1-6 バイチークにやってきたフーム
タイトルのキャラクター名から、ピンと来る方がいらっしゃるかもしれません。
※ブックマーク機能としおり機能の併用が、読むときに大変便利です。
※加筆修正を行いました。
親愛なる弟子。ミサス・シンギザへ
久しぶりだ。マツカイサ帝国騎士団。第二隊隊長へ就任おめでとう。前回の手紙にそう書いたか忘れたから、改めて綴っておく。
突然だが、伝えたいことを最初に書く。
異世界転生者/転移者(以下異世界出身者と呼ぶ)が持つ最大の弱点は、“論理的思考力の弱さ”にあると考えている。
一番の理由は、前世の記憶や倫理観に引っ張られすぎていると推測するからだ。
いくら魔力で肉体が強化されているといっても、頭がおかしければ何ともならない。
しかも、この世界では異世界出身者の飽和が起きている。
ミサス達が生きている時代に、多くの異世界出身者と関わることに必ずなるだろう。
それが個人単位でも、大きな国相手でも。
それでも知識量では、全く叶わないことを覚えてくれ。
俺は、そういうチート級に“脳内ウィキペディア”といって中指立てているのは内緒だ。
そもそもなぜ、俺はこういうことを知っているのか。
俺は異世界から、この世界“ホイシャルワールド”に転移してきた。
つまり、異世界出身者だ。
この世界“ホイシャルワールド”の第一印象は、ネット小説で見かける異世界そのものだった。
異世界もののお約束は幾つもある。
周りを圧倒する“チート能力”。
能力を持って、ひたすら勝利し続ける“俺Tueee!”。
「凄い!」「流石!」と他者評価が高くなる“ハーレム!”
他にも上げていくとキリが無い。
ネット小説で大人気な異世界へ来たのだから、勇者や顕示欲を満たす何かをしたいと思った。
言語は一年もすればすぐに覚えられたし、異世界を象徴する魔法や魔法道具も特訓したら使えるようになった。
お約束のチート能力はもちろんある。モノを大量に仕舞い込める能力だ。
厳密には、魔法器具のおかげではあるが感動した。
世界を巡り巡って、色々な経験もしたし、色んな人物にも会った。
いや。今回、見栄を張るのはよそう。
結論を言う。
俺は、この世界へ異世界転移は失敗した。だろう。
そもそも、他の異世界出身者のような能力を携えてこの世界にはやってこれなかった。
俺みたいな存在は、他にもいくらでもいた。
理想と欲望に素直な行動を起こす度胸が無かった。
住む世界が変わっても、俺はずっと臆病者から変わっていない。
前にミサスが聞いた、俺が本気を出してないように見える一番の理由だ。
断っていくが、かつて読んでいたネット小説みたいな、知能や能力、価値観の差をあざ笑い、寄ってくる女の子とキャッキャ出来ない世界ではない。
特にハーレム形成へは努力が一番重要だ。
抱く女はさておき、現実には資産が無いと無理。止めておけと忠告する。
そんなことが出来たのは、“世界の英雄”とか、一部の人間に過ぎない。
そのキャラクターへ嫉妬しているのを、俺は隠さない。
そして、もしかしたらミサスの友人や敵に沢山異世界出身者な人物と出会うはずだ。
理不尽な強さに挫折するかもしれない。
ただ、前世の記憶を持ってにせよ、人間であることを忘れないで欲しい。
俺はもう五〇歳だ。
せめて、自分自身や親しい友人。そして弟子に対してぐらいには、正直に生きていきたいと思う。
(著 ジョーサカタ からの手紙より)
「ダメだな」
「はぁ?」
紙を置いたおっさんに、背の小さな女の子は声を荒げる。
フードを被り、自分と同じくらいの大きさに膨らんだリュックを降ろして、横に置いている。
「お嬢さん。小説制作が未熟なら、それなりに形というか、お約束に沿って書いた方が良い。それこそ異世界モノの小説とか典型的じゃないか?」
「は? 手紙だよ(怒) ちゃんとマツカイサ帝国騎士団第二隊 隊長 ミサス・シンギザ宛と書いているじゃん! 何で会えないの! ちゃんと専用の封もやっているのに!」
「そういった設定は確かに面白い。
そして、ここマツカイサ帝国のバイチークに来たこと自体は間違っていない。
大きな河口に位置しているこの場所は、昔からイストール地方有数の交易拠点でもあるし、北部の山岳部から切り倒された木材によって、世界一進んでいる印刷技術のある文化都市を形成している。
お嬢ちゃんもその口でここに集まってきたんだろ?」
「それ知っている。ノシン村知っている? そこで出来た小麦も、同じ河を下ってバイチークに運ばれているよ。でおっさん。手紙を勝手に開けるとか、マナーを知らないの?」
「うるさいガキ」
おっさんはとても不機嫌になった。
ここまでバイチークは治安が悪いとは思わなかった。
「レディに向かって失礼よ! これでも門番しているぐらいのコームインなの?」
「珍しい言葉を言うな。失礼なことを言った覚えはない。それに言葉って大変だ。信頼がなければ、ただの奇声にしか聞こえなくなる」
睨みつける女の子に、門番のオッサンは気に留めない。
「そうだな。言葉っていうのは信頼というか、どちらもの聞く認識がないと話は成立しないな」
門番のおっさんの後ろから、二人の間にあった封書を取り上げた。
おっさんは不機嫌そうに振り返って、目に入れたその姿に青ざめていた。
女の子は、その背の高い青年の顔を見上げる。腰には剣を下げ、腰には見覚えのあるベルト型の魔法道具を巻いている。
顔立ちは、普通だ。
けど不機嫌なのは分かる。
「勝手に手紙の封を切ると、化け物になる勇敢記にも出てきた話を知らないのか?」
「そんな子供向けの話。知らない方がバカです」
「一応その封のモデルは、お前が勝手に開けたこれだ。マツカイサ城の門番のクセに知らなかったのか? 人事担当は間抜けだな」
「…………」
「このミサスが調子に乗りやがって。と思ってなさっている?」
「いえ」
「分かりやすく動揺してくれるだけは正直者か」
「どうする? 証拠隠滅のために、ミサス隊長と暴力交渉の方が好きか?」
後ろから別な人がオッサンの耳元で囁いた言葉が聞こえる。目の前の人より背は少し小さくて、バカっぽい声質の人だ。
「テプ。少しだけにしておけ」
「はい。隊長。ほらさっさと行け!」
テプと言われた人は、オッサンを奥の部屋へ連れて行ってしまった。
受付には、女の子と、彼女が持ってきた手紙を持つ騎士が二人きりになった。
「初めまして。フーム・フエリヒさん。自分はマツカイサ帝国騎士団 第二隊 隊長ミサス・シンギザだ。ようこそマツカイサ帝国首都バイチークへ。ジョー師匠から話は聞いてます」
ミサスは、はるばる訪ねてきた来訪者に、笑顔を見せた。
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