!あ、いや、12個だから一個400円くらいか。なら日本とあまりかわらないかな。10万円から1万5千円を支払ってお釣りが8万5千円と言ったところかな)


「そうだ、上質な紙とインクはありますか?」

「あらあ?もしかしてあなた《旅人》さん?自分で《旅人の証》が作れるなんて凄いのねぇ」

「《旅人》?これで何を作るのか分かるんですか?」

「ええ。《扉》を超えて来たのよねぇ。《扉》はなんて言ったかしら、あ、《セグメント》だったわねぇ」


 この世界でセグメントの名前を聞くとは思っても見なかった。

 この世界なりの言い回しはあるようだが、セグメントの名は世界共通らしい。


「セグメントを渡って来た人が他にもいるって事ですか?」

「ええ。あまりいないけどいるわよう。ここであなたと同じように素材を買って行った人もいるし、ここに永住した人もいるわねぇ」


 結局、紙とインクと素材を混ぜる時の皿も買い揃える。

 ガクの自室にはまだコピー用紙とインクが残っているが、この世界の物だけで作れるか試してみる事にした。


(他にも現実世界でセグメント転移ができる人がいて、この世界にも来ているのが分かったのは良かったな。この王都にもまだいて、何処かですれ違っているのかも知れないのか)


 もし別世界から来た人に会えたとしても、日本から、いや地球から来ているとは限らない。

 だが会えたのなら、どんな世界から来たのか話を聞いてみたいとガクは思っていた。

 そんな積極的に話を聞くという発想にたどり着いたのは、やはり何かが変わって来ているからなのか、それとも単にその場面を想像できていないだけなのか。


 店を出て人通りの少ない路地裏に入る。

 人が来ないのを確認して袋から今買ったばかりの素材を取り出して、皿に全ての素材を入れる。

 相変わらずインクは目分量であるため、また真っ黒なカードが出来上がる予定だ。


 ステータス画面から《魔導錬金術》の《ビジターカード》のレシピを選ぶ。


(こっちなら音声入力でも良かったな)


 何度も音声で魔法を使っているうちに恥ずかしさはとうの昔に無くなっていた。


「チンッ」


 分量が良かったらしく今度は殆どインクの余りが出ず、今までになく綺麗な《ビジターカード》が出来上がった。

 金粉や宝石はまだしも紙とインクは持っていられない為、全て使い切るまでカードを作った。

 結局、10枚の《ビジターカード》を作ったところで、紙とインクが無くなった。

 金粉の小瓶とブラッドストーン2個はズボンのポケットにしまっておく。


(収納する魔法か《魔法の袋》が欲しくなって来たな)


 ゲームでは当たり前のように使える《魔法の袋》だが、現実世界には初期装備などない為、自ら作成するしかない。

 家に帰ったらネットでレシピを調べてみる事にする。

 こちらには何回も来る事が出来るようになったし、素材もこちらの方が金策に走る必要がない為集めやすい。

 日本で調べて、ここで素材集めをすれば、高度な魔導具も作れるかも知れない。


(うおおっ!今日は寝ないで調べまくるぞ)


 自宅へと帰るべく、《ビジターカード》を一枚取り出して起動しようとする。


「あの、すみません。今のって《キミア》ですよね?」

「アクティブうえっ?!」


 誰もいないと思っていた為、《ビジターカード》を天に掲げ、高らかに魔法詠唱をしようとしていたので、とても恥ずかしい場面を見られてしまった。

 振り返ると年下と思われる、猫のような耳と尻尾に褐色の肌を持つ獣人の少女だった。


「す、すみません、あの、そのポーズかっこいいですよ…。多分」


(うおおおっ!やめてくれぇっ!生温いフォローになるくらいならいっそトドメを刺してくれ!)


「うぐぐ。それで、何でしたっけ」

「あ、《キミア》です。今、何か《キミア》で精錬していましたよね」


(錬金術の事をアルケミアとかアルケミーとか言うからそれに近い物なのかな)


「《キミア》って言うのとは違うかも知れないけど、これを作ってたよ」


 《ビジターカード》を見せてみる。


「…あの!お母さんを助けてください!」


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