4-04 地下遺跡探索
ツバルは王冠の建物から出たときからフラフラだ。執行者おとーさんによるこしょばしの刑による後遺症で笑いすぎてフラフラだった。火照ってる体をフラフラして冷ましている。
頭に血が上っている時には偉い人は甘いものを食べるらしいから、もらったお菓子を食べていた。うそ。ふつーにお菓子食べたかっただけだ。
最初箱を開けたとき、そのお菓子は円形のドーナツの形をしていて、真ん中はあのおじさんが食べたんだなとちょっと不機嫌になった。でもおじさんもお菓子を食べたかったんだなと思って、欲張りをちょっぴり反省。
「で、総督はどんな人だった?」
「たぶんいつもくるひんでいひゅとおもふよ」
お父さんにコラ! 口にモノが入った状態で喋らないとまた怒られたので、せっせと美味しい幸せを急ぎ足で飲み込む。一端落ち着いたから話し始める。
「あのそーとくさんは頭の中にもう一人のいると思ふんだ。その人がいつもぎゃーぎゃー子どもみたいにうるさくて、気が散ってしょうがないから我慢できないと思うんだ。ぷいっと聞こえないふりすればいーんだけど、しゅごたいちょーさんは優しいからできない」
やっと説明し終えて他大陸の焼き菓子バームクーヘンの続きへ行く。とてもかわいらしい小さな手で固まりをちぎっては口に入れるという動作を繰り返した。
「それにお父さんもそうとくさんをしっかり見極めていたんじゃないの? 直立姿勢のままで嫌なことされても、少しだけ口元笑っているからって母さんに言われたし」
たく……女子は成長が早いとよく聞くがもうあいつに似てくるとは……と、おとーさんはとても歯がゆい喜びに満ちていた。
それにしても総督は寛大なお方だ。その人柄か中央の方からも、個人宛ての手紙を定期的に配達してくる。慕われている人が多いのだろう。
まだかなり若いのに。マツカイサ帝国騎士団にも若い将校を集めた青年隊が結成されたとも聞くから、時代がそういった連中を求めているのだろう。
「セン。父さんや総督のように、自分の能力で大切な人を助ける生き方をしなさい」
「お父さん。おっさんくさ~い」
ばっさり。
お父さんは傷ついた。
エケは総督府の地下に位置する牢屋へと向かっていた。
目的は対岸の隣大陸から極秘に護送されてきていた凶悪犯を、内陸のターピティという巨大な裁判所へと移動させる護送の準備だ。
一週間ほど前の深夜に海路で目の前の海峡を渡ってきた。
この案件は上の連合本部からの極秘の特命で、故にこのアキサン総督府にはエケの他には隣にいる守護隊長、そして口の堅い信用できる数人の精鋭しか知らされていない。とりあえず詳細は伏せて想定される事態には備え、いつでも対応できるようにいつもより倍の警備体制になっている。
今夜の深夜に内陸からくる護送団に引き渡すまでが今回の任務だ。
それにしても牢屋までのとにかく階段を下りる地下通路が長い長い。過去に他大陸からの侵略に備えて、アキサンの街の下には籠城、又はゲリラ戦用の地下要塞といわれる遺跡が残っている。牢屋はそれを利用して造られた。
守備隊長の並々ならぬ提案(?)によって、十分すぎる用心をもって、一人につきろうそくが一ダース入っている箱を二箱持たされている。満タンの水筒、ランプも個人単位で一つずつ。わざわざポケットを膨らませなくても、水はともかく灯りは小型の燃焼魔法じゃ駄目なのか? と聞いたが、「この迷宮に入るのに体力を温存しておく必要性が分からないのか!」と怒鳴られたのでここは素直にそれに従っている。隣で呼吸が乱れていられるとこちらも胸が苦しいし、何よりむさい。
守護隊長がそこまでいう理由は、通路の一帯に人骨が並べられた地下墓地があるらしく、現に守護隊長は小さいころに深く迷い込んだのがトラウマになっているらしい。
でも何日も迷うほどではないだろう。
「着きました」
先頭で同行していた選抜の部下が終点を告げた。
牢屋の手前だけが少し登り坂になっている。そこで鈍重な青銅の扉を部下が手筈通りに開けるのを待つ。その大きさは数世紀にも渡って使われている内陸の首都の大昔の金庫に負けてはいない。それなりに時間がかかると思っていたがすぐに解錠が終わる。手際が良い。
「どうぞ」
先行した部下が中を確認して扉の脇に立ち、遠慮なくその横を通り過ぎて入る。その後に震える足で守護隊長、その他が続く。
その中は今までの手掘りの歪な通路とは違い、計算された真っ直ぐ直線的な今までとは違う空間であった。ここだけを限定して改修されたのが最近……と言っても数十年は経っているが、総督が替わっても、こういうメンテナンスは続けているため問題はない。
牢と牢同士は厚い丈夫な壁で囲われ、厚く、そして打撃・魔力の耐久性の高い特殊な合金で体を縛られる。通路に面する格子も同様な素材を使われていて、自力の脱獄を許さない。
エケはさらに奥へと進んだ。途中で通り過ぎた牢屋は一つも使われていない。これから対面する奴らだけの貸し切り部屋だ。
「これか……」
格子から一メートル離れた場所で最初に様子を伺う。
そいつは固く厚そうなオレンジの布で全身を覆われていた。顔にあたる部分は外が見えるように金属の縁でガラスが固定されていた。その上から動かないように特殊な鎖で全身を壁に固定されていた。四肢はきちんと見えているが一瞬蓑虫みたいに見えたりもする。
そして繭みたいな脇にはベンチほどの布に覆われた大きさの直方体のものが二つ置かれていた。詳細は分からないがこいつらを縛るための魔法器具らしい。隣大陸の使者からの情報によれば中身は液体らしく、とても運搬には苦労をしたらしい。
一方“奴”本体は魔力をまるっきり感じないという不気味さがあるが、かなり最先端の魔法用具で極限まで奴の力を抑えているのだろう。
これが連合上層部の隠しておきたいものの全体像だった。
「ほんとお前は何をしたのか?」
と小さくつぶやいた。
「総督!」
突然、部下達が警告した。
目の前の奴に身構えて視点を戻すと、のガラス窓が下に俯いていたのに我々へ向けて合わしていた。
部下は早くに剣に手を伸ばし、戦闘態系で構えている。全員の緊張が走った。
我々が奴のガラス窓を覗いても鏡のように反射して奥が見えない。
奴はその間何も言わない。
少し時間が経つと頭を少しだけ下げた。
「少し首を動かしてこちらを“見た”だけか」
牢屋を後にした後、行きより長い時間へとかけて地上へと戻っていった。
「今の時刻は?」
「はい。八時十三分です」
「移動で往復三十分強か……。ここまで複雑な要塞を造った先人には敬意を払うが、今の時世にこんなデカ物を管理するのも無駄だ。最低限のある程度の改装を施してコンパクトに運営した方が効率よさそうだ」
角を曲がり、突然の衝撃に顔を手で覆う。暗闇になれた目に光はつらい。
むさいメンバー隊の小さな探検も終わりだ。
「やっほい光だ! 俺は帰ってきたぞ!」
奇声を言い、普通は考えられない守護隊長の狂ったような激走に部下達が全員取り押さえにかかった。守護隊長はその追撃をひらりひらりとかわし、我一番に出口へ消えていった。
あいつには後で始末書を書かせておこう。
それに靴紐を踏んづけて解き、それを気づかずに歩いた総督後ろでこけた。
「総督! どうかなされましたか?」
あほに対応を取られていた部下の一人だけが気づいた。
外から一人だけ地下通路の様子が見えたからだ。
「良い。靴紐がほどけてこけただけだ。それだけで世話になる子供じゃない」
ついてないな。としゃがんでランプを傍らに置き、ひもを結び始める。




