3-3 現地弟子ミサスの作戦指揮その2 イストール地方の青年隊
マツカイサ帝国騎士団第二隊
将来有望な若人を集め、学識と経験を積ませる青年隊のモデルケースとして有名だ。
戦闘力のみに縛られない“青年隊”の設立は、かつて最強と言われた帝国騎士団が素晴らしい改革と評価された。
これは、平和とされる社会にとってウケが良い。
似たような組織が、世界各地で次々と発足し、大きな流行となった。
というものの、先の動乱で生き残った異世界出身者が、真似したのが真実だった。
人を殺すことは無く、死ぬことも無く、一線を退いた者にとって、後進の指導者の道を選択するのは当然の流れであった。
影響力のある国や組織にこぞって、武力組織に教養のある次世代の人材を育成していった。
だが、そこにいる主役は活気盛んな若者ばかり。
闘争心を抑えきれる訳が無く、「ガス抜き」が必要となった。
「こんな大規模な訓練は見たことがない!」
戦いの様子を中継で表示する映像に釘つけだった。
この映像資料の仕組みは、この場所地下深くに存在する地脈から魔力を供給し、
教科書でしか見たこと無い大魔術。見たこと無い技の往来。
頭の中で空想するしかなかった魔術の見本市がくり広げられていた。
「フームさんって、こういった大規模訓練を見るのは初めて?」
「はい。とても規模の大きな運動会を見たことはありません」
隣で白衣を着た美人のお姉さんに笑われた。
この人は、ハナさんという。
フームが今日バイトしている医療テントの責任者で、それなりに知られた女医さんらしい。治療魔法(ヒール等)に特化する回復師とは違い、薬や応急処置。外科的な治療にも精通しているエキスパートな人だ。
「先ほどからの処置素晴らしいですね」
「いやいやフームさんの魔力も凄いよ。マウちゃんが熱心に入り込むのがよく分かる。
ジョーさんに鍛えてもらったのかしら」
「おじさんは医療関係全く駄目だ。応急処置で限界と言っていました。
色んな人から学んだ形になります」
「そう。ミサスくんと似たようなものか」
笑い声を立てながら、ギューッとベッドの上で座っている戦士の右肘にテープを貼っていく。
これはテーピングといって、関節の動きを補助するためのものだ。
施された強力な張力の感触を確かめつつ、施された部位を曲げたり、伸ばしたりした。
「流石ハナさんだ。これで一等賞は絶対に取れる」
「ねー。この旦那は、こう言えばバカなこと許されると思っているのだから」
バシバシと旦那である戦士の腕を叩いた。
旦那さんはケコーンさんと言い帝国騎士団第二隊。つまり青年隊に所属していて、ミサスの部下である人だ。
ヴァーボン家というマツカイサ帝国で高名な武家一族の跡取り。最近、当主のケイス閣下がマツカイサ帝国の要職を退任するといったニュースが新聞の一面にあって記憶にあった。
二人の関係だけど、先ほどから二人を観察している中でハナさんは玉の輿と言うより、ケコーンさんを尻に敷いている様子だ。
で、苦にせずケコーンさんはぞっこんなのがよく分かる。
こういった円満な関係は良いなと思った。
「ハナ先生! 骨折の重傷者です」
そう言って、専用の白衣に身を包んだ看護師の人が呼んできた。
「よし頑張れマイハニー」
「おうよ」
ハナさんは気合いを入れて、布越しの処置室へ向かった。
私もそろそろ休憩時間が終わりだ。
ケコーンさん挨拶をして、離れようと思った。
「おっとー! 松国騎士団イーサー班が倒れたぁぁ!
北方守護隊第三チーム大金星!」
「ええ。これは見事ですね。拠点の周りに土魔法で固めた壁を迂回しつつ、見事な連携技。
前情報では個々の能力は圧倒的な差が予想されていましたが、この科目名物の格上食いと言えるでしょう……」
「…………」
そうした映像の実況の音声をケコーンさんは小さくしてくれた。
「ミサス隊長から少しお聞きしましたが、我々がフームさんに多大な迷惑をかけたこと」
大柄な身体が頭を垂れた。
「いえいえ。その件はミサス隊長や団長さんにも対応して頂きました」
「そうですか」
「はい。えーとそうだ! 今やっている旗取り合戦はどういうものなのですか?」
話題を変えた。
今さっきから様子を見ていたら悪い人ではなく、礼儀や作法を重んじる武人タイプの人だ。
喜んで。と快諾してくれた。
「今中継しているのはフラッグ戦といって、この要塞内で再現された街を舞台に目標となる旗を取りに行きます」
そう言って、このように説明してくれた。
・今回の合同訓練は、イストール地方全域の青年隊の交流を目的にしている。
武闘や剣。長距離射的。高度魔法といった部門に分かれて競うような形となっている。
その中で一番の目玉がフラッグ戦。
陣地にある相手チームの旗を取る。もしくは班全員を制圧することを目的としている。
数日間(長いときは全日程)に渡って、要塞内にある街で情報収集から作戦実行まで行う。
ただ闇雲に制圧して良いものでは無く、建造物だけでなく人や動植物も魔力で忠実に街そのものを再現しているため対象となる敵チームとは限らない。
非対象の存在を破壊・死亡(判定)させた場合、減点となる(後の民からの信頼度を考慮)。
最終的に、実績を考慮されて点数が出る。
“限りなく拠点防衛という実戦に近い演習”と言われる理由だ。
「街一つを再現できる魔力舞台の形成が可能なのか。
元々ここの守護隊の要塞はマツカイサ帝国の旧首都でした。古代の拠点防衛用の兵器を転用しています。
もっとも、大昔にバイチークへ遷都したのですが」
「へー初耳です」
「当時の皇帝が判断したとは言え、守護隊へ一番の街を提供したことは衝撃的でした。
そもそもイストール地方は今のように1つにまとまっていませんでした。
これがきっかけで他の国々も制度の続いていき」
「…………」
「すいません。守護隊の話になってしまいました」
話の脱線をすぐに気を付けた。オタク過ぎるミサスとは大違い。
「このフラッグ戦なのですが、大変攻略難易度が高いです。
現にミサス隊長の班もかなり苦戦しており、先ほど襲撃があって危ないところでした」
「えっ意外。ミサスやホッチさんもかなり強いよね」
「はい。第二隊のメンバーは、最も得意とする個人技・分野に限るとここにいる全員に負けないです。
しかしチーム戦だと圧倒的な有利というものは小さくなります」
「へー。難しいのですね」
「はい。因みにホッチは我々とは別チームに参加しています」
「えっ。ホッチさんスパイだったの!?」
「冷静に考えたら有り得る話です。
ホッチは他国からの留学生としてバイチーク大学にいたところ、ミサス隊長がスカウトしたところになります。青年隊は教育目的な側面もあったので、可能となりました。
ここは彼女の本来の国の代表枠として参加しています」
へー。そういえばここで少し会った時、服装が違っていたことに納得した。
マントで隠すようにして移動していて、とても丈夫そうな戦闘服だった。
「そもそも松国青年隊は二チーム参加していて、身内対決は珍しくはないです」
「それなら良かったです」
「今、生き残っているのは、我がマツカイサ帝国騎士団第二隊 “ミサス班”。
数年前から参加している海洋国ミラレアルの精鋭。ここにホッチが参加しています。
そして今回のダークフォース。北方守護隊第3チーム」
「ダークフォース?」
「はい。率いるリーダーは有名人です。
水害から街を守った“英雄”」
“英雄”それは誰もが納得する功績を成した人物しか呼ばれない栄誉。
同世代でそのように呼ばれる人間は、極めて少ない。
ケコーンさんはその人物の名前を呟いた。




