3-2 現地弟子ミサスの作戦指揮その1 これまでのことについて
「守護隊大手柄。国際犯罪者ナメル・ナメを確保」
「モンスターの学名みたいな名前だな」
クレパは、続けて朝刊の一面を音読する。
彼女は、短剣使い。
腰にある短剣だけで、劣悪な治安の環境下を生き抜いてきた。
他には、手首や足。腰に隠しナイフを潜ませてある。
服装は、忍者みたいな軽く、機動性を重視した服装。
読み書きは、帝国騎士団に入るまでからきしだった。それは、地頭が良かったようで、すぐに習得した。
今では新聞を音読することが、朝の彼女の習慣として定着している。語学能力の他にも、時世や社会を知ることは、視野を広げることに役立ち一石二鳥。
その様子は、最年少の女の子が、大きく新聞を広げて社会のことを読み込んでいく。
端から見ると、微笑ましい光景だ。
その様子は、第二隊(青年隊)の中で朝の癒やしになっている。
「ほい。コーヒーだ」
「隊長ありがとうございます」
広げた新聞をたたみ、ミサスの入れたコーヒーを受け取った。
そして飲んで、とても渋い顔をする。
「甘いです。砂糖入れましたね」
「あれ? 入れない方が好きだった?」
「はい。コーヒーは苦い飲み物です」
飲み干して、コップを置いた。
以外だな。と、ミサスはそれを回収した。
魔法で水を生み出し、器用に食器を洗う。屋外なので、地面が汚れることに問題ない。
「その記事に興味があるのか? ナメル・ナメといか言う男」
「はい。ギルドのS級冒険者という肩書きについてです。
結局、私一人ではS級暗殺者ギルドのリーダーという男に勝てませんでした。
影王と言い、倒すべき存在が増えました」
先日の一件を、ミサスは思い出していた。
マツカイサ帝国の使者として、カリ・コロコロの護衛任務の際、襲撃した暗殺者。
クレヨ・サクサクラ。
他大陸からの人材をわざわざこの地へ召喚した存在は、コロコロ一族に弱みを持つ者だった。
コロコロ一族が、イストール地方の狩猟利権を寡占続けることが出来たのは、そういった情報を使った交渉(強請・恐喝)があったのは、明らかだった。
「ミサス隊長。聞きたいことがあります」
「何だ?」
「結局、カリさんと性交渉を行ったのですか?」
洗うために出していた水を暴発させた。
ミサスの服は大きく水を吸い、皮膚に張り付いた。
「抱き合って寝ていたのは、こっちが楽だったのだよね。
ほら。裏技のような形でカリの身体を構築させるために、魔力のほとんどを“恩恵”に注ぎ込んでいたのが、魔力欠乏に陥った原因だし」
「それは言い訳だってサンモさんは言っていました」
「見栄張って、すみませんでした」
「裸で男女が抱き合うだけ。も」
「あーーーーー!
それ以上は、先人達に聞いてくれ! 例えばハナさんとか、同性の既婚者に!」
「分かりました。この後、」
本当は、何も世間のことを知らないカリを騙しているようで、良心が傷ついたからという自己反省は、ミサスは言わなかった。
あの後、イストール地方の守護隊や狩猟関係者の集まる会議で、コロコロ一族の生き残りであることを、公の場で表明した。
政敵の血縁全てを絶つため、天涯孤独であり、療養のため隔離されていた少女へ暗殺者を差し向けた存在への牽制となった。
そして、害獣モンスターを目的に狩猟ギルドの設立を提言した。
今は、ニルキと友好関係にあった協力者と共に、勉学に励むと言っていた。
将来には、ギルド制を勉強するために、他大陸留学へ行く予定らしい。
余談だが、本人の強い希望で、クレヨとの戦いで折れた日本刀(太刀)を打ち直した脇差しを贈った。
金は、かなりかかったようで、ミサスの貯金は底に着いた。
同時に、ケコーンの父“ケイス・ヴァーボン”の退官が起きた。
松帝国の武力を統括する人物の更迭の理由は、体調不良によるとされる。
この影響で、ケコーンが、ヴァーボン家の家督を繰り上げで担う予定になった。
こちらも第二隊(青年隊)を任期が終わり次第、後見人となっている信用たる人物の中で経験を積んでいくことになる。
「たったニルキ一人が死んだだけで、こんなに世間が賑やかになるのですね」
「ほう。勉強しているね」
「はい。まだまだそういった判断は、私一人ではかなり弱いもので。でも……」
「実際に手にかけたカズルという行動が、浮いてしまいます。
私と同じく、強者を超えたい衝動があるだけ。
ならば話は変わりますが、ミサス隊長やマウさんの話だと、どうも違います」
「…………」
「実際にニルキや周りの取り巻き“全て”を屠る実力があるならば、もっと良い仲間ではあります」
ミサスにとって、カズルとの相性は最悪だ。
お互い嫌悪感が抑えきれない。生理的に無理というものに近い。
蘊蓄には、饒舌に話すミサスでも、嫌いなものにはトコトン嫌っている
「影王は、疑問に思ったらしい」
先ほどのニュース全てに、影王が裏で動いたことをミサスは知っている。
「確かにこういった疑惑の存在に、カズルが含まれていない。
まるで歪んだ正義感と、それを実現した戦闘能力があるだけで情報が少ない。
例えば……」
ミサスは、クレパの広げている新聞を畳ませ、一面の名前を指さす。
「この一面に載っているナメルみたいな思想犯とかに、そそのかされたとか」
「思想犯という言葉がよく分かりません。
思想という言葉は、考えたり思ったりする言葉です。
特にサンモさんが、頭の中のことや本を書くことに罰は無いし、ならないと聞きました」
うーん。とミサスは頭を唸らせた。
「その思想が、第三者に著しい危害を与えるとかかな。
例えば食べ物を盗む。これを表現するだけならば、特に害は無い。
それを意図的に煽って盗ませる。引き起こさせること存在が思想犯かな」
「言葉だけで人を動かせるなんてどんな魔法ですか?」
「いや。魔法を用いない。話術だけで洗脳する。マインドコントロールだ。
だから、とてもタチが悪い。一見したら証拠なんてどこにもない」
「うーーん。よく分からないです」
クレパの反応に、ミサスはさらに頭を抱えた。
「例えば、なんでクレパは俺の指示や指揮を聞くの?」
「良い人だからです。それにモンスター相手だと、文句なしに強い人です」
「ありがとう。そういった理解したり、知っている。信頼しているからだ。
ただ、こういう人の判断を騙す詐欺者相手ならば?」
「そうですね。騙されそうになるときはありそうです。
大学の教養科目で学びました」
「そう。それが大きくなったものが、ナメルの罪になる」
クレパはじーっと見つめた。
「ミサス隊長は、思想犯になりたいのですか?」
「いやいや違うよ。なれないし、なりたくない。
他人を動かすことは、とても難しい」
「安心しました。斬らなければならないと考えたもので」
腰にぶら下げている短剣の刃を見せた。きらりと鋭い光沢を輝かせた。
ミサスは必死に止めるようにジェスチャーする。
「思想犯への対策は、どういったものがありますか?」
クレパは、新聞を畳んで収めながら聞いた。
ミサスは、既に食器等を腕輪型のアイテムボックスを使って異空間に収めていた。
「単独では見分けが難しい。特に俺らみたいな若者とかは、影響されやすいと聞く。
詐欺師と同じで、疑ってかかり、冷静な。客観的な判断が出来なければならない」
「そして、悩みや客観的に判断してくれる。信用できる第三者という人間関係かな」
「それなら、私は大丈夫そうです」
ミサスは、地面に置いていた剣を手に取り、腰に差した。
首には、いつもの通信魔動器具を取り付ける。
服装は、市街地戦を想定した軽装のものに留まる。
見た目は普段の服装と変わらないが、中に鎖の帷子を着込んでいる。
少々着膨れしているところは、マントを被ることで目立つことを避けている。
他に、右の腰には、色々なアイテムやポーションを取り出しやすい小袋に入れていた。
「今は、俺たちの戦いに集中だ」
「はい。私も新しい暗器を手に入れました」
クレパは、腕に備えつけていた細長い手裏剣・クナイを1つ手に取り、投げた。
遠くに潜んでいた偵察兵の首元に当たり、ポンっと光って煙のように姿が消えた。
「死なないのは良いですね。練習にもなります」
「クレパ。今更だけど、素で恐ろしいことを言うよな」
ミサスは、作戦区域内にある仲間に連絡を取るため、通信器具を作動させた。




