1-16 マウの涙
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「二人だけにして大丈夫なの?」
フームは、不安そうに二人に問いかけた。
「マウは、魔力が同世代の中で頭飛び抜けて強い」
「そういう事では無くて、、、」
「フームさん。先ほど、マウさんはかなり動揺しつつ、我々に助けを求めにきました。
彼に対して強い思いがあったのでしょう」
「えっ。そんな関係?」
「詳細は分かりかねますが、カズルのやったことは民に対する反逆行為。
最悪死刑にもなる極刑は免れません」
ハッとしたフームは、ミサスの手当を手伝いつつ、遠くの二人を見た。
マウがカズルをひっぱたく様子が見えた。
「いてぇ」
カズルはビンタされた頬をさすった。
マウは無言だった。
「前々から碌でもないヤツ」
「……で?」
「このバイチークの社会で! 正攻法で!
一番出世しているのカズルでしょ!
何でわざわざこんなバカげたことをするの!」
「今さっきも言われたな。
恵まれた血統で、優れた魔力・能力を持っている。
それなのにわざわざ給仕やっている物好きに言われたくないな」
カズルの嫌みに、マウは拳を強く握りしめた。
その挑発には乗らず、言葉を続けた。
「前に、俺は力が弱いから社会で上手く立ち回って権力を手に入れて、強くなってみせると言ってくれたじゃない!」
「そんなもの前世でうんざりだ。
異世界モノの約束は知っているか?
異世界の住人に圧倒的に賛美を受けなくてはならない。スゴーイとかサスガーとか。
ハーレムを築いて、美人を抱いてガキをいっぱい孕ませる」
カズルは気持ち悪い顔で、マウの顔をワザとのぞき込んでくる。
完全に最後の抵抗をしている小悪党と同じだ。
「俺のチートスキルは、危険な存在に対して視界の色が変わる」
「何度も聞いた。チートスキルっていうのが、よく分からないけど」
「お前の顔は今さっきから黒塗りだ。お前が俺を殺すんだブス!」
魔力が突発的に膨れあがった。
マウはその感覚にビックリして、尻餅をついた。
カズルの腕が大きく膨れあがり、そのままマウを襲いかかる。
それを回復したミサスが後ろから飛び出し、斬った。そのまま胸の急所へ剣を刺した。
「手応えが無いな。何をした」
「これが欲しかった。
狩猟王の勲章の中にある“恩恵”。
影王の物語には、この大陸に散らばったこいつを集めているから丁度良かった。
本当かは知らない」
同様に膨れあがった左手には、狩猟王の勲章が握られていた。
先日、影王が潰したものは、本体が抜かれた入れ物だったようだ。
「ニルキ・コロコロの忘れ形見だ!
俺はクズを倒し、英雄になる男だ! やと、、、、」
「処刑」
ミサスは刺した剣先から、動植物をパーツごとに細切れにするほどの斬撃を食らわせる。
かつて人間相手に公開処刑として、肉体が解体される感覚と限界まで苦痛を味わいながら罪人は死ぬ高度な剣術の一つだ。
現在は人間より大きな害獣に使用されるのが主だ。
今のカズルは、その強力な剣が必要な程、グロテスクに膨れあがった異形の怪物に変異した。
野生の動植物のような凛々しさわ無く、ただ取ってつけたような生命がそこに存在していた。
ミサスはマウと間に入って守るように戦っている。しかし、彼女は腰が抜けたのか俯いたまま、その場から離れようとしない。
「マウ。ここまでだ」
ミサスは前を見たまま、言った。
「マウさん!」「ここだと危険です」
後ろの二人が保護してくれた。
ミサスは、これで目の前の怪物に集中できる。
“恩恵”
かつて世界に君臨した権力者が、各分野で功績を挙げた人物へ贈られた古代魔法器具と言われている。
見た目は骨董品そのものだが、効果は絶大。
中には瞬く間に小国を制圧した戦略的兵器として使用された記録が残っている。
世界中で勃発した先の動乱でも使用された。
世界の英雄をはじめ、“恩恵”持ちは戦いや時代の潮目になった。
目の前の『狩猟王の“恩恵”』の効果は確か体を強力な動植物に変化させる。
だがコントロール出来ていないようだ。
それらの一部が所々現れたと思ったら、また別なものに変形しているようだった。
それでもこちら側を攻撃対象としていることには変わりない。
牙やら足やら角やらをこちらに向けて刺してくる。
斬っても斬ってもそれ以上に再生が速く、細切れになった肉片も本体へすぐに吸収されてしまう。
「再生能力がやっかいだな。スライムか、ヒルか分裂しても丈夫なヤツが入っているな」
周りがカズルの肉片や、ボロボロになった城壁が散乱している。
「非道い状況」
横にフームが立った。メイド服の袖をまくり、マウの万能モップを手に持っている。
「フーム! 危ないから下がっていろ!」
「大丈夫! 見てて」
フームは杖の代わりにモップを掲げる。
魔力で後ろから城壁のレンガをバラバラにしながら持ち上げて、そのまま怪物の中へ押し込んでいく。
「ミサス斬りにくそうだったしね。
ハンバーグなら片栗粉をまぶしたり、つなぎの具材を入れて固める」
そのままフームは強めの衝撃波を与える。
化け物は悲鳴を上げる。
芯までダメージが通っているようだ。
退治の道筋は見えた。
「ミサス。大きな必殺技とかないの?」
「ここは市街地の中心だから被害が出る。
一撃必殺級を連発することは難しい」
ミサスは遠くを見る。
ここでは無理だ。
怪物退治ができる場所を確保する必要がある。
眼下のバイチークの街で十分な広さを持つところを探す。
「ホッチ! 大学の校庭に団員を集結と伝えろ!
そこへ、この化け物を吹っ飛ばす!」
「繋がりました! 副隊長に要請します」
先日の訓練でも使った通信器具を使いホッチは連絡する。
「フーム一瞬でも良い。全部持ち上げられるか?」
「実は余裕」
フームは力を入れて、カズルの巨体を魔力で持ち上げる。
何とか地面へ戻ろうとして宙から足を伸ばしてきた。
ミサスは剣を鞘に収めて飛び上がった。
そのままバットの要領で、カズルの体を大学の校庭へ向けてぶっ飛ばした。
「うまくいった」
理想的な放物線を描き、大学の校庭の真ん中に着地したのを確認した。
「お見事」
フームがミサスに賞賛をおくった。
「確かに騎士団に入ってこういった血泥臭いのは嫌いだよね」
「それはごめんだけど、ミサスやホッチ・マウさんが凄かったことは分かるよ」
フームは、マウさんの方へ
ぺたんと足をかけたまま、マウは動かない。
「マウ大丈夫か?」
「ほっといて。目の前で人を殺してしまった。私の言葉がカズルを殺したんだ」
マウは、近づいたミサスに向かって言い捨てた。
「……確かにマウはただの理想主義者であって、民に富を与える王様でもなければ、自ら得意とする剣を振って守る騎士や戦士でもないだろう。
今の行為は、無謀でお花畑のクズだと言って良い」
「ミサス!」
あんまりだ。フームはさらに言葉を言いかけたが、ホッチに止められた。
「ただ、英雄ならば、そんなお人好しが俺は好きだ。マウの行動は全く間違ってない」
「……ミサスが虐めてきたって、城中に噂として言いふらすよ」
「それは嫌だな」
ミサスは立ち上がり、ホッチを抱えて城壁から飛び降りた。
「マウさん大丈夫ですか」
二人を見送った後、いたたまれなくなって声をかけた。
「ミサスとホッちゃん。あの二人どう思う?」
ひとまず言葉を返してくれたことにホッとした。
「えっ。仲が良いとか信頼関係があると思うけど」
「合法BLだから。鼻血が出そうになる」
「確かにホッチさん。最初は完璧に美男子だと思っていた」
「ミサスはホッちゃんの性格に甘えて、襲っていたからね」
「え、引くわ」
フームは素で真顔になった。
はぁーとマウはため息をついた。
「ミサスには叶わないな。
お父さんみたいな“世界の英雄”までいかなくても、バイチークに住む知人ぐらいは助けることができると思っていたけどね」
マウは涙が止まらなかった。
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