3-25 湾の上の対決
少し時間が経った。
マウは重たい瞼を開く。
遠くの方で魔力のぶつかりあいを感じる。その爆音や爆風は不安定に浮かんでいる会議場を揺らす。
瓦礫で汚れいている床に手をつき、立ち上がる。
回復魔法をかけられた痕跡があるが、状況が読み込めない。
ふと下を見ると、ナメルに殴り飛ばされていた反乱兵士が横になっていた。
しかも、足を掴もうと動きだしそうだった。
「なぜ凶変した男についていく」
慌てて、机にかけられていたテーブルクロスで拘束を行い、暴れた守護隊員に諭す。
今回の反乱。ヒロ出身の青年隊と聞いていたが、見た目。性別もバラバラだった。
共通していたのは、ナメルから“洗脳されやすい”同世代の人間ばかりだった。
「恵まれているあなたには分からないだろうが、我々は水害の件で無視されてきた」
「誰もが言う平和な世界という妄言に騙されない。隊長は胡散臭い正義の味方だ」
言い返そうとは思わない。急速に魔力の出力が落ちていた。
もう死ぬ。
「ミサス・シンギザ。あいつを追いかけた方が良い」
「? 何でミサス」
「さっきから恩恵“狩猟王”で派手にナメルとサシで戦っているが、奴のスキルは武器無効。十徳刀という異名を聞く器用な武器使いには相性最悪でないのか?」
マウは離れて外の方へ見た。
遠くで眩しい光の閃光が輝いている。
〇マツカイサ湾上
ミサスとネード(ナメル乗っ取り)は“恩恵”の力を激突させていた。
陸地から比較的近いところではあるが、海上では地脈からの魔力供給は滞っていく。
恩恵からの膨大な魔力供給が単独での大技を可能にする。
ミサスは今まで狩ってきた獲物の特徴的な部位を変化させていく。
大きな攻撃が来たら身体をスライムの柔軟性で受け流す。
そのままカウンターでコルピタラの猪突猛進の破壊力で空気を踏み込み突っ切る。
口を大きくさせて、メリロイドラゴンの高熱のブレスで牽制をする……。
かつて大学で魔力を暴走させたカズルとは違い、移動や攻撃、回避まで使いこなしている。
「斬る」
ネードは片手剣で息を斬り、左手の盾で追撃を受け止め、足でミサスの身体の芯を捉えて海上へ蹴り落とす。
大きく立ち上る水柱を無表情で見つめる。
胸に埋め込まれている恩恵“影王”からは、高笑いが聞こえてくる。
「ミサス様。ネードの固有スキルは勇者“偽”。作り物ですけどスペックで完全に負けています」
“狩猟王”からカリの声が聞こえてくる。海面に上がり、身体の一部をタコの足へ変形させて水を拭う。ミサスに恩恵の主導権はあるが、カリは細かい動作や魔力補助に徹している。
「他大陸の評価軸か。因みに俺のスキルは何だ?」
「魔力属性は火。固有スキルは勝ち筋。いかなる時でも勝てる方法はあります」
「……前向きになれか」
完全に力押されていることは分かっている。
「無様だな」
「!」
ネードが下りて来て、ミサスの胸にある恩恵を引きちぎり、さらに蹴りを入れた。
「踏み場のない海上で、こんな破壊力のある蹴りができるんだよ」
ミサスは思ったことを口にできず、そのまま他大陸の御座船の中央へ突っ込んでいった。
受け身を取ったが、大きく割れた木片が舞った。
「コロコロの生き残りも恩恵を使って肉体を精製していると噂になっていたが、素人にはオイタが過ぎる」
ネードは“狩猟王”を握りつぶしていく。
ミサスは目を開いて足へしがみついた。態勢を崩せないが瓦礫の上に固定した。
その一瞬を見逃さない。
「締めて!わが友!」「轟轟砲拳」「サンダーランス」
ビオンテが握っている腕を蔓で引っ張る。
ガイノが持ち前の小手でネードに一撃。
さらにクモンが大きな雷撃系統の魔力をぶつける。
三方向からの息のあった攻撃。ネードはいたるところから赤い血が流れる。
「こんなものか」
「「「!」」」
直接当たっていたガイノの腕をつかみ、クモンの方へ投げ飛ばす。
そして封じられていた手を蔓ごと無理やり引きちぎって、恩恵を魔力をかけたスピードでガイノに投げつけた。植物の壁を作って防ごうとするが、貫通し顔面にあたる。
そして床に散らばっている木片をガイノとクモンへ投げ続ける。必死に防御魔法を稼働させるが、貫通していき、意味をなさない。そのまま突き刺さっていき、大きく肉をえぐっていった。
ネードは完全に動かなくなったことを確認してから、さらに30秒念入りに攻撃をやめなかった。
「あの方もこういった下女が必要なのは仕方なかった。その腹が産んだ箱入り娘ごときがこれだ。我儘のまま御座船沈めた長男と言い、後継者に恵まれない。守護青年隊をたきつけても反抗するしか能がない」
周りを見渡すと立っている人間がいない。
ネードは無表情のまま。ただ声色が寂しそうに。そして怒りで叫ぶ。
「たった数日前の国際会議で決められたことを知っているか? 各国の拠点を通信魔法陣で結んでこの平和な世界を仇する勢力を見つけたら包囲網を引く。その裏では財力・物量・文化での殴りあい。そして誰が戦争を起こすのかのチキンレース。あの方がひたすら戦ったうえで勝ち得た世界がこれかああ!」
怒声が深夜の湾に響く。答える人間はいない。
服はボロボロになり、戦闘服の防御は意味をなしていない。
いたるところから煙と血の臭いしか充満していない。
たった一人。武器を無効とするチート人間に蹂躙を許している。
「返事がないなら良い。一つ実験をしてやろう」
ネードから恩恵が外れる。黒い靄が噴き出していき、ナメルの身体を形成された。
抜け殻となったネードは目を閉じ、バタンとその場に倒れた。
その様子を鼻で笑い、異空間の収納を展開させて中に入っていたものを出した。
「マツカイサ帝国皇帝」
〇 〇 〇
ネードは目を覚ました。
周りを見渡すと、見慣れた守護隊員の仲間が倒れ、その手前に遠くで見た世界の英雄の娘。
そしていつもバイチークへ来ると立ちふさがってくるミサス。
そういうことよりも、ヒロの水害の元凶である現マツカイサ帝国皇帝プラムの姿があった。
下流のマツカイサ帝国を守るためにヒロの街を沈めた男。
自己都合ならば少数を犠牲を強いる男。
ズタボロで自由を奪われていることが分かり、この男と視線があう
「ナメル・ナメの目的は首尾貫徹。世界の英雄を歪んで狂信している。テロリストの主義主張に屈するな! ヒロの英雄と呼ばれている人間ならばわかってくれるはずだ!」
「ヒロはマツカイサ帝国主導による治水事業の失敗によって起こされた。」
声を出したもう一人の男に目をやる。皇帝陛下の頭を掴んでいる。
深夜最中なのか瞳孔は開いている。
だがこの場に焦点があっていないようで、中は夜よりも闇を映し出しているようだった。
ヒロで最初に会い、大規模演習でフラッグ戦で決勝へ残るほど鍛えてくれた師匠と姿が似ている……
「あの方と同じ英雄 我が国の国家元首ごと殺せ! しかも各大陸の正常な目へ届けるのだ!」
いつの間にか手には短剣を持っており、大罪人へ処刑の道が用意されていた。
やめろ。敵はナメル。言葉は聞こえてくる
「皇帝覚悟ぉぉぉぉ」
手に持った短剣をナメルは振りかぶって突き刺した。
「よくも刺したな」
刺された敵は言う。
「名前を無くした友人のかわりに舞う道化だ。ヒロは返ってこないが、我ら故郷を玩具にするのは許さない」
ナメルは恩恵“影王”に深々と刺さった短剣を触り、そのままにする。
抜くと魔力放出過多で止まってしまうことを察している。
致命傷であることは、認めるところだった。
「空気を読むのは得意なんだ。ヒロの英雄は何も動けなかった自分の贖罪にふさわしい」
ヒロの英雄は、師匠であり敵である怪物を前に言った。




