3-29 影は刺される
〇少し時間は遡る――
バイチーク城 皇帝執務室
イストール地方の大国元首である若い皇帝。プラムマツカイサが仕事に追われている。
「ネードは予定通りホイシャルゼロゾーンへ移送されていきました」
「世界の英雄が眠ると噂する場所。先の大戦の最終決戦場。危険物を保管するには丁度良い」
「陛下。その言葉はここだけにしてください」
秘書官アジサイが心配そうに声をかけた。
その顔を見て悪戯っぽい笑顔を見せた。
「分かっている。湾で半壊している3杯の御座船はどうなっている」
「予定通り業者を派遣させて修理を開始しています。通常のドックには入りきらないため所定位置まで曳航して作業になります。他、会議場の撤去作業も開始され、本日中には海路の確保予定です」
「そうか。影響は今月23パーセントで収束予定か。国際会議の特需が全て吹っ飛んだな。バケットも」
「あの……」
「本当にボックリ様の形見をウリモ氏に渡してよろしいのですか?」
「それは偽英雄に言ってくれ。あいつが本気になったらロクなことがない。ウリモ氏への弱みを無力化したのは借りだな」
後ろに“恩恵”影王を確認した。大きくヒビの入っているもので、背景のバイチークの街並みが確認できた。
椅子に大きくよりかかった。大きなため息も出た。
「……プラム。もう休まれますか」
「そうだな。今日はもう下がってくれ」
一礼してアジサイは扉を閉めた。
目を閉じた。
まぶたの裏には先ほどの出来事を思い出していた。
太陽に照らされながら凍結封印された大きな氷塊を見る。
遠くの方ではミサスが“政敵”ウリモが話しかけていた。
そしてジョー・サカタが前に立ち、“あの”言葉を伝えた。
「忌々しい。あいつが本気になってロクなことにならない」
「やっと本音が出たか」
目を見開いた。
窓から侵入したのか首筋に冷たい風を感じた。
後ろには慣れ親しんだ、畏怖すべき存在が立っていた。
「……兄上生きていましたか」
「ホスト役を務める平和な未来を決める会議場で、世界の敵である虚言癖の狂信者がかき乱し、最後は英雄の偽物が最後に出っ張り……」
「辞めてください。そして青臭い国の首長が出陣して現場を混乱させた。いつものお叱りでしょう」
プラムは苦笑いをした。
そうだ。兄上――ボット・マツカイサは全てを見通して説教してくる。
「プラム。あなたは大儀のために非道になることを知っている。きっかけはヒロか?」
「…………」
黙るプラムの前に魔法器具が置かれていた。
音声を記憶する録音機だ。シャトラキ地方で量産に成功したもので、中に記憶されている円盤が回り、スピーカーを振動させる。
プラムは再生ボタンを押した。
そして何回も聞いた自身の声を聴く。
#「ヒロの奴らは施しても、改善の手を渡しても無視する。それに当然とばかりに松国の金をたかる。次期皇帝の朕にも頭をたらない。あの時は幸運だった。朕が預かる松国の民を天秤にかけて切り捨てるべき犠牲だった。しかも自滅だったから都合がよい」
カチッと歯車が止まり、1つのトラックの再生を終えた。
「水害の時“ヒロ”事実はどうであれ、過去に朕が言った言葉だ。先日これをネタにナメル氏からネタを強請られた」
「だがそれ問題でない」
一息入れてプラムは再生ボタンを押して
#「マウ嬢を囮に使われたのを本人に気づかれていないのが不幸中の幸いか」
#「お姉さん方に矛先が行ってしまったら、外交問題になってしまう。いくらマツカイサ帝国の国力が世界有数とはいえ、三大陸からの干渉は負ける」
#「実行犯の“ヒロの英雄”ネードは生存している。洗脳魔法を受けていたという証明は容易とはいえ、“英雄”の名前にケチがついてはいけない」
淡々と記憶されている音声を聞かせた。
「…………」
今度は話かけてきた存在が口を閉ざした。
「兄上。朕はマツカイサ帝国を率いる皇帝だ。あの時は1人できると思っていた。兄上のように目指しても効果がなかった。今は手足となるしもべが沢山いる」
その言葉を聞いて頬を上げた。
「私を部下に斬らせたのもか?」
プラムは後ろを振り返った。
声の主は誰もいない。
目に入ったのは胸にあった恩恵“影王”
そしてヒビが入っていた。
「光栄でしょう。あなたの証明した第二世代は今回のナメルの一件を引き起こし、単独で対処ができた。こちらとしての準備は騎士団第一隊であったり、“魔力暴走”という切り札もあった」
「…………」
「恩恵“影王”は魔術を完璧に記憶するもの。世界の英雄とパーティーを組んでいたあなたはさぞ強力なものをお持ちでしょう。こういった仕掛けを残すことも容易でしょう。肉体を封印されても義体を核に平和すぎる世界を相手に大立ち回りをした。し過ぎた」
ひび割れた影王を手に取る。
「“世界の英雄”は過去に。平和な世界から朕は帝国を栄えさせる」
皇帝プラム・マツカイサは大きく手を掲げた。
鈍い鉛が街の光で輝いていた。
今はもう太陽は沈み、夜になっていた。




