空き缶
とある深夜、唐突に炭酸飲料を飲みたい衝動にかられた。普段ならそんなことで家を出るのは億劫で、立ち上がる気にもならなかったが、今日はなんとなく勢いに任せて玄関のドアを開けた。
家から最寄りの自販機までは100メートルもない。たいした距離でもなかったので、普段のように音楽で耳を塞ぐことはしなかった。静寂への恐怖が頭の片隅にあったが、人々が息を潜めもしていない音は、自分を一点の染みのように際立たせてくれている気がして悪くはなかった。
自販機の明かりを目指していると、ふと視界の隅に気配を感じた。それは道端にいた空き缶だった。都内では別段珍しいことではないな、と、考えながらふと田舎を思い出していると、田舎でもよく見た風景だったことに気がついた。
抱いた感情は郷愁でも何でもなく、ただ目に映ったものを心に投射しただけだった。
恥を感じたのか、勢いよく空き缶から視線を逸らし、足早に自販機を目指した。
明かりのもとでボタンを押しICカードを自販機にかざすと、選んだ炭酸飲料が勢いよく落ちた。
自販機が落としたものを取り出そうと身体を折り曲げたときに、ふと背後に気配を感じた。
身体を戻し振り返ると、相変わらず同じ位置にいた空き缶がこちらを見ていた。
光源が背にあったので、さっきよりも向こうがよく見えた。しばらく心を奪われたかのようにそれを見つめていた。
幾許か時間が経ったころ、地表を這うように静かな風が吹き、見つめていた空き缶がカラカラと音を立てながら足元に転がってきた。それは何かを潜めながら、私をじっと眼差していた。
拾い上げてみる。
ラカン先生




