1-3 現場は燃えていた
「こちらザミ。ニルキの見張りに息はありません」
「同じくペイン。目立った外傷はないものの、死んでいます」
ニルキのキャンプ地に向けて偵察へ出た団員からは、そのような連絡しか来ない。
隊員全員が、首につけた魔法道具は高精度の通信機能を持つ。
ある程度の魔力干渉の強いホットスポットでも、十分な働きをする。
夜。闇に紛れて接近する作戦だったが、人間の気配がしない状況に焦っていた。
ミサス達帝国騎士団が、強襲を行うより先に先客がいるようなのだ。
「ホットスポット下の危険な動植物を手下は舐めていたとか?」
「いや。相手は、この大陸の狩猟王とも言っても良い。
モンスターの対策は我らよりも遥かに用心しているはず」
「そういった狩猟王といった称号はわかりにくいんですけどね。
“恩恵”持ちだから強いのは分かりますよ。
ただ、ここの大陸はギルド制を取り入れてないから、ランクで自分との実力は計りにくい」
後ろで陣を構えた作戦所では、そうした意見が飛び交う。
冷静だったのは、イーサーとテッラの二人のみだ。
「うるさいぞ。特に政治批判は他でやれ」
通信越しに、前線へ出ているミサスは怒鳴った。
「隊長。どうだと思われますか」
イーサーは少し間を空けて聞いた。
「確かにニルキは、そうしたモンスターの対策は十分のはずだ。
現にキャンプ予想地点は、安全かつ人間からも見つかりにくいという結論は出ている。
俺だって怪物相手ならあそこで陣をつくる」
ミサスは淡々と答える。
実力のある人物の言葉にほぼ全ての団員は、押し黙った。
「ホットスポットでは、地脈からの影響が大きい。
その分モンスターや人間が持つ能力は、普段より捉えにくい。木は森に隠すとは何とやらだ」
「……もしかして、罠の可能性はありませんか?」
ホッチは聞いた。
「あるな」
ミサスは断言した。
「こちらザミ! 至急! ニルキのキャンプが燃えています!」
「ペイン! こちらも確認しました」
その報告を聞いたとき、ミサスには動物がそこから逃げているのがよく分かった。
家が燃えていた。
この家は、魔法器具の一つである携帯陣地の高級版だろう。
貴族がピクニックへ行くときに使うと新聞で見た記憶がある。
辺りには、荒れたニルキファミリーの旗。
手下や子供、数人いる夫人っぽい亡骸も燃えていた。
「一家皆殺しですね」
テプは死体をまじまじと観察していた。
死体を見たこと無い団員は、離れたところで吐き続けていた。
「全員警戒を怠るな。
ニルキを襲撃した第三者が潜伏している可能性がある。
死体を弔うのはそれからだ」
ミサスは同行した部下に警戒させる。
その後ろから、影から人間の手が出てきた。
「“影楼”」
最初に短剣使いのクレパが、影から現れた敵に気づいた。
「ほう。これは見事。三回死んだだけで俺の気配を捉えたか。
流石に技名を口にしたら、気づくな」
黒い格好をした男は、手に赤い筆を持っていた。
身体を見渡すと、クレパの急所三カ所に線が引かれていた。
声の主はそのまま首に当て身をして、クレパは意識を奪った。
「人を一撃で気絶させるとか、とんだ化け物じゃないですか」
「クレパって隊の中だったら、一番勘が鋭い奴だぞ」
「…………」
突然影から現れた襲撃者に、団員は警戒を上げる。
この至るところから魔力の波が大きいホットスポットでは、大きな魔力を伴う魔法でも、気配を隠すのは容易い。
エリート集団言えども、不意打ちを許してしまった。
「隊長何者かが現れたのですか」
テッラからの通信が耳に入る。
「影王……」
影王だ。ミサスはそう呟いた。
全身が黒。黒に黒。趣味の悪い黒装飾。
腰には大きな魔法器具が巻かれていた。
「影王? それって確か小説のキャラクターだよな。かなり武闘派の」
「いや。影王は天才的な頭脳を保つ探偵だろ」
「いや。貧乏な少女を助ける騎士だろ」
「ふざけんな」「本読んでいないのか!」
「いや。そもそも影王は実在していたの!」
団員の反応はまちまちだ。
全て合っている。
影王は首都バイチークで流行の創作ジャンルの一つだ。
「影王」という一つのキャラクターをネタに話の輪を広げていく。
団員達が言ってたのは、その作品ジャンルを代表する登場作品例だ。
「あれだよ。世界の英雄様と影王カップリングのBL作品で見」
影王はそれを言っていた団員に向けて、どこからか持ってきたハンマー(工具)を本気で投げつけた。
見事に当たり、倒れた。
その時、少し顔を赤くしていた創作女子団員の反応には、誰も気づかなかった。
「師匠はそういったジャンルは嫌いだから気を付けろ」
沈黙していたミサスは、口を開いた。
「!」
「えっミサス隊長。このおっさんと知り合いなのですか?」
テプは大きな声で叫んだ。
それらに反応を示さず、影王はミサスしか分からない言葉で話す。
「久しぶりだな。ミサス。公務員の安定した生活は慣れたようだな」
「……お久しぶりです師匠」
二人の会話を団員達は心配そうに見守る。
彼らにとってあまり聞き慣れない言葉を使ってくる。
この世界に訛りはあるが、統一した言語を使う。それとは全て当てはまらない。
「隊長!」
「うるさいぞ。おいおい説明する。少し話をさせてくれ」
ミサスは武器を構えている団員より前に行き、影王の前に立つ。
「師匠。なぜ」
「そうだな。俺が賞金稼ぎをしているのは知っているな」
「ええ。というか、初めて会った時から」
「その仕事の一環だな。このニルキ・コロコロの命が結構な値があったんでな」
そう言って手を空間に突っ込む。
アイテムボックス。
影王の腰に巻いている魔法器具の性能だ。
剣、弓、槍といった武器や、本、絵などの美術品。食品、水といったかなり多くのものが収納できる。
影王は、ほぼ単発の仕事をこなす冒険者に近い。
そして賞金稼ぎの仕事を行う上、コルピタラの害獣や賞金首の死体を仕事の証拠として依頼主に提示する必要性があった。
だが、影王がいつも使っているものとは違い、別の知人のもの。
影王の魔力量と熟練度ならば、アイテムボックスと効果の似た収納魔法を単独で展開出来るはず。
その持ち主である「知人」が手放す訳がない代物であるし、ミサスもよく知る人物の1人だ。
動揺を誘われて冷静な判断が鈍りつつあった。
今、影王が出したのは、前マツカイサ皇帝から進呈された「狩猟王」の称号。それを証明する勲章だ。
「まさか生首が出てくるとは思ったか?」
「さぁ。ただ挑発されたのは分かります」
ミサスは淡々と答える。影王はちらりと後ろのミサスの部下に目線を向ける。
誰からも歓迎されてないのは、分かりやすい。
満足したように頷きつつ、言葉を普通に戻して、聞きやすくした。
「俺みたいな一人もんが食っていくのは辛い。
この大陸勢力は、ギルド制を取り入れていないから、手軽にクエストを受けて食いつなげる。
そんな冒険者の生き方は難しいからな」
「その代わり、獣害、治安、災害それぞれの土地を守る守護隊。
縮小されましたが、他勢力と武力交渉をする遠征隊。
そして、マツカイサ帝国の切り札である我ら帝国騎士団。
全ての民が役割があり、誰もがその恩恵を受けられます」
「合格だミサス」
影王の乾いた拍手だけが、当たりに響く。
「この大陸には、この国には、この自らの肉体には、それぞれベストな方法がある。
人間が作ったものだ。とても都合が良くでき誇っていい。
だが、」
狩猟王の勲章を影王は握りつぶした。
「それらを土足で踏み潰し、民をあざ笑う者がいる。
異世界転生者だ。ニルキ・コロコロもそれに該当する」
その言葉に沈黙が続いた。
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