2-16 現世と冥界の狭間で
ケコーンは、最初に守護隊へ訓練に参加し、ボルガリアの兵士と交流を深めた後――
こっそり、遠距離魔法陣のある部屋に侵入していた。
懐から起動するための魔宝石を取り出す。
これは、元々持参していたものだ。
順調に作戦が完了していれば、ここで連絡を取るために用意していた。
管理をしている守護隊には、
「いやぁ。バイチークで待っている家族へ連絡取りたい」
と伝えた。
ヒューヒュー。お熱いね! 構わん構わん! 俺たちは何も見なかった。
こういう反応を示してくれる、地方の守護隊員達はとても好きだ。
実際に、半分はそうだ。
「父上!」
「ケコーン。待っていた」
“ヴァーボン家”は、代々マツカイサ帝国皇帝に使えてきた武人になる。
親族一同、武人で帝国騎士団の本隊を始め、守護隊。昔には遠征隊にも、幹部として今も名を聞く機会が多い。
また戦闘員で無くても、後方支援や治療部隊という“戦う”ことに関わっている。
ケコーンは、そんな家の跡取りであった。
ケコーンの父“ケイス・ヴァーボン”は、マツカイサ帝国の“矛”を司る武官だ。
組織形態は、帝国騎士団を含め、マツカイサ帝国が所有する武力組織の上。
皇帝のすぐ下に位置する程、偉い身分だ。
ミサス率いる第二隊(青年隊)は、帝国騎士団に所属しているとは言え、少し独特な立ち位置だった。
表向きは、
・見所ある若者を帝国騎士団に所属し、経験を積む。
・バイチーク大学で、広い学識をたくわえる。
・他に色々、人道支援に参加。
と、色んな組織の役割に関わっている。
全ての命令が、ケイスの知る所では無い。
ケコーンは、逐一ケイスに事の次第を報告していた。
「聞いたぞ。サクサクラの生き残りに襲撃されたと」
「はい。ミサス隊長と隊員が行方不明になっています」
「ミサス・シンギザか。
殿下のお気に入りだとは言え、あんな浮浪児を伝統ある帝国騎士団にいては本来ならぬのだ」
「…………」
「どうした」
「いえ。今回の任務はあくまで、要人警護になります。
その時点で、暗殺者の襲撃を許したのは失策です」
「確かにな。上に立つ者として、奢らず素直に分析する度胸は必要だ」
「しかし、ケコーン。今回の責任者はお前か?」
ケイスは、そう問いかけた。
「話に聞く限り、今回の作戦はミサスが、強引に名乗り上げた。
知り合いとかいうが、遺産目当てに孤独な娘に近づいて、手にする算段だ」
姑息な手だ。と、嫌悪感を露わにした。
「そもそもニルキは、イストール地方全域の国へ恐喝まがいなことを行って狩猟許可証の独占を行った。
法や倫理に罰されないギリギリの手段は朝飯前。
やっと尻尾を出したと思ったら、正義まがいのクズに邪魔された。
おかげでニルキの死は罪人ではなく、一族虐殺で世間は同情」
「…………」
「だが、恩恵の存在は危険だな。
あれは、バイチークの街を混乱に陥れた。」
「………………」
通信に使う魔宝石の効力が切れた。
○ボルガリア 現在
「ケコーン?」
「何だ?」
意識を震い立たせた。
「ケコーンの言うとおりです」
サンモが何かを言っていたが、ケコーンは何も聞いていなかった。
○ミサス 森
数日後に、はぐれた三人がカリを拘束するという命令を受けているとは、ミサスは考えていなかった。
夜、ミサスは、カリと身体を密着させて眠っていた。
向かいには、たき火を燃やしている。
本来ならば、ミサスが夜通し周りの警戒をする必要性があった。
だが、魔力の欠乏した身体では、回復がままならなかった。
ここの森は、火を怖がらない猛獣の存在は少なかったはずだ。
近寄ってきたとしても、カリの恩恵から来る魔力量で避ける筈だ。
安心して、二人は熟睡をしていた。
「ミサス・シンギザ起きろ」
ミサスは、目を開けた。
目の前に森やたき火は見えなかった。
ここは夢の中の世界だろう。
視界は隅の所がぼやけ、触覚・嗅覚といったものを感じない。
体重が感じられない。ふわふわとした浮遊感がもどかしい。
「よし。この世界でよく目を覚ましたな」
声はよく聞こえる。
その先には、見覚えのある初老の男が立っていた。
服装は、田舎の木こりと変わらない。
「私はカイチュンだ。
ニルキ・コロコロ様に長年仕えてきたものだ」
「カイチュン? 確か死んだはず。
ああ。夢なら何でもありか」
「違う。ここは現世と冥界の狭間だ。俺は人魂の状態になっている
カリお嬢様と同じ状態だ。
そして、カリお嬢様。子供二人を助けてくれたこと。お礼申し上げる」
カイチュンの幽霊は説明した。
肉体には人魂が宿り、死亡するとこの世界(現世)から、冥界へ流れる。
冥界に行くと、死神によって人魂は狩られる。
ここは、文字通り現世と冥界の狭間にある空間。
ある程度自由に移動ができ、眠っている人物の人魂のみ、呼び出すことができるらしい。
館へ行く道中で、つるし上げた子供二人と別れを言ってから、ミサスに会いにきた。
「カリみたいに生き続けれないのか?」
「カリお嬢様は、現世に留まる程の強い魔力を持っていた。
私には、そこまでの力がない。
長く現世に定着させるための館も、焼け落ちた。
クレヨに敗北した後、お嬢様に介錯してもらったことで、この世に未練はない」
「時間が無い。クレヨについての攻略法を教える。構えろ」
カイチュンから組み手の指導を受ける。
あくまで肉体を動かしている訳では無い。
クレヨの戦闘経験や記憶が、ミサスの頭へ流れこんでくるようだった。
いつしか視界が、別の場面に切り替わった。
森。恐らく、カリのいた館の近く。
目の前には、服の綺麗なクレヨに姿が変わっていた。
ミサスが抵抗するも、強制的に攻撃が向かってくる。
クレヨとの戦闘を追体験とすぐに気づいた。
最後は、身体に致命傷を浴び、流れてくる映像は終わった。
すぐに元いた空間に戻っていた。
「何か学んだことはあったか?」
「……魔力。魔法戦では全く叶いません。
懐へ飛び込んで格闘戦をしても、勝ち目は薄いです。
まるで、自分の中にある……魂を直接攻撃されているような」
「その通りだ。クレヨは、相手の人魂。魔力を司るところを的確に攻撃する。
恐ろしく強い。一度挫折から立ち直った者は物凄く手強い」
昔話をする。とカイチュンは続けた。
「過去我々は、当時流行っていなかった無詠唱魔法でサクサクラを追い詰めた。
サクサクラ一族が使う暗殺術は、門外不出でかなり完成度が高かった。
そこに慢心と奢りがあると確信し、我々は壊滅させる作戦だ。
大成功。一族もろとも全てあの世へ送ったはずだった。
思わぬ副産物も大きい。
“恩恵”狩猟王も元々は、サクサクラ一族所有のものだった」
「!」
“恩恵”を見た時の反応に、感情が大きくなった理由がミサスの中で納得した。
あれは、持っているだけで社会的ステータスにもなり、家宝としてもなりうる。
かつて、辛酸を舐めた存在が持つ強奪された品に、何か思うことがあってもおかしく無い。
「後、もう一つ教えておくことがある。
メリロイ、ザシンリー、イブタン!」
三単唱。
手刀をミサスの首元に伸ばした。
しっかりと右手を掴んで、急所を取られないようにする。
カイチュンはニヤッと笑った。
「見事。これは、生き残った槍の名手が得意としていた突撃法だ。
元々、魔力操作が不器用な中で開発された。
魔力消費も少なく、安定して使いやすいだろう。
対人戦で無詠唱は基本だが、覚えておいて損はない」
「確かに、三単唱の肉体強化としては恐るべきものです。
武器が長物だったら、やられていました」
「後、気をつけろ。異世界出身者に影響されるのは、仲間だけではない。
敗北して、執念深く生きていくだけで大きい。
クレヨは典型的なそのタイプだ。
敗北を覚え、ニルキへ復讐するために生き恥を感じつつ、生きて来た。
許してはならぬ敵だが、それは人間の業と言える」
ミサスは、その言葉に深く同意をした。
・異世界転移者で、大きな仕事を行い、有意義に生活をする。ジョー師匠。
・異世界出身者の強さと恐ろしさの脅威へ対抗しよう動く。影王。
・異世界転生者だが、絶望を浴び続け、心が歪み、汚れた正義感へ走った。カズル。
・そして、異世界転移者へ一族の仇と恨みを持つ。クレヨ。
最近出会った異世界出身者に関わりのある人物を上げても、多い。
とても身近に感じていたことだった。
「最後に聞きたいことがある」
「何でしょう」
「なぜカリお嬢様へ、わざわざ会いに来た。
傷心した心につけ込んで、コロコロ資産目当てか?
文字通り箱入り娘で、健やかに育った身体が目当てか?」
「一番は、右手で人の心が読める呪いを消すため。
実はある程度克服していますが、稀に見る悪夢が辛いところがあります」
ミサスは淡々と、カリの元へ来た経緯を説明した。
カイチュンは疑っている。
死人に口なしという。未練無くあの世へ行って貰いたい。
話しても問題ないと、判断した。
化けて貰っても困る。
「本人には、まだ伝えていませんが……。
ジョー・サカタを知ってますか?」
「ああ。旦那様とは、あまり親密な関係を築いていなかったが」
「あの人は、今バイチークからターピティまで鉄道を運行させる仕事に就いています。
鉄道輸送は、馬車よりも速く。物や人を一度に沢山運ぶことが可能です。
これによって、イストール地方の交通・物流改革が進むことになります。
主にマツカイサ帝国やターピティといった大国から支援された国家プロジェクトです」
「それから?」
「ここで起こるのは、馬車運送で生計を立てている行商人や、道中の宿を経営する人々です。
他大陸の歴史にもありますが、鉄道と平行する輸送は、馬車のシェアを全て奪いました。
悪い情報が広まるのが、最初の段階から懸念されていました」
「なるほど。確かに同業・競合相手の存在は厄介だ。
我々は、イストール地方各国から発行される狩猟免状の確保を重点して行った」
「……そして、多くの廃業者が出た。
これにより、食物連鎖の頂点にいる猛獣や竜といった希少種は減った。
そのすぐ下に位置するコルピタラ(四足獣)等が増え、守護隊の人件費を圧迫している」
「競争に負けた敗北者は消えるのみ。
全て消しておかないと、クレヨのような復讐者に足下を救われる。
それに、自然環境の変化は我々が引き起こしたのではない」
「ジョー・サカタはそれを良いとしなかった。
鉄道運行の人員確保のために仲間へ引き込む。
途中駅から、細かい荷物を地方の村へ運ぶような仕事と交渉・調整を行っていった。
お互いに“WINWIN”の関係を築こうとしているのです。
カリには、そんな信頼できる仲間を作って欲しい」
ミサスが言い切った後、カイチュンは何も反応しない。
顔が段々滲んでくる。
時間が切れだということだろう。
夢から覚める。
「カイチュン!」
大きな声が聞こえる先を見ると、カリがいた。
ミサスから見たカリの顔には、涙が溢れていた。
カイチュンは、笑顔で微笑み返していたと思う。
ミサスは、目が覚めた。
周りを見渡すと、機能から変わらない森の風景。下火になった火。
遠くから鳥の鳴き声や、川の流れる水の音がする。
右腕に暖かさを感じた。
カリが抱きつくように眠っていた。
閉じた目蓋から流れた数滴の涙を、指で拭ってやった。
ガサ
近くで何か動いた音がした。
静かに、腰のポケットに入れていた短剣を取り出す。
「誰だ!」
ミサスは、人の気配をした方角へ、警戒を向けた。




