2-2 ジョー・サカタの特別講義
今日の講義室はいつもと騒がしく、満員だった。
何か生真面目そうな、プライド高そうな難しそうな顔をする学生の姿は少なく、バイチークの一般の人が集まっていると言う方が正確だ。
フームはいつも同じ席で、知り合いの晴れ姿を確認する。
「それでは皆さん拍手でお迎えください。今日の主役の登場です」
司会者が大きな声で幕が開いた。
今日の主役は、手を振りながら中央へ移動した。
「バイチークのみなさん。私はジョー・サカタだ」
ジョーおじさんは眼鏡をかけて、目の前の壇上に上がっていた。
「ご存じの方はいるだろうが、最近誘拐されてね。おかげで今日の講演が予定より何週間か遅れて、クビになりそうだった。ブラック環境ブラック環境」
おじさんの冗談に一同大爆笑だ。
信じられない。ノシン村で会う時は場を凍り付かせることしか言っていないのに。
「ここまで私一人を目当てに集まって頂けたこと。心より感謝いたします。といっても実際は世界の英雄人気のおかげだろうね」
世界の英雄人気は、ノシン村でも流行っている。おじさんの存在がバイチーク城でも顔が利くのはこういうことか。
「と一緒に行動していただけで、こうして私一人を目当てにバイチークの人々にお集まり頂けるのは幸いだ。本題に入ります」
おじさんは後ろの黒板を叩くと、世界地図が浮かび上がった。
そもそもこの黒板は、こうした視覚効果のだせる高級品だ。
しかし動かすのにお金や手間がかかるらしく、普段の教授や講師では、チョークを使う講義展開をする。
今日は大学からもキモ入りの公開講義なもので、いつも使っていない魔法器具をふんだんに使っている。
後で聞いた話によると、こういった民衆向けの定期講義を開くことで、教育という社会貢献度を国上層部にアピールする狙いがあるらしい。
よく見ると、隠れたところに大学の演奏隊が音楽を奏でていた。
こんな誰でも分かる派手さが必要のようだ。
おじさんも音楽にノリノリだ。
「前回私の話を聞いてくれたリピーターの方には重複する内容もあるが、ご了承を。私はジョーサカタだ。専門分野は、流通・物流とか移動・交通手段という認識で大丈夫だ。最初はこの世界ホイシャルワールドについて概要を説明しよう」
世界地図には大きく四つの大陸が確認できる。
マツカイサ帝国のあるイストール地方。
他には、ベシャリブ地方・アチャメリア地方・シャトラキ地方と大陸ごと地方が分けられている。
おじさんは、黒板を操ってイストール地方を拡大させた。同時に次々と主要な首都を丸印で表示していく。
「まず我々のいるマツカイサ帝国首都バイチークだ。大陸のほぼ中央に位置し、大きな河の河口部に位置している。貿易、流通、文化、情報とイストール地方の要だ」
それは知っている。ノシン村はバイチークへ流れる河の上流に位置する。
フームは大木を引く定期船で、河をくだってバイチークまでやってきた。
「イストール地方の道は、全てバイチークへ繋がっていると言える。大きな道さえ憶えていれば、夜に夜空とか確認してこの土地に帰ってこれるのさ」
黒板には、地方全体に蜘蛛の巣状に伸びている主要な街道が表示されていた。かなりの数がバイチークを起点に広がっていることを確認できる。
「どなたか、バイチークから道が始まっていることをご存じな方はおられますか?」
ここでかなりの手が上がった。
おじさんは一人の女の子を指名し、答えた。
「マツカイサ国から軍隊を移動させるため?」
「正解。睨んでくる先生達もいるから、諸説の中の一つとさせていただきます。帝国騎士団・遠征隊が、バイチークから効率的に移動させる結果、このようになっていると言われています」
全ての道を利用し、一度は大規模な遠征隊が移動していったというとマツカイサ帝国の支配が大きかったことが分かる。
「今日注目するのはこの道だ。バイチークから、ここに位置する大陸の一番西」
「アキサンですね。我々イストール地方の旧スワリン連合と、ベシャリブ地方の旧ダベラエ列強が協定を結んだ地として有名です」
先ほど答えた女の子が即答した。
「おおちょっとフライング。私の台詞を盗ったね。ご名答。
イストール地方西端の要塞都市アキサン。
過去は隣大陸との最前線として海戦が大きく行われたらしいけど、我が友世界の英雄が活躍してから平和な時代だから大陸防護の役割は軽減されたな」
恥ずかしそうに女の子が座っていったが、良い答えだとおじさんはフォローを忘れていなかった。
「ご存じの通り、バイチークから西へアキサンをつなぐ西大街道と平行して、軌道を敷設する鉄道計画がある。安定し安価に大陸間の移動が陸路で整備をする目的だ。暫定的に先行着工していたバイチークとターピティが今年中に開通する」
黒板に線路を走る列車の映像が映し出された。
マウさんと休日にバイチークの西の方へ散策したとき、試運転をしている様子を見学したことがある。かなり大きくて、音もして、驚いた記憶がある。
「ただこの鉄道という技術。詳しく言えば蒸気機関ですが、これは他大陸の技術を採用しています」
パンと手を叩き、演奏が止んだ。そしてこの部屋に沈黙が訪れた。
無理も無い。大規模な戦闘は数多く。小さな衝突を含めると、他の地方の勢力とは対立が長かった。いくら平和な時代だと言え、直ぐに価値観を変えることに無理がある。
「ターピティのお偉いさんもかなりワンワン言っていたらしいし、あっこの悪口は秘密な」
しーと秘密のジェスチャーを行った。ここにいたホイシャル教の教師様は苦い顔をしていた。
「私が皆さんに提案することは、歴史上類を見ない他大陸の文化や工芸。情報に触れる機会が多くなります。イストール地方を代表するバイチークの住民として、より一層そういったものに向かい合う勇気と好奇心を持っていただきたいと考えています」
いつのまにか演奏が止まり、おじさんの言葉に全員が集中していた。
「一人一人この時代でどのように生きていくか。あの英雄と一時でも一緒にいたことで考え直した私個人の願いでもあります」
誰もが沈黙する。下手な雑念が頭を過ぎろうとするときに、大きな声でおじさんは言った。
「因みにバイチークの本は世界各国で愛用されています。全く不可能ではない確信はあります」
このおじさんの言葉に講義室は拍手が巻き起こった。
演奏もかなり派手な音楽となった。
そういえば、今さっきからほれぼれするような選曲の数々でセンスが良かった。
「こういった知識は提供する皆さんが活用できる学習の場を週に一度バイチーク大学は提供しているようです。因みに出席率。私が初めての百パーセント越えらしいです」
笑い声が巻き起こった。
「テプっておじさんの講義聞いていたことあるの?」
隣で一緒に聞いていたテプに質問した。
おじさんが行きたくないところは? 危険な生物が出るホットスポット、デススポットとか質疑応答の時間だ。
「いや。実は初めてなんだ。先輩から、評判の良い世界の英雄と知り合いな人。先日の“恩恵”騒ぎで捕まっていた人ぐらいの認識」
「そうなんだ」
「確かに英雄とは知名度は比べものにならないよ。知る人ぞ知る人という感じ。大学の先輩からも普通に面白い話をする人だと聞くし、良い先生だと思うよ」
フームはそれを含めてジョーおじさんの話を知っていたが、ここまで分かりやすく参考資料のある環境で学んだことは無かった。
バイチークで勉強しにきてよかったと心が充実している。
フームは目的を再確認した。
黒魔法について。私の力の正体を判明させる必要がある。幸いにも多くの信頼できる人たちに出会えた。この貴重な時間を無駄にできない。
学費については最終的に余裕があるからと。ジョーおじさんが裏から工面してくれたようだけど、城で働くことは続けている。
お小遣い程度だが、自由に使えるお金は欲しい。
かなり恵まれているし、今日頑張ったおじさんのために夕飯を好物で固めようかと考えている。
「それにしても、あの人に認められなければならないのか……」
「? テプ何か言った」
「なんでも無いです」
テプがなぜ焦るのか分からない。
「そういえばミサスやホッチさんは見かけないね」
「あの人達が居ないときは、デスクワークか任務中と考えてください。隊長とホッチさんは単位が足りていて、籍だけ大学に置いてある形ですから、そこまで気にしないで大丈夫です」
テプは淡々と答えた。つまり、帝国騎士団の守秘義務に関わることなんだろう。
あのカズルの一件から、かなり時間が経った。
最新話下方に設置しているポイント評価登録をお願いします(多くの方に読んで頂きたい野望と、作者のモチベーションに直結いたします。ご協力お願いします)。
この作品をお気に召しましたら、ブックマーク機能をオススメします。




