2-21 レッドアイ「ミサス」
「危ない!」
三人は宙を舞った。
カリが、ブレーキをかけきれず、高い所から壁を飛び出してしまったのだ。
嫌な浮遊感に襲われる。
着地時に、柔らかいものに包まれた。
大きなキヨイスライムが、ミサスとクレパを落下の衝撃から守った。
「サンキュー。カリ」
「どう致しまして」
カリは、収納魔法から大きな布を取り出し、器用に衣服を着替えた。
ミサスは、周りの状況を確認する。
「ミサス。刀」
日本刀をミサスの手元に渡した。
「ここはどこなの?」
「すぐそこが街を囲む壁。門は多分閉鎖されている」
「手っ取り早く飛ぶ?」
「それが一番だな」
「影楼!」
ミサスの背後には、クレヨが影から立った。
影王が得意とする奇襲の方法。
収納魔法で展開されるような、亜空間へ身体を沈ませ、背後から襲う。
知名度の割に出来る人が限られる高度な技。
クレヨの手には手裏剣が手づかみで握られていた。
そして、急所を狙う。
クレパが、身体ごと蹴飛ばした。
「ミサス隊長! これ最近で3回目!」
「ゴメン! 完全に裏を取られた」
クレパは短剣を構え直し、ミサスとの間で警戒する。
クレヨは何も無かったように立ち上がり、こぼれた手裏剣を手に取った。
「そんな魔力の無い玉に、我がサクサクラが汚されるとは、大変憤慨している」
クレパは、無言で踏み込む。
歯を食いしばって、短剣をクレヨに重い一撃を喰らわせる。
簡単に、正面から受け止められた。
「良い一撃だ」
続けてクレパは軽い一撃を数回たたき込んだ。
これは簡単に払われた。
二人の交戦が始まった。
「まずい。クレパは押されている」
ミサスは、二人の様子を見て早くに確信した。
クレヨは、明らかに格の違う実力者。
クレパに全くの余裕がないことは明らかだった。
混乱させようと、挑発をしたことを後悔していた。
「カリ。ここを噛んで!」
「え? そんな流血プレイ?」
「一番使いたくなかった切り札。
3分しか使えないから、その間にクレパと逃げる算段を考えてくれ」
「くっ。手強い」
クレパの全ての攻撃が、払いのけられる。
というより、遊ばれている。
あの3回殺された影王と同じ気持ち悪さを感じた。
「これがサンモさんの言う小児愛好者。ロリコンか」
「おいおい。変人や、犯罪者に格下げしないでくれ」
「ロリコンは、犯罪者ではないとサンモさんが……」
クレパの短剣が飛ばされた。
そして、首元に手裏剣を置かれる。
「実力は分かった。
騎士のままごとに付き合うのは、いい加減飽きた。
サクサクラ一族の一員として、ミサス・シンギザを殺せ。
抱かれた男との記憶を断ち切れ。我らの血は崇高なもの。
あんな下趣味な男がつがいだと、血が汚れる」
「何を言っている?」
「クレパ交代だ」
横から、ミサスがクレヨを思いっきり、蹴り飛ばした。
クレヨの身体が、建物の壁へめり込むほど強力な一撃。
「隊長! 魔力が戻りましたか!」
「一時的だ。カリと一緒に街を離脱する手筈を」
ミサスの様子がおかしいことを、クレパは認識した。
いつもとは違う。まるで病人のように濁った魔力の気配。
そして、目は真っ赤に充血していた。
「ふむ。血管に直接魔力を流し込んで、底上げしてきたか。
古典にある儀式。吸血鬼のモデルにもなったとされる」
クレヨは、そう口にした
何事もなかったかのように立ち上がり、歩いてやってくる。
ただ、段々機嫌が悪くなっていくのは、明らかだ。
「もしかして、これが性交渉!」
「後でしっかり説明するから、カリを助けてやって」
ミサスは、指示をした。
そのまま、クレパは離脱した。
2人は、お互いに間合いを取っていた。
「なるほど。口の悪さが出てくるのが、貴様本来の強さか。
我は、まんまと俺は挑発に乗ったと言う訳か」
「ここで確信した。あんたクレパのこと。知っているな?
一族単位の遠縁な親戚ではなく、5親等単位で近い」
「ふん。知性もそれなりにあるようだな」
ミサスは、刀を抜いた。
クレヨは手裏剣を投げ牽制する。
一瞬にして、叩き落とした。
そして一直線に飛び込んで行く。
クレヨがかなりの数の手裏剣を飛ばしていくが、ミサスは次々と落としていく。
最後の一踏みを、身体強化で一瞬にして、懐に飛び込んだ。
脇に一閃、斬撃を食らわせる。
腰の短剣を抜き、一撃を受けた。
「オーラァァァ!」
ミサスは咆えた。
力技で、クレヨを後ずさりさせた。
クルクルとバク転をしながら、クレヨは距離を取った。
手に持っていた短剣の刃が欠けていることを確認する。
「パワー、スピード。
青年隊とは言え、確かにマツカイサ帝国の分隊長を務めるだけの実力はあるようだ。
そして、転生者好みの日本刀。奴らの現地弟子という場所か」
クレヨは攻めた。
魔力を局所に展開させることで、爆発的に威力を増大させる身体強化を行う。
一撃一撃の打撃や蹴りが、早く鋭く重い。
ミサスは的確に、足や手で。刀の柄を使って、防御や攻撃を払っていく。
クレヨが最も得意とする間合いには入れせないように。
攻撃も許さない。
クレヨもそれに気づいて、見せていない技が発動できるように距離を取った。
「サクサクラ 甘美の沼に 溺れるがいい」
三単唱。
桃色の花弁が渦のように舞い、ミサスに襲って来た。
一つ一つが魔力で構成された攻撃。
ミサスは、刀を仕舞い、頭からその花吹雪の中へ飛び込んだ。
直立体制よりも、攻撃があたる身体の表面積が小さくさせる。
頭に分厚い盾魔法を展開させ、全身を回転させる。
攻撃をかわして、着地と共に刀を抜く。
「飛斬!」
一筋の飛ぶ鋭い斬撃がクレヨへ放つ。
無詠唱。
技名を言うよりも、攻撃が届いていた。
受け止めた両手の手裏剣が粉々に砕け、身体を斬られる前に、緊急回避を行う。
「勇気ある曲芸だが、大胆とも言い難い。
完全にこちらの手の内を把握していて不気味だ。
どこかで会ったことあるか?」
「そっちこそ謎だ。
無詠唱を毛嫌いしている割に、それ相応の技を繰り出してきている。
強い精神に作用する魔法をずっと展開している」
クレヨは何かを理解したのか、にやっと笑う。
「まぁ良かろう。松帝国の騎士。既に俺の勝ちだ」
「?」
「もう限界だろ? 中から、が暴れるような痛みに襲われているはずだ」
「よし。飽きたから、今回はここまでにしておこう」
ミサスは、構えを解いた。撤退の準備だった。
完全に図星に突かれたこと。
大変な激痛を我慢して、これ以上に堪えきることが難しかった。
「何だ。もう逃げるのか」
「時間が惜しいからな」
ミサスは飛び上がり、大きな鳥の足に捕まった。
クレパは背に乗っていることを確認した。
クレヨが投げた手裏剣は全て盾魔法で防がれた。
そして壁を越え、視界から消えた。
「“狩猟王”か」
クレヨは、もうすでに視界から消えたものをずっと見ていた。
ニルキの館でとは、違う感情を誰にも気づかれないように。
「おい! 何をしている!」
遠くから、追っ手の声が聞こえた。
そんな守護隊が到着する前に、クレヨも姿を消した。
○ボリガリア 守護隊本部
「クレヨには逃げられました。
ミサス隊長達も、かなり派手に逃げたみたいです。
コルピタラを初め、スライムやら、」
ホッチは淡々と報告をしていく。
“恩恵 狩猟王”
ボルガリアの民衆にかなり、目撃されたようだった。
「ミサスさんは、何ということをしてくれた」
ケコーンがぼやいた。
ホッチは反応しなかった。
「あの三人はどこへ行くか見当は付くか?」
「はい。恐らくバイチーク。いえ。先に別のところです」




