2-26 恩恵の使い道
右手より上は、魔力の行使が出来る。
ブレスレットと、炸裂させた煙玉にも仕掛けがあったのだろう。
それ以外は、素の体力で真っ向からこちらに向かって来ている。
器用とはよくよく聞くが、的確にこちらの攻撃をかわしつつ、弱いところを徹底的に狙ってくるような太刀さばき。
魔力によらない観察眼の良さが構築しているのだろう。
弱者による。これほど理想的な剣は無い。
ケコーンによる“ミサス・シンギザ”という男の暫定的に評価だ。
本気を出しているが、なかなか最後まで踏み込めない。
業を煮やして大技を仕掛けようとすれば、強力なカウンターが飛んでくる。
既に2回ほど食らって、かなり痛い。
その強いモノを受けて、「化け物かよ!」と言われたがお互い様だ。
よく、そんなボロボロの状態で戦える。
「ドン!」
遠くで大きな音がした。
どちらとも、中断せざるおえないものだった。
「ニルキの陣地跡からか」
ミサスは、腰にある瓶を地面に叩きつけた。
こんどは強烈な閃光弾だ。
視界が真っ白になり、咄嗟に庇った。
「クソ。用意が良い」
視覚が回復すると、またもケコーンはミサスを見失ってしまった。
「サンモ! どうなっている!」
通信器具を使い、ケコーンは怒鳴った。
「ニルキ・コロコロの陣地跡。
我々が影王と交戦したところで、膨大な魔力反応があります」
「確か2人分。クレパとカリの反応を掴んでいたな」
「うん。そして、この反応は首都で大学の時と同じ……。
“狩猟王”が暴走しているのと似たような!」
「マジか」
と、ここまで届いている魔力の反応に、ケコーンは冷や汗を感じた。
○ホットスポット ニルキ陣地跡
「すでに冥界へ旅立った家族へなんと健気な。
それに対して、ずっと森の奥深くで1人ぼっちの孤独にさせたとは……
鬼畜にも程がある」
目を瞑っていたカリは、その声で振り向いた。
近くで。確かに見守ってくれていたカイチュンに手をかけ、館を燃やした男。
クレヨ。
あの時の記憶に捕まった。
呼吸が乱れ、心が恐怖に捕まった。
ふと見ると、すぐ側にクレパが倒れていた。
特にケガは見当たらないが、声をかけても動かなかった。
「クッ!」
歯に力を入れた。
カリは、瞬時にコルピタラに姿を変え、逃げる。
だが、足に手裏剣が刺さり、自由を奪われた。
人間態に戻って、足に刺さるものを抜き、収納空間から聖水をかけた。
クレヨは歩み寄り、カリの顔を片手で掴み、胸にある“恩恵”の枠をなぞった。
「どこぞの成金の如く“恩恵”を飾っていると思ったが違うな。
“恩恵”の眷属器機能を使って、肉体を構成させているな」
間髪入れず、キヨイスライムへ変化させた。
クレヨの口と鼻に取り付き、呼吸をさせない。
冷静に“恩恵”へ魔力を込めた。
その瞬間、急激に固まった。
ボタボタとスライムの身体が下へこぼれていき、泥人形な状態から変わらない。
「何をした?」
「スライム退治は、核を潰すのが定石だ」
カリは、幾つか罵声を浴びせた。
それぞれ曇った声で、鏡を見ると化け物にしか見えない姿だろう。
「母体にしようと思ったが、使い物にならないな」
クレヨは、核となっている“恩恵”を再度掴み、力を込めた。
○数分後
ミサスの目に見えたものは、以下の通りだった。
まず、クレパが倒れていた。
離さず持っていた短剣が、傍らに転がっていた。
そして、カリの姿が横たわり、傍らに血まみれの“恩恵”を持ったクレヨの姿があった。
「ハハハハ! やっと我が一族に戻ったぞ!
我と同じサクサクラの血を引く者!
そして、代々受け継ぎし、“恩恵 狩猟王”!」
「クレヨ!」
ミサスの叫びに反応した。
「ミサス・シンギザァ! お前の汚した“恩恵”はこう使う!」
大きな大蛇が、恩恵から飛び出した。
魔物の身体からは、膨大な魔力を感じる。
そして、岩をも飲み込むような大きな口が開いた。
その口は、ミサスを飲み込もうと大きく開けた。
「蛇は大嫌いなんだ」
大きな口から、綺麗に真っ二つに切断した。
ミサスは日本刀を抜いていた。
利き手に着けたブレスレットから、武器へ魔力供給ができるように調節を行った。
これにより、武器の能力は普段より変わらない。
「ほう。魔動器具で、刀に魔力を纏わせたか」
クレヨは、恩恵で出した蛇を消されたことに動揺は全くしてなかった。
寧ろ、それを込みで動いていた。
未だにミサスは、魔力が欠乏している状態。
通常時ほど体力が持つことは無い。
ミサスは蛇の死体を盾に、死角を通ってクレヨとの距離を詰める。
しかし、居るはずの所に姿は見当たらなかった。
「どこへ行った!」
隠れて、背後からの奇襲をすると考えたが、全く気配を感じられない。
警戒をしつつ、遠目からでも重傷であるカリに駆け寄った。
酷かった。
身体は大変ボロボロに崩れている。
外傷は酷く、皮膚の深く抉れたときの筋肉が剥き出しになっている箇所も多い。
回復はしているようだが、進行は大変遅いようだ。
「あ……助かるの?」
弱々しく言葉を喋ることができた。
見た目。致命的な損傷はしていないのは良かった。
「時間はかかりそうだけどな。問題ない」
できる限りの応急処置をしていく。
出血は止まっているようだ。
ジョーから貰ったものの中に、包帯や薬といった救急セットが入っていることに気づいた。
「あのさ。私って、子供産めるの?」
蒸せた。かなり派手に蒸せた。
「ク、クレパみたいに聞くなよ。照れるじゃないか」
半裸の状態なので、否応にも、ミサスは“それ”を連想してしまう。
丁寧に腕や足。肩に包帯を巻いていく。
「今は無理だと思うぞ。
そもそも近くにいるのは、大けがをさせる男だけで碌な者では無い」
「クレヨが言っていた。私の身体は眷族器。
お母様方のように、子を宿せないって」
「えっ。嘘着け。
頭のお堅いおばさんに言わせれば、若い男女が手を繋げているだけで子ができるらしいよ」
カリは、黙ってミサスの袖を引っ張った。
ミサスは、それ以上冗談を言うことができなくなった。
「私は家族が欲しいの。いつも側にいてくれる温かい家族を」
カリは、真剣な目でミサスを見た。
その目がとても麗しくて、
顔が崩れていても可愛くて、
この娘の唇が欲しくて――
ミサスは我慢して、目を閉じて大声で笑った。
「婚活?」
「そうかも。ミサス。箱入り娘はどう?」
「出会って早すぎない?」
「そういう野蛮で野性的なイメージあったのだけど」
「マジか」
「ホッチとか。もしかしたら街にいる女の子と迷っているなら、ハーレムどう?
私はそういったことに偏見は持っていないタイプ」
「カリの母親達は、ニルキの影に隠れてはいるけど、それぞれ何か大きなことをしていたはずだ。
最初に家族を作るよりも、生きていく世界を自分の目で知る方が先だと思う」
少し長くミサスは言いすぎた。
カリは、目の前の騎士の姿に察した。
「そうだね。今の私はミサスの足手まとい。
ただの王子様の帰りを待つことしか出来ない」
「俺は知っているぞ。数年後、物凄く強く美しくなった姿で帰ってくるんだ。
心替えした女の子が強いのは知っているんだ。それに尊敬する」
「バカ」
カリは、回復するために、その場ですやすやと眠りについた。
あまり時間は残されていない。
ミサスは、ほったらかしていたクレパの身体を担ぐ。
そして、身体の上に乗っていた書き置きの場所へ向かった。




